5: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:46:29 ID:rO6
大日本帝国海軍兵学校 生徒館(海上自衛隊幹部候補生学校):広島県
1893年完成のレンガ造
設計はイギリス人のジョン・ダイアック
大日本帝国海軍の士官養成学校
建物裏手の中庭に面した廊下の連続アーチが特に美しく、見所である
建物内の階段手すりや照明に碇のマークが刻まれている
終戦後はアメリカ、イギリス軍に接収され、返還後は海上自衛隊が使用している


6: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:46:55 ID:MGe
こういうのいいよな
がんばってくれ
8: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:48:01 ID:wBK
前回の良かったからまた楽しませてもらうわ
9: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:48:27 ID:rO6
ありがとうございます
10: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:48:44 ID:rO6
大日本帝国海軍兵学校 大講堂(海上自衛隊幹部候補生学校 大講堂):広島県
1917年完成のレンガ造
設計は海軍経理部による
生徒館に向かって右側に建てられている講堂
外壁はレンガの壁に花崗岩を貼り付けており、正面に3箇所と建物裏手に皇族専用の出入り口がある
内部は吹き抜けとなっており、正面に演壇と玉座が設けられている
終戦後はアメリカ軍によって11年間接収された
現在は海上自衛隊が所有し、幹部候補生の入学式、修業式にのみ使用される

11: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:50:59 ID:rO6
大日本帝国海軍兵学校 教育参考館(海上自衛隊幹部候補生学校 教育参考館):広島県
1936年完成の鉄筋コンクリート造
設計は山下寿郎
「自己修養と学術研鑽の資とする」ことを目的として設立された
かつては海軍の資料4万点が保存されていたが、占領軍による略奪を防ぐために大部分が海軍の手で事前に処分された
外観は4本の巨大な列柱が目を引くが、全体的な装飾はシンプルである
内部は正面から一直線に階段が伸び、その先に東郷平八郎の遺髪が収められている
外観の撮影は自由であるが、内部の撮影は不可
12: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:51:30 ID:rO6
東郷平八郎の遺髪が納められている扉へと続く階段
ブロンズの扉には東郷が残した数々の偉業の場面が描かれている
13: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:53:09 ID:rO6
大日本帝国海軍佐世保鎮守府凱旋記念館(佐世保市民文化ホール):長崎県
1923年完成の鉄筋コンクリート、一部レンガ造
設計者は不明
第一次世界大戦での海軍の活躍を記念して建設された
第二次大戦後はアメリカ軍に接収され、外壁をペンキで白に塗られてしまう
内部も青のペンキで塗られ、娯楽施設として32年間使われた
その後、佐世保市に返還され市民文化ホールとして現在も利用されている
14: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:53:31 ID:rO6
2013年にペンキを全て剥がして本来の姿に戻す作業が行われれた
17: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:55:39 ID:rO6
大日本帝国陸軍第十一師団司令部(乃木館):香川県
1898年完成の木造建築
設計者は不明
コの字型の構造を持つ擬洋風建築
外壁は漆喰仕上げで、正面のペディメントには陸軍の紋章である五芒星が見られる
終戦後は陸上自衛隊が所有し、展示施設として利用されている
因みに、乃木館の名称は第十一師団初代師団長であった乃木希典に由来する
18: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:56:31 ID:rO6
旧善通寺偕行社:香川県
1903年完成の木造建築
設計は木村宗八
偕行社は戦前に陸軍の社交場として設立された組織
平屋建ての擬洋風建築で、各所に陸軍の紋章である五芒星の意匠が見られる
終戦後はアメリカ軍に接収され、1947年に善通寺町に払い下げられた
現在は一般に公開されており、隣接地に「偕行社かふぇ」がオープンしている
19: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:57:28 ID:rO6
須崎警察署 佐川分署(旧青山文庫):高知県
1886年完成の木造建築
設計者は不明
中央にバルコニーを設けた擬洋風建築
1930年に老朽化が問題となり、改修されて図書館として利用されることとなった
最大の特徴は何と言ってもその白さである
2010年には改修工事が行われ、白のペンキも塗り直された
20: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:58:25 ID:rO6
山口県庁(山口県政資料館):山口県
1916年完成のレンガ造
設計は武田五一
廃藩置県が行われた事により、それまでの山口藩庁に代わって西洋建築の県庁舎が建てられた
外壁はレンガ造りの壁をモルタルで仕上げている
正庁は漆喰の白と鮮やかなミントグリーンで彩られ、非常に美しい
1984年に資料館として一般に公開された
21: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:59:31 ID:d78
白い建物多いんだな
22: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)07:59:49 ID:rO6
山口県議会議事堂(山口県議会資料館):山口県
1916年完成のレンガ造
設計は武田五一
外壁は県庁と同じくレンガ造のモルタル仕上げ
内部の議場は2階に傍聴席が設けられている
内装は県庁舎に比べると全体的にシンプルな印象
県庁と同じく資料館として一般に公開されている
23: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:00:41 ID:rO6
徳島県庁(徳島県立文書館):徳島県
1930年完成の鉄筋コンクリート造
設計は佐野利器
外観はスクラッチタイル貼りで、正面の車寄せ等に細かな装飾が見られる
1986年に新庁舎が完成したことで役目を終え、文化の森総合公園に移築された
現在は正面部分に左右の両端部分を繋ぎ合わせた状態であり、かなり小規模に縮小されてしまった
さらに公園内でもあまり陽の当たらない場所にひっそりと佇んでおり、かつての威容は影を潜めている
24: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:02:29 ID:rO6
愛媛県庁:愛媛県
1929年完成の鉄筋コンクリート造
設計は木子七郎
左右対称の構造を持ち、中央にはドーム屋根が乗る
重厚で堂々とした外観だが、内部の各部屋の装飾などは繊細で優雅さを漂わせる
正庁は特に見所で、神聖な部屋である正庁に相応しい装飾が散りばめられている


38: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:19:30 ID:Tip
>>24
目の前に路面電車が走っていて、それと合わせてみるとなお雰囲気があっていいよね。
25: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:03:39 ID:rO6
宮崎県庁:宮崎県
1931年の鉄筋コンクリート造
設計は置塩章
ネオゴシック様式の県庁舎で、外観からは権威的な印象を受ける
宮崎県の県庁舎としては2代目で、国内の現存する県庁舎では4番目に古い歴史を持つ
内部の議場は折上げ格子天井で和風の意匠が見られるが、建物全体としてはどこか南国風の雰囲気を感じさせる
26: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:04:44 ID:rO6
鹿児島県庁(鹿児島県政記念館):鹿児島県
1925年完成の鉄筋コンクリート造
設計は曾禰中條建築事務所による
ロの字型の構造を持つルネサンス様式の県庁舎
純洋風の外観を持ちながらも屋根は和瓦葺き
1993年に新庁舎が完成したため移築、改修工事が行われた
現在は正面部分のみが保存され、県政記念館として一般に公開されている
27: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:06:39 ID:rO6
戸畑市役所(戸畑図書館):福岡県
1933年完成の鉄筋コンクリート造
設計は福岡県営繕課による
外壁にレンガ風タイルを貼り付けた帝冠様式の建物
終戦後は区役所として使用されていたが、2014年に改修工事が行われた
外観はよく保存されているが、内部はほとんど原型を留めていない
現在は図書館として一般に公開されている
28: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:07:47 ID:rO6
鹿児島市役所:鹿児島県
1937年完成の鉄筋コンクリート造
設計は大蔵省営繕管財局工務部による
国内で4つしかない県庁所在地に残る戦前の市役所である
垂直性を強調するような装飾が中央部分に見られるが、それ以外は非常にシンプルな外観
1998年に国の登録有形文化財に指定された
29: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:09:13 ID:rO6
倉敷町役場(倉敷館):岡山県
1916年完成の木造建築
設計者は不明
倉敷の伝統的建造物群保存地区の中心に位置する
地域のランドマーク的な存在であり、西洋館であるにもかかわらず日本の景観に見事に溶け込んでいる
現在は観光案内所として利用されている
30: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:10:20 ID:rO6
旧大宜味村役場:沖縄県
1925年完成の鉄筋コンクリート造
設計は清村勉
沖縄県内に現存する最古の鉄筋コンクリート建築
台風の影響を考慮して八角形の平面形状を取り入れるなど、地域の気候を考慮した設計がなされている
現在は大宜味村教育委員会が民具置き場に利用しているが、一部は一般に公開されている

31: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:10:29 ID:Tip
俺の卒業した高校もなにげに戦前の建物だったな。
階段が人の足ですり減っててぐにゃぐにゃしてた。
32: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:12:42 ID:rO6
別府市公会堂:大分県
1928年完成の鉄筋コンクリート造
設計は吉田鉄郎
鉄筋コンクリート建築としては大分県内最古である
建物の完成した年に行われた博覧会では地下食堂で宴席が催された
2014年に復元工事が行われ、外装タイルの貼替え等が行われた


33: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:14:28 ID:rO6
鹿児島市公会堂(鹿児島市中央公民館):鹿児島県
1927年完成の鉄筋コンクリート造
設計は片岡安
当時皇太子であった昭和天皇の御成婚を記念して建設された
地下1階地上3階建てで、外観は正面の窓部分などにイスラム風の意匠が見られる
また、内部の扉なども同じ意匠
現在は一般に公開され、イベントなどの開催に利用されている
36: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:17:27 ID:X5R
>>33
イスラム風が当時流行してたのかね
34: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:16:18 ID:rO6
福岡県公会堂貴賓館:福岡県
1910年完成の木造建築
設計は三条栄三郎
第13回九州沖縄八県連合共進会の開催に伴って建設された
外観からは分かりづらいが木造建築で、向かって左側の八角棟が特徴
内部も各部屋に美しい装飾が見られる
現在は一般に公開されており、レストランなどのテナントが入っている



35: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:17:17 ID:rO6
因みに、九州沖縄八県連合共進会は各県の産業などを紹介する博覧会
特に1910年に開催された第13回はまるで宮殿のような見事な建築物が多数建てられ、訪れた多くの人を迎えた
現在それらの建物は全て失われ、この貴賓館が残るのみである
37: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:19:13 ID:rO6
鳥取県立図書館(わらべ館):鳥取県
1930年完成の鉄筋コンクリート造
設計は置塩章
角部分にそびえる塔屋が特徴
戦災や1952年の鳥取大火を耐え抜いた貴重な建物である
老朽化が進み、一時は取壊しも議論されたが市民からの強い要望により保存が決定
現在は外観のみを保存し、童謡や唱歌、おもちゃをテーマとした博物館となっている
39: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:22:35 ID:rO6
大原美術館:岡山県
1930年完成の鉄筋コンクリート造
設計者は薬師寺主計
倉敷美観地区の一角を成す洋風建築
実業家の大原孫三郎が自身のコレクションである西洋、中国、中東などの美術品を展示するために建てられた
戦前の日本国内では美術館というものはまだ一般的ではなく、一地方都市に過ぎなかった倉敷にこのような美術館が開館した事は非常に画期的であった
40: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:25:26 ID:rO6
金刀比羅宮 宝物殿:香川県
1905年完成の石造
設計は久留正道
金刀比羅宮に伝わる宝物の収蔵、展示のために建てられた
外観は窓やバルコニーなどに洋風の要素が見られるが、全て和風の意匠で統一されている
1996年に登録有形文化財に指定された
41: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:26:23 ID:rO6
宮崎神宮徴古館:宮崎県
1909年完成の木造建築
設計者は佐々木岩次郎
細部は異なるが、慶應義塾大学の三田演説館と酷似した外観
外壁全面をなまこ壁とし、窓は洋風である
現在は非公開で中に入る事はできない
42: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:27:36 ID:rO6
余談であるが、宮崎神宮は1940年に皇紀2600年を記念して新徴古館が建てられた
鉄筋コンクリートの寺社風建築で、終戦後は道場として使われた
近代和風建築として見事な建物であったが老朽化が進み、2006年に解体された
43: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:29:05 ID:rO6
香蘭社 本店:佐賀県
1905年完成の木造建築
設計者は不明
140年の歴史を持つ老舗陶磁器メーカー、香蘭社の社屋
有田焼の伝統技法を活かした高級陶磁器で有名
1878年のパリ万博で金賞を受賞して以来、世界中の博覧会で50回以上も金賞を獲得している
戦前は正式に宮内庁御用達の認可も受けていた
社屋は販売所、展示場、事務所に分かれており、展示場内部は当時の装飾がそのまま残っている
44: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:31:06 ID:rO6
興業館(県立博物館考古資料館):鹿児島県
1883年完成の石造
設計者は不明
鹿児島県の産業振興を目的に建築された
第2回九州沖縄八県連合共進会では会場としても利用された
1945年の鹿児島大空襲で米軍機から直撃弾を受け、内部が全て焼失
現在は立ち入り禁止である
45: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:32:00 ID:rO6
三井銀行 下関支店(山口銀行別館):山口県
1920年完成の鉄筋コンクリート、一部レンガ造
設計は長野宇平治
外壁に山口県産の花崗岩が貼り付けられ、各所に装飾が施されている
また、窓の上部に富の象徴である家畜の牛がデザインされている
内部もよく整備されており、現在は無料で一般公開されている

46: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:32:40 ID:rO6
第一合同銀行倉敷支店(中国銀行 倉敷本町出張所):岡山県
1922年完成の鉄筋コンクリート造
設計者は薬師寺主計
倉敷美観地区に建つ銀行建築
外観はドリス式の柱とステンドグラスが特徴
現役の銀行であるため内部撮影等は不可
47: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:33:16 ID:rO6
宮崎農工銀行(宮崎県文書センター):宮崎県
1925年完成の鉄筋コンクリート造
設計は佐伯組による
一見レンガ建築のように見えるが、レンガ風タイルを貼り付けた鉄筋コンクリート建築
中央に細かな装飾が集中しており、それ以外は比較的シンプル
内部は改装によって原型を留めていないが、外観は非常に良い状態で保存されている
48: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:34:11 ID:rO6
二十三銀行本店(大分銀行赤レンガ館):大分県
1913年完成のレンガ造
設計は辰野金吾
東京駅の設計で知られる辰野金吾の設計
建材にはイギリスから輸入したレンガが使用されている
1945年の大分空襲で直撃弾を受け、外壁以外が全て焼失
1949年に修復され、1966年まで大分合同銀行の本店として利用された
現在も大分銀行の支店として現役で利用されている
49: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:35:15 ID:rO6
旧古賀銀行:佐賀県
1906年完成の木造建築
設計は田中実
九州5大銀行にも数えられた古賀銀行の本店
外壁はシンプルであるが各所に装飾が施され、その威容を保っている
古賀銀行は1920年以降業績が悪化し、1933年に解散した
建物は内装が復元され、現在は各種イベントの会場に利用されている

50: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:38:47 ID:rO6
旧香港上海銀行長崎支店:長崎県
1904年完成の石造
設計は下田菊太郎
イギリスの香港上海銀行の支店として建設された
長崎県内の石造り建築では最大規模の建物
1987年に建物を取壊して国際交流会館を建設することが発表された
これに対して市民らが猛反対し、保存が決定
現在は記念館として一般に公開されている


51: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:39:43 ID:rO6
日本銀行岡山支店(ルネスホール):岡山県
1922年完成の鉄筋コンクリート、一部レンガ造
設計は長野宇平治
ギリシャ風の意匠を持つ見事な銀行建築
玄関部分の4本のコリント式の柱が目を引く
内部は吹き抜けとなっており、各所に装飾が施されている
52: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:40:41 ID:rO6
赤間関郵便局 電話課(下関南部町郵便局):山口県
1900年完成のレンガ造
設計は三橋四郎
コの字型の構造を持つ建物
現役の郵便局舎としては国内最古である
各所に古典主義の意匠を取り入れているが、デザインは簡素
現在は建物内にカフェが入っており、中庭も利用できる

53: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:42:07 ID:rO6
旧殿居郵便局舎:山口県
1923年完成の木造建築
設計者は不明
平屋建ての棟に2階建ての八角塔が付属する建物
殿居郵便局は1902年に開局したが、2代目局長の河田は以前から洋風建築に強い関心を持っていた
そこで、地元の大工棟梁と共に東京へ洋風建築の見学に出かけ、帰村後に同棟梁に建築を依頼して完成した
現在は隣接地に新局舎が完成したため使用されていないが、新局舎で声をかければ見学可能
54: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:43:21 ID:rO6
佐古配水場:徳島県
1926年完成のレンガ造
設計は中津喜平
眉山の麓にあるポンプ場
水道が敷設される以前の徳島市では伝染病が蔓延し、毎年多数の死者が出ていた
1909年に市長の一坂俊太郎が徳島市近代化の事業として水道の敷設を発表
17年の歳月と市の年間予算の3倍の巨額を投じ、佐古配水場が完成
これにより伝染病患者は激減し、徳島市の近代化の大きな一歩となった
55: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:44:49 ID:rO6
竹瓦温泉:大分県
1938年完成の木造建築
設計者は村上利作
竹瓦温泉は海岸近くに湧いた温泉に漁師が建てた簡素な小屋が始まりである
竹瓦の名称はこの小屋の屋根が竹で葺かれていた事が由来
利用客の増加に伴って現在の建物が建てられた
建物外観は寺社風で、正面入口には唐破風屋根が設けられている
2階の大広間は90畳もの広さがあり、現在は公民館として利用されている
56: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:46:08 ID:rO6
武雄温泉 新館:佐賀県
1914年完成の木造建築
設計者は辰野金吾
武雄温泉の経営者が佐賀県出身の辰野金吾に設計を依頼して建設された
本館は朱塗りの楼門をくぐった先にあり、まるで竜宮城のような外観を有する
楼門も辰野の設計であり、本館とあわせて両方が重要文化財に指定されている

57: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:46:44 ID:rO6
因みに、辰野の初期のデザイン案は門を三ヶ所設けた大規模なレンガ建築であった
しかし温泉地のイメージに不似合いとの理由で不採用となった
58: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:52:02 ID:rO6
道後温泉 本館:愛媛県
1894年 - 1924年完成の木造建築
設計者は坂本又八郎
道後温泉街の中心部に建つ共同浴場
街のシンボルであり、重要文化財にも指定されている
建物は「神の湯本館」「又新殿 霊の湯」「玄関棟」「南棟」から成る
又新殿には国内唯一の皇族専用浴室があり、最高級御影石の庵治石を使用した浴槽がある


59: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:53:01 ID:rO6
因みに、建物の建設は当初町民から反対運動が起こっていた
1890年に初代町長となった伊佐庭如矢は老朽化した道後温泉の立替えを提唱
自らは一切給料を受け取らず、それを道後温泉新館の建築費用にまわした
60: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)08:53:49 ID:rO6
しかし、建設費は13万円(現在の26億円相当)と、町の財政が傾きかねない大金であった
これに町民は激怒「税金の無駄使いだ」と抗議し、伊佐庭自身も身の危険を感じるほどであった
それでも伊佐庭は「100年たっても真似できない物を造ってこそ意味がある、人が集まれば町が潤い、暮らしも良くなる」として決定を貫いた
完成した建物はその見事な佇まいから話題となり、さらに鉄道の引き込みもあって、全国から観光客が殺到
伊佐庭の計画は大成功を収めた
62: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:00:26 ID:rO6
旧門司三井倶楽部:福岡県
1921年完成の木造建築
設計は松田昌平
三井物産門司支店の社交クラブとして建てられた
接客用の洋館と、それに接続する和館から成る
洋館は現在一般に公開されているが、和館は非公開

63: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:02:46 ID:rO6
大阪商船 門司支店(北九州市旧大阪商船):福岡県
1917年完成の木造、一部コンクリート造
設計は河合幾次
瀬戸内航路の運行を主とする大阪商船の支店として建てられた
外壁に明るいオレンジのタイルを貼り付け、角部分には八角塔がそびえる
もともと北側は海に面しており、建物から直接乗船が可能であった
現在は展示施設として利用されている
64: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:03:54 ID:rO6
帝国麦酒門司工場(門司麦酒煉瓦館):福岡県
1913年完成のレンガ造
設計は林栄次郎
帝国麦酒の工場事務所として建てられた
建物はゴシックスタイルを基調としたレンガ建築
通常は内壁に使用される鉱滓煉瓦で外壁が覆われている
現在は工場の歴史についての展示施設となっている
66: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:05:32 ID:rO6
長崎次郎書店:熊本県
1924年完成の木造建築
設計者は保岡勝也
1874年創業の書店
外壁はスクラッチタイル貼りで、2階の庇の上部にギリシャ雷紋の装飾が施されている
2013年に経営者の体調不良のため閉店し、その後経営者は他界した
しかし歴史ある書店を守りたいと、経営者の親戚の「長崎書店」社長が屋号を承継
翌2014年より1階で書店を再開し、住居であった2階も喫茶店として改装した
68: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:09:11 ID:rO6
旧自由邸:長崎県
1878年完成の木造建築
設計者は不明
1863年幕末に開業した日本初の西洋料理店
明治天皇をはじめ、ロシア皇太子、イタリア王族等も訪れた
1984年に建物の一部をグラバー庭園内に移築
現在は旧自由邸として喫茶店に利用されている

69: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:11:34 ID:rO6
秋田商会ビル(下関市観光情報センター):山口県
1915年完成の鉄筋コンクリート造
設計は新富直吉
秋田商会の商社ビルとして建築された
2階からは創業者の秋田寅之助の住居であり、純和風である
3階には螺旋階段があり、それを上る事で屋上に出られる
屋上には日本庭園が広がり、庭園内には茶室も建てられている


70: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:12:58 ID:rO6
日本生命保険 九州支社(福岡市赤れんが文化館):福岡県
1910年完成のレンガ造
設計は辰野金吾
尖塔やドームを有するなど小規模ながら変化に富む建物
生命保険会社の社屋として建築された
1969年に重要文化財に指定された
現在は福岡市教育委員会が管理し、一般に公開を行っている

71: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:14:35 ID:rO6
八千代座:熊本県
1910年完成の木造建築
設計は木村亀太郎
地元の有力者達によって町の繁栄を願って建設された
完成後は歌舞伎をはじめ映画上映や小学校の学芸会、クラシックコンサートなど様々な催し物で利用された
しかし終戦後はテレビなどの登場により舞台の需要が激減、1973年に閉館となった
その後は老朽化で屋根が裂けるなど荒廃が進んだが、高齢者が中心となって募金活動を行い改修工事が行われた

72: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:17:27 ID:rO6
門司港駅:山口県
1914年完成の木造建築
設計はドイツ人のヘルマン・ルムシュッテル
元々は門司駅と言う名称で1891年に設置され、1914年に現在の駅舎が完成し移転開業した
駅舎はネオルネサンス様式で、一階には戦前からの手水鉢や洗面所など様々な歴史的遺産が保存されている
開業後100年以上経過し、現在は修復工事を行っている

73: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:18:50 ID:rO6
旧大社駅:島根県
1924年完成の木造建築
設計は曽田甚蔵
当時は出雲大社に参拝する利用客が非常に多く、団体臨時列車や東京から大社駅までの直通列車が運行していた
内部はシャンデリアなど洋風のものを配置しているがデザインは和風の色合いが強く、独特の雰囲気を漂わせている
1990年に大社線が廃止され、駅も廃駅となった
駅舎は廃線から改装等を行っておらず、当時のままの空気を味わうことができる

74: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:21:02 ID:rO6
興雲閣:島根県
1903年完成の木造建築
設計者は不明
松江城の敷地内に迎賓館として建てられた
玄関ポーチの洋風の装飾と和風の色合いの強い玄関の内装は「これぞ擬洋風建築」といった雰囲気
現在は改修工事が行われ、年中無休で一般に公開されている
また、設計者が不明であるため松江市が情報提供を呼びかけている

75: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:22:20 ID:rO6
旧高取邸:佐賀県
1905年完成の木造、一部石造
設計者は不明
炭鉱王といわれた高取伊好の邸宅
唐津湾を臨む2300坪もの広大な敷地に建てられており、和風の棟に洋風の棟が付属している
この建物の一番の見所は和館内部に設けられた能舞台である
個人の邸宅内に能舞台が設けられているのは非常に珍しく、おそらく国内で現存するのはこの建物のみである
この他にも暖炉が和室に設けられているなど、近代和風建築としてこの上なく貴重な建物である
建物内の撮影は禁止であるため注意
76: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:23:27 ID:rO6
萬翠荘:愛媛県
1922年完成の鉄筋コンクリート造
設計は木子七郎
旧松山藩主の久松定謨伯爵の別邸として建てられた
当時は社交場として各界の名士が集い、皇族の宿泊にも利用された
終戦後はアメリカ軍が接収
現在は民間企業が運営を行っておりイベント、展示会場として利用されている

77: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:24:49 ID:rO6
畠中家住宅:高知県
1887年完成の木造建築
設計者は不明
2階建ての母屋と蔵、それに2つの小屋から成る日本家屋
最大の特徴は櫓時計で、当主の畠中源馬が内部の部品から全て手作り作成した
時計は120年もの間稼動していたが、2004年に源馬の孫にあたる畠中秀雄氏が他界し、管理者が居なくなったため停止
翌年から遺族が協力し、3面ある時計の一面のみを観光シーズン時などに限り稼動させている
78: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:25:38 ID:rO6
因みに、畠中家住宅は一般住宅であり、内部公開などは行っていないので注意
79: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:26:58 ID:rO6
仁風閣:鳥取県
1907年完成の木造建築
設計は片山東熊
旧鳥取藩主の池田仲博侯爵の別邸として鳥取城跡に建てられた
フレンチルネサンス様式の洋館で、背面には日本庭園が広がる
館内の螺旋階段には支柱が無く、脇板をその代わりにするという非常に珍しいものである
現在は展示施設として一般公開されている

82: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:30:17 ID:X5R
>>79
聖ヨゼフの螺旋階段みてえだな
80: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:28:11 ID:rO6
九州帝国大学 工学部第一新館(九州大学本部 第一庁舎):福岡県
1925年完成のレンガ造
設計は倉田謙
九州帝国大学は1900年に帝国議会で可決された「九州東北帝国大学設置建議案」によって設置が決まる
資金難により設置は難航したが、古河財閥や福岡県からの援助によって1911年に設立された
全体的に装飾は控え目で、スマートな印象を受けるが、通風孔や正面入口付近にはしっかりと装飾が施されている
現在は大学本部事務局として利用されている
81: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:28:49 ID:rO6
余談であるが、九州大学内には近代建築が多数現存するにもかかわらず、何故か有形文化財に指定されているのはこの建物だけである
旧法文学部本館も見事な建物であったが、2017年2月に解体されてしまっている
建物の保存とそれにかかる費用は切り離せない問題であるが、福岡市内は元々近代建築があまり残されておらず、歴史的建築物の扱いについて再考すべきとの声もある
83: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:30:23 ID:rO6
京都帝国大学理学部附属物理学研究所(京都大学大学院理学部附属地球熱学研究施設本館 ):大分県
1924年完成のレンガ造
設計は永瀬狂三
京都帝国大学が火山、地熱、温泉の研究のために別府市に建設した施設
当時の別府市市長が温泉都市として充実を図るために研究施設の積極的誘致を行っていたため、建物の建設に関しても別府市から援助があったという
建物はL字型の構造を有し、中央には塔屋が建つ
全体的に直線的なデザインであるが、正面入口付近は優雅な曲線が用いられている
現在は年に一度、建物と研究内容の見学会が行われている
84: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:32:00 ID:rO6
旧遷喬尋常小学校:岡山県
1907年完成の木造建築
設計は江川三郎八
独特な外観を有する校舎
中央部分に職員室と講堂があり、そこから教室棟が左右に広がる
建材に高級なものを選んで使用しており、工費は18000円(現在の約3億6千万円)にもなった
現在は文化施設の一部となり、一般に公開されている
85: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:34:40 ID:rO6
雲仙観光ホテル:長崎県
1935年完成の木造、一部鉄筋コンクリート造
設計は早良俊夫
長崎県雲仙市に存在する老舗ホテル
自然の美しい雲仙に建つ最新設備が整った豪華絢爛なホテルは開業当初から国内外の評価も非常に高かった
終戦後はアメリカ軍に接収され、1950年に返還された
その後は「新しくノスタルジア」をコンセプトに2003年に開業当初の姿に戻すべく大改修が行われた
2007年には近代化産業遺産にも登録され、現在も輝かしい歴史を刻み続けている


86: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:37:54 ID:rO6
余談であるが、ハンガリー文化使節団のメゼイ博士は特にこのホテルと雲仙の自然を気に入っていたらしく、後に新聞のインタビューで絶賛している
「雲仙の自然は実に素晴しい。南欧チロルの山の美にリビアの海の美を加えたようなものだ。崇高な世界美というものは、東洋的美と西洋的美が一体となったものだと思うが、雲仙でこれを発見することができた。東洋的であり、西洋的であり、しかも何ら不自然さがない。」
87: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:38:40 ID:rO6
以上です
各県ともごく一部の建物しか紹介できなくて申し訳ない
88: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:42:26 ID:X5R
おつ パート3で完結か
89: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)09:56:03 ID:rO6
>>88
一応これで完結です
見ていただいてありがとうございました
90: 名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土)10:47:09 ID:d78
おつおつ