車に戻って、すぐにそこを出発して自分は南に進みました。
行くあてもなく、国道を進んでいきます。
とにかく、目立たない場所に遺体を捨てないといけない。生臭い臭いに耐えられず、運転席の窓を開けました。
幸い、外はまだ寒いのでほかの車は窓を開けておらず、気づかれる心配は無さそうです。
そのときでした。県境の、トラックしか走っていないような道路で信号待ちをしているときに、何気なくバックミラーを見ると、そこに、店長が座っていました。
「うわっ!」と思わず声が出て、自分は後ろを振り向きました。
誰も座っていません。当然です。
店長の遺体は目立たないように後部座席に寝かせて、首元には自分の上着をかけておいたし、なにより、店長はとっくに死んでいるのですから。
でも、後部座席に寝ている店長の両目は開いていて、横目にこちらを見ているようでした。
「くそっ!」と悪態をついて、上着で顔も覆うようにしました。
心臓がひどく鳴っているのが、自分でもわかります。
やけに喉が渇き、胃のあたりがむかむかしました。
国道沿いの、大型車用まである広い駐車場のついたコンビニに車を停めました。
あまりに車のない端の方だとかえって目立つような気がして、ひとのいない車から一台空けて停めました。
トラックのドライバーやら、何人かひとがいましたが、中に刑事でも混じっているような気がして、怖くて仕方ありませんでした。
さっさと冷たいお茶を買って戻ろうとしましたが、自分は何だか無性にたばこが吸いたくなって、店の外の端にある灰皿のところまで行って、一本火をつけました。
煙を吐き出したときに、ひとがこちらに歩いて来て自分に話しかけようとしたときには、「もう見つかったのか」と思いましたが、自分の思い過ごしでした。
長距離トラックの運転手らしいその男は、「火を貸してくれないか」というようなことを言って、自分の渡したライターで火を点けると、うまそうにたばこを吸い始めました。
男がまたなにか言おうとしているようだったので、自分はライターを受け取るのも忘れてその場を離れました。
まわりを見まわしてから車に乗り込んで店長の方を確認すると、なぜか店長にかけた上着が盛り上がっていました。
一体何なんだ。右手を伸ばそうとしているかのようです。
店長は死んだ、店長は死んだ、と自分に言い聞かせます。
遺体のことなど医者でも刑事でもない自分に詳しくわかるはずもありませんが、探偵小説で読んだことのある「死後硬直」にでも関係することなのでしょうか。
ペットボトルのお茶を無理に流し込んで気を落ち着けます。
いやにひやりとしたお茶が流し込まれて行き、自分の食道の管のかたちがわかりました。
数分後、自分は気を取り直して、また車を南に走らせました。
ここまで来ればもう隣の県です。
だから警察に見つからない、ということにはならないのでしょうが、少し気持ちが落ち着いてきたようでした。
とにかく遺体を処分しなければならない、と思いました。
そのまましばらく出鱈目に車を走らせて行くと、小さな川に行き当たりました。
ここは、県境を流れる大きな川の支流にでも当たるのでしょう。
全国的に名の知られたその大きな川とはちがって、芝に覆われたさほど高くない堤防に両側から挟まれて川が流れています。
近くにはコンクリートの大きな壁のようなものもありました。「水門」というやつでしょうか。
しかし、そのほかには堤防のてっぺんにサイクリングにでも使うのであろう舗装された細い道がある以外には、周囲には家もなく、通りがかるひともいませんでした。
自分は唾を飲みこんでから、あたりを見まわしました。
そして、ここしかない、と思いました。
続く…