財布や鍵、携帯電話など身元の分かりそうなものはとりあえず自分のポケットに突っ込んで、店長を堤防の上から川に向かって蹴落としました。
ちょっと太めの体がごろごろと、右手のところでときどきつっかえながらも、落ちて行きました。
どぼん、というにぶい音とともに遺体は水しぶきを上げて川に沈んでいきました。
来る途中に「ブラックバス放流禁止」の県の看板を見かけたので、しばらくすれば魚にでも喰われて死体の身元はわからなくなるだろう、などと、いやに冷静に考えていたのを覚えています。
そのときでした。
確かに自分の左にひとがいる気配がしました。
正面を見ていても横の方は何となく見えてしまうものですが、確実に左側にだれか立っていて自分といっしょに遺体が転がり落ちるのを確かに見ていました。
そのひとが右手で遺体の方を指さしているのまで、自分には確かに見えていたのです。
カアッ!
カラスの鳴く声ではっとしました。意を決して左を見てもだれもいません。
でも、あの右手は…。自分は、手を前に伸ばすように固まっていた店長の遺体を、否、正確には右手があるはずの部分にかけた布の盛り上がりを思い出していました。
もしもあのとき、店長が右手を伸ばしているのではなくて、指さしていたのだとしたら…。ちょっと川の方まで下りて行って、遺体を確認してみようか、それとも…
カアッ!
……。限界でした。とても確かめる勇気は自分にはありませんでした。
どこにいるのか、カラスのばさばさという羽音まで聞こえてきますが、姿は見えません。
でも、その音を合図に自分は急いでそこから駆け出して車に飛び乗っていました。
それからはもうどこをどう進んだか、覚えていません。とにかく車で進めるだけ進みました。
いつのまにか夕方近くになっていました。
途中で見つけたJRの駅近くのコンビニに、自分は車を置いていきました。
端の方にはいつから停めてあるのかもわからないようなぼろぼろの車両があって、「無断駐車」、「ナンバー控えました。持主は店長まで」、「警察に通報しました」といった紙が何枚かガムテープで車体やフロントガラスに貼ってありました。
何だか少し安心してそこから二、三台分離して自分の車を置きました。
急に腹が減ってきました。
自分は駐車場代のつもりで、コンビニで食べ物を買い込み、飲んだり食べたりしてからレジ袋にごみを入れました。
店長の財布から免許証、保険証、店の会員証など、名前のわかるものを抜き取って、細かく折ったり破いたりしてから、それもごみといっしょに袋に入れてコンビニの外にあるごみ箱に捨てました。
それから、駅に向かって構内の便所に入りました。
個室に入って財布から現金を抜き取り、全部自分の財布に入れました。そして、店長の携帯電話を二つに折って壊しました。
財布は便所の外にあったごみ箱に。壊した携帯は改札を入ってホームにあったごみ箱に。
どちらも、なるべくまわりのひとの注目を引かないように、できるだけ無造作に捨てました。
かなり大きな駅でひともいっぱいいたので、かえって目立たなかったと思います。
完璧だ。これでもう証拠はない。
自分は警察に見つからないことを確信していました。
正直、ほっとしました。それで終わったつもりでした。少なくとも、その時点では。
続く…