1963年(昭和38年)「堂もり老女殺人事件」
1963年(昭和38年)9月11日の読売新聞に
「堂もり老女殺される」という見出しでひとつの殺人事件が報じられている。
9月10日午後5時20分頃、東京都南多摩郡柚木村鑓水(当時)にある道了堂大岳寺の堂守り(堂の番人)をしていた81歳の女性・Aさんが殺害されているのが発見された。
Aさんは堂内の8疊間で血だらけになって死んでおり、喉や胸をナイフのようなもので刺され顔には堂内で使用していた座布団が被せてあったという。
部屋には物色した跡があり奥の六畳間に置いてあったはずの300円が無くなっておりお金目的の強盗殺人事件であった。
Aさんが殺害されて以降、道了堂を管理するものはいなくなり堂内は荒廃。1983年(昭和58年)には何者かに火を付けられ100年以上もの間、同地を守ってきた道了堂は焼失し「道了堂跡」となってしまった。
第二の殺人事件は老婆殺しから約10年後、1973年に発生した。
1973年大学助教授教え子殺人事件
1973(昭和48)年9月6日、静岡県・伊豆町の海岸で一家4人の水死体が浜辺で発見された。近くの岩場からは4人の物と思われる靴、ハンドバック、そして遺書が見つかった。
遺書には「大変ご迷惑ですが、親子4人がこの下の淵で投身自殺しているのでお届けください」と書いてあった。自殺したのは某大学助教授のO氏で当時にしては珍しい大学教授の自殺ということで当時のマスコミを大きく騒がせた。
ところが、
この自殺事件は調査が進むにつれ次第にO氏が起こした凶悪犯罪が明るみになってきた。
なんとO氏は以前から行方不明になっていた大学の教え子、Sさんを殺害し地中へ埋めていたことが判明したのだ。
O氏に殺害されたSさんの死体は、氏の恩師にあたる教授が所有していた八王子市鑓水の別荘の空き地に埋められ、Sさんの遺体はミイラ化した状態で発見された。
厳密に言うと大学助教授教え子殺人事件の現場は現在の道了堂から数キロ離れた場所であるため本来であれば道了堂とは無関係の事件である。
しかしながら、Sさんの遺体が発見された別荘は現在はキリスト教の教会になっているほか、本事件が当時のマスコミでも大きく報じられたため1963年の老母殺しとともに道了堂を舞台にした猟奇的な殺人事件として広まったようだ。
道了堂に伝わる「一つ目小僧伝説」
これは心霊マニアの間でもあまり知らていない話だが、道了堂跡のある八王子市鑓水には古くから妖怪「一つ目小僧」の伝説が残されている。
伝説によると遣水では
毎年12月8日になると、どこからともなく一つ目小僧がやってきて子供たちを驚かしていたのだという。
住民たちは一つ目小僧を追い返すために魔除けとして家の表に竹で編んだ籠を家の前に吊していた。籠は目(隙間)がたくさんあるため目がひとつしかない一つ目小僧に見せると怖くなって逃げ出してしまうのだという。
現在は妖怪伝説も忘れられ12月8日に籠を吊るすという風習自体もなくなっているが、少なくとも大正の末期から昭和の初期にはまだ一つ目小僧伝説が残っており子供たちを怖がらせていたという。
このように「道了堂跡」は二つの殺人事件と妖怪伝説が存在する都内屈指の不思議スポットなのだが、本来であればこの地は幕末から明治にかけて生糸貿易の中継地となった「絹の道」であり、日本の貿易を知るための文化財として認定されている歴史スポットで近くには博物館「
絹の道資料館」もある。
12月8日には一つ目小僧もやってくるという「道了堂跡」。
近年は心ないもののイタズラが相次いでいるが心霊好きならば是非一度は行っておきたい不思議スポットである。
出典:
朝日新聞縮刷版
読売新聞縮刷版
Text by:穂積昭雪(昭和ロマンライター / Atlas編集部)