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宮本武蔵とかいう畜生wwww(武蔵の実体はこんな感じらしい)

2017年03月29日:08:02

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コメント( 73 )

1: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:17:33 ID:Rdr
巌流島の決戦での伝承1

武蔵「タイマンするンゴ。弟子を連れてくるの禁止な」
小次郎「よかろう」

当日
武蔵「勝ったンゴ」
小次郎「気絶させられたンゴ」

武蔵の弟子「ファッ!? 小次郎生きとるやんけ!殺したろ!」

小 次 郎 死 亡

Miyamoto_Musashi_Self-Portrait

引用元: 宮本武蔵とかいう畜生wwww







2: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:18:38 ID:Rdr
巌流島の決戦での伝承2

武蔵「タイマンするンゴ。弟子を連れてくるの禁止な」
小次郎「よかろう」

当日
武蔵「勝負!」
武蔵野の弟子「よろしくニキーwwwwww」

小次郎「」

3: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:21:17 ID:ZcK
マ?

5: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:23:09 ID:Rdr
>>3
マジやで
あまりにも卑怯やったから弓矢とか鉄砲とか撃たれとる

6: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:24:20 ID:ZcK
>>5
じゃあ武蔵は最強の剣豪やないんか?

12: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:26:16 ID:Rdr
>>6
強いは強かったんだろうけど間違いなく卑怯

13: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:27:06 ID:ZcK
>>12
イメージ崩れますわ…

26: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:37:59 ID:zrW
>>13
正々堂々とやって生き残ったやつはいないんやろうね
武蔵自身も武士道とか正義については問いてないし、
本当にただ強さと地位をもとめたんやろうね

4: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:21:32 ID:Rdr
巌流島の決戦での伝承3

武蔵「タイマンするンゴ。弟子を連れてくるの禁止な」
小次郎「よかろう」

当日
武蔵「来たぞ」
小次郎「遅刻や! 殺すぞ」鞘ぽいー

武蔵「ファーwwww大事な鞘捨てるとか死ぬ気マンマンやんけwwwww」

小次郎「死ねィ!」
武蔵「不意打ちカウンターwwwwwドーンwwwwwww」

小次郎「グエー死んだンゴ」

7: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:24:42 ID:qjQ
武蔵「生涯無敗やで」ドヤァ
なおその実態は

9: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:24:50 ID:Rdr
巌流島の決戦での伝承4(宮本武蔵の養子が書いたもの)

岩流と名乗る兵術の達人が武蔵に真剣勝負を申し込んだ。武蔵は、貴方は真剣を使用して構わないが自分は木刀を使用すると言い、堅く勝負の約束を交わした。
長門と豊前の国境の海上に舟嶋という島があり、両者が対峙した。岩流は三尺の真剣を使い生命を賭け技術を尽くしたが、武蔵は電光より早い木刀の一撃で相手を殺した。以降俗に舟嶋を岩流嶋と称するようになった。

10: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:25:45 ID:vY4
まず小次郎の方がはるかに年上なんよな

11: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:25:46 ID:g0O
果たし合い厨が涌くの防止する為やろ

14: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:27:33 ID:zB8
1二 本多忠勝 57の合戦において全て無傷
2左 千葉周作 北辰一刀流の創始者 合理的精神の持ち主
3中 岡田以蔵 問題児
4捕 塚原卜伝 安打数(切った人数)212
5一 足利義輝 上泉信綱・塚原卜伝に師事 卜伝に「一の太刀」を伝授される
6遊 丸目蔵人 馬術、槍術などの武芸や書、和歌、笛も得意の何でも屋
7三 真柄直隆 なんかめっちゃでかい剣持ってた
8指 宮本武蔵 二刀流
9右 福沢諭吉 同業者から評価が高い頭脳派

先発 上泉信綱 戦国の最強の剣豪として名高く、塚原卜伝と並んで剣聖と呼ばれる 
中継 伊藤一刀斎 大瓶に隠れた盗賊をその瓶ごと二つに叩き斬った 
抑え 織田信長 本能寺の変

20: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:31:18 ID:1ww
>>14
抑えの方はちゃんと試合を締めれるんですかね

39: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:58:27 ID:LQC
>>14
五番に聖域っぽい雰囲気がただよっている

18: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:29:42 ID:ZcK
卜伝すこ

19: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:30:19 ID:Rdr
ついでに言えば、武蔵は巌流島で二刀流を使ってない
木刀を使ったって記述があるだけ

武蔵は、「二刀流はあくまで鍛錬法」と明言しているので、おそらく実践では一度も使っていない

21: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:33:07 ID:hW6
佐々木小次郎ってホンマにおったんか?

22: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:34:59 ID:Rdr
>>21
佐々木小次郎の名前は後世の創作
岩流って人物は間違いなくいた。
宮本武蔵が巌流島で闇討ちしたのも間違いないらしい(武蔵にとっては黒歴史なので、本人の記述はなし)

佐々木小次郎

佐々木 小次郎(ささき こじろう、? - 慶長17年4月13日(1612年5月13日))は、安土桃山時代から江戸時代初期の剣客。号は岩流(巖流、岸流、岸柳、岩龍とも)。ただし、名前についての詳細は不明な点も多い。

「小倉碑文」には、小次郎の名は「岩流(巖流)」としか書かれていない。文書に「佐々木」の姓が登場するのは、武蔵の死後130年経った1776年に書かれた『二天記』が初めてで、それまでに佐々木の姓は記録になく、『二天記』が準拠した『武公伝』には「小次郎」とあるのみである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/佐々木小次郎

23: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:35:11 ID:Hty
恐らくおらんぞ

25: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:37:42 ID:88k
又八も別に武蔵の友達やないんやで

28: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:45:27 ID:Rdr
ちなみに一番正確であろう資料は>>1の「沼田家記」
これの伝承はこんな感じ。
武蔵の弟子と小次郎の弟子が喧嘩したので、しゃーなしに武蔵と小次郎がタイマンで決闘し、武蔵が木刀で小次郎を気絶させることで場を収めようとした。
そしたら、隠れてた武蔵の弟子が小次郎の息の根を止めてしまった。
武蔵一派はお尋ね者になってしまったので、そのまま故郷まで逃げた

30: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:48:38 ID:ZcK
>>28
ほーん
なんや武蔵もそんな悪者でもないやん!

33: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:51:23 ID:0lU
二天一流はそもそも二刀で戦う事じゃないってどこかで読んだ気がする
wiki見てもよく分からんしどっかに二天一流の事ちゃんと書いてあるとこ知らんか
https://ja.wikipedia.org/wiki/二天一流

35: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:54:31 ID:Rdr
>>33
二刀流は片手剣の鍛錬法として考案されたもの
馬上だと太刀を両手で扱えないから、片手に小太刀を持つことで手を塞ぎ、片手だけで太刀を扱うようにした

36: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:56:53 ID:Rdr
>>33
ざっとページ見たけど、これが一番正確でわかりやすいんじゃないかな

34: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:51:42 ID:ozI
言うて元々ガキの頃の決闘で油断した有馬喜兵衛殴り殺す畜生なんやろ?

37: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:56:57 ID:Rdr

40: 名無しさん@おーぷん 2017/03/29(水)00:01:49 ID:K8Z
>>37
さんくす思い出したわゼロってマンガだったわ
右でも左でも同じように自由に使えるようにするのが二天一流って描いてた
これ見ると本当らしいな
ゼロって作中では宮本武蔵2人説を描いてたわ

38: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:57:31 ID:7oL
吉岡「ファッ!?門下生ほぼ全滅やんけ!」

吉岡「せや!剣術なんかやめて染物屋やったろ!」

41: 名無しさん@おーぷん 2017/03/29(水)00:48:30 ID:Zg8
なんか最近の研究やと大坂冬の陣に徳川方として参戦してたらしいやん
「橋の上の敵勢を大木刀で左右に叩き伏せて進んでくのすごすぎて草」みたいな記述があるらしいわ

31: 名無しさん@おーぷん 2017/03/28(火)23:49:19 ID:gI5
刃牙スレと思って開いたのに







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宮本武蔵とかいう畜生wwww(武蔵の実体はこんな感じらしい)

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コメント

1  不思議な名無しさん :2017年03月29日 08:30 ID:K4ouKGbt0*
どれもこれも信憑性無さすぎぃ
2  不思議な名無しさん :2017年03月29日 08:38 ID:OcCPNBkh0*
バキの武蔵も警官隊バッサバッサ斬り伏せてるし残当
3  不思議な名無しさん :2017年03月29日 08:44 ID:QSxvNfmQ0*
果たし合い場所にある木の上で隠れてて相手が来た瞬間上から襲いかかって倒してたってマジですか
4  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:03 ID:pwvFgP4G0*
勝てば官軍なのは
歴史すべてに言える事だろ!
5  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:16 ID:BAsZ5ac80*
コミック乱では良い人っぽく書かれてるからセーフ

なお小次郎
6  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:17 ID:d.pH7h440*
小次郎を殺したのは小次郎の雇い主って聞いた事あるな
理由は忘れたが邪魔になったとかで
7  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:18 ID:MVRjaUAo0*
失望しました、宝蔵院流に入門します
8  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:20 ID:.KWgZ89X0*
実はどんな手を使ってでも勝ちにいくタイプだった説好き
9  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:22 ID:pElRATdR0*
二人説は決闘の時期と当時の移動速度との整合性から来た。後年にまとめられたから記憶違いが正解だと思う。なお二人だった場合、又八がもう一人の武蔵の可能性があるので又八ファンは頑張って欲しい。なお島原の乱で武蔵は…
10  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:28 ID:9W3R7N.90*
剣術家というより兵法家だったわけだし
試合形式で正々堂々と正面から打ち合うほうが武蔵にとってはアホらしかったのでは

ゲリラ戦とかサバイバルとかそっち方面に強い人だったんじゃね
11  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:32 ID:NhXlieN40*
大阪の陣は徳川家きってのバーサーカーとして有名な水野隊に所属
なので水野が馬盗まれた腹いせに伊達の陣に殴りこみ行った際にも参加してると思われる
12  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:33 ID:..ShqEWN0*
巌流島ではない場所で、元自称剣豪の小次郎この時60過ぎのジジイでヨボヨボだったのを若い武蔵が半殺しにしたのを脚色したのが真実。
13  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:39 ID:dXiu2L0L0*
抑えは炎上不可避なんだよなぁ
14  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:49 ID:7ocWV2OZ0*
勝利は手段を選ばなければ誰でも比較的簡単に狙える。
非の打ちどころのない優勝を狙うのは実力者が目指す更なる高み。

現代でも経済的成功者が英雄視されてるのは武蔵のように脚色されているのだろう。

15  不思議な名無しさん :2017年03月29日 09:54 ID:LSfxE8Nl0*
格下とだけ戦って不敗伝説を作るという亀田三兄弟みたいなおっさん
16  不思議な名無しさん :2017年03月29日 10:24 ID:6Qn8cHfO0*
バガボンド実写化したら長瀬に武蔵やってほしい
17  不思議な名無しさん :2017年03月29日 10:25 ID:RbMc29ul0*
なぜそこまでと思うほど
日本サゲに必死なことだけはわかるw
18  不思議な名無しさん :2017年03月29日 10:26 ID:2K26JWQ60*
勝つために手段を選ばないのは卑怯でもなんでもないだろ。
19  不思議な名無しさん :2017年03月29日 10:27 ID:jruFCeT20*
真剣の長剣を自在にあやつる小次郎に宮本武蔵の剛剣では相打ちにしかもちこめない。青竹のフシを握りつぶせる武蔵の握力膂力をもってしても、長剣をふりまわして鍛えた小次郎の膂力とはほぼ互角。だから速さの点でわずかに上回る木剣を使った。普通の木剣では切り落とされるので、船の櫂から削り出しておいそれと切断できないものを作った。時間に遅れることで小次郎の筋力を固くさせ、最初に言葉をかけて気を紛らわせることで初動を遅らせるのも作戦。本来互角であるはずの剣の技量が、あっというまに武蔵有利の状況へと変貌をとげる。こういう兵法の仕組みを理解しないやからが多いのは残念だ。
20  不思議な名無しさん :2017年03月29日 10:36 ID:sbNFnrgv0*
たしか「武蔵」と「沢庵和尚」だけ実在したはず
21  不思議な名無しさん :2017年03月29日 10:38 ID:3W5.zNGp0*
島原の乱で武蔵に石を投げて負傷させた農民最強説。
22  不思議な名無しさん :2017年03月29日 10:52 ID:WhrQMtOU0*
現実じゃ強くて手段選ばない奴が一番強いわ正々堂々なんて弱い
23  不思議な名無しさん :2017年03月29日 10:55 ID:wzpqeg5t0*
武士道ってのは、「どんな手を使っても勝つ」って事だからな
24  不思議な名無しさん :2017年03月29日 10:57 ID:zQ0i0YtT0*
そもそも武蔵と小次郎ってかなり年齢離れていたんじゃなかったか?
25  不思議な名無しさん :2017年03月29日 11:14 ID:9y5vPFV50*
宮本武蔵(20代)vs佐々木小次郎(60代)
26  不思議な名無しさん :2017年03月29日 11:20 ID:pgk955hw0*
強かったら一流の武士として仕官してるわ
大して強くないどころか、全く強くないただのごろつきだよ
27  不思議な名無しさん :2017年03月29日 11:43 ID:9p.IqtfH0*
ジジイの小次郎が、長い日本刀を振り回せたのか疑問だわ
28  不思議な名無しさん :2017年03月29日 11:53 ID:MIDYbnet0*
イクサの作法の先生だったかもなんてのも見たような気がするんだが。
29  不思議な名無しさん :2017年03月29日 12:01 ID:DmuUX.JU0*
司馬遼の短編で、武蔵と吉岡憲法の決闘についてしらべたら、京都所司代のえらいさんが立ち会って、木刀使って寸止めの試合をした記録だけがあったそうだ。

結果は引き分けだったと。
30  不思議な名無しさん :2017年03月29日 12:21 ID:FZ44hWET0*
勝つためには手段を選ばないのは有名だろ
巌流島の諸説の1つでも小次郎の武器より長いの用意して相対したときも背後に隠しててアウトレンジから攻撃したってのもあるし
31  不思議な名無しさん :2017年03月29日 12:25 ID:A10.WANf0*
大阪の陣では無双だったと聞く
32  不思議な名無しさん :2017年03月29日 12:38 ID:8gIAX4Mq0*
今日から俺はの三橋かよ
33  不思議な名無しさん :2017年03月29日 12:40 ID:Gw1mO.XK0*
武蔵の残ってる話がだいたい不意討ちで笑える
やられた側、やった側どっちから見ても卑怯な手を使ってるあたり、やはり兵法家だなぁ
34  不思議な名無しさん :2017年03月29日 13:55 ID:zq6LQmwm0*
吉川の宮本武蔵は創作だからな?
35  不思議な名無しさん :2017年03月29日 13:57 ID:Pes3U1C90*
弟子はいつだって自分の師匠の話盛るからしゃーないんや…

弟子「うちの師匠、奇跡起こせたんやで!神の子だったんやで!」
弟子「ワインだせたんやで!」

イエス(いうてへん…やってへん…)
36  不思議な名無しさん :2017年03月29日 14:29 ID:Kc6yuxBc0*
水滸伝でも一騎打ち最多勝は石ころ投げだから当然。
37  不思議な名無しさん :2017年03月29日 15:11 ID:.UbNBd7W0*
>>2
武蔵野の弟子だからセーフ
38  不思議な名無しさん :2017年03月29日 15:21 ID:J3ve40iR0*
最近は沼田家記が信ぴょう性のある資料扱いになってて苦笑するわ。
あれが書かれたのは、例の戦いから60年もたった後(1672年)やぞ。しかも、武蔵を護衛したとかいう侍(沼田延元:1624年没)の子孫が「爺さんだかひい爺さんだかがこんなこと言うとったで」とまとめたものよ。

だいたい島に武蔵と小次郎と武蔵の弟子しかおらんのに、なんでそんな話をみんなが知ってるんだよ?実は弟子が寄ってたかってやりましたとか弟子がバラすか?武蔵本人が言うか?
「あの洞窟には凶悪なドラゴンが棲んでおって、その姿を見て生きて帰ったものはいない」レベルの矛盾話じゃないか。
39  不思議な名無しさん :2017年03月29日 15:26 ID:39E4PbXg0*
二刀流で戦うことが無いのかと言うとそういうわけでもなく、剣道でもたまに二刀流の人がいる。
小太刀で相手の竹刀止めてこっちの竹刀で殴るという感じ。

LORのヴィゴ・モーテンセンが主演した「アラトリステ」という映画で、
スペインの剣士が出てくるがこちらも短剣と長剣の二刀流で、
短剣で相手の長剣を捌いてこちらの長剣で突くという戦い方だった。
40  不思議な名無しさん :2017年03月29日 15:38 ID:ozEV7ML20*
???「競うな 持ち味を生かせッ!」
41  不思議な名無しさん :2017年03月29日 16:16 ID:g2YAn.i.0*
>>14
抑えの方はちゃんと試合を締めれるんですかね

確かに「火消し役」、と言うよりは「火付けが得意技」ってイメージだもんな
42  不思議な名無しさん :2017年03月29日 16:42 ID:GRL7oReq0*
だいぶ前に期資料で調べたので細かく覚えてないが、武蔵最強伝説は単に吉川英治が菊池寛や直木三十五との論争が発端でここまで広がってしまっただけで、資料としては信頼出来るものはほとんどない。
最強伝説の発端となる『二天記』からして、武蔵の死後百年以上してから書かれている。そもそもこれも武蔵の死後すぐに立てられた小倉碑文に準拠しているが、他の資料との矛盾が多い。

ちなみに吉岡一門との戦いについては『吉岡伝』というものが残っているが、その資料だと一回戦は吉岡直綱との戦いで引き分け、二回戦は宮本武蔵が逃亡とある。さらに『本朝武芸小伝』や『古老茶話』でも一回戦は引き分け、二回戦以後無しとなる。
武蔵が全勝するというのはすべて二天一流師範が書いた書籍によるもので、それは小倉碑文に準拠しているからである。

二天一流側は武蔵との戦い以後吉岡一門は滅んだとあるが、『駿河故事録』他沢山の資料でその後も存続している事が確認出来る。

宮本武蔵最強というのは、単に吉川英治が広めたものにすぎない。

あと、真里谷円四郎も忘れないであげてください。
43  不思議な名無しさん :2017年03月29日 16:52 ID:GRL7oReq0*
佐々木小次郎に関しては、そもそも素性が良く分からない。
資料によっては十代だし、良く言われる六十歳だが、七十歳説まである。

実際、どんな人物なのか『二天記』ぐらいでしか説明されておらず、『武将感状記』においてもその素性はほぼ書かれてない。

実際にこの人物が強いのか弱いのかすらまったく不明で、ほぼ武蔵像を強く描くために『二天記』などで設定補強されたと考えるのが妥当。
44  不思議な名無しさん :2017年03月29日 17:04 ID:zmCfHC900*
岡田以蔵?丸目?
笑わせないでほしい
45  不思議な名無しさん :2017年03月29日 17:24 ID:J3ve40iR0*
はっきり言うと、1970年代以前に有名になった武蔵関連の資料は、どれもこれも疑ってかかった方が良い。
まず18世紀以降に書かれた武蔵の資料は、どれも半分フィクションとして扱った方が良いとおもう。著者で武蔵本人を知ってる人がいないしね。
17世紀の著作にしても、扱いには注意すべきよ。小倉碑文ですら建立した伊織が武蔵の養子になったのは巌流島の14年後で、しかもすぐ小笠原家に出仕したから、武蔵の身近にいたのはおそらくごく短期間。どこまで知ってるかはわからん。
吉岡伝とかは武蔵が北陸の人みたいになっちゃってるし、いまでは創作説の方が強い。あ、司馬遼太郎は時々妙なとこでしれっと嘘つくから気を付けな。

最近は武蔵の身近な人々が直接語ったり書いたりしてる証言よりも、武蔵が立ち寄った場所や、関わった大名家などの公的資料から、足取りやプロファイルを探っていく方が研究の主体になってるようだね。


※42
真里谷円四郎の無住心剣流って正直オカルト剣術ってイメージがあるんだが(スマン)。
46  不思議な名無しさん :2017年03月29日 18:56 ID:Pes3U1C90*
※45
書かれたのが古くても写本で盛られてる可能性とかあるしね
古い写本が見つかって覆された説が何個ある事か…

メモ魔の日本人がそれほど史料を残してない人物って疑ってかかるべきかも
ニュースあると武家の記録係から一般庶民まで日記に書くのが日本人
47  不思議な名無しさん :2017年03月29日 20:23 ID:PKWclGUY0*
西部のガンマンの早打ち伝説の大半も
泥酔したバカ同士の痴話騒動の脚色
48  不思議な名無しさん :2017年03月29日 21:18 ID:mY8CHDaw0*
※14
そりゃ一度や二度なら奇襲で勝てるだろうよ。
だがそれで生涯60戦を越える命がけの戦闘全てに勝てる訳がない。
武蔵の名が売れれば命を狙われることも増えるし、「勝てばよかろう」は狙われる側になっても同じことなのだから。

武蔵の実態について正確に知る術は当然ないが、少なくとも飛びぬけた人物であり、「誰でも簡単にできる」ことしかやっていない人物なのは間違いない。
49  不思議な名無しさん :2017年03月29日 23:05 ID:J3ve40iR0*
※46
メモ魔で思いだしたけど、武蔵サゲのネタの大物として有名な、島原の乱で投石でケガしましたって奴、あれ島原の乱の資料をあたると、そんな事実はないらしい。
従軍した部隊の負傷者リストに武蔵の名前はないらしい。

ではどこから、投石で負傷した話が出たかというと、実は自筆の手紙に自分で書いてる。
この手紙は宮崎の日向藩主有馬直純に宛てたもので、背景を探ると意外な政治的やり取りがあったりする。
50  不思議な名無しさん :2017年03月30日 00:28 ID:6sTIEmSN0*
打線とか阿呆じゃね
51  不思議な名無しさん :2017年03月30日 01:38 ID:StcR5CFG0*
「あいつ、ほんまに強いんか、試したろ」
「お前、それ料理包丁やぞ」
「大丈夫じゃい、物陰から刺したる」
こそっと・・・
武蔵「あ・・・」グサー
「なんも、ころさんでも・・・」
という話とかもあるで。
52  不思議な名無しさん :2017年03月30日 02:06 ID:x5GTrJ8T0*
実際のことはよくわかってないのよね。でも昔の決闘って無様晒しながらの戦いだったと思うよ。それなりの実力者がプツかるわけだから。
それこそ砂撒いたり物投げたりも何でもありで。結局死人に口なしだから勝たなきゃ名誉も掴めないわけだし。
燕返し!みたいなのはなかなかね‥。
53  不思議な名無しさん :2017年03月30日 02:10 ID:tmtNqudf0*
この1はなにがしたいねん?
史料ソースも中途半端なところで追うのやめてるし
だいたいTwitterのみんみんセミまでたどり着いてるなら
もっとソースたどれるだろww
あれは取り巻きが変なの混じってるけど
武術史料の研究では真面目な奴だぞ
54  不思議な名無しさん :2017年03月30日 02:51 ID:ZVb2jGzg0*
宮本武蔵って、どういうわけか昔から歴史上の偉人下げの標的にされやすいよねぇ。
55  不思議な名無しさん :2017年03月30日 03:00 ID:9SNLkn2n0*
二刀剣道始めて二年ぽっちだけど本当に難しい
腕が疲れて集中力切れてくるとつい竹刀と体両方でよけちゃったりして体勢崩れやすい

かの有名な藤井先生と奥さんの石村先生の二刀は本当に綺麗で模範的だから興味あったら是非検索して観てみるべし
56  不思議な名無しさん :2017年03月30日 04:19 ID:8gVJqFTy0*
ケース3は別に卑怯でもなんでもないんじゃね?
戦と違って味方兵力ありきの戦いじゃないからこそ、負けたら死ぬわけだし
実際勝ってる、こずるさもあるだろーけど強いのは間違いなく事実
57  不思議な名無しさん :2017年03月30日 08:27 ID:yx0qepTf0*
ムサシは一言で言えば「勝てばよかろうなのだ~!」だな。
58  不思議な名無しさん :2017年03月30日 08:40 ID:qtFQEkMg0*
とりあえずバガボンド早く完結させて
何年かかってんだ
59  不思議な名無しさん :2017年03月30日 08:51 ID:vD.xwekT0*
場所と時間を指定してわざと遅れていってあまつさえ櫂を使うと言って相手が逆上して取り乱したとこを討ち取った
っていうのが一般的な論だと思ってたけどそうでもないのね
60  不思議な名無しさん :2017年03月30日 09:08 ID:6.r7Wiut0*
 自分も古武道してるが 生き残るために かなり卑怯な技沢山ある
如何に生き残るかが問題  強い人にも負けない自信は出来る
61  不思議な名無しさん :2017年03月30日 09:42 ID:Pevdc.ll0*
霊能者の寺尾玲子さんが小次郎と武蔵を霊視しての人物評など

小次郎「武蔵よりかなり年上のおじいちゃん。よぼよぼしてて武蔵には勝てそうもない感じ。本人も死ぬ覚悟で決闘に臨んでる。負けて倒れたあと、見物人の中に紛れていた武蔵の弟子たちによってたかって殺されてる。ただし殺害の指図をしたのは細川家のえらいさん。細川家の中で小次郎みたいに戦国の古武士のような古い価値観をゆずらないじいさんは邪魔だったみたい。」

武蔵「ほらふき(笑)でもなんか憎めない。主君に忠義を尽くすとかより、自分をどうやって高く売り出すかを考えていた合理主義者。」
62  不思議な名無しさん :2017年03月30日 10:05 ID:RvhSJ6rJ0*
京都で子供を背後から襲い、ぬっ殺して山に逃走。
そのまま山岳ゲリラ戦で各個撃破。
武蔵・・・山岳遭遇戦の準備万端
吉岡100人・・・「山に入るなんて聞いてねーよ」
63  不思議な名無しさん :2017年03月30日 13:38 ID:NGFpRx6R0*
※60
刃牙で武術はずるいものって言ってた爺さんいたけど
本当だったのか・・・
64  不思議な名無しさん :2017年03月30日 13:59 ID:ZVb2jGzg0*
※55
竹刀の二刀流って、刀や木刀でやる二刀流より大変そうなイメージがある。
剣道の竹刀って、最終的に手首で振らなきゃいけないし、長さも一般的な刀よりやや長いので、余計に力が必要になりそう。

木刀や刀は、手首を固定して、広背筋で重さを支えて、身体の重心で操作すればいいので、馴れるとそれほどマッチョマンでなくてもイケるのだけれど。
65  不思議な名無しさん :2017年03月30日 18:20 ID:Jh19hyTu0*
後年の記録資料省いて、当年の一級資料だけで追っていったらかなり薄い話しか残らなさそう
66  不思議な名無しさん :2017年03月31日 02:08 ID:B4il6sDd0*
※62
なんかランボー思い出したw大佐ー!エイドリアーン!ホンモノ!
67  不思議な名無しさん :2017年03月31日 15:27 ID:..dzzGYw0*
あの時代の資料には、佐々木(名称不明)という人がいたことしか
記されていないのに、武蔵の伝記が出された江戸中期を境に、
突然、小次郎だの、巌流だの、決闘だの、物干しざおだの、
年取ってただの、若かっただの、根拠のない肉付けがされて、
佐々木小次郎という人物が生み出された。
明らかにフィクション上の人間なのに、色んな逸話があるのだから、
おかしな話だし、色んな逸話があるということは、
それだけ不確かな存在であるということの証明になる。
68  不思議な名無しさん :2017年03月31日 17:48 ID:faA.y8kl0*
あれ、そもそも弟子の存在があやふやなんじゃなかったっけ?
伝記書いた人が弟子じゃなかった説もあるとか聞いた記憶が。
69  不思議な名無しさん :2017年04月02日 07:09 ID:Mhe1eKiz0*
いや武蔵は二刀流の使い方を書き残しとるぞ
「みじかい方の刀は投げて使う」ちゅうて
ついでに武士道なんちゅうなもんが出てきたのは江戸時代になってからや
葉隠読んでみ
本物のモノノフ達の生々しさに驚くで
70  不思議な名無しさん :2017年04月02日 19:09 ID:6qobMyY40*
バガボンドのよりはまだバキの武蔵の方が現実に近い気がする、強さは置いといて人間性が
71  不思議な名無しさん :2017年04月04日 07:08 ID:uCNUJvmE0*
うーん
この記事読んでもやっぱ武蔵はスゲエとしか思わんわ
常識に囚われない閃きと生き残る為の意欲がずば抜けとるってことやろ
小次郎とか小物に感じるわ
72  不思議な名無しさん :2017年04月08日 05:25 ID:uYARfeTl0*
押井守が武蔵を独自の解釈で語ってるけど
あれはあれで興味深い
73  不思議な名無しさん :2017年04月18日 19:03 ID:nn9d2DQE0*
だれもが、「巌流島の戦い」は「最強の剣豪同士の歴史的な出来事だった」という前提で推論を展開しているようですが、武蔵にとっては「数多い仕合の一つに過ぎなかった」と考える方が自然では?
忘れられない強敵、貴重な経験となった戦いなら、兵法者として書き残すのは必然。
だが、門弟への指導でも、五輪書にも「巌流島の戦い」は触れられていない。
それは、武蔵にとって「巌流島の戦い」が大した意味を持たない、「その他大勢」に過ぎない仕合だったからではないだろうか?

宮本伊織の小倉碑文には『爰に兵術の達人、岩流と名のる有り』と舟嶋での決闘が記されてますが、これは小倉藩の家老となっていた宮本伊織にとって、地元小倉での武蔵の足跡を盛り込む必要があったから、些細な出来事を取り上げたのでは?

 
 
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