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戦争に関するトリビア書いてけ!

2016年03月18日:16:15

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コメント( 21 )



2: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:16:20 ID:MM1
フォークランド紛争にかかった費用は
英国炭鉱労働者スト鎮圧にかかった総額の半分

3: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:16:58 ID:XDw
クリスマスで休戦になったとか何とか

昨日の敵は今日限りの友となる。1914年、ドイツ軍とイギリス軍のクリスマス休戦

1914年12月25日、第一次世界大戦が始まってから最初のクリスマス。西部戦線では、鉄条網を挟んでイギリス軍とドイツ軍が対峙していた。この日、ドイツ軍の最前線から「きよしこの夜」の調べが流れ、兵士たちがクリスマス・ツリーにキャンドルを灯した。すると対峙していた敵軍も自発的に停戦命令を出し、昨日まで敵同士戦っていた両軍が、中間地帯の真ん中で顔を合わせた。互いに手を握り、死者を埋葬して、チョコレート菓子や酒、タバコなど配給品や贈り物の交換さえ行われたという。

これが世に言う「クリスマス休戦」である。ただし1914年のクリスマス休戦についての公式記録は存在しない。なぜなら戦場の最前線で自然発生的に生まれた非公式の休戦だったためである。
カラパイア - より引用

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5: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:17:45 ID:MM1
パリ砲という、射程120kmの大砲があった
人類が作ったもので初めて地球を飛び出して
宇宙空間に到達したのはこのパリ砲の弾丸

パリ砲

パリ砲は、第一次世界大戦期、ドイツ軍がパリを砲撃するために製造した巨大な列車砲である。1918年3月から8月まで使用された。第一次世界大戦を通して最も大きな砲であり、超巨大砲(supergun)と考えられた。この大砲は「カイザー=ヴィルヘルム砲」とも呼ばれる。
wiki-パリ砲-より引用

no title

9: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:19:27 ID:Rg2
>>5
ドーラだっけ

6: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:17:49 ID:Qt9
左捻り込み
no title

7: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:18:49 ID:nQl
とある核兵器の発射コードは00000000だった

10: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:19:47 ID:i9L
みんな大好き列車砲
進路バレバレで全然活躍できなかった

11: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:20:20 ID:MM1
太平洋戦争で、日本は4割の富を灰にした

14: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:23:26 ID:MM1
山縣有朋は長州藩時代、身分の高い家の倅に泥をぶっかけられたと言いがかりをつけられ、
雨の中で土下座させられたことを恨みに思って身分制度撤廃を実現したとされるが、
この土下座させらた方の倅は明治維新後、横須賀鎮守府の司令官になっている

https://ja.wikipedia.org/wiki/山縣有朋
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17: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:24:32 ID:MM1
F-22に搭載されている飛行管制システムがあれば、
理屈の上ではレンガも空を飛べる

18: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:25:35 ID:548
アメリカが富士山をペンキで赤く染めようとした作戦があったな

19: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:27:29 ID:MM1
有名な日本海海戦時の電報「本日晴天明朗ナレドモ波高シ」は
「この間の黄海海戦の時みたいに霧でバルチック艦隊を取り逃がす心配はない」のと
「波が高いので艦舷の高い我が艦隊の方が弾がよく当たるんで有利だよ」という意味
https://ja.wikipedia.org/wiki/日本海海戦

21: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:28:28 ID:Rg2
アメリカンジョーク
官僚「大統領!大変ですソ連が月を真っ赤に染めてしまいました!」
大統領「いいぞ!コカ・コーラって書いてやれ!」

22: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:30:54 ID:MM1
太平洋戦争時の戦闘機パイロットが被ってる帽子の毛はヌートリアの毛
ヌートリアは感じで「沼狸」と書き、これが「勝利」に通じて縁起がいいため
反対に雷撃機のパイロットの帽子にはハクビシンの毛皮が好まれた
これはハクビシンが古来から雷獣(雷様)だと信じられていたため

23: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:32:04 ID:F6K
船坂弘
・「不死身の分隊長」と呼ばれる
・米軍の攻勢の前に左大腿部に裂傷を負う。
・軍医が助からないと判断して自決用の手榴弾を手渡される程の瀕死の重傷。
・ちなみに軍医が来るまでの間、米軍の銃火の中に数時間放置される。
・しかし、日章旗で縛ることで止血し「夜通し這う」ことで洞窟陣地に帰り着き、翌日には歩けるまでに回復。
・その後も瀕死クラスの傷を何度も負うも、不思議と翌日には回復している。
・「生まれつき傷が治りやすい体質」と、本人談。
・鬼神の如き奮戦の記録。
・アンガウルの戦いにて擲弾筒および臼砲にて米兵を200人以上殺傷。
・絶望的な戦況でも、拳銃の3連射で3人の米兵を倒す。
・米兵から鹵獲した短機関銃で3人を一度に倒す。
・左足と両腕を負傷した状態で、銃剣で1人刺殺。
・その銃剣を「短機関銃」を手にしていた敵兵に投げ、顎部に突き刺して殺す。
・腹部に重傷を負ってついに「這うこと」しか出来なくなり、「もはやこれまで」と自決用手榴弾の信管を抜くも不発。

・戦友も次々と倒れ部隊壊滅するが、死ぬ前にせめて敵将に一矢報いんと
重傷なのに米軍司令部への単身斬り込み(10000人vs1人)、肉弾自爆を決意する。
・その前に自分の傷口に群がる蛆虫を拳銃の火薬で殺すが、あまりの激痛に失神。半日間死線を彷徨うが後に復活。
・手榴弾6発を身体にくくりつけ、拳銃1丁を持って重傷なのに数夜這い続ける
・重傷なのに前哨陣地を突破。4日目には米軍指揮所テント群に20メートルの地点にまで潜入していた。

・ちなみにこの時までの負傷は大小24箇所。
・左大腿部裂傷・左上膊部貫通銃創2箇所
・頭部打撲傷・左腹部盲貫銃創

さらに
・右肩捻挫・右足首脱臼・火傷
・全身20箇所に食い込んだ砲弾の破片

・でも敵を目の前にして「立ち上がり」、発見した米軍は激しく動揺。
・手榴弾片手に米軍に向かって全力疾走。
・残念ながら首を銃撃されて昏倒する。もちろん米軍は戦死と判断。
・一応は野戦病院に担ぎ込まれ、「これが日本のサムライだけが出来る勇敢な死に様」と評価される。
・そんな船坂は3日後に米軍の野戦病院で生き返る。
・素早く周囲の医療器具を叩き壊し、駆けつけた鬼より怖いMPに「俺を早く撃ち殺せ!」と無理を言う。
・その後も顔面蒼白の米兵を尻目に暴れまわる。
・戦地アウンガルにいる米兵の間で「伝説」と化した。
・敵ながら勇気を称えられ「勇敢なる兵士」の名を贈られる。
・数日後、ペリリュー島の捕虜収容所に身柄を移される。
・船坂の最強伝説はペリリュー島まで伝わっており、要注意人物の筆頭に挙げられる。
・瀕死の重傷なのに収容所から抜け出すことに成功。
・この時、極度の栄養失調に加え出血多量により、両目はほとんど見えていない。
・なのに1000メートルも潜んで行って日本兵の遺体から抜き取った火薬によって、米軍弾薬庫を爆破。
・爆破後に収容所に戻り、何食わぬ顔で翌朝の点呼に参加。

https://ja.wikipedia.org/wiki/舩坂弘
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25: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:34:34 ID:DKE
>>23
元祖ゾンビやな

26: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:35:37 ID:UFB
>>23
ホンマにこいつだけは人間じゃないか話を盛り倒してるとしか思えない
傷が翌日に治るってのが個人的には一番人外だと思う

24: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:34:29 ID:MM1
戦艦陸奥は太平洋戦争中に謎の爆発轟沈を遂げたが、
終戦後にやってきた占領軍は「戦艦陸奥をどこへやった」としつこく聞きまくり、
「お前ら降伏するフリをしてまさか陸奥を使って反旗を翻すつもりか」と全く信じなかった

陸奥

陸奥(むつ)は、大日本帝国海軍の戦艦。艦名は青森県から福島県にかけての旧国名・陸奥国を名前の由来に持つ。帝国海軍の象徴として日本国民から親しまれたものの、1943年(昭和18年)6月に主砲火薬庫から爆発を起こして沈没した。
wiki-陸奥_(戦艦)-より引用

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27: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:35:51 ID:MM1
日本の駆逐艦に海上で轢かれ、
あわや戦死するところだった大統領がいる

29: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:37:48 ID:MM1
マジノ線という、フランス軍がドイツ国境に巡らせた無敵要塞があったが、
パリ攻略戦でドイツ軍の機甲師団はこのマジノ線の横を通り過ぎて国内に突撃していった
https://ja.wikipedia.org/wiki/マジノ線

31: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:39:47 ID:Rg2
>>29
ついでに
この要塞はWW1時にオランダベルギー付近を突破されかけたにも関わらず
オランダベルギー付近に作らず
永世中立国のスイス国境に対しては過剰につくっていた

32: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:41:30 ID:MM1
アフガン戦争の米軍の合言葉は「いっちょやってやろうぜ!」だったが、
これはユナイテッド航空93便の乗客が果敢にテロリストに立ち向かったときの合図で、
ブラックボックスに残されていた言葉であった

33: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:42:01 ID:F6K
岩本徹三
初陣となる1938年2月25日南昌空襲では4機撃墜確実1機不確実という目覚しい戦果をあげた。
支那事変においては最終的にわずか半年の間に日本軍最多数撃墜数(14機)を公認されている。
ラバウル到着から一週間後に爆撃を受け迎撃のため出撃した岩本は同じ中隊9名に損害を出さず7機を撃墜。
隊全体で敵52機を撃墜する大戦果をあげた。
岩本が先行し部下がそれにならって3号爆弾で敵14機編隊を一度に撃墜したこともある。
単機で出撃して超低空侵入で奇襲に成功し、20機以上の米軍機を銃撃で破壊した。
爆撃機を1週間のべ1,000機平均という空前の規模で数ヶ月間、圧倒的機数で連日空襲された際
日本軍は約20~30機の零戦で粘り強く対抗しつづけた。
日本軍は約1000機をもってアメリカ軍に対抗していると思われていた。
ある日の空中戦では、岩本単機対F6F戦闘機4機で空戦に入り、そのことごとくを撃墜した。
1943年12月9日の岩本らの小隊による試用攻撃で、帰途集結旋回中の編隊26機を一気に撃墜。
沖縄戦開始初頭の夜間強行偵察では、岩本が単機で慶良間諸島で上陸作業中の米軍艦艇を銃撃し、大損害を与えた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/岩本徹三
Tetsuzo_Iwamoto

34: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:43:58 ID:UFB
>>33
お前、長文多いよ・・・


もっとやれ(`・ω・´)

35: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:44:59 ID:MM1
>>33
零戦虎徹か


零戦は機動性と航行距離を伸ばすため徹底的な軽量化を施されているが、それはどんなレベルかと言うと
設計者の堀越二郎が試作の図面を見て「あと7gはイケる」などといって図面を突っ返したりしていたレベル

38: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:49:04 ID:UFB
>>35
戦闘機詳しくないんやけど、7gってそんなに変わるもんなの?
プロペラの戦闘機っつっても重さ1トンとかあるやろ?

44: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:58:05 ID:DKE
>>38
その積み重ねですから。
どこのメーカーが始めたか忘れましたが、軽のパーツをすべて見直して、一部品一グラムとか言ったかな?。
何グラムだったか忘れましたが、その積み重ねで軽量化に成功。燃費の向上に成功させてましたから。
考えてみると、何十年たっても同じことしてるわww。



米軍がドイツのティーガーなんかを相手にするときは、シャーマン4台で相手せいと指示したのは良く知られている。
これって裏を返せば、新しく重戦車作るのタルイから、お前等死んでもいいから数で押しつぶせと言ってるわけだ。
そういう意味じゃ、ごっつい戦車で乗員を守ってたナチスドイツの方が、ある意味人道的だったという見方もある。

36: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:46:30 ID:MM1
太平洋戦争時の軍人が持ってる軍刀は大抵家宝の刀とかだが、もちろん支給品もあった
ただ、個人ではとてもじゃないが手が出せる値段ではないので、日本刀を買うためだけの積立金やローンまであった

39: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:49:10 ID:MM1
今現在、人間は体温が何度まで下がれば死ぬか、などという非人道的なデータは
結構多くがアウシュヴィッツ強制収容所でユダヤ人を被検体にして得られたデータである

40: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:54:08 ID:964
KKK総帥のネイサン・フォレストはアメリカ南北戦争時代(1861-65)、兵卒として南軍で戦い、終戦時には中将にまで猛出世していた

https://ja.wikipedia.org/wiki/ネイサン・ベッドフォード・フォレスト
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41: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:55:20 ID:MM1
乃木希典は明治天皇崩御の際に殉死したが、当時からあまり評判はよくなかった

そもそも殉死自体が前近代的な古臭い行為だという意見が多かった上、
遺書に「西南戦争のとき敵に軍旗を奪われたから死にます」などと意味不明なことを書き、
自身の失策で多くの犠牲を出した旅順要塞攻略戦の事には一切触れていなかったため

https://ja.wikipedia.org/wiki/乃木希典
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42: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:55:56 ID:BIu
第一次世界大戦が終結した原因の一つがインフルエンザ
世界規模でパンデミって5億人くらいに感染して5000万人から1億人の病死者を出した
(当時の世界人口は20億人くらい、第一次世界大戦の戦死者が1000万人くらい)

こんなことがあったので、現在でも各国の当局はインフルエンザの流行に神経を尖らせている

43: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:56:55 ID:MM1
東郷平八郎は達筆でよく書をせがまれる事が多かったが、
その依頼が余りにも多い為、側近に字のうまい人を連れて
その人にゴーストライターさせて自分の書という事にしていた

https://ja.wikipedia.org/wiki/東郷平八郎
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45: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)22:07:11 ID:BIu
軍刀っていうのは明治政府以降の軍人が携帯する刀剣で、日本刀におけるカテゴリの一種という論がある
家に伝わる刀剣を軍刀のこしらえに変えたというのもあるけど、結構真剣に軍に納品する刀剣を開発していたりもする

47: 名無しさん@おーぷん 2016/03/18(金)03:59:33 ID:X8m
>>45
というか、造兵廠、つまり軍自らが刀身を作ってますぞ。
何せ下士官以下の軍刀は官給品ですので。

46: 名無しさん@おーぷん 2016/03/18(金)03:54:48 ID:X8m
軍刀トリビア

幕末に洋式調練が始まるとそれまでと違って激しく体を揺らしながら走るようになるので、切羽留めでは刀が振動でカチャカチャ勝手に鯉口を切ってしまう為、松葉バネを使ったストッパーを付ける物が出てくる。
これが後の軍刀に付物の駐爪である。(マジで幕末の拵えから見られる)

軍刀は打刀と違って帯に差す方式ではなく、太刀のように腰から下げるタイプで、その上で太刀と違って鞘を横にせずに下に向ける為、定寸の二尺三寸だと鞘が地面に引っかかり易い。
その為、定寸の軍刀が無い訳ではないが、通常は二尺強程度と刀身と鞘の短縮がされている。

4: 名無しさん@おーぷん 2016/03/17(木)21:17:34 ID:Zd5
こわい



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コメント

1  不思議な名無しさん :2016年03月18日 16:49 ID:hW9ZFm.j0*
旅順の失策とかまだ言ってんのか
2  不思議な名無しさん :2016年03月18日 16:49 ID:z5iqJVn30*
面白いな
3  不思議な名無しさん :2016年03月18日 16:51 ID:z5iqJVn30*
旅順は初めての近代要塞攻略戦だからな。その昔から要塞の落とし方はあったけど100年も前の方法だったからこの方法使っても役に立たなかったと思うな。
4  不思議な名無しさん :2016年03月18日 17:13 ID:8KSB7P850*
17の意味がわからん
レンガが空を飛ぶってどういうこと?
5  不思議な名無しさん :2016年03月18日 17:29 ID:nxC1.t5q0*
米軍にてある少尉が
「切りつけるより騎乗の勢いで刺突したほうが威力あるしよくね?」
と開発し採用され1913年に採用されたサーベルがある

エルゴノミクス的にも良好で斬り合いとか非騎乗時の刺突をするには最適のサーベルと評価されるも、騎乗突撃の刺突時は勢いが乗りすぎて深く刺さりすぎ、抜く際も筋肉収縮を考慮してないから抜けなくなる欠点が発覚し駄目なサーベルと烙印が押されたが、結局は騎兵が機械化されるようになって1934年にお役ゴメンになるまでは使われた

その開発者は後にアフリカと欧州戦線の西側で米軍を率いたパットン将軍である
6  不思議な名無しさん :2016年03月18日 18:03 ID:89g5NRvw0*
WW1の惨状的に旅順は仕方ない気がする
7  不思議な名無しさん :2016年03月18日 19:16 ID:4NLbAjdy0*
いいかげん、乃木さんを司馬史観で語るのやめて欲しい。
8  不思議な名無しさん :2016年03月18日 19:44 ID:NhPCIfwf0*
マジノをベルギーまで延長しなかったのは延長するとベルギーを見捨てると言ってるようなものってどっかで見たな
9  不思議な名無しさん :2016年03月18日 19:56 ID:59TFuw2N0*
乃木さんはちゃんと知れば魅力ある人物なんだよなあ

乃木にしても石田三成にしても作家の妄言で歴史語るのまじやめてほしい
10  不思議な名無しさん :2016年03月18日 20:05 ID:BSt85aOi0*
※欄で乃木将軍へのフォローがあったので安心した
11  不思議な名無しさん :2016年03月18日 21:14 ID:vczshauy0*
実際の乃木さんは同期の中でも出世が早いし、
あの戦いの指揮を完遂できたのは乃木将軍だけ、と戦闘を
経ても軍内での評価は高く維持されていたことが窺える。
同じ戦場を戦った者同士でしか分からない評価と言うものがある。
西南戦争のことは、明治天皇にその件で何か直接お言葉を
いただくほど深い関係にあったと考えるのが自然です。
その後学習院の院長を仰せつかって皇族の子弟の教育を
任されるほど明治天皇からの信任が厚かったわけですし。
12  不思議な名無しさん :2016年03月18日 21:22 ID:MXsKhuM5O*
旧日本海軍の零戦等に搭載されていた20mm機銃は、
スイスのエリコン社のライセンス生産品。

米海軍の艦艇に搭載されていた20mm機銃も、
エリコン社のライセンス生産品。

ついでに、ドイツ空軍のMGFF20mm機銃も、
エリコン社のライセンス生産品。


日本人の感覚だとスイス=永世中立国=平和ってイメージだけど、
現実の永世中立国スイスは最悪の事態を想定し、
基本的な兵器は国内開発国内生産が大前提。

しかし、スイスのような小さな国の場合、
兵器の国内需要などたかが知れている訳で、
兵器産業の維持発展の為、必然的に兵器の海外輸出が活発に行われる。

そして、場合と状況によっては、永世中立国という立場を生かして、
敵対している国双方に兵器を売るという、
火に油を注ぐような行為を平然と行ったりする。
13  不思議な名無しさん :2016年03月18日 21:55 ID:y0eesXh30*
※4
翼がなくても、うまく重心を貫けばじゃがいもでも飛ばせると聞いたことがある。
ガンダムスレでアッシマーは本当に飛べるのかという話しの中で出てきた。
14  不思議な名無しさん :2016年03月18日 22:36 ID:LFaNBaWI0*
司馬遼太郎の罪は重い
15  不思議な名無しさん :2016年03月18日 23:11 ID:59TFuw2N0*
乃木将軍は当時陸軍の神様みたいな人物だぞ
「当時からあまり評判はよくなかった」なんてことは絶対にないぞ
16  不思議な名無しさん :2016年03月19日 11:58 ID:r7OmHFtU0*
ww2のドイツで市街戦用に銃身が緩いカーブをつけて
90度曲がっている漫画のような自動小銃を開発していた。
驚くことに撃てたようだが銃身の消耗が激しすぎて
実用には至らなかったようだ。
他に砲身の口径が先に行くほど小さくなる大砲も存在している。
圧力を高めて発射速度を増す為の物だが
こちらも砲身の消耗が激しかった(砲身の寿命が早い)が
実際に使われたようだ。
17  不思議な名無しさん :2016年03月19日 15:15 ID:mMTVd.Os0*
「ジャップの象徴である富士山を赤く染めるンゴww」「いざ見てみてら思ってたよりでかくて赤ペンキが足りなさすぎンゴ・・・」
18  不思議な名無しさん :2016年03月20日 08:51 ID:ZbZf8NAyO*
航空力学的にはどんな形式だろうと飛べる。
ただ安定しないし効率が悪いってだけ。

ステルス機開発の番組でそう語ってたよ。
19  不思議な名無しさん :2016年03月25日 23:15 ID:hXdl4ODH0*
左捻り込みじゃなくてエイノ・イルマリ・ユーティライネンのBf109の性能を活かした戦い方じゃないか
20  不思議な名無しさん :2016年12月27日 07:20 ID:jGWweZyF0*
※8
その政治的理由も一因だが実際は予算不足が最大の原因
21  不思議な名無しさん :2017年02月28日 22:09 ID:hZziq0Ig0*
乃木大将は日露戦争後遺族への謝罪の旅とかしてたからさ

 
 
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