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震災遺族の不思議な心霊体験「私は死んだのですか?」

2017年09月15日:22:00

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コメント( 24 )

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こんにちは、ライターの大柴あまねです。

今年の4月に発売された『魂でもいいから、そばにいて』という書籍が静かな話題となっているのをご存知でしょうか。この書籍は、東日本大震災の犠牲者遺族の霊体験を著者自らが集めたものです。そしてそのような体験を分析しているのが『呼び覚まされる霊性の震災学』という書籍です。

これらの本を買い求める人の中には、震災被災者だけでなく、家族を事故などで突然亡くした遺族や、戦争経験者、ペットロスの人も多くいるということが最近小さなニュースになりました。今年の夏、お盆や終戦の日、防災の日などで、突然亡くなった身近な人を思い出す機会があった方も少なくないと思います。東日本大震災の犠牲者遺族にどのような霊体験があったのか、不思議な体験を通して震災という衝撃をどう受け止めているかを、2冊の書籍を元に紹介していきます。

※こちらは震災後の現実的な危険のおはなし。コワイ

東日本大震災の被災者だけど独身の男は避難所には行くな
http://world-fusigi.net/archives/8883437.html ※リンク先修正しました(9.16)


震災後の霊体験や不思議な出来事


タクシードライバーの特異な幽霊体験「私は死んだのですか?」

Sさんは56歳の男性ドライバー。震災から3か月たったある日の深夜、宮城県の石巻駅周辺で乗客を待っている時にその霊と遭遇しました。

(以下引用)
「記録を見れば分かるんだけど、初夏だったよ。(一部省略)真冬みたいなふっかふかのコートを着た女の人が乗ってきてね……」

そして目的地を訪ねると、深夜にも関わらず南浜までと答えたと言います。心配になったSさんは尋ねました。

あそこはもうほとんど更地ですけど構いませんか?どうして南浜まで?コートは暑くないですか?



すると女性は震えた声で、

私は死んだのですか?
「え?」

驚いてSさんがミラーをのぞくと、後部座席には誰も座っていなかったそうです。


深夜の小さな乗車客

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もう一つご紹介します。

49歳のドライバーNさんは2013年の8月、深夜の回送中に手を挙げている人を発見し、乗せたと言います。車を停めて見てみると、そこには小学生くらいの小さな女の子がいました。季節外れのコートや帽子、マフラー、ブーツなどを着ていたそうです。

Nさんは深夜であったこともあり不審に思って話しかけました。

「お嬢さん、お母さんとお父さんは?」
すると女の子からは、
ひとりぼっちなの」との答えが。
Nさんは迷子なのだと思い、家まで送ってあげようと家の場所を尋ねて向かいました。

女の子が降りる時にNさんは手を取って降ろしてあげました。

「おじちゃんありがとう」
女の子は車を降ります。
すると、その瞬間姿を消したそうです。今確かに会話をし、手を取って触れたのに、突如消えてしまったことにNさんは驚きました。明らかに人間だったのに・・・。恐怖や驚き、不思議でいっぱいだったと書かれています。


お盆、息子とひとときの再会

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津波によって息子の康生くんを失った遠藤さんのお話です。震災のあった2011年の5月に

「康ちゃんに逢いたい、何で夢を見ないのだろう、夢でもいいから逢いたいなあ」

そう思った時、突然夢を見たそうです。みなし仮説に住んだことのない息子の康生くんが、仏壇代わりに作った祭壇の前の座布団に座って「イイーッ」と歯を見せて笑っていました。

昔から「ママ、笑って笑って」と言う子だった、と遠藤さん。夢の中の康生くんは鮮やかでカラーなのに無音で声が聞こえなかったそうです。悲しみのあまり遠藤さんは「康ちゃん、そんなのママ笑えないよ。笑えないってば、無理だよ」と話しかけていたといいます。この日は母の日だったそうです。

それから2年経ち、悲しみ暮れて悩む遠藤さんの思いが頂点に達した時にそれは起こりました。ご主人、中学生の娘さん、震災の翌年に生まれた次男と食事をしていました。康生くんの仏壇から少し離れた食卓であったため、仏壇のほうを振りむいて遠藤さんは「康ちゃん、こっちで食べようね」と声をかけたと言います。

そう言って全員で「いただきます」と言った途端、

「康ちゃんが大好きだったアンパンマンのハンドルがついたおもちゃの車が、いきなり点滅したかと思うと、ブーンって音を立てて動いたんです」

スイッチを入れなければ動くはずのないおもちゃが動いた時に、全員が「あっ康ちゃんだ」と叫んだそうです。

ご主人が次男をお風呂に入れている時に遠藤さんはもう一度康生くんに心で話しかけました。

「康ちゃん、もう一回でいいからママにおもちゃ動かして見せて」

するとまた動いたそうです。この日以来、遠藤さんは康生君を身近に感じるようになったと言います。

お盆のある日、次男と離れて寝ているはずの自分の布団に、気付いたら次男が寝ていたことがあったそうです。ご主人に聞いてみると、夜に次男が起きて誰かに手を引かれるようにして歩いて遠藤さんの布団に入ったと言います。またある時は次男が夜中にむくっと起き出し「ブランコブランコ、ブランコで遊ぼう」と言って遊び始めたといいます。

2歳の次男をブランコで遊ばせたことはなく、ブランコという言葉も知らないはずでした。これは康ちゃんの仕業だなと思ったと言います。しかしそんな事もお盆を過ぎるとなくなっていったそうです。


携帯電話に出た伯父の霊

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陸前高田市に住んでいる吉田さんは、地震の前年の10月に奇妙な夢を見たそうです。

「あれは朝方で、私がマイクロバスに乗ってるの。バスは走っているんだけど、周りを見たら全部死人のようなの。」

見れば、マイクロバスが走る道の周りには死体がごろごろ転がっているのが見えたと言います。吉田さんいわく「アウシュビッツの写真を見ると死体がゴロゴロ写っているでしょ。そんな感じなの。」

そのうちバスは山の中に入って行き、そこにも男女の遺体がたくさんあったそうです。よく知っている場所なので、なぜこんなところに?と思ったところで目が覚めたといいます。

吉田さんのおじいさんが管理していた山は毎年松茸がとれました。震災の前年はいつもの3倍もとれて、20年間で初めての収穫量だったそうです。災害の前年は山も変化するのかと気味悪く思っていました。その山というのが夢で見た山だったからです。震災の予告のようだったといいます。

そんな吉田さんが親しくしていた克夫おじさんが、津波に流されて亡くなりました。克夫おじさんは吉田さんの御主人の伯父さんで、普段からとても気にかけてくれた人物なのだそう。遺体が見つかって二か月経った5月のある日、亡くなったことは分かっているけれど、なんとなく克夫おじさんに逢いたくなって電話をしたそうです。

「ああ、おじちゃん、どうしているかなあ、逢いたいなあ」
軽い気持ちで電話をしました。するとプルルルルと鳴ったかと思うと、突然「はい、はい、はい」と言って克夫おじさんが電話に出たのです。
「エエエッ!」
(誰?なんでおじちゃんが出るの)
怖くなってすぐ携帯を切ったそうです。

さらに驚くことに、パニック状態だった吉田さんの元に、なんと克夫おじさんの名前ですぐに折り返しの電話がかかってきました。背筋が寒くなって出られなかったという吉田さんは、すぐに克夫おじさんの番号を削除したそうです。その話を聞いたご主人が、克夫おじさんの番号に電話をかけてみましたが、通じませんでした。克夫おじさんの携帯電話は津波に流されて見つかっていません。海水に浸かっているはずなのです。しかしあの声は確かに克夫おじさんの声だったと吉田さんは言っています。


体験が心の支えに


「呼び覚まされる霊性の震災学」によると、タクシードライバーの霊体験は少なくないそうです。そしてタクシードライバー以外の人の体験と徹底的に異なるポイントは、霊との直接的な対話や接触があったという点であると述べられています。そしてドライバー達は皆、とても穏やかに受け止めており、Nさんも「私だけのヒミツだよ」と嬉しそうに語ったそうです。また同じように真冬の恰好の人がいてもお客さんと変わらず乗せてあげると言います。

このような心霊体験には共通点が多くみられます。それが「霊を乗せるタクシードライバーの体験」「死亡者の夢を見る遺族の体験」「前向きな気持ちになると霊が出てくるという遺族の体験」です。体験した人は共に怖がらず、そのままを受け入れています。そして体験者は自分の霊体験と巷で語られる心霊話は違うと感じており、心霊話を否定する人が多くいます

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それは多くの人と同じように「心霊話=エンターテインメント」と捉えており、霊体験を認めていながらも、著者が「幽霊話」と言うと「失礼な」「面白おかしくネタにするんじゃない」と怒りをあらわにする人も多かったそうです。

また、亡くなった家族が夢になかなか出てきてくれず寂しい思いをしたという話が多くあります。しかし絶望的な気持ちの時は出てきてくれず、前向きになり始めた頃に姿を現すのだそうです。客観的には「遺族の心が前向きになっているから、夢の内容も前向きに変わるのでは?」と現実的に考えてしまいますが、遺族はそれを分かっていても「亡くなった家族が自分を励ましてくれている」と強く信じています。霊体験が遺族の心の支えになっていることは間違いないと感じました。

震災というものは東日本大震災に関わらず、時間が経つにつれて記号化されている、と「呼び覚まされる霊性の震災学」では語っています。私大柴も被害が少ない土地にいましたが、東日本大震災の被災者です。それでもあの出来事が「3.11(サンイチイチ)」や「復興」「フクシマ」「原発」のような簡単な言葉で表されることに違和感があります。

出来事が全てキレイに記号化され、過去のひとつとして社会に処理されている感じがしています。これが現地の方々と被災者ではない人との間に大きな隔たりを作っているように感じます。

また「呼び覚まされる霊性の震災学」ではこうも語っています。

日本では多くの犠牲者が出て、何万人が死亡したという単なる数値の羅列だけがあり、死者そのものはタブー視されて功妙なまでに隠されていることに気付かされる。

遺体の映像を流さないのは、日本だけなのでは?と著者が問うています。これは2004年のインド洋大津波で遺体がむき出しのまま報道されていたことと比較しての話です。

少なくともそれは世界共通ではなく、日本特有かもしれない。死の世界を遮断することは、あたかもそれがなかったかのごとく、当たり前のように了解される。

覆い隠して身近に感じないことで「死への不感症」が起こっているといいます。

もちろん何でもそのまま映せば良いというわけではありません。ご遺体とその家族のプライバシーもありますし、見ている人のショックもあるので配慮が必要です。しかしこのことも被災者と被災者ではない人とを隔てる大きな壁の一つの要因となっているような気がします。そしてその壁があればあるほど、被災者の心は理解されにくくなります。心の支えが必要になるのです。この心の支えが霊体験なのではないかと思います。


遺族の傷


冒頭でも挙げたように、震災を体験していない人でも「魂でもいいから、そばにいて」を興味深く手に取っています。震災遺族ではない人でも、こうした「家族を突然失った経験」を知ることで、自らの心の傷を癒しているのではないかと思います。

それは想像して相手の気持ちを自分に置き換えて感じることで「追体験」をしているのではないかと思います。追体験とは、先人が行った経験を後からきた者が自分もその結果に近づけるように経験することを言います。たとえ「この本のように自分も救われたい」と思っていなくても、読む事で自動的に追体験をし救われていくように感じます。

心理学者の河合隼雄氏は自身の対談で「勝手に話して勝手に治っていくから患者さんはすごいんだ」とカウンセリングをしている患者さんのことを語っていました。語ることで追体験をして自分の心に自分でケリをつけるのだそうです。

残された家族の傷はなくなりません。人は皆死にますが、順番をたがえて子供が先に死んだとなると一生傷を負います。本書に綴られた霊体験は、震災に限らず事故や病気で家族を亡くした人も助けているのでしょう。この書籍は震災の記録としてだけでなく、家族を失った悲しみに暮れるたくさんの人々に広く影響を及ぼしているのです。


死者とともに生きる


霊体験を面白おかしく取り上げることがすでにエンターテインメントとして一般的になっています。しかしこの2冊の本はこうした霊体験を震災学やコスモロジーとして取り扱っており、人間は「わからない」のが怖いのだと「呼び覚まされる霊性の震災学」では語っています。「震災という先の分からないこと」「家族が突然いなくなること」などというたくさんのよくわからない怖いものに何か理由をつけて合理化することで恐怖心を取り除き、生きるために自分を変化させているのだと感じます。

そして霊体験や霊魂に関することをその後にどう生かすかも、遺族が生きていく道を見出すための重要で必要な作業なのだと感じました。それが「死者とともに生きる」ことなのだと思います。


<参考書籍>

















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震災遺族の不思議な心霊体験「私は死んだのですか?」

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コメント

1  不思議な名無しさん :2017年09月15日 22:13 ID:hN.1RZsb0*
(ФωФ)ニャー
Wowma!で本買いますよ。
商売上手なスレだね。
2  不思議な名無しさん :2017年09月15日 22:17 ID:FmIJfSV30*
私は不思議体験なかったなあ。
3  不思議な名無しさん :2017年09月15日 22:18 ID:PM4xhsHz0*
オカルトじゃないけど死んだじーちゃんが今の家建てる時に「盛り土しろ盛り土しろ!」ってうるさくて盛り土したら津波が玄関先でギリギリで止まってたわ。
4  不思議な名無しさん :2017年09月15日 22:19 ID:FmIJfSV30*
↑すごくないですか!!(゜ロ゜)
5  不思議な名無しさん :2017年09月15日 22:20 ID:0.1g26.d0*
もって瞑すべし

南無阿弥陀仏
6  不思議な名無しさん :2017年09月15日 22:25 ID:SITvNRaz0*
レイラインの話。福島第一原発と桜島を結ぶと和歌山城、名古屋城、熱田神宮、日光東照宮など多くの史跡があって中心地は初代天皇の神武天皇陵になる。神武天皇陵から見ると福島第一原発は鬼門の方角で風水では火の気は避けるべきなんだそう。
ちなみに女川原発と桜島を結ぶと中心地は滋賀県のロクハ池っていうただの池みたいなんだがその先は御岳山の横を通ってたんだよな。
7  不思議な名無しさん :2017年09月15日 22:25 ID:Tx3DFrjB0*
柳田国雄の遠野物語にも、津波で亡くした家族と出会う話が載っているんだっけ。しかも登場人物の子孫が実在しているとか。地震のあとでテレビで紹介されていたな。
8  不思議な名無しさん :2017年09月15日 22:44 ID:utShydls0*
独身男性は避難所に行くなのリンク先が九龍城になってますが
9  不思議な名無しさん :2017年09月16日 00:11 ID:hOq4m8gP0*
想像ラジオとかあったよな
10  不思議な名無しさん :2017年09月16日 00:13 ID:mX3J3k2X0*
あの時、たくさん、本当に数えきれないほどの哀しい別れがあった。それと同時に、生き残った家族や大切な人の周りで不思議なこともたくさん起きた。
でも、切ない話で終わらせたらダメだよね。
これほど多くの人の命を奪った地震のことをきちんと知って、すぐ対応できるようにしておくべきと思う。うちは持出袋など被災グッズは万一に備えて寝室のある二階に置いてある。

この間、奥さんと娘さんを津波で亡くした自衛官の男性の公演をたまたまYouTubeで見た。話の最後に、「皆さんにお願いがあります」の後こう言ってた。
・津波が来ると分かったら、色々ダメになってもいいからすぐに高い場所に逃げてください
・命を大事にしてください
・命はいつ途絶えるかわからないから、一日一日、その時その時を大事にしてください

家族を失った人の言葉は胸に刺さる……
11  不思議な名無しさん :2017年09月16日 00:54 ID:wph4M6Ca0*
10さんみたいに、こういうことを悲劇で終わらせないで、非常持出袋の準備だけでもいいから、経験を生かすべきですよね。
12  不思議な名無しさん :2017年09月16日 01:34 ID:FzlQewgg0*
家族失くした人が見ると涙涙だね
13  不思議な名無しさん :2017年09月16日 02:11 ID:K8YYJiiH0*
人間って経験の無い事は判らないから被災者の本当の気持ちは判らないよな!だけども心からお悔やみ申し上げます。
14  不思議な名無しさん :2017年09月16日 06:00 ID:gxayMzFq0*
そんな本が出てたのか!ここのスレ覗かなければ知らなかったわ。管理人よありがとう。ちょっと本屋に行ってみる。

私の親父と妹が大震災で家とともに流されて亡くなった訳だが、しょっぱなから夢に出てきた。こちとら鬼のように落ち込んでるっつうのにクッソ馬鹿みたく明るい顔で笑わせにきやがってよ

あの時沢山の霊感ある人たちのブログを突撃しては親父と妹の魂の行方を聞きまくった。みんな「ちゃんと上がってる。二人ともニコニコしてる」と言った。私の夢の事は言ってないにも関わらずだ。

でも夢に出てくる妹はいつまでも最期に着てたであろう冬服だ。しかも私も妹も高校生の時の姿だ。人は亡くなるといちばん充実してた年齢の姿になるとはよく言われるが、まさにそうなんだと知らされたよ
15  不思議な名無しさん :2017年09月16日 08:09 ID:aeWmsqn20*

無賃乗車はよくないと思います
16  不思議な名無しさん :2017年09月16日 08:19 ID:HfN1pgzz0*
不思議な話もあるね、ですましたら意味無い。
日本昔ばなしのみちびき地蔵の話も事実だったんだろうなと思ってるよ
17  不思議な名無しさん :2017年09月16日 08:21 ID:pUqFziRq0*
あのときたしかに寒さかったけど、地震来る前はそんなでもなくて、夜から雪が降ってきて次の日もどんどん寒くなってきてって感じだったんだけど
あの日ふかふかのコートなんか着てる人いたのかな。
18  不思議な名無しさん :2017年09月16日 11:17 ID:cr0houTd0*
こういう大災害で死ねる人はこうやって後世まで語り継がれるから幸せだ。一人二人死ぬ程度の災害じゃ忘れ去られるだけ。
19  不思議な名無しさん :2017年09月16日 15:09 ID:Ljdflsa50*
>>17
被災した者だけど地震発生した時には自分の所はもう雪降ってましたね
あの日は寒かったので外出時コート着ていったので間違いないです
20  不思議な名無しさん :2017年09月16日 15:54 ID:bjyUNiT50*
津波被災者だけど、やっぱこういう話は周りで聞くなぁ。
津波被害にあった地域で今はほぼ更地なんだけど、そこから山の方に行きたいとタクシーに乗ってきた厚着の少年の話や、畑が心配で一度避難したにも関わらず戻って流された人が自分の畑に現れる話。
そんなのは本当にたくさん聞いたよ。
震災を風化させず、これからの教訓にしていけたらいいね。
21  不思議な名無しさん :2017年09月16日 16:00 ID:QYvgJYrZ0*
まだまだ寒い時期だったし、地震も関係してそうなぐらい天気変わりまくってたから厚着とかコート着てても不思議じゃない。東北なんて3月いっぱいまで雪降るしおかしくはないだろ。
22  不思議な名無しさん :2017年09月27日 09:56 ID:rgqijH4O0*
本当にタクシーに乗ってたんならドライブレコーダーってのがあるんだよ
それ見せてみろよ
運ちゃんが1人演技でもしてんのか?w
23  不思議な名無しさん :2017年10月06日 18:04 ID:PSC1twjx0*
伯父さん、せっかく電話に出たのに可哀相w
24  不思議な名無しさん :2017年10月20日 10:42 ID:x.XqoDXR0*
玩具が動くは、義姉の子供が事故で亡くなりもう子供も望まないと言うことで、あった玩具を全て処分しようというとき、たった一つピアノの玩具だけが捨てられずに残ってた。
それは、お盆になると決まってその期間だけなってたらしい。電池ももう入ってないのに

 
 
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