あるワードを出すと失敗する!?村人へのインタビュー
まずは村の道行く人々に、「河童の伝説」や「河童のミイラ」の噂を知っているか、聞き込み調査・インタビューを行いました。
しかし、皆口を揃えて「河童伝説はあるがミイラの話は知らない。それはただの噂話だろう」というのです。
そしていざ男性の名前を出すと、突然「これは流さないでくれ、使わないでほしい」と拒否の姿勢を示しました。
それならばと、今度は河童のお土産などを扱う商店街に向かう事にしました。河童の商品を扱う人であれば、河童のミイラについて何か知っていると思ったからです。
商店の方々に「河童に詳しい方が居れば紹介して欲しい」と聞いてみると、商店の方々は皆『同じ男性の名前』を口にしました。
そう、この男性の名前こそ、私たちが探している『男性の名前』と同じだったのです。
ついに河童のミイラの持ち主に近づいた瞬間でした。
商店の方へのインタビューにより、その男性は夫婦2人で暮らしているということがわかりましたが、彼らはやはりどのメディアにも会わないらしく、最近も某新聞社が追い返されたばかりだといいます。
商店街の方たちは快く話してくれたこの男性について、なぜ一般の村人たちは決して語らないのでしょうか。
私たちは謎を残しながらも、まずは男性に追い返されないように作戦を立てる事にしました。
その作戦とは、河童のミイラのことは伏せ、「昔の時代を知るご老人に、若い世代に伝えたことを聞くインタビュー」として、男性を訪ねることでした。
そして警戒されないように、お伺いするのは1人、マイクも照明もカメラもメモ帳すら持たない事にしました。
準備は万全です。
作戦は完璧。いざ男性の家へ向かう
聞き込みの情報を元にその住所まで車を走らせると、川沿いに見えてきたのは時間が止まったかのような雰囲気ある家屋です。
少し離れた場所に機材車を停め、そこで誰が最初に行くのかを決めます。先程の作戦内容から、ファーストコンタクトは学生風の若者がいいだろうとの判断で、比較的若い音声担当者が一人で行く事になりました。
しかし話を聞きに行ったはずのスタッフは、5分もせず呆気なく帰ってきてしまったのです。
車内で詳しく話を聞くと、玄関越しに、お婆さんの声で「今はお爺さんは不在だ、私一人しか居ないし携帯もないので連絡もつかない」と、玄関すら開く事はなかったらしい。
やはり私たちも追い返されたのか……と、落胆を隠しきれないスタッフ一同。
しかし、ここまで来て何の情報も得られず帰りたくはない。せめて追い返された理由だけでも知りたい、そんな思いで今度は若いスタッフ2人で挑戦することにしました。
車内で待機していると、わりとすぐにスタッフ2人が戻ってきました。また追い返されたのかと思えば、スタッフが言うには、なんとお婆さんが出てきて私たちにも会って話をしたいらしく、車で待機していた私たちを呼びに来たのです。
そんな思いで家に向かうと、その玄関の奥には優しそうなお婆さんが一人立っていました。私たちがこんな人数だとは思ってなかったようで驚いています。 私たちはまず、これまでのメディアの非礼を代わりに謝罪し、先程追い返された理由をそれとなく聞いてみました。
するとお婆さんは、「最近、脚の調子がおもわしくなく先程は玄関も開けず申し訳なかった、私は追い返えすつもりはないが、それでもお爺さんは会わないだろう」といいました。
そこで、本当にお爺さんは今家に居ないのか聞いてみると、「いつ戻るかはわからないがたぶん畑仕事でもしてるんじゃないか」と、普通に出掛けているだけのようなので、離れた車内でお爺さんの帰りを待って直接お話してもいいか聞いてみました。
「それはあなた達もその方が納得出来るだろうし構わない」と、お爺さんにお会いするだけでも許可が得られました。
自分達がここまで追いかけて来た河童の取材。
たとえミイラのことが聞けなくてもかまわない。ただ、その納得出来る理由を聞く為だけに、いつ戻るかわからないお爺さんを、車内で待っていました。誰一人反対する人はいませんでした。
すると数時間後、私たちの車に一人の男性が近づいて来ました。
扉を開けると、そこには背の高い老人が立っていました。
「お婆さんから聞きましたよ、遠くから来られたようで……」
念のためお名前を確認すると、老人は間違いなく私たちが探している、クライアントから伝えられた『あの男性』本人でした。
「まだ皆さん待たれてたんですね、実は私は車が止まってるのは知っていました。遠くからいつ帰るのか見てたんです」
私たちはお婆さんの時と同様に、お爺さんに嫌な思いをさせてきたであろう失礼なメディアの代わりにお詫びをした。
するとお爺さんは、「あなた達はいつまでも帰らないので声をかけに来た」と言いました。 私たちが遠くから来たのを知って忍びなく思ったのかもしれません。
お爺さんは続けます。
「この前も新聞社がいきなり来て、ちゃんと私の話も聞かずカメラでパシャパシャとやったから追い返した。しかし、お婆さんも言ってたがあんた達は何か違う」
そこで私たちは、「もう撮影はしないので、記念というか思い出に個人的に家の中を見せてもらえないか」と言いました。
するとお爺さんは、「それでいいなら」と、家にあげてもらうこととなりました。取材ではなく、個人的に家でお話を聞く事になったのです。
家へあがることに成功。果たしてミイラは撮影できるのか?
機材も全て置いて家の中に入ると、古刀や珍しそうな古道具が綺麗に壁に飾られていました。家の外見からは想像出来ないほどにお洒落です。
そして全員でお茶を飲み、色んな話をしました。
興味がある古道具の謂れを聞いたり、そこからお爺さんとお婆さんの昔話、便利になった今の私たちの生活の中で失われていく人を思いやる心の話まで……。
最初に『作戦』と思って立てた事が、結局作戦ではなく自然と繰り広げられていました。
「便利と引き換えに失った物がここにはある。しかしそれも、いつか私達が居なくなればまた全て捨てられ忘れ去られてしまうだろう…」とお爺さんは言いました。
「しかし、そもそも初めから形がなく残せない物事は、言い伝えや伝承の物語などに形を変えて、昔の人が今に伝えようとしとるんだよ」
今の人達はそれをただの昔話や絵空事の物語だと思っているが、言い伝えや伝承には昔の人々が込めた想いがあり、物語にしてまでなぜそれを伝えようとしたのか、そこにはちゃんと意味があり昔の人々のその真意を考えて欲しいと言う話でした。
若いスタッフの一人はその場で書き留めておきたいと、許可を得て紙をもらいその話を個人的に書き留めていたほどです。
お爺さんの話はそれほど説得力のある物でした。
するとお爺さんの口から、私たちが最も待ち望んだ言葉が出ました。
「もっと珍しい物があるけど見るか?先祖代々伝わってる物で、もう本当は人には見せんようにしとるんだが」
願ってもないことでした。
もしそれが例のものであればですが、本来はそのためにわざわざ準備をしてきたのです。
「ぜ、是非……、お願いします」
そう言うとお爺さんは、奥の部屋から古びた木箱を大切そうに抱えて持ってきました。
ついに河童のミイラとご対面!その姿に一同驚愕!
「これはもう村の人にも見せておらん。これをいきなり見れば誰でも気持ち悪るがるからな…あんた達には私の大切な話を聞いてもらったからその準備ができてると思うが、大丈夫かね?」
もしやこれが例の……。
息を呑む一同。
「昔、村の皆で開けてから、表には出さないように決めたんだ。もうあれから何年も開けてないから、開けるのを手伝ってくれるかね?」
丁寧に結ばれた紐をゆっくりと解き、朽ちて変色したような木箱を慎重に開けます。
するとそこには…… 全身は白っぽい土色で、大きさはネコか子犬くらい。何かにしがみつくように手足を折り曲げ四つん這いになった姿勢で、背中には甲羅は無く代わりにゴツゴツと浮き立った骨のような物、腕は細く弱々しい。
これは…人間の胎児のミイラか…? いや、よく見ると顔の骨格が地球人のそれではない…。
首をもたげ何かを叫ぶかのように開けられた口、大きく窪んだふたつの目、この世の物とは思えない…それはまるで宇宙人のミイラのように見えました。
「最初はまたどこかの記者が来てるのかと思ったが、あんた達は違った。あんた達は私の話を真剣に聞いてくれ、私にもう一度これを見たいと思わせてくれた。これが先祖代々河童のミイラとして伝わってる物だ!あんた達、本当はこれを撮影しに来たんだろ?」
結局、お爺さんには最初から見抜かれていたようです。
「は…はい、実はそうです。村の方や商店の方達にも河童伝説について聞き込みをさせていただきました」
「村の人達はなんて言ってた?」
「村の方は河童伝説は知っているが、ミイラの話は知らない、ただの噂話じゃないかと言われてました。ただ、皆さんお爺さんの事はご存知のようでした」
「そうか……、みんな私の事を気持ち悪がってただろ?まあいい…。ところで、あんた達はこれを何と思うかね?」
「んー…なんですかね?」
触ってもいいといわれたので触らせてもらい、四方八方から全員でじっくり観察しました。
「昔は猿もいたし猿かとも思ったんだが、それにしてはどうも違うだろ?」
「顔も手足の指の数も違いますね…」
「これはこの家に先祖代々言い伝えられていた物なんだが、実はなんだかわからんのだ。でも、ほらここに河伯という文字がある」
「本当ですね……この文字はなんて読むんですか?」
「私も調べたんだが、河童の事じゃないかと思う。それと不思議なのは、尻尾の跡のような物もあるんだ。ほらここ、あんた達にはこれ何に見えるかね?」
そう言ってお爺さんは尾尻の跡のような物を見せてくれた。
「本当だ……尾尻のように見えますね……」
「繋ぎ目とかも全くないんだ、ほら」
いつの間にかお爺さんと私たちは、このミイラの正体を暴こうと夢中で意見を交わしていた。その姿は、今日初めて会ったとは思えないほどでした。
するとお爺さんから、嬉しい言葉が出ました。
「せっかくあんた達は遠くから来て、村の事もピーアールしてくれたんだから撮って行きなさい」
「えっ、いいんですか?」
「かまわんよ、あんた達も私の話にこんなに付き合ってお茶だけ飲んで帰るわけにもいかんだろ。私は何も話さんし映らんが……それでもいいなら」
なんと、諦めていた河童のミイラの撮影許可がもらえたのです。
お婆さんもこれにはびっくりしていましたが、了承は得られました。
急いで機材を取りに車に戻り、お爺さんの気が変わらないよう、細心の注意を払ってスチールカメラは無し、ナレーションも無し、ピンマイクも無し、TVカメラ1台に布を被せて持ち出しました。
座敷机に布を敷き、その上に河童のミイラを置いて撮影は始まりました。
この時、河童の手のミイラといわれる物もあるとの事で、これも一緒に撮影しました。
お爺さんは何も言わず部屋の隅で黙ってこちらを見守り続けていました。
ある程度の撮影を終えた頃。ナレーションは無しの予定でしたが、やはり撮れるものなら撮りたい。
小さな声で「これが河童のミイラ…」とナレーションを入れたその時でした。
お爺さんは突然沈黙を破り、「もういいだろ、カメラを止めてくれ!」と叫びました。
そしてその後、テレビで放送されていない驚くべき話がここから始まったのです。
突然止められたカメラ!オフレコでしか語れなかった、持ち主が推測するミイラの真実とは
お爺さんはカメラを止めて、先程の茶飲み仲間のような雰囲気ではく、真剣な口調で私たちに語り始めます。
「私もこれが何なのか、いろいろ考えてきた」
「私は思うんだ。これは河童のミイラと云われているが、実は違うんじゃないかと」
まさか。
当の持ち主が河童のミイラであることを訝しむ発言に、私たちは固唾を呑みました。
「表向きには河童のミイラとして、村おこしにでもなればいいと思っとった。でもそのうち、私のことを気持ち悪がる人も出てきた。商売人は凄く喜んでくれてるんだが……一般の人はこんな気持ち悪いミイラが村にあるなんて、村おこしどころか逆効果じゃないかって言う人もおるのが現状だ……」
私たちはこの時、ようやく謎が解けました。
商店の方々がインタビューに凄く協力的だったこと、一般の方に河童のミイラの噂とこのお爺さんの名前を一緒に尋ねると何故かインタビューを打ち切る人が多かったこと。
狭い村で河童のミイラを取り巻く人間模様。そしてお爺さんがメディアを追い返す理由を察しました。
「しかし、こんなものがなんで家にあるのか…その意味はちゃんとあると私は思う」
「どういう事ですか…?」
「私はこれが何なのか何度も何度も考えた。考えた末、これが本当の河童なのかは関係なくて、実は昔の人が伝えたかった真意が別にあるんじゃないかと思っとる。
全国にも河童の言い伝えがあるだろ?他に河童のミイラも残っとるだろ?あれは昔の人々が伝えたくても伝えられない、古来からの文化や風習を河童の物語に形を変えて、未来の人に昔はこういう事があったと伝えようとしたんじゃないかとね…」
「……」
私たちはその先が全く想像できませんでした。河童が一体何を私たちに伝えようとしているのでしょうか。
「昔はね、医療も今みたいに進んでおらず、よく赤ちゃんが死んで生まれて来たり、生まれても直ぐに亡くなったりしてた。
幼い子も病気になったりして亡くなったり、そういう事が昔は日常茶飯事だった。そういう時は、また生まれかわって来いよという願いを込めて、亡骸を川に流して水葬にしてたんだ。
昔は日本の各地でそういうことが行われていただろうし、それが弔いの儀式で最高の儀礼だった。それを気味悪がったり隠そうとするのは違うと思うんだが……。
今はそういう文化や風習は禁止され廃れて、中には気味悪く思う人すらいる。伝えたくても大っぴらには伝えられない、そういう事柄が日本の各地に沢山ある。この河童のミイラも、昔の人々がこうまでして今の人に伝えたかったひとつなんじゃないかと思っとるんだ。そして実際……あまり大っぴらには言えないが、そのような風習がここにもあったんだよ」
なるほど、確かに川に流された赤ちゃんと河童には、いくつか共通点がある。
赤ちゃんの薄い頭の皮膚は、川の石で削られ頭蓋骨が露出し、ちょうど河童の頭のお皿のように見えたかも知れない。
背中も川底の小石で削られ、骨が河童の甲羅のように見えただろう。
皮膚は水で変色し緑色に近くなり、唇は水で腫れて、河童のくちばしのように見えたかも知れない。
目も同じく腫れただろうし、それを川で遊ぶ子ども達が何か恐ろしい者に見間違えたのではないでしょうか。
本当はそれが、河童伝説の真実かもしれません。
河童の正体が、本当に水葬された幼子かどうか、もちろん証明などできません。ただ各地に残された伝承、ミイラ、そして死んで流される幼子の姿……。
それらは、私の心に残るには十分なほどの説得力をもっていました。
もしかしたら河童にかぎらず、妖怪という存在は、私たちに昔の風習や習慣を言い伝え、戒める意味を持っているのかもしれません。
『言い伝えや伝承などには、昔の人が今に伝えようとしている真意が隠されている』
お爺さんのこの言葉は、今でも胸に響いています。
Text by SEIMEI Edited by maxim