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諸葛孔明って戦争未経験のガリ勉だったのになんでいきなり軍師として大活躍できたの?

2016年09月16日:16:00

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コメント( 115 )

1: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:31:53.29 0
不思議

s

引用元: 諸葛孔明って戦争未経験のガリ勉だったのになんでいきなり軍師として大活躍できたの?







4: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:33:48.95 0
ちなみに旧日本軍もめちゃくちゃ賢いエリートが
いきなり将校として指揮してるし珍しくも無い

6: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:34:57.82 0
所詮は口だけの青二才
ガチで戦えば経験に勝る関羽には勝てぬ

7: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:35:55.47 0
しかも都会でエリート教育を受けたというわけでもなく地方で晴耕雨読してた若造がだよ

8: 猫@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:36:37.12 0
>>1
現実の孔明と演義の孔明を区別すべきだね。
現実の孔明は、法律の専門家で、軍事問題に関わったのだろうか?

9: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:37:32.98 0
兵士としてのスキルと軍師としてのスキルが全く違うものだから
何年兵士を務めても軍師としての能力は一ミリもアップしない

12: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:38:54.82 0
ちなみに一兵卒が独裁者となり国家と国軍を指揮したのがヒトラーな
兵士としては滅茶苦茶優秀だった

15: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:40:25.81 0
馬鹿は三国志演義の方を史実だと思ってるからね
孔明は軍師としてじゃなく政治家や官僚としての才が高かった
そもそも「軍師」というものは当時は存在してない

16: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:40:43.85 0
むしろ叩き上げの指揮官の方が珍しい
ほとんどの指揮官は若い頃から幹部候補生として一般兵とは区別された教育を受ける

19: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:45:46.23 0
名前が良かっただけだよ
諸葛亮孔明は実は何もしていない
裏ではブレインがいて戦略についてずっと話し合ってる
それを諸葛亮孔明の案として発表してただけ
名前からして頭のよさそうな軍師が魏にはいるぞってなって蜀と呉は闘う前から負けのビジョンを描いてしまう
簡単に一言で言ってしまえばはったりってやつだ

23: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:47:53.31 0
マジレス

孔明は政治家
戦場でも後方の兵糧調達とかで
前線で戦ったことなどない

26: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:48:14.20 0
史実はぶっちゃけ軍師としては微妙だったが
天下三分の計を描いて実行して見事に実現したとこがすごいの

28: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:49:21.73 0
ていうか中国史に登場する軍師ってほとんど実戦経験なかった学生ばかりだろ
それが君子の気まぐれで登用されて活躍するってパターンばかり

32: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:51:48.05 0
天下三分の計てw
あれ「別にわかれたまんまでええんとちゃいますの」言うただけやん

39: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 22:57:01.64 0
内政も外交も軍事も全部一人でこなす化け物やぞ
生まれつき天才だったとしか言いようがない

43: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:00:13.40 0
天下三分の計
「ヨソはヨソ!ウチはウチ!」てことだもんな

87: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:47:29.41 0
>>43
「漢のフカーツなんて諦めて」とw

47: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:03:24.73 0
正史における孔明の評価

「古来より兵を出して奇計を使わず危険を冒さず成功した者などいない。諸葛孔明の用兵は奇計を使えなかった所に欠点がある」(王志堅『読史商語』)
「蜀がもともと弱国で危ういことを知っていたから、慎重堅持して国を鎮めたのだ」(傅玄『傅子』)
「主君が暗愚で敵国が強大であるので(魏を一気に滅ぼす)計画を変更して蜀を保持しようとしたまでのことだ」(王夫之『読通鑑論』)
「諸葛公はリスクが大きい計略だから用いなかったのではない。大義を標榜した出兵だったから策謀や詭計を用いなかったのだ」(洪邁『容斎随筆』)

55: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:08:54.69 0
ナポレオン元帥でいうとベルティエなんかも完全に文化系将軍だよね

59: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:10:42.51 0
劉備「馬謖には大事な仕事を任せるなよ」
孔明「はい」

58: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:09:37.87 0
孔明は軍師というより政治家

60: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:10:50.53 0
じゃあ政治家としての孔明の実績ってなんなの

65: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:16:37.68 0
>>60
赤壁の戦い、というか蜀と呉の同盟

61: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:12:02.33 0
上層部の優劣は物事を大局的に見る能力で決まる
細々とした現場のことも知ってるに越したことはないが重要度は低い

84: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:46:02.29 0
ガリ勉言うたら春秋戦国時代の百家だってガリ勉だけど表舞台に出たら活躍してるやつは歴史に名を残してる
今と違って実学を教えてたんだよ

93: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:49:37.68 0
孔明は負けない戦は出来るが勝てる戦を出来ない
天下は絶対に取れない

104: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:57:58.19 0
孔明は戦場未経験の馬ショクを起用したら見事に命令無視して大敗
帰還した馬ショクを泣く泣く処刑した
劉備が「馬ショクは戦争未経験のクセに口だけは達者だからあてにするな」の言い残したのを忘れていた孔明

105: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/15(木) 23:58:43.13 0
孔明が活躍した戦なんて南征だけだろ

113: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:05:45.69 0
>>105
孟獲を七回捕らえて七回放す
の元アイディアは馬ショク

115: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:08:03.58 0
>>113
放さなきゃ1回で終わってたやん

126: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:18:28.54 0
>>115
そこをあえて「再チャレンジ」させたわけ

117: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:10:49.06 0
孔明が魏から生け捕ってきた姜維は孔明の後継者を自任して魏攻めを繰り返したが結局蜀漢を傾けた

130: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:20:23.28 0
いや殺したところで他の奴が頭になるだけだからだろ

131: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:21:17.79 0
孔明もすごいが孔明に指揮を許した劉備や周りの将軍も偉いよ

137: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:31:36.17 0
東南の風を呼ぶの逸話があるということは
孔明は赤壁の気象をあるとぃど予測できたんではないの

138: ルウ@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:31:57.03 O
孔明と馬謖は合わせ鏡というかなんというか
一歩間違えたら孔明が馬謖になっていてもおかしくなかった
馬謖のエピソードを入れる事によって机上の学問と、実際の現場のライブ感は別ものという経験の大切さとか
何かリアリティあるものを教えてくれる
もしかしたら馬謖ってのは架空に作り上げた人物で実は孔明本人の失敗談だったのかもしれない
希代の天才・孔明の名誉に傷が付かないように別人格の話として創作したのかも

147: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:38:44.47 0
魏と蜀の国力考えたら善戦したほうじゃないの

196: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 08:07:13.02 0
>>147
禿同

172: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 01:30:05.06 0
諸葛亮(孔明) 略歴

181年 出生 まだ幼い頃、徐州から弟の諸葛均と共に従父の諸葛玄に連れられ南方へ移住する。
197年 諸葛玄が民衆の反乱に遭って殺される。
     その後、諸葛亮は荊州で弟と共に晴耕雨読の生活に入り、好んで「梁父吟」を歌っていたという。
     この時期には自らを管仲・楽毅に比していたが、当時の人間でこれを認める者はほとんどおらず、親友の崔州平や徐庶だけがそれを認めていたという。
     また、この時期に地元の名士・黄承彦の娘を娶ったようである。
200年 三顧の礼 天下三分の計
208年 長板の戦い 赤壁の戦い
211年 入蜀
214年 益州平定 
220年 夷陵の戦い
225年 南部平定
227年 北伐
228年 街亭の戦い 陳倉の戦い(第2次北伐)
229年 第3次北伐
231年 第4次北伐
234年 第5次北伐 五丈原の戦い 没 享年54

175: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 01:33:40.27 0
>>172
俺の脳内に眠る横山三国志のデータが一気に蘇ったわ

174: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 01:32:21.43 0
今気づいたけど三国志って孔明の物語だったんだな

192: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 07:30:02.81 0
実際の諸葛亮は筋肉ムキムキだし戦地では鎧を着て戦ってたよ

198: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 10:01:49.99 0
演義と正史で一番ギャップが激しいのが孔明だよ演義だと魏の曹真は孔明まったく歯が立たなかったようだけど
実際は一度も負けてない赤壁の戦いだって周瑜と魯粛は初めからやる気満々だったから孔明はほとんど役に立ってない
北伐だって正攻法じゃ勝てないのに魏延の長安奇襲作戦を退ける頭の固さ
政治家としては一流でも軍師としては二流なのが孔明

199: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 11:07:50.71 0
実在は不確かだけど「孫子」の作者も著作が認められて将軍として登用されたことになってる

143: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2016/09/16(金) 00:36:20.70 0
こういうエピソード聞くと「俺もやれる」って気になれるから好き







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コメント

1  不思議な名無しさん :2016年09月16日 16:19 ID:grnxz0j60*
三分の計は蒯通が最初に唱えたんでしょ?
韓信が実行してたらどうなってたか見てみたいのぉ・・・・
2  不思議な名無しさん :2016年09月16日 16:53 ID:v1S7mImu0*
因果。本人、なんで勝ったかわかってない。

作戦とか、色々あるけど、それ込みで因果。

諸葛亮が勝つと、多くの人が苦しんで嫉妬して、地獄に落ちるシナリオに多く巡り合った。

そういう、勝利スポットに座ってしまった。ラックが高い。

人間、「他人を蹴落としたい」と、願うので、「戦術」でも「練度」でもなく、そういう処がある。もちろん、戦術とかもある。
3  不思議な名無しさん :2016年09月16日 17:01 ID:09RgITjo0*
孔明は心理学、天文学 物理学 等々学んでいたから一流学者であって叩き上げの軍人の上に立つような人ではない
もし仕えていたのが蜀じゃなかったらそもそも出世もしてない
4  不思議な名無しさん :2016年09月16日 17:21 ID:Og9Id8UxO*
あるとぃどって何?
5  不思議な名無しさん :2016年09月16日 17:48 ID:FAg4jAre0*
軍師という職業な無かったと聞いたけどな
6  不思議な名無しさん :2016年09月16日 17:58 ID:l7exH9Ai0*
曹操についていれば、荀彧の上位互換かな
7  不思議な名無しさん :2016年09月16日 18:01 ID:p0kU2koT0*
幸運ならそこそこでもスカウトされる
不運なら才能があってもスカウトされない
ってことよ
8  不思議な名無しさん :2016年09月16日 18:05 ID:1Cqv8Muf0*
戦略家としては一流で関羽がやらかさなければ長安以西までは押さえられたでしょ
やらかしってのは呉の裏切りを読めなかったことではなく部下に裏切られたことな
そんでもって夷陵でさらに劉備がやらかして事実上の終了
後は単なる消化試合
9  不思議な名無しさん :2016年09月16日 18:52 ID:7jZ4.Zzr0*
当時は全員「学」が無い状態だから
ちょっと「学」がある人間が頭をひねれば簡単に勝てただけ
孔明が特別天才だったわけじゃない
俺がその時代に生きてたらもっと凄かったと思うよ
3回程度の訪問だと家から出ない自信あるし!
10  不思議な名無しさん :2016年09月16日 19:06 ID:hTKEmy8F0*
19につっこんだら負け
11  不思議な名無しさん :2016年09月16日 19:13 ID:HjBP46pr0*
ホウトウが軍事をやってたけど早死にしちゃったから政治と掛け持ちする事になったって聞いたことある
12  不思議な名無しさん :2016年09月16日 19:33 ID:NsjjI49J0*
北伐をしながら国を維持したってのが一番すごいらしいが
国力比が七倍差だったか?
忘れたけど、これで何度も北伐ができたという事実が異常だとか
13  不思議な名無しさん :2016年09月16日 19:43 ID:80S4a0w60*
こいつが離れた瞬間、関羽がやられたり、しばいさえいなきゃ、魏やばかったりと、有能すぎるよな。劉禅の教育と、ばしょくと孫呉に期待しすぎた落ち度はあれど。
14  不思議な名無しさん :2016年09月16日 20:01 ID:Kzr4DSvC0*
史実でも孔明は魏の宮廷から恐れられていて演技ではぱっとしない曹真という史実での名将が病死してから迎え撃った代理の司馬懿が勝ったことが司馬懿一族が魏を乗っ取るきっかけになった
15  不思議な名無しさん :2016年09月16日 20:12 ID:gHLwKqpZ0*
正史の孔明の不可解な行動で打線
1(二) 馬謖を任用するなという劉備の遺言を無視
 (劉備「馬謖は口先だけの男であるから、くれぐれも重要なことを任せてはならない」)
2(遊) 諸将からの呉懿や魏延への推挙を無視し、馬謖を任用して大敗
 (蜀の第一次北伐 街亭の戦い)
3(一) 馬謖の件で何の責任も取らず形だけの降格
 (自らも位を3階級下げて右将軍になったが引き続き丞相の職務を執行)
4(左) 司馬懿に2度も、孫子の「最上の策」(戦わずして屈服させるのが最善の方策)で撤退させられる 
 (第4次北伐と第5次北伐で司馬懿の防衛に対し完全に屈する)
5(三) 司馬懿を初め局地的に破るが、戦略で完璧に破られる
 (第4次北伐)
6(右) 魏延の度々の献策を無視し、死の前に内密に諸将を呼んで魏延を殺す算段をたてる
 (魏延が全軍撤退命令に従わなければ、構わず軍を進発させよと内密に楊儀・費禕・姜維らに指示)
7(中) 魏延と楊儀の険悪な関係に対し、何もせず放置する
 (諸葛亮は2人が不仲なのに心を痛めていた)
8(捕) 問題のある李厳をたびたび用い、ついに謀られて北伐から撤退
 (第4次北伐)
9(投) 陳震のたびたびの忠告をガン無視し、李厳を任用し続けてきたことを後悔
 (「陳震伝」)
16  不思議な名無しさん :2016年09月16日 21:10 ID:HTUuYkS90*
138さん  なるほど!!確かにそうかもと思う
17  不思議な名無しさん :2016年09月16日 21:13 ID:EGRStpdr0*
名前が残っている時点で並みでは無かったことは間違いない。
18  不思議な名無しさん :2016年09月16日 21:38 ID:C3bcU3m.0*
孔明無能説は歴史好きが必ず通る道
19  不思議な名無しさん :2016年09月16日 22:05 ID:CRSTto780*
諸葛ビームは出るよ マジで
20  不思議な名無しさん :2016年09月16日 22:52 ID:GnVNaxdY0*
こういった「実のところ、全然大したことない」って真逆な意見ばかりなのを見ると、演義やそれを元にした各種メディアでの英雄ぶりへの反動的な意見じゃないかって思えてしまうわ
史実は良く知らんが、これだけの歴史的人物が「二流」の一言で片づけられるものなのか
21  不思議な名無しさん :2016年09月16日 23:33 ID:Jlzawr8A0*
否定してる奴が全員かしこぶってて笑った
22  不思議な名無しさん :2016年09月17日 00:11 ID:welQRDhl0*
要するに経験より知識が重要ってことか
23  不思議な名無しさん :2016年09月17日 00:39 ID:1FRiR1GW0*
当時の軍事学は飯を確保する為に生み出されたガリ勉がどうしても何世代かに一度発生する飯ないでござるに付随して起こる戦争に対していかに集団の秩序を保ったまま敵兵に当たらざるを得なくさせるかの手練手管なのだからガリ勉孔明がある程度軍事できても当たり前。今でいうロジが前線での勤務内容とも被っていたような時代でロジが半分槍働き半分、補給がしっかりしていたから魏呉に比べて漢(笑)でしかなかった蜀が継続的に参戦できたのでそれ故に孔明が偉い。しかし蕭何の他に韓信を使う余裕と時期が蜀に押し込められた自称漢にはなかった。
24  不思議な名無しさん :2016年09月17日 01:05 ID:ezU.pb96O*
正史のコメは正史読んでからして欲しいわ。さすがにデタラメすぎてこっちが恥ずかしくなる・・・
25  不思議な名無しさん :2016年09月17日 01:40 ID:U3lUpv0B0*
フィクションだからにきまってんだろ・・・
26  不思議な名無しさん :2016年09月17日 02:53 ID:rPTNak.HO*
蒼天しかしらないからイチモツのでかい目が3つの変態みたいなイメージ。
27  不思議な名無しさん :2016年09月17日 03:27 ID:VCjLef030*
今以上に家の価値が大きかったんだろ。
日本の戦国時代なら、前田家の次男の利家とか。
明智家とか、そう言うのが評判良くてエリートとして就職したと言う感じだと思うが。
普通に名家で兄が呉でもお偉いさんになってるし。
28  不思議な名無しさん :2016年09月17日 03:31 ID:SiX5xSvZ0*
この手のスレは、孔明は実際は無能のクソ!またいなアホが湧き出てきて嫌になる。
29  不思議な名無しさん :2016年09月17日 04:55 ID:Hk.2.W7C0*
本来の孔明とは政治家でしかなかった
軍事を担う劉備が死んだ時点で表舞台に立たざる得なかったのだ

なお孔明の死因は過労という話がある 
孔明の激務の内容を聞いた司馬懿が孔明は間もなく死ぬなと予言したという記述もあるレベルで
それほどまでに当時の蜀は孔明に対し重責を担いすぎたのだ
30  不思議な名無しさん :2016年09月17日 13:16 ID:9AUupnlI0*
実際の三国志の戦争自体正確な描写かは疑問符だが古代文献は近代の映像作品によって誇大化されたイメージが先行しているから真意の程は誰にもわからない
当時の人の価値観や感覚、表現方法や評判の真偽も文献だけでは判断が付かない
庶民の記録なり生活状態なりの資料が膨大にあれば実態が分かりそうだが
31  不思議な名無しさん :2016年09月17日 14:31 ID:bp9VnyUJ0*
空城の計とかはマジでやったんやろ?
根性がすごいわ
32  不思議な名無しさん :2016年09月17日 18:01 ID:Wlf.A.fD0*
相変わらす阿呆が湧いて居るわ。
33  不思議な名無しさん :2016年09月17日 19:16 ID:FULh8s2x0*
小説やゲームのイメージが先行し過ぎて実物より過大評価され過ぎてるだけなんとちゃう?
34  不思議な名無しさん :2016年09月17日 19:33 ID:wNIi2HjV0*
浮遊しながらビーム出せるんだから多少は活躍できるでしょ(無知)
35  不思議な名無しさん :2016年09月17日 22:29 ID:2UOw0FGC0*
献帝と生年没年が一緒なのはマメな
36  不思議な名無しさん :2016年09月17日 22:52 ID:qaI7b2r40*
兄貴も外交官で、有能な家系だったんだろう。
ぶっさいくな嫁を貰って笑われたが、夫婦仲は良かったってエピソード好き。
後の出世を思えば舅が援助して娘を娶すほどには若くして才気煥発だったのだろう。
あと、出師の表が名文だったし、そこで評価が高まった部分も。
正史を書いた陳寿が蜀の出身で、司馬一族に世話になった人物の引き立てがあったので、司馬懿の好敵手として好意的に描かれた部分もある。
37  不思議な名無しさん :2016年09月17日 23:37 ID:UkBMLl8uO*
当時の中国のガリ勉のレベルは今とは次元が違うんだよ
38  不思議な名無しさん :2016年09月18日 00:42 ID:R8n5uCMh0*
孫子にある通りの戦い方をしているよね。
自軍は絶対に崩壊したり負けないように堅実に戦う。
そして相手がミスするのを待つ。

だから孔明は全ての戦いで、万全を期して撤退に成功している。
無理して一か八かで追撃してきた名将・張恰を美味しく返り討ちにしている。

曹真や司馬懿はミスを犯さなかったから勝つことはなかったけど、敗北もなかった。
弱小国家がなんとか用意した10万の兵を大国相手に棄損しないで、無事に帰国させ保全し続けることができた。
39  不思議な名無しさん :2016年09月18日 02:37 ID:Iu5HgnbW0*
蜀って孔明が死んだ後の方が長いんだよね
蜀全体の歴史の3分の2は孔明無し
そう考えると諸葛亮孔明がいなければ蜀が持たなかったってのもちょっと違うとは思う。
そもそも魏と蜀の国力差がでかすぎて時間が経てば経つほど混乱も収まっていくから
余計に差は開いていく、悲しいかな三国が県立した後の時代は
個々の才よりも社会が安定して組織全体の優劣になっている。
中国って組織の中の矛盾点や問題が大きくなると個人の才による革命が起きて王朝が変わり
世代が変わり個人の才ではなく組織で国を治める以下エンドレスってのを2000年以上繰り返してるのよね。
だから孔明関係なく蜀は負けてたよ、すでに個人の才の範疇を大きく超えていたと思う。
※38にあるように孔明自体戦略はどちらかというと攻めるよりも敵を誘い込んで倒す方法をとっていたみたいだし、そこを司馬懿に戦略を看破されている。
彼自身は超有能だと思うし、非常に優れた外交官ではあるけど
全知万能の存在ではないわね。少なくとも軍人ではなく文官であって、政治家であったと思う。
40  不思議な名無しさん :2016年09月18日 07:39 ID:MO.nYJM10*
上位互換はないだろ 初代人材マニア
41  不思議な名無しさん :2016年09月18日 09:13 ID:r0ywq46W0*
演義が有名すぎるから悪いwww
42  不思議な名無しさん :2016年09月18日 10:27 ID:XkwpXB4h0*
外交官だと思ってたわ
一応戦にもでてたんか
43  不思議な名無しさん :2016年09月18日 21:09 ID:nNykET4n0*
本当は架空の人物
というか複数人で作り出した役職みたいなもの
44  不思議な名無しさん :2016年09月19日 00:30 ID:woQRN6qEO*
そもそもが宰相というか、国全般の政治・軍事すべてを統括してた人やから

奇策はしょせん奇策。堅実に勧めることで見えてくる活路もある
45  不思議な名無しさん :2016年09月19日 03:56 ID:btwOp4ui0*
赤壁の戦いの事も出てきたけど…
実際有ったのかすら怪しい。呉史では赤壁の戦いで魏軍を叩いた記述はあるものの赤壁自体の場所すら何処にあったか判明していない(現中国で赤壁の地はココだと言うてる地が何ヶ所もあり、本当にその場所が正しいのかハッキリしていない)
魏軍はあれだけ兵を損失したにも関わらず武将クラスは誰1人として戦死したと言う記述がないし…
陳寿がハッキリ書いとけばスッキリするのに

一般に知られている三国志の話は演義の内容で劉備を主役にしてるから孔明も獣神化されて書かれている。
劉備の先祖が皇帝の末裔ってのも実際調べた事があったらしいけど解らず終い(調べていくうちに末裔ってのも怪しくなってきたが今更違かったとは言えずそれ以上調べる事を途中で止めたって説もある)
46  不思議な名無しさん :2016年09月19日 13:13 ID:QE1LBvf10*
※45
獣神化ってなんぞwモンストかw

演義で神格化されてるので少し正史をかじった違いを出したい
マニアに反動的過小評価されてるってのが現状な人なんだろう
孔明が有能か否かは司馬懿の「天下の奇才なり」という
言葉以上に何か必要なのかなとは思うけどな
最前線で多年対峙した敵の名将の偽らざる感想じゃないか
47  不思議な名無しさん :2016年09月19日 14:41 ID:9EOwkenL0*
ビームしか出せないから最弱やろ
48  不思議な名無しさん :2016年09月19日 23:15 ID:btayqA.90*
演義と正史を分けて考えなきゃいかんよね。
演義ならその方がお話として面白いから。
正史なら軍事的才能は二流でそもそも軍師的な位置じゃない。
一流政治家ではあったけどな。
49  不思議な名無しさん :2016年09月22日 00:21 ID:5ZdBHAtM0*
正史でも天才的な軍人であり政治家
この時代ドクトリンを描き、それにそった軍を作ったのは曹操と諸葛亮だけ

でも優秀な現場司令官てわけではなかった
その人材がいないところが弱小国たる所以ですが
50  不思議な名無しさん :2016年09月22日 07:24 ID:2mWQh2aR0*
>>43とか、天下三分の計を立てたときはまだ劉備が劉表の客に過ぎなかった事ちゃんと理解してんのかね?
蜀を取ったあと蜀だけでええやんって言うなら凡人だけど、その遙か前の策なんだから普通に考えて凄いってなるやろ。
51  不思議な名無しさん :2016年09月24日 12:03 ID:35rjivyo0*
法正が長生きして、劉禅がもうちょっと頭良かったら向いてないことをしなくてよかったんやで。
52  不思議な名無しさん :2016年09月24日 14:11 ID:ulu1qGnV0*
そもそも三國志が史実じゃない定期
元々面白ストーリー小説なんだから超人が居たっていいんだよ
53  不思議な名無しさん :2016年09月25日 00:07 ID:L6Jz8pwR0*
まあ、指揮官は別の訓練していないと駄目なのはわかるけどさすがに
本読んで学べるもんでもないしな。しょせんフィクションってことでしょう
54  不思議な名無しさん :2016年09月27日 03:26 ID:qVOl87ZQ0*
※51
劉禅がもう少し頭良かったら
実権握ろうとして孔明たちを粛正して終了w
55  不思議な名無しさん :2016年09月27日 03:29 ID:qVOl87ZQ0*
馬謖の事は色々あるけど優秀な兄貴たちを皆死なせたのは劉備
馬良達が生きてたら抜擢されることも無く馬謖は孔明の優秀な片腕として役に立っただろう
56  不思議な名無しさん :2016年09月27日 06:40 ID:k6FhCHwa0*
演技にしても虚構7割史実3割らしいが、
その史実3割の中にも不確定な部分があるらしいし。

孔明は実はたいしたことなかったとかうちらが言った所で
あんま意味ないんだよな
57  不思議な名無しさん :2016年09月27日 13:39 ID:NnO56pvv0*
諸葛亮を評価するんなら
まず外交官としての適性を述べなきゃ。
誰かが書いてるように諸葛一族は離散して各国に散らばっている。
そして公私混同が当たり前というか、むしろ権限を家族のために使わないと逆に非難される当時の中国において、『他国に親戚がいる名族』は外交官に最適だった。
だからこそ領土問題で何度も蜀は呉に対して無茶を通せているし、劉備の死後あたりにきっちり借りを返す羽目になっている。
58  不思議な名無しさん :2016年09月27日 21:04 ID:TzQRpNlD0*
横山三国志でも後半はわりと無能じゃん。
59  不思議な名無しさん :2016年09月30日 07:28 ID:5TMTXzs00*
亮ちゃんって、軍事でなくて政治家として優秀だったんじゃないの?

※54
劉禅って言われているほど暗愚ではないと思うけれどな。
そんなのだったら、魏に下った後に本人の意向関係なく叛乱の旗印にされてさっくりと暗殺されているよ。
60  不思議な名無しさん :2016年09月30日 22:17 ID:NGBAei250*
この時代は「お前優秀やん、じゃあアレもコレもソレも全部任せるわ」感が凄い
61  不思議な名無しさん :2016年10月01日 21:32 ID:KjV91rGE0*
>史実は良く知らんが、これだけの歴史的人物が「二流」の一言で片づけられるものなのか

そら創作のすごさってやつだよw
日本だって直江兼続みたいな老害を、「忠義一徹の名武将」として祭り上げてるじゃんw
架空の人物であるホームズやアーサー王を信奉している人がいるだろ?
創作と現実の区別がつかず、それどころか自分から資料も読まずに、「みんなが褒めてるからスゴイに違いない」なんて幼稚なこといってるから水素水とかに騙されるんだよw
62  不思議な名無しさん :2016年10月02日 00:48 ID:bAHzAz020*
赤壁で関羽が失態犯してなければ蜀の勝ちだったんじゃね?
一度でも大将とれば流れ出す。
その後も義兄弟たちが暴走しなければ良かったが、
止めるすべがなかったことが悲しい出来事だ。
仁義を犠牲にしてでも民を幸せにさせたれてたらな。
63  不思議な名無しさん :2016年10月02日 12:43 ID:9TAdSxHI0*
まあ演義ですし。
今の中国見てると、史実すらどこまで正しいのか怪しいわ。
64  不思議な名無しさん :2016年10月03日 00:09 ID:NSpJMBsb0*
陳寿の記述とそれによる2ちゃんとかの書き込みをろくに調べもせずに戦下手の政治家と言うやつ多いよね
65  不思議な名無しさん :2016年10月03日 02:52 ID:wqJMYqY20*
※59
暗愚でなくても何かを積極的にする意味で優秀な訳じゃない
神輿で担がれて部下に任す、部下が優秀なら力を振るえるし
そうでなけりゃアレだ
66  不思議な名無しさん :2016年10月09日 03:46 ID:Ww3EeVBH0*
将軍、軍政官として一流
孔明率いる本隊と野戦決戦をするとか司馬懿でも避けたい事実
67  不思議な名無しさん :2016年10月11日 08:57 ID:NkKEZh7u0*
スレやコメで書かれている事へのツッコミを書き出すと時間も文字数も足りない。

戦争未経験のガリ勉も何も当時学校や塾で学んでいたのは統治や軍事に関わる先例集だ。
そりゃ現代の軍人の幹部候補生と同じことやってたんだから成功する奴も出れば大失敗する奴も出てくる。

当時軍師的な役割がなかったかといえばあった。石井仁の論文の軍師考くらい読んでから発言しろ。
新末後漢初においては監察官の役割だった軍師という役職をシンクタンク型に再編したのは曹操だ。
そして諸葛亮は多くの政策を曹操に倣っているが、本人は将軍だ。

公私混同についてだが、公私混同が非難されてないなら地元に赴任する事を禁じる法律も前漢の大昔に作られることはなかっただろうし無意味な縁故を排除するための試験制度が生まれることもなかったよ。
諸葛亮が呉に行った理由に諸葛瑾が呉に居たことは正史には全く書かれて居ないし諸葛瑾はあの外交において大勢に一切関わって居ない。あそこで主導権を握って居たのは魯粛だ。

中国の歴史書を物語という奴がいるが、物語(小説)は当時の中国人の一番嫌うところだ。
だから裴松之とかいうおっさんがいちいち真偽検証しているわけで。
王朝の正統性のための皇帝の事跡と数字以外に粉飾は少ないし、政治上の先例集としての役割を果たせなかったら史書としての意味をなさないのだから帝紀以外で物語化は少ないよ。
春秋の筆法というものがあってAの伝記ではAに都合の悪いことは書かないという約束事はあるが、その場合は他の伝で書くことになっている。
正史の黄忠の事跡を見てみろ、忠義どころか文字数自体ほとんどないぜ?
68  不思議な名無しさん :2016年10月11日 15:25 ID:M.PkRPcJ0*
むしろすごいのは劉備の人材雇用の目だとおもうわ
こいつすごすぎだろ
曹操がすごすぎなかったら結構いいところまでいってたとおもう
69  不思議な名無しさん :2016年10月12日 05:32 ID:BiN.D3lh0*
政治は一流、軍事は二流
っての飽きた
あと魏延の長安強襲
敵が逃げるの前提の強襲とか笑
別に諸葛亮じゃなくともあんなの許さんよ
70  不思議な名無しさん :2016年10月14日 12:23 ID:8LOEmofd0*
どっかの作家が
「天下統一に失敗した地方政権の宰相」て言ってて
これが一番しっくりきた。
71  不思議な名無しさん :2016年10月14日 19:38 ID:how8S0qM0*
軍事で二流だったら北伐のどっかで負けてるわ、でも実際には負けなし勝ってもないが
終盤の相手だった司馬懿が他の相手なら完勝してるのに引き分けで済んでるんだから、これで実力は分かるってもんだ
72  不思議な名無しさん :2016年10月14日 20:40 ID:csqeJ6PZ0*
※71
北伐って三次以外は撤退戦でしか大きい戦果を上げてないだろ。
確かに名だたる武将を討ち取ってるけど、それって蜀が求めるものではないだろ
敗戦処理がうまかったってのは間違いないと思うけど
慢性的な食糧不足からは逃れられなかったし
戦争で一番大事な兵糧の不安があった状態で攻撃を仕掛ける側ってのは正直どうなんだろうね。
第五次ではそのために屯田もやってたけど肝心の諸葛亮さんが死んじまうし
後他の相手でも完勝ってわけでもないべ
実際武都・陰平を平定した以外は大きな戦果ってあったんか?
73  不思議な名無しさん :2016年10月16日 20:14 ID:etvRzE3J0*
嘘だ!無双で前線出て戦ってたぞ
74  不思議な名無しさん :2016年10月19日 07:36 ID:2vtzob1e0*
土民同士の争いの中に突然インテリが現れたら
インテリがいる側にはイノベーションが起こりまくって
戦況が有利になるのは自明の理
75  不思議な名無しさん :2016年10月21日 23:53 ID:nh6dywnq0*
※67
裴松之は真偽検証はしてないぞ、裴松之がしたのは陳寿は三国志を編纂する際に
信頼度が低い可能性がある書物を排除したので少し背景がわかりづらいし、
簡潔すぎて逆にわかりづらかった。
そこで裴松之は信頼度が低い(あまりにも低いのは除外したみたいだが)歴史書を注釈として織り込んだのよ。
途中である伝記の話は紀伝体を知らない人は理解できないみたいで
陳寿は晋の心証を良くするためにわざと事実を隠蔽したとか、捏造したと言う人もいるが
裴松之の注釈なしの三国志って歴史の教科書みたいに細かいことはなんもわからん。
76  不思議な名無しさん :2016年10月22日 05:25 ID:4eCCXHUt0*
水鏡門下で兄貴も呉の文官って家系だからね
要はエリート
77  不思議な名無しさん :2016年10月22日 14:58 ID:4Y.KxKdH0*
孔明って活躍の機械の多かった場合の石田三成みたいなもんでしょ?
戦に関してはあまり関わってなかったよ
78  不思議な名無しさん :2016年10月22日 18:28 ID:hSfExPGY0*
63
ちゃんと分かってる人いるんだね。
陳寿の個人的な感想と彼が史実として認識している歴史に脚色して話を盛ったもの=三国志演義であって楽しませるための小説として書かれた演義はもちろん、正史でさえ正しいかどうかは分からない。
孔明に関しては蜀の建国に功績があり、その後魏の打倒を目指して北伐するも失敗した政治家というのは正しいだろうが、空城の計を含む細かい話は全て空想の域を出ないもの。
そんなもので戦場において優れた作戦を立案した軍師かどうかなど分かるはずもないし、誰がやっても厳しかったであろう北伐の成否を見てその能力を測るのも難しいことから
「孔明に軍事の才があったかどうかは分からない。」
これが正解。
79  不思議な名無しさん :2016年10月23日 08:15 ID:pxRa5LVA0*
司馬懿は孔明没後の陣を見て天下の奇才って言ってる
裴松之はもし諸葛亮が魏にいれば司馬懿や陳羣も及ばないって言ってる
軍事的に言えば唐代の名将リセイの六花の陣は孔明の八陣図を参考に作られたもの
ネットの誰かさんの「実際はわからない」よりは歴史に名を残した人の言を信用しますわ
80  不思議な名無しさん :2016年10月23日 08:36 ID:szolAAPq0*
※79
八陣の図自体はどんなものかわかってないぞ
六花の陣は八陣の図を参考にして作られたものと言われているだけで
真偽の方はよくわかってない。
李衛公問対自体、本当に唐代にできていたのか討論が本当に行われていたのかはわかってないしね。
結局ifでしかないから妄想するしか無いけど魏に諸葛亮がいて活躍できたかは個々人の考え方によると思うわ。
81  不思議な名無しさん :2016年10月24日 17:10 ID:V3Kg2j1i0*
演技では超人的に描かれてるけど、史実だけでもやっぱ演技程じゃ
ないにしても当時並外れた天才だった事だけは確かだと思うよ。
そりゃ魏に居たら他の天才達に埋もれたかもしれないが、それすら
「たられば」だし。弱小国に居て奮闘した、その事実だけが全てだよ
82  不思議な名無しさん :2016年10月27日 22:56 ID:mc5eOoXh0*
一応演技じゃなく史実でも北伐では指揮官として十分活躍しとるわ
第4次北伐は補給失敗で撤退したが戦術的には当時の魏最高格の指揮官である司馬懿に孔明主導で勝った
最も北伐は局所的な戦いで戦果を挙げたことはあっても戦略的な目的で言えば結局失敗してるからその点で評価が分かれる
83  不思議な名無しさん :2016年10月29日 18:23 ID:nB1OcIRo0*
孔明は劉備死ぬまで軍の指揮はしていないが、自身が先頭に立って指揮をした場合は一応負けてはいないんだよな。
北伐でも魏が撃って出て来た時は、完膚なきまでに打ち負かしたりしてるし。
84  不思議な名無しさん :2016年10月29日 21:07 ID:wbwkkbMZ0*
※83
北伐は魏が攻めてるわけじゃなくて蜀が攻めてるんだよ。
蜀が勝ったのは撤退戦なんだよね。第四次北伐で張コウを討ち取っているのも
後退時の話で、諸葛亮の戦略は攻めよりも守りが物凄く優れていた。
攻めている側が退却する時に追手を倒すのを勝ち戦とは言わないでしょ。
無論諸葛亮が一流の人物であることは疑いようもないけど、北伐に関しては判官贔屓だとは思う。
※82の人も書いてるけど戦術的には孔明は勝ってると思うが
目的を完遂してないから負けは負けだと思うんだよね。
85  不思議な名無しさん :2016年10月30日 17:05 ID:3ud4qs090*
北伐って戦争というよりプロパガンダだと思うから国体を保ちつつ仕掛け続ける事が出来た時点で成功だと思う
86  不思議な名無しさん :2016年10月31日 17:15 ID:rf3aXj8N0*
五丈原で病没しているのに、前線に立ったことないとか阿呆か。
2ch知識真に受ける奴はどうしょうもねーな。
戦術指揮官として凡庸だったということと戦争に参加していないじゃ意味が全然違うつーの。
87  不思議な名無しさん :2016年11月08日 01:33 ID:a.JBDOvA0*
司馬懿が防戦に徹して叩けなかったんなら十分軍事的才覚あったと予想されるんだが、司馬懿なら二流軍事家が指揮してる蜀からの大遠征軍なんてちょろいだろ
88  不思議な名無しさん :2016年11月08日 21:12 ID:WhCQppsk0*
マネーボールは野球をやったことのない人間がルール作ったんやで
89  不思議な名無しさん :2016年11月09日 11:19 ID:7WJUBaaM0*
今の感覚で識字率が一桁程度の時代を語るからわからんのよ。
文字や計算に堪能ってだけで希少性があるんだぞ。

現代に例えるなら英語とフランス語の専門書ぐらいサクサク読めて、経営力もあって人望ある技術者だと思えばいい。
そりゃ出世するやろ。
90  不思議な名無しさん :2016年11月09日 19:56 ID:kMs.aUd50*
演義と正史が混ざって話してるな
個人的には「出師の表」をどう読むかで評価すべきと思う
91  不思議な名無しさん :2016年11月11日 22:55 ID:0uTKK.FG0*
※36
兄の瑾は呉の将軍だぞ?外交官なんかじゃない
演技と正史を混同するなよ
92  不思議な名無しさん :2016年11月11日 22:59 ID:0uTKK.FG0*
※76
だから兄の瑾は呉の将軍!文官じゃなくて武官!
93  不思議な名無しさん :2016年11月17日 14:13 ID:cXTkjDz10*
そら孔明が経験を積まずとも
実用レベルに達してしまう天才だからできただけで
一般人を基準に考えれば絶対無理だわな
94  不思議な名無しさん :2016年11月25日 15:19 ID:EZUN6jGM0*
医者の村田さんも強くて草
95  不思議な名無しさん :2016年11月25日 23:34 ID:lkvg7BWj0*
劉備も若い頃侠客だったみたいだし、ヤンキー漫画的な無双もやってみてーけどな。
96  不思議な名無しさん :2016年11月29日 21:09 ID:bzjRMa8z0*
マジレスすると、軍師としては失格だったと思う。
将軍としては、地道に実績重ねて、晩年はかなり強かったみたいだが・・・寿命が短すぎた。
97  不思議な名無しさん :2016年12月03日 18:39 ID:7JBiDyhP0*
本人が戦国期の楽毅や管仲を尊敬してるってことから、同じように政・軍万能の天才にされたけど、北伐などの動きを見ても軍事指揮官としては普通
馬謖と魏延の例のように、自分に共鳴する人物は厚遇するが、批判者を拒絶する器量の狭さが目立つ
劉備・劉禅の代行者ということを意識するあまり、自分自身が実質的な首脳なのに責任の所在を曖昧にしすぎた結果、帝王学的人材利用ができなかった
98  不思議な名無しさん :2016年12月06日 21:30 ID:N0xfNOBV0*
知能高い人はどこでも通用するんだよ、知能低い人は高い人を理解出来ないんだよ
99  不思議な名無しさん :2016年12月08日 14:45 ID:JqcIh2J30*
>>147が全てだよなぁ
呉と魏に攻められないために、呉と組んで魏を攻め続けるしかなかった
勝つために国を賭けて伸るか反るかの大博打をするより、延命策を取ってたんじゃないかと思うふしがある

うろ覚えだが、国土は3倍で人口は5倍差だっけ?無理ゲーすぎなのよね……
100  不思議な名無しさん :2016年12月10日 22:33 ID:rbi80B5T0*
本当は孔明は政治家で軍師は法正だよな
101  不思議な名無しさん :2016年12月11日 14:30 ID:gBvgQgzs0*
正史でも張コウ討ち取ったりしてるのに2流とは言えないだろ
指導官としても十分一流に入るわ
それに当時は軍師という職業はなかった
102  不思議な名無しさん :2016年12月17日 14:58 ID:RZiHLlx80*
それまで軍師とは官職だったわけよ。
これを初めて劉備が諸葛亮を軍師中郎将に任命した。
益州奪取後は軍師将軍に昇進した。
この「軍師」とは驃騎将軍の「驃騎」、征東将軍の「征東」に
相当する軍号であって官職ではない。

歴史上で世間一般に言われる軍師の役職に初めて就任したのが諸葛亮なわけよ。

103  不思議な名無しさん :2016年12月20日 01:01 ID:p4.6iAoY0*
正史だと宰相タイプの人間のはず。劉邦の蕭何みたいなもんだわ
104  不思議な名無しさん :2016年12月21日 12:27 ID:N.37lul60*
※102
軍師中郎将に初めて任命したのは劉備だけど
元々軍師は君主を手助けする役職で占いをしたり助言をしたりと決して官職ではなかったよ。
むしろ諸葛亮が丞相や将軍も兼任する官職。

歴史上で初めて今の形の軍師の役職に立ったと言われるのは諸説あるけど
呂尚だと言われてるが、
実際には張良ではないかなと思う。
そもそも軍師は古来中国では名誉職的な意味合いが強いしね。
後軍師将軍も呼び名を新しくつけただけで官職の名前だよ。
105  不思議な名無しさん :2016年12月23日 20:16 ID:0TU0F6cM0*
そもそも、凄い軍師として伝わってるんだから、当時の記録を信じるしかない
知ったかの馬鹿の意見なんざ、聞いちゃいねえよ
106  不思議な名無しさん :2016年12月25日 19:45 ID:8U2qPi190*
ハンニバルを遥かに上回る戦術家であり
超有能な政治家だったチートさん
107  不思議な名無しさん :2016年12月26日 15:08 ID:cAMhhPzm0*
※105
これっぽっちも伝わってないよ
三国志演義と言うのはその名の通り当時から創作物語として読まれていただけ
孔明は一介の書生で特に何かに優れた人物ではなかった
現実的に頭脳で蜀を支えたのは法正と馬良
孔明は特に法正の才能を羨んで毛嫌いして荊州に飛ばした根暗野郎
ただ真面目で潔白だったから玄徳に重用されただけ

知ったかの馬鹿の意見なんざ聞いちゃいねえよ
108  不思議な名無しさん :2016年12月27日 04:29 ID:WiNuvIky0*
長坂、赤壁での記述が極めて少ないからとりあえずおいとくとして、軍の指揮として記述に出始めるのは入蜀のときの諸郡平定戦だなあ。
江州、徳陽、建為を攻略するとき孔明が張飛と趙雲の軍を指揮していた、となっている。劉璋の軍は中原の軍のような洗練されたものではなかったと思うけど、かなりあっさりこれらの軍を平定できてるね。

まあ当時の軍の戦術指揮は武人の仕事だし、文官は戦略的なことを考える役割ではあるけど、少なくともこのころすでに戦略的指揮は行ってるようだね。
109  不思議な名無しさん :2016年12月27日 18:46 ID:47hduLR80*
田舎のガリ勉みたいに言うけど諸葛家の格はたしかなんじゃないのか
110  不思議な名無しさん :2016年12月28日 19:01 ID:GXMEx.5E0*
まだ人類が世界中でうほうほ言ってる時代だし、周りの教育レベルが基本的に低いことは踏まえないとな
ガチがり勉はそれだけで異能
111  不思議な名無しさん :2017年01月11日 18:36 ID:lqWtDFnZ0*
真三国無双で見た
112  不思議な名無しさん :2017年01月12日 03:05 ID:19S.bQ.Q0*
「諸葛亮孔明」なんて書く無知な人は議論に参加しちゃダメ
113  不思議な名無しさん :2017年01月16日 19:43 ID:NMnduW8i0*
撤退が孔明がうまいんじゃなくて
殿務める魏延が優秀なんだよなぁ
王双も張コウも魏延が討っている
孔明の策も何も後方にすでに撤退してるからなw
114  不思議な名無しさん :2017年01月17日 14:01 ID:Xy.GgDE80*
※110
中国は政権が安定してる時代は比較的知識レベル高いぞ
無論ウホウホ言ってるやつもいるけど
2世紀だったらガリ勉が異能なんてことはないよ。
115  不思議な名無しさん :2017年01月18日 19:01 ID:gh2ARnYF0*
張良、范蠡と並ぶ程度の才智はあったはず

でなきゃ、魏と戦えるわけがない

 
 
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