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イングランドの中世史を適当に学ぼうぜ

2016年04月13日:23:00

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コメント( 9 )

1: アスペニート 2014/08/11(月) 15:14:09.93 ID:zh/eEg/Y0.net
後半はややこしいから真ん中くらいまで
no title

歴史がはっきりわかる時代には既にグレートブリテン島とアイルランドにはケルト民族が住んでいた
頃はまだスコットランドもイングランドもウェールズもなくて単にいろんな部族に分かれてた
アスペニート(世界史)シリーズ
http://world-fusigi.net/tag/アスペニート
※「アスペニート」とは2chで世界史に詳しい人のコテハンです。

引用元: イングランドの中世史を適当に学ぼうぜ







2: アスペニート 2014/08/11(月) 15:19:07.78 ID:zh/eEg/Y0.net
ブリテン島の世界史への本格デビューとされる事件は紀元前一世紀に起こる
当時ガリア(現フランス)を征服するために戦っていたローマの将軍ユリウス・カエサルが
「ガリアのケルト人をブリテンのケルト人が支援している」ときいてそれを絶つためにいきなり乗り込んできた

no title

3: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 15:19:54.34 ID:rXa+CNQi0.net
ほう

4: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 15:20:17.58 ID:O70X8HH40.net
期待

5: アスペニート 2014/08/11(月) 15:23:26.40 ID:zh/eEg/Y0.net
カエサルは二度もブリテン島を攻めたけど嵐で用意していた艦隊が壊滅したりガリアの情勢が悪くなったりして結局ちょっかいを出す以上のことにはならなかった

しかしこの時からローマはブリテン島の征服を視野に入れる
そして西暦43年クラウディウス帝の時代にあっという間にブリテンは征服される
部族単位でしかまとまってなかったブリテン人はローマ軍団の敵ではなかったんだね

7: アスペニート 2014/08/11(月) 15:26:22.91 ID:zh/eEg/Y0.net
「ローマがブリテン島を征服した」といってもそれは今のイングランドとウェールズまででスコットランドは未征服のままだった
スコットランドはあまりにも奥地すぎて征服するより国境を守った方がコスパがいい、と判断されたからだろう

6: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 15:23:46.04 ID:b9dK+6Tw0.net
こりゃ面白い

10: アスペニート 2014/08/11(月) 15:32:40.26 ID:zh/eEg/Y0.net
さてイングランドとウェールズがローマ属州ブリタニアだった時代をローマン・ブリテン期と呼ぶ
このブリタニアは最も遅く加わった属州でありはっきりいってクソ田舎だった

ローマがやったことは「ハドリアヌスの城壁」と「アントニヌスの城壁」という二つの長城を作って北部の国境を固めた
そして全土に街道を整備して軍団を駐留させた
かなり小さいながらも都市もできた
no title

しかしローマ化の程度はその程度で大部分の土地では部族単位の生活が続いていた

11: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 15:33:23.16 ID:F95F15Cx0.net
ローマ時代のケルト人とゲルマン人の歴史興味ある
こいつら何してたの?

12: アスペニート 2014/08/11(月) 15:37:51.35 ID:zh/eEg/Y0.net
>>11
大雑把にフランスのケルト人はブリテン島なんかと比べるとローマに征服されたあとかなり文明化・同化が進んだ
ローマに征服されなかったスコットランドやアイルランドのケルト、ゲルマン人はウホウホ
ゲルマンは大きな部族に分かれて活発に活動したりしてたけどね
ブリテン島南部はこのスレで描いたとおり

13: アスペニート 2014/08/11(月) 15:40:44.52 ID:zh/eEg/Y0.net
さてそのローマ帝国も弱るときが来る
すでに内乱が起こるたびにブリテン島の防衛はなおざりにされてたんだけど
三世紀の後半からあたり現在のドイツ北部あたりに住んでたゲルマン民族が海を渡って荒らしにやってくるようになる
サクソン人、アングル人、ジュート人とかに分かれてたんだが後世同化して「アングロサクソン」と呼ばれるようになる
さらにスコットランドに住んでたピクト族も長城を超えて攻めてきてローマン・ブリテンは衰退しつつあった

14: アスペニート 2014/08/11(月) 15:45:09.34 ID:zh/eEg/Y0.net
そして西暦410年西ローマ皇帝ホノリウスはもうウチは面倒見る余裕ないよということでブリテン島の人々に「自衛」を命じる
自分たちだけでアングロサクソンに立ち向かわなくてはならなくなったブリテンはローマの影響を残しつつケルト人の部族的世界へ逆行した

五世紀にはサクソン族などのゲルマン人が東部に定着していた
no title

16: アスペニート 2014/08/11(月) 15:52:03.24 ID:zh/eEg/Y0.net
ドイツから大移動してきた「蛮族」アングロサクソンは強かった
ブリトン人は基本的に劣勢で島の西側へ追い詰められていく

その中でウェールズあたりにアンブロシウス・アウレリアヌスという人物がいて
五世紀の後半か六世紀の初頭に「ベイドン山の戦い」でアングロサクソンに大勝したって話もあるけど詳細はわからない
とはいえ六世紀半ばまでアングロサクソンの進出が大きく停滞した時期があって似たような出来事はあったと言われている
このアンブロシウスがアーサー王のモデルらしい

no title

17: アスペニート 2014/08/11(月) 15:53:20.57 ID:zh/eEg/Y0.net
緑がゲルマン民族で黄色がローマ化したブリトン人も含むケルト民族ね

19: アスペニート 2014/08/11(月) 15:57:03.70 ID:zh/eEg/Y0.net
ベイドン山の戦いから半世紀も経つとアングロサクソンは再び征服を再開
イングランドあたりは完全にゲルマン民族の手に落ちて彼らの王国がいくつも乱立した
この頃は特に有力な王国は七つあったので七王国(ヘプターキー)時代と呼ばれる
no title

20: アスペニート 2014/08/11(月) 15:58:36.88 ID:zh/eEg/Y0.net
イングランドという地理的概念はこの頃にできた
イングランド=アングル人の土地

21: アスペニート 2014/08/11(月) 16:01:18.17 ID:zh/eEg/Y0.net
七王国はノーサンブリア、マーシア、イーストアングリア、エセックス、サセックス、ケント、ウェセックス

22: アスペニート 2014/08/11(月) 16:05:43.60 ID:zh/eEg/Y0.net
その中でずーっとグダグダやってるうちに大陸からキリスト教の宣教師がやってきて七王国の国王にも改宗するものが現れてくる
五世紀後半から六世紀初頭ケント王エゼルベルトが最初に改宗した

このあたりからブリテン島も大陸との交渉が復活してきて文明的にヨーロッパに復帰し始める

23: アスペニート 2014/08/11(月) 16:10:53.58 ID:zh/eEg/Y0.net
七王国時代の国王で最も偉大だったのは八世紀後半に君臨したマーシア王オファだった
no title

彼はエセックスとサセックスを併合してその他の諸国を武力で服属させ「アングル人の王」と称した

24: アスペニート 2014/08/11(月) 16:14:59.15 ID:zh/eEg/Y0.net
七王国時代のイーストアングリア王の墓から見つかった兜の復元品
no title

25: アスペニート 2014/08/11(月) 16:19:13.71 ID:zh/eEg/Y0.net
しかしオファ王の晩年あたりからブリテン島に北欧のヴァイキングがやってくるようになる
デンマークあたりから来た奴らが多かったのでアングロサクソンはヴァイキングのことを「デーン人」と呼んだ
そして九世紀後半に大異教軍と呼ばれるヴデーン人の大軍が襲来

この軍勢にイーストアングリア王国は破壊されノーサンブリアは乗っ取られる
マーシアも大きく衰退した

26: アスペニート 2014/08/11(月) 16:24:59.43 ID:zh/eEg/Y0.net
そんな中で唯一デーン人に対抗しえたのがウェセックス王国のアルフレッド大王だった
no title


アルフレッドは何度かボロ負けしつつも最終的にはデーン人のヴァイキングを破って講話を結んだ
濃い茶色がアルフレッドの勢力圏
no title


そして以降アングロサクソン人はこのウェセックス王国に統合されていきアルフレッドの子孫は「イングランド王」と名乗るようになった

27: アスペニート 2014/08/11(月) 16:35:01.75 ID:zh/eEg/Y0.net
アルフレッドの子孫たちは順調にデーン人から領土を奪還していた
しかし11世紀初頭のエゼルレッド無策王の時代にまたヴァイキングの襲来が激しくなる
しかも今度のヴァイキングは一国単位で攻めてきた
エゼルレッドは無能で特に手も打てずフランスに亡命する有り様だった
呆れたイングランドの人々はデンマーク王スヴェンをイングランド王に推戴した
デーン王朝の成立である

エゼルレッド無策王
no title

デンマークのスヴェン双叉髭王
no title

28: アスペニート 2014/08/11(月) 16:37:57.91 ID:zh/eEg/Y0.net
ちょっと休憩

29: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:38:28.72 ID:wc2tT4vM0.net
アスペニートかと思ったらアスペニートだった

30: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:40:16.59 ID:taGWZi9l0.net
ヴァイキングって海賊というより軍隊に近いのか?
ヴァイキング時代の北欧の歴史について適当に学ぼうぜ
http://world-fusigi.net/archives/8341024.html

31: アスペニート 2014/08/11(月) 16:41:11.53 ID:zh/eEg/Y0.net
>>30
出稼ぎの海賊兼商人って感じ

32: アスペニート 2014/08/11(月) 16:42:19.02 ID:zh/eEg/Y0.net
後半のヴァイキングは軍隊に近いかも

35: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:43:45.58 ID:taGWZi9l0.net
>>31
たいして強くなさそうだけど

39: アスペニート 2014/08/11(月) 16:48:41.72 ID:zh/eEg/Y0.net
>>35
でも強いねん
なんでかって言うとこの時代は軍隊は招集かけてからしか動けないからという点がある
ヴァイキングが無防備なところを荒らしに来る→出動だ!→もういない…
こらを繰り返してるうちに体力が削られる

33: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:42:42.91 ID:wc2tT4vM0.net
7王国時代の前がアーサー王のもとになった人がいたとされる時代だっけ

34: アスペニート 2014/08/11(月) 16:43:23.54 ID:zh/eEg/Y0.net
>>33
そうだね
その頃はアングロサクソンの定着は全イングランドには進んでないから

38: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:47:25.28 ID:oWFQoY2I0.net
この頃の戦争ってどういう感じだったんだ

41: アスペニート 2014/08/11(月) 16:51:16.02 ID:zh/eEg/Y0.net
>>38
この時代は封建制度がまだ未熟だから有力者の少数の私兵と狩り集めた農民で戦う感じ

46: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:54:33.85 ID:oWFQoY2I0.net
>>41
やっぱいつの時代も農民は出てくるんだな

42: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:51:46.49 ID:taGWZi9l0.net
なるほど面白いな

43: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:52:07.87 ID:HfC8ul4V0.net
教員採用試験でちょうどこの辺の歴史が出たわ
アスペニートありがとう

44: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:52:44.32 ID:U8xSoXDR0.net
イングランドの人はドイツ人なのか

45: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:53:24.88 ID:nvScfnDg0.net
ガリアって戦場のヴァルキュリアの造語だと思ってた(恥)

49: アスペニート 2014/08/11(月) 16:58:03.37 ID:zh/eEg/Y0.net
>>43
良かったね

>>44
1500年以上遡ればそうなるな

>>45
ガリア帝国とかもある
https://ja.wikipedia.org/wiki/ガリア帝国

47: アスペニート 2014/08/11(月) 16:55:47.52 ID:zh/eEg/Y0.net
さてスヴェン王はイングランドの王冠を手に入れた直後急死してしまう
これを聞いて戻ってきたエゼルレッドとそれを引き継いだエドマンド剛勇王vsスヴェン王の後継者クヌートの戦いが起きた

結果はエドマンドは早世したこともあってイングランドはデンマーク人のクヌートの元で支配された
クヌートは後にノルウェーとデンマークも支配して「北海帝国」と呼ばれる広大な領土を統治した

クヌート大王
no title

北海帝国(赤)
no title

48: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:57:40.04 ID:HfC8ul4V0.net
相変わらずひどいあだ名の王様が多い中世

50: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 16:59:08.27 ID:wc2tT4vM0.net
もとの文だと剛勇なエドマンドとか無策なエゼルレッドになってるんじゃなかったっけ

51: アスペニート 2014/08/11(月) 17:00:58.50 ID:zh/eEg/Y0.net
>>50 アイアンサイド
Edmund Ironsideとかカッコいい

52: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:01:46.24 ID:HfC8ul4V0.net
ケルト人もヴァイキングもローマ人も、血縁集団で姓だの氏だのを共有してたんでしょ
普通に○○族の~~王でいいじゃんと思う。デブだのハゲだの無策だの

55: アスペニート 2014/08/11(月) 17:03:43.61 ID:zh/eEg/Y0.net
>>52
基本的に貴族の家柄は縁のある名前を使いまわすからそれだと同じ名前の人間が多すぎるんじゃね

53: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:02:11.54 ID:cVgvnfOs0.net
教科書もこのくらい根本から書いてくれれば理解が深まるのに

54: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:03:22.11 ID:HfC8ul4V0.net
>>53
そこで詳説世界史研究ですよ

59: アスペニート 2014/08/11(月) 17:10:13.93 ID:zh/eEg/Y0.net
しかしクヌート大王が1035年に41歳で死去すると北海帝国はバラバラになった
しかもクヌート大王の息子たちはいずれも早世したためイングランドのデーン王朝は途絶えてしまう

イングランドの人々はエゼルレッド無策王の息子で母の実家であるノルマンディー公国に亡命していたエドワードを呼び戻した

ノルマンディー公国
no title


このエドワード二世は長年フランスの修道院で暮らしていたため王というより僧侶のような人物で証聖王と呼ばれる
さらにフランス(もっと詳しく言えばノルマン人)人を贔屓した
ちなみに色素が欠乏したアルビノらしい
no title

67: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:28:22.10 ID:HfC8ul4V0.net
>>59
にあるようなREXって自ら名乗るものなの、それともローマ皇帝かなんかに一言挨拶して承認を受けるものなの

69: アスペニート 2014/08/11(月) 17:39:52.16 ID:zh/eEg/Y0.net
>>67
この頃のイングランド王位は半自動
つまり血統による継承と選挙による継承の二つの原理がある
選挙っていっても賢人会議っていう貴族の集まりなんだけどね
血統で言うとエドワード証聖王の正統な後継者はエドマンド剛勇王の孫エドガーだったんだけど
年少だったからこの危機的状況に対処できないとして即位できなかった
そして前の王とは直接血縁関係の無いハロルドが実力を重視されて即位したわけ
デーン王朝のスヴェン王とかの即位もこの実力を支持された(させた)タイプ

73: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:42:25.17 ID:HfC8ul4V0.net
>>69
ローマっぽさとゲルマンっぽさが半々でいかにもな感じだ

61: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:13:09.38 ID:HfC8ul4V0.net
刺繍の左側の人間が重なってスタンド使いみたいになっててワロタ

62: アスペニート 2014/08/11(月) 17:14:48.58 ID:zh/eEg/Y0.net
せっかくデンマーク人の統治から解放されたら今度はフランス人が重用されてアングロサクソン人は面白くなかった
そこでアングロサクソン派の重鎮として幅を利かせたのがエセックス伯ゴドウィンという人物

ゴドウィンは何度か王と衝突した後王国の実権を握った
その後を継いだのが息子のハロルドだった

63: アスペニート 2014/08/11(月) 17:19:41.04 ID:zh/eEg/Y0.net
そして中世のイングランドでもっとも重要な年1066年がやってくる
エドワード証聖王は政治への意欲を無くしたまま子供を残さず死んだ

この機にノルマンディー公のウィリアムはエドワードとの血縁関係を以って王位継承権を主張する
さらにノルウェーのハーラル苛烈王もイングランドの王位を主張した

ノルマンディー公ウィリアム
no title

ノルウェーのハーラル苛烈王
no title

161: アスペニート 2014/08/11(月) 22:00:30.84 ID:zh/eEg/Y0.net
おまけ
ハーラル苛烈王について

ノルウェーのハーラル苛烈王>>63は若い頃東ローマ皇帝の親衛隊長として地中海や東欧を転戦した歴戦の猛者だった
その後北欧に帰りノルウェー王位を得て各地を荒らした
ハーラル苛烈王の死後北欧人が大規模にヨーロッパを襲撃することはなくなったのでその経歴と併せて彼は最後のヴァイキングの王と言われたりする

64: アスペニート 2014/08/11(月) 17:22:32.87 ID:zh/eEg/Y0.net
こんな中でゴドウィンの息子はアングロサクソン貴族の支持を取り付けてハロルド二世として戴冠した

ハロルド二世
no title

65: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:23:29.96 ID:cVgvnfOs0.net
ハーラルなんて初めて聞く名前だな

66: アスペニート 2014/08/11(月) 17:24:46.20 ID:zh/eEg/Y0.net
>>65
北欧系だからね
英語だとハロルドでこの時のイングランド王とノルウェー王は同名ということになる

68: アスペニート 2014/08/11(月) 17:35:30.31 ID:zh/eEg/Y0.net
1066年9月ハロルドはノルマンディーからの攻撃に備えていたがウィリアムはいつまで立ってもやって来なかった
これは嵐でノルマンディーの軍船の集結が遅れていたからなんだけどこの偶然がウィリアムを利することになる

そうこうしてるうちに9月20日北のヨークあたりにノルウェー王が上陸したと聞くとハロルドは即座に全軍を率いて北上することを決断した
ハロルドの軍隊はローマ時代の街道を使って300キロ近くを踏破し25 日にヨーク近辺に現れた

ノルウェー王ハーラルは完全に虚を突かれて分散していた軍を集めることができずに奮戦したあげく戦死した
これが「スタンフォード・ブリッジの戦い」でアングロサクソンとヴァイキングの長年に渡る戦いの結果といってもいいエポックメイキングだった

no title

70: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:40:00.03 ID:wc2tT4vM0.net
ローマ時代の街道っていつまで使われるん?

71: アスペニート 2014/08/11(月) 17:40:30.78 ID:zh/eEg/Y0.net
>>70
知らんけど今でも場所によっては残ってたりするんじゃね?

72: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:41:37.57 ID:wc2tT4vM0.net
>>71
なるほど

74: アスペニート 2014/08/11(月) 17:49:36.37 ID:zh/eEg/Y0.net
スタンフォード・ブリッジの戦いから3日後の9月28日にノルマンディー公ウィリアムはイングランドへ上陸した
ハロルドはそれを知るとまた驚異的な速さでロンドンへ引き返して10月6日に帰還した
そして「ヘイスティングスの戦い」が14日に行われる

結果は軍勢をあまりに無茶に動かしすぎたイングランド軍が敗北、壊滅した

ハロルド王の死
馬に乗ってるのがノルマンディー軍で徒歩で戦ってるのがイングランド軍
no title

75: アスペニート 2014/08/11(月) 17:55:08.06 ID:zh/eEg/Y0.net
ハロルド二世の死によってアングロサクソン人のイングランド王位は永遠に消えた
ノルマンディーから来たフランス語を喋るウィリアムがイングランド王に即位してノルマン朝が成立した

最後のヴァイキングだったハーラル苛烈王の戦死、アングロサクソン人王朝の断絶
以降イングランドは北のゲルマン的北方世界から南のヨーロッパ的世界へ比重を決定的に移すことになる

76: アスペニート 2014/08/11(月) 17:55:57.11 ID:zh/eEg/Y0.net
こっから第二章って感じだね

77: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 17:57:10.60 ID:HfC8ul4V0.net
イギリス人の歴史教科書ってどーなってんのかな

79: アスペニート 2014/08/11(月) 18:02:48.15 ID:zh/eEg/Y0.net
>>77
やっぱりカエサルからやるんじゃね

78: アスペニート 2014/08/11(月) 18:02:09.55 ID:zh/eEg/Y0.net
ノルマンディー公ギヨーム(英語だとウィリアム)がイングランド王ウィリアム征服王なった結果
当時のフランスはイングランドより遥かに「先進的」な地域だったからイングランドは大改造された
具体的にいうと大陸風の封建制度が確立されたってことなんだけどね

もちろん反乱とかもあったけどウィリアム征服王はそれをことごとく鎮圧して貴族の首をアングロサクソンからノルマン人に片っ端からすげ替えていった
ウィリアム征服王の死の時点でアングロサクソン系の貴族は五人しか残っていなかったと言われる

80: アスペニート 2014/08/11(月) 18:09:07.05 ID:zh/eEg/Y0.net
征服王の息子はロベール、ウィリアム、ヘンリーと三人いた
ウィリアム一世は死に際してノルマンディー公位は長男ロベールに継がせたけどイングランドの継承については何も言わなかった
この結果次男のウィリアム・ルーファス(赤顔王)が兄を退けてウィリアム二世として即位した
ロベールは拗ねながら当時流行していた十字軍に出かけていった

ウィリアム二世
no title

81: アスペニート 2014/08/11(月) 18:12:48.65 ID:zh/eEg/Y0.net
ところがウィリアム二世は狩猟中に間違って弓で射られて「事故死」してしまう
そしてロベールがノルマンディーに戻ってきた時には弟のヘンリーがイングランド王になってきた
当然戦いになるわけだがヘンリーは兄を捕らえると死ぬまで幽閉した

ヘンリー一世
no title

82: アスペニート 2014/08/11(月) 18:17:21.24 ID:zh/eEg/Y0.net
こうしてイングランドとノルマンディーは再び一人の君主を戴くことになった
ヘンリー一世は有能な君主で父親の路線をさらに強化したが唯一後継者問題で躓いた

ヘンリー一世の息子は海難事故で死んでしまったのである
他にも息子はいたものの庶子だったためしかたなくヘンリー一世は娘のマティルダを後継者にした
これが波乱を呼ぶ

83: アスペニート 2014/08/11(月) 18:23:54.48 ID:zh/eEg/Y0.net
ヘンリー一世が1135年に無くなるとウィリアム一世の女系の孫スティーヴンがロンドンにやって強引に即位した
以降マティルダとスティーヴンの間で泥仕合が20年も続く

イングランド初の女性統治者マティルダ
no title

スティーヴン王
no title

84: アスペニート 2014/08/11(月) 18:28:16.12 ID:zh/eEg/Y0.net
さてマティルダの夫はフランスの諸侯であるアンジュー伯ジョフロワだった
ジョフロワはフランス人だからイングランドにはあんま興味なくてノルマンディーのスティーヴン方の拠点ばっかり攻めていたのでなかなかイングランド王位をめぐる争いに決着がつかなかったという事情もある

そのジョフロワとマティルダの息子ヘンリー(仏語だとアンリ)が次代の主役だった

85: アスペニート 2014/08/11(月) 18:39:40.16 ID:zh/eEg/Y0.net
ヘンリーは父からアンジュー伯領を受け継いだあと南仏の巨大勢力アキテーヌ女公アリエノールと結婚した

ヘンリー二世
no title


濃い赤がアンジュー、南のオレンジがアキテーヌ
no title

そしてスティーヴン王を圧倒して「スティーヴンの王位は終身保証されるが次の王位はヘンリーに渡す」という講話を結んだ
その結果スティーヴンが死ぬとヘンリーはイングランド王位を手に入れた
父親から受け継いだアンジュー、妻のアキテーヌ公領、さらに後の征服地と合わせた彼の巨大な支配領域は「アンジュー帝国」と呼ばれる

黄色の塗りつぶされた領域がアンジュー帝国
no title

87: アスペニート 2014/08/11(月) 18:40:26.56 ID:zh/eEg/Y0.net
またちょっと休憩

90: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 18:41:13.25 ID:b9dK+6Tw0.net
乙 休憩後も期待

93: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 18:51:07.65 ID:jQLMPYOu0.net
ずっとROMってたけど面白いね

92: アスペニート 2014/08/11(月) 18:45:35.71 ID:zh/eEg/Y0.net
いい忘れてたけどこのアンジューの王家はプラタジネット朝と呼ばれる

95: アスペニート 2014/08/11(月) 18:52:41.72 ID:zh/eEg/Y0.net
さてこの広大なアンジュー帝国だが「たまたまヘンリーという同じ人物が統治している」という以上の結びつきはなかった
ヘンリー二世はその土地土地でアンジュー伯として振る舞ったりイングランド王の顔をしたり統治者の夫だったりしたに過ぎない

その中でイングランドは広大で収入源としては貴重でもフランス人から見れば「おまけ」に過ぎなかったので
王が不在でも大丈夫なように統治機構が特に整備されて発展した

97: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 18:55:08.83 ID:HfC8ul4V0.net
アンジューって分家だか外戚だかでリトアニアからナポリまでを支配する東欧の大帝国もアンジューだった気がする

104: アスペニート 2014/08/11(月) 19:10:01.41 ID:zh/eEg/Y0.net
>>97
シチリアのアンジュー王国は知ってるけどこのプラタジネット朝とは血の繋がりないんだよね

99: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 18:56:37.68 ID:wc2tT4vM0.net
ほう

100: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 18:59:13.64 ID:b9dK+6Tw0.net
そろそろリチャード獅子心王か

101: アスペニート 2014/08/11(月) 19:01:06.87 ID:zh/eEg/Y0.net
ヘンリー二世自身もこの帝国をあくまで自分個人のものとして考えていて自分の死後には分割するつもりだった
すなわち長男若ヘンリーにはイングランドとノルマンディー、次男リチャードにはアキテーヌ、三男ジェフリーにはブルターニュ、そして四男ジョンはまだ子供なので「土地なし」という風に

しかしヘンリーは自分が生きてるうちは寸土も長男に権力を移譲しようとはしなかった
そのせいで壮大な家族喧嘩が始まる

102: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 19:03:10.16 ID:HfC8ul4V0.net
今とは全然違う境界概念を感じる領土分割だ

103: アスペニート 2014/08/11(月) 19:09:04.28 ID:zh/eEg/Y0.net
若ヘンリーがフランス王と結んで企てた1173年の反乱は鎮圧された
その後若ヘンリーは親より先に死んでしまったのでリチャードが後継者になったわけだが、
ヘンリー二世はこの時ジョンにも「土地をやらなきゃ可哀想じゃん」と思い至った(本当はアイルランドに送り込んだこともあるんだけど失敗して戻ってきていた)

そしてリチャードに「お前のアキテーヌはジョンにやれや」と命じたことがヘンリー二世の命取りになった
1189年リチャードはフランス王フィリップ尊厳王と結んで父親を散々に打ち破りヘンリー二世は失意の中病没した

105: アスペニート 2014/08/11(月) 19:15:59.42 ID:zh/eEg/Y0.net
こうしてアンジュー帝国はリチャード一世の元でほとんど分裂せずに継承されたんだけど、彼はひたすら十字軍にしか興味がなかった
約10年の在位期間中イングランドに滞在したのは半年だけで他の王にも増してブリテン島は単なる資金の出処しか思ってなかった
例えば父親はフランスと同盟して攻め込んできたスコットランド王を捕らえて臣従の誓いをさせてるんだけど
リチャードはそれを金と引き換えに解消してしまった

そして何年も十字軍で不在だったわけだがそれでもイングランドには大きな問題は起こらなかったのはヘンリー二世時代には既に行政機構がよく出来ていたからと言える

108: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 19:22:12.19 ID:HfC8ul4V0.net
いくら緯度の割に温暖な地域とはいえヨーロッパから十字軍遠征するのって
暑そう

109: アスペニート 2014/08/11(月) 19:29:59.32 ID:zh/eEg/Y0.net
>>108
ノルウェーから遠征した王様もいるけどよく平気だったなと思う

111: アスペニート 2014/08/11(月) 19:40:47.53 ID:zh/eEg/Y0.net
リチャードは十字軍でエルサレムこそ奪回できなったけどサラディンに大勝して大いに名を上げた
聖地の十字軍国家はリチャードのおかげで100年生き延びたと言ってもいいくらい

しかしその帰路嵐にあってイタリア半島の東の付け根あたりから陸路で帰ろうとしたオーストリア公に拘束されてしまう
そして神聖ローマ皇帝に引き渡されて莫大な身代金を要求されることになった

獅子心王ことリチャード一世
no title

112: アスペニート 2014/08/11(月) 19:46:36.42 ID:zh/eEg/Y0.net
リチャードが不在の間弟のジョンはフランス王フィリップ尊厳王と結んで自分の勢力拡大を狙っていた
フィリップ尊厳王はフランスからプラタジネットの勢力を追い出そうと画策していたわけだね
そんなジョンとフィリップの企みもリチャードが帰還すると終わる
フィリップはリチャード獅子心王に戦では全く勝てなかった

113: アスペニート 2014/08/11(月) 19:52:35.04 ID:zh/eEg/Y0.net
しかしそのリチャード獅子心王は1199年に反乱鎮圧中に負った傷が元で死ぬ
嫡出子はいなかったので弟のジョンが王位を継ぐ
するとフィリップ尊厳王は以前は共謀した中のジョンを追い落としにかかった

"土地なし"ジョン王
no title

114: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 19:53:34.80 ID:wc2tT4vM0.net
欠地王キター

115: アスペニート 2014/08/11(月) 20:00:48.11 ID:zh/eEg/Y0.net
ジョン王の失敗はまずフランスで敵対していた貴族のリュジニャン家のユーグ十世の婚約者を誘拐して自分のものにしたことだった
この婚約者はアングレーム伯領の相続人でジョンはそれを手にしようと思っていたのだが、リュジニャンもジョンも大陸ではフランス王の家臣である

フィリップ尊厳王はユーグ十世の訴えを聞くと「自分の封臣として」ジョンを裁くために召喚したんだけどジョンはこれをスルーした
結果フィリップは不服従な封臣から領土を没収するという封建的大義名分をもって戦争を起こすことが可能になる

フランスの尊厳王フィリップ二世
no title

117: アスペニート 2014/08/11(月) 20:11:15.44 ID:zh/eEg/Y0.net
ジョン王はほとんど一方的にフィリップからフランスにある領地をもぎ取られていった
まさに無能以外の何ものでもないわけだが決してやる気がないわけではない

ジョンは一旦イングランドに引きこもって諸侯の反対を押し切り大規模な反撃を企てた
神聖ローマ皇帝オットー四世と結び自分はアキテーヌから攻め入り南北からフィリップを挟撃しようというのである

皇帝オットーは大軍を集めてフィリップと戦ったがブーヴィーヌで歴史的な大敗をしジョンの部隊もフランス王太子のルイに敗北するなど散々な結果に終わった

これが1214年のこと
ブーヴィーヌの戦いで勝利したフィリップ尊厳王
no title

118: アスペニート 2014/08/11(月) 20:14:41.07 ID:zh/eEg/Y0.net
ブーヴィーヌの戦いのあとノルマンディーやアンジューの領地はイングランド王家から失われた

フィリップ尊厳王の即位時と死去時のフランスの勢力図を比較するとこうなる
もはや南部の一角が残されているに過ぎなかった

赤がイングランド王所有
no title

119: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 20:15:16.71 ID:BJusvKRW0.net
いいぞ、続けたまえ

122: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 20:16:25.38 ID:cVgvnfOs0.net
そろそろ破門されそう

124: アスペニート 2014/08/11(月) 20:16:56.67 ID:zh/eEg/Y0.net
>>122
ごめん、もうジョン王破門されてる

125: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 20:17:35.64 ID:cVgvnfOs0.net
そうなのか

126: アスペニート 2014/08/11(月) 20:21:40.42 ID:zh/eEg/Y0.net
>>125
破門されてて大変なことになってたんだけど1124年の反撃計画のために「イングランド王は教皇の臣下になる」って約束して許してもらったねん
臣下として年貢を収める約束までしてた
イギリス人のローマ教会への反発はここに由来するとも言われている

127: アスペニート 2014/08/11(月) 20:27:39.85 ID:zh/eEg/Y0.net
さてイングランドでは大金をつぎ込んだあげく歴史的大敗を喫したジョンを非難する声が高まってマグナカルタの発布まで至ったのは有名だけど
それ以上に重要なのはノルマンディーなどに領地を持つ諸侯の場合「諸侯→イングランド王→フランス王」という曖昧でややこしい従属関係から
「諸侯→フランス王」という単純なものに変わったことなんだ

ウィリアム征服王に従ってイングランドをに領地を与えられた貴族たちの多くはノルマンディーとイングランドに跨がって土地を持ってたわけだよね

128: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 20:30:14.34 ID:zdmP7flZ0.net
なんでイングランドとか新教国はカトリックを捨ててプロテスタントを信仰するようになったの?
もちろん漠然と勢力争いって意味合いはわかるけどできれば詳細に教えてください。

132: アスペニート 2014/08/11(月) 20:35:23.62 ID:zh/eEg/Y0.net
>>128
ごめん、そこらへんはもはや近世だからあんまり詳しく答えられないや
でも直接の原因はヘンリー八世の離婚問題じゃないの?

129: アスペニート 2014/08/11(月) 20:33:46.64 ID:zh/eEg/Y0.net
当時は複数の君主と封建契約を結ぶことは珍しくなかったけど、
イングランド王とフランス王が仇敵である以上ほとんどの貴族にとって現実問題としてどちらかの君主を選択しないわけにはいかない
「大物」貴族の中にはイングランドではジョンに、大陸ではフィリップに忠誠を誓うというポーズをとって許してもらったものもいた

しかし中小貴族はどちらかの領地を諦めたり兄弟で大陸とイングランドに領地を分割するなどの道を選ぶことになった
この時イングランドを選択した者達が「イングランド貴族」になっていくことになる

130: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 20:34:14.18 ID:Ku1O/UzMO.net
ブリテンの中世史には2つの歴史がある
一つは史実のそれ、もう一つはシェークスピアの史劇だ

133: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 20:37:44.99 ID:zdmP7flZ0.net
>>130
三国志演戯と三国志正史みたいなもんか

136: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 20:45:34.21 ID:Ku1O/UzMO.net
>>133
まさにそれだ
史実は純然たる生の歴史
悲劇のなかに皮肉と諧謔が味付けされたシェークスピアの史劇

リチャード三世なんか、史実の孫権と演義の孫権ぐらいに違う

138: アスペニート 2014/08/11(月) 20:49:26.50 ID:zh/eEg/Y0.net
>>136
リチャード三世は劇の中でも史実の人物としても魅力的だね

131: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 20:34:45.89 ID:wc2tT4vM0.net
マクベス……

134: アスペニート 2014/08/11(月) 20:38:54.79 ID:zh/eEg/Y0.net
マクベスも史実の人物
スコットランドの話だが

135: アスペニート 2014/08/11(月) 20:40:36.98 ID:zh/eEg/Y0.net
なんにせよジョン王のおかげでイングランドは島国としての運命を決定付けられた
なんせジョンはイングランドに埋葬された王としてはハロルド二世以来の人物なくらい

137: アスペニート 2014/08/11(月) 20:46:19.30 ID:zh/eEg/Y0.net
ジョン王が1226年に死んだ時はマグナカルタを破棄したため諸侯と対立してたし
フランス王太子ルイが妻(ヘンリー二世の孫)の権利としてイングランド王位を主張してロンドンに乗り込んできてたくらいやばい状況だった
しかし騒乱の根源が死ぬとイングランド諸侯はジョンの息子のヘンリー三世の元に集結してルイを追い返した
見違える結束力

140: アスペニート 2014/08/11(月) 20:54:16.84 ID:zh/eEg/Y0.net
真ん中くらいまできたからあとは適当に済ませるか

ヘンリー三世以降だんだんイングランドの王はEnglishになっていくわけだが
フランス王家と何回も婚姻を重ねてたために百年戦争を巻き起こすことになった

つまりフランス王フィリップ四世の三人の息子たちがいずれも後継男子を残さずに死ぬとフランスの王位は誰に継承されるかが問題になった
フィリップ四世の甥であるフィリップ・ド・ヴァロワかフィリップ四世の女系の孫であるエドワード三世か

この時「フランスに住んでいない」ことを理由の一つとしてエドワード三世の王位は退けられた
まさしくもはやイングランド王はフランス人とは言えなかったというわけ

142: アスペニート 2014/08/11(月) 20:59:43.80 ID:zh/eEg/Y0.net
これにエドワード三世は納得せず百年戦争が勃発してヘンリー五世の時に「フランス王シャルル六世の死後はヘンリーがもらうよ☆」というトロワ条約まで締結させたんだけど
肝心のヘンリー五世がシャルルより先に死んでしまって跡継ぎのヘンリー六世が子供だったせいでフランスをゲットしそこねた
あとはグダグダでフランスに巻き返されて終わり
そして骨肉の争い薔薇戦争が待ってる

こんなもんで終わりかな

146: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 21:04:54.95 ID:zdmP7flZ0.net
ヘンリー5世ってかの有名なアジャンクールの戦いの勝者でしょ
あのときのロングボウはイチイ及びニレの木が使われてて他国には真似
できなかったらしいね。

毎分5000本の矢が騎士の鋼鉄版を貫いたわけだから恐ろしい話ですな。

147: アスペニート 2014/08/11(月) 21:07:09.87 ID:zh/eEg/Y0.net
>>146
ああいう戦いの凄惨さを見てるともう中世の戦いってより近世だなって感じが個人的にはしなくもない

149: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 21:09:24.56 ID:zdmP7flZ0.net
武田騎馬軍団を破った長篠の戦いを彷彿とさせますね。

150: アスペニート 2014/08/11(月) 21:13:20.46 ID:zh/eEg/Y0.net
シャルル六世の時にフランスがヘンリー五世にボコボコにやられたのはシャルル六世が精神疾患で統治能力がなくて
国内がアルマニャック派とブルゴーニュ派に分かれて争ってたからだけど
ヘンリー五世の後継者のヘンリー六世が同じく精神錯乱で薔薇戦争引き起こすことになるのがすこぐ皮肉

151: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 21:16:00.81 ID:zdmP7flZ0.net
そんなに精神錯乱しまくるなんて家庭環境に問題があったんじゃないの?

153: アスペニート 2014/08/11(月) 21:20:17.14 ID:zh/eEg/Y0.net
>>151
フランスとイングランドで何度も通婚しすぎてたせいだったりするのだろうか
まあフランスはヴァロワ朝になってからイングランドと婚姻してないけど

152: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 21:20:13.81 ID:Ku1O/UzMO.net
>>151
有り体に言えばヘンリー六世はシャルル六世の孫、明らかに遺伝

154: アスペニート 2014/08/11(月) 21:21:05.28 ID:zh/eEg/Y0.net
>>152
ああそうか、シャルル六世が元祖か

155: アスペニート 2014/08/11(月) 21:27:25.08 ID:zh/eEg/Y0.net
百年戦争ややこしい

156: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 21:29:36.35 ID:Ku1O/UzMO.net
シャルル六世もさらに親からの遺伝らしいが、彼の発狂の過程が面白い
行軍の途中で会った狂人に狂気を"うつされた"んだよな
統合失調症の素因のある人は、統合失調症既発症者と関わることで一気に発狂することがあるらしい

157: アスペニート 2014/08/11(月) 21:31:45.38 ID:zh/eEg/Y0.net
>>156
そういえばそうだったな
で弟に斬りかかったとか発症が劇的すぎる

158: アスペニート 2014/08/11(月) 21:36:57.11 ID:zh/eEg/Y0.net
ノルマン朝以前から説き起こすとすごく大変だということを学んだ

159: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 21:41:58.82 ID:KvD3mtrd0.net
予備知識無いから半分くらいわからんかったけどイギリスって思ってたほどイギリスじゃないんだな

160: アスペニート 2014/08/11(月) 21:49:37.87 ID:zh/eEg/Y0.net
この頃はヨーロッパの中でもイギリスは田舎だからね

163: アスペニート 2014/08/11(月) 22:21:13.61 ID:zh/eEg/Y0.net
さらにおまけ
アキテーヌ女公でヘンリー二世の妻、リチャード獅子心王やジョン王の母になったアリエノール・ダキテーヌはかなり自由な性格だった
実は最初はフランス王ルイ七世(フィリップ尊厳王の父)の妻だったのだがソリが合わずに近親婚を理由に離婚したあと速攻で十歳年下のヘンリー二世と結婚している
彼女はアキテーヌ公領の相続人であり夫といえども自由にできなかった
ヘンリー二世と息子たちが戦っている間は息子に加担してみたりリチャード獅子心王がいない間ジョンが好き勝手しようとした時にはそれを阻止するなどいろいろ活躍している
そしてジョンが最終的にフィリップに敗北する直前まで生きていた

143: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 21:00:44.35 ID:wc2tT4vM0.net
なるほどなー

144: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/08/11(月) 21:02:26.82 ID:rHE/crMV0.net
勉強になりましたわ






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イングランドの中世史を適当に学ぼうぜ

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コメント

1  不思議な名無しさん :2016年04月14日 00:20 ID:YnvKJNcc0*
世界史で獅子心王を習った時はあまりのカッコよさにテンションが上った
2  不思議な名無しさん :2016年04月14日 00:35 ID:7QxoLipX0*
中世興味あるんだけどあまりに複雑で中々とっつきにくい
イングランドだけでもこのありさまだし
3  不思議な名無しさん :2016年04月14日 00:42 ID:nYTDOqN10*
※2
中世初期のイングランド史は特に複雑だから、、、
4  不思議な名無しさん :2016年04月14日 05:24 ID:izsJuNNS0*
現代イギリスを語る上でも知っておきたい要素だしな。
5  不思議な名無しさん :2016年04月14日 08:51 ID:oK.sgaQb0*
ついにアスペニートがカテゴリ化しててワロタ

出世(?) したな
6  不思議な名無しさん :2016年04月14日 13:46 ID:aNGiVSuQ0*
ヴィンランドサガがより楽しく読めそうだ
7  不思議な名無しさん :2016年04月14日 20:01 ID:zNGm7vfY0*
もうちょっと近代もやってくれないかな

いまだに国家として統一されていないイギリスが
なぜ大英帝国として世界に植民地をもてたのかが知りたい
普通なら国家統一してからでしょ
8  不思議な名無しさん :2016年04月15日 07:38 ID:ioyxNXsCO*
アングロサクソンとかアングル人
ゲルマン民族、ケルト民族‥
○○人とか民族とか部族とか複雑で分からなくなるわ。
結局、最初に住んでたケルト民族どうなったんや。ゲルマン民族とアルグル人、アングロサクソンって同じ人たちなの?
9  不思議な名無しさん :2016年04月17日 19:44 ID:aRNPGY3.0*
未開のケルト系諸部族連合→ローマ帝国辺境の属州→アングロ・サクソン諸部族国家の統一→ノルマン・コンクェストからの封建制社会→アンジュー帝国の属領→百年戦争でフランスから分離と独自化→テューダー朝で絶対王政と国民国家の形成

 
 
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