巨大廃墟を目前に・・・
クラーク空軍基地病院は、パンパンガ州アンヘレスの北西部、クラークフィールドに位置している。アンヘレスといえば聞いたことがある人もいるかもしれないが、そう、この場所はアジア最大級の風俗街と呼ばれており、世界中からナイトライフを求めて訪れる男が絶えない、非常に活気溢れる街なのだ。
この場所は、アメリカがフィリピンを統治していた1903年に開かれ、長い間、アメリカのフィリピンにおける重要な拠点となっていた。それに伴うようにして風俗産業も発達し、アメリカ軍撤退後もその勢いが衰えることはなく、今に続いているという状況だ。
私と、フィリピンでガイドを務めてくれた友人の恭介がクラーク空軍基地病院(以下病院)を訪れたのは、深夜2時を過ぎてからのことだった。
タクシーをチャーターし、病院から少し離れた位置に車を停めてもらうと、車を降りて運転手に案内してもらいながら病院を目指した。
住宅街を10分ほど歩くと、次第に辺りは鬱蒼とした木々が生い茂るのみとなり、その先の暗がりに、ライトに照らされて巨大な廃虚が浮かび上がってきた。

「俺が案内できるのはここまでだ」
運転手は強張った表情のまま言い放つと、車に向かってそそくさと歩き出した。
国民の約85%がカトリックといわれるフィリピンでは、敬虔なクリスチャンが多く、このような
幽霊が出るといわれている場所や、ブラックマジックに関わるとされる土地を極端に恐れる人は多い。
2人になった私達は早速撮影の準備を始め、建物の外観をライトで照らしながら写真を撮っていた。すると、ライトの光に気付いたのか、遠くから赤と青のランプが灯ったバイクが近づいてくる。
「ヤバい!警察や!」
逃げようかとも思ったのだが、ここで逃げてしまっては、フィリピン最恐の廃病院の撮影がおじゃんになってしまう。どうにか交渉してみようと、バイクが来るのを待っていると、やってきたのは廃病院を管理している警備員だった。
「お前ら何してる!?」
「日本から幽霊を撮影しに来ました!中を撮影させてもらえませんか?」
「わざわざ日本から幽霊を撮影しに!?面白い奴だな」
「お願いします。撮影終わったらすぐに帰るんで!」
「案内してやる。付いてこい」
といった感じで、あっさりと内部撮影許可が出た上に、案内までしてもらえるという事だったので、まさかの展開に笑みを漏らしながら、私達は病院内へと歩を進めた。
死体安置所で起きた怪異
私が先頭に立って状況をレポートし、恭介はそれを撮影しながら進むこととなった。1964年の開院からすでに50年以上経過している病院内は荒れており、当時の備品等はほとんどなく、剥き出しのコンクリートが荒々しく眼前に広がっている。

取りあえず、一番雰囲気のありそうな地下から探っていき、ガイガーカウンターでの測定や、赤外線撮影などを試みるのだが、数値の異常等を捉えることはできない。内部はとても広いため、どこに的を絞ればいいのかわからずにいる私達に、痺れを切らした警備員が話しかけてきた。
「幽霊だろ?こっちだ」そう言うと、階段を上がって一人で先に進んで行く。一体どこに行くのだろうかと、不安と期待が入り混じったような気持ちで後を付いて行っていたその時だった。
「うわぁ!!」
私の目の前を、
白い影のようなものが横切った。すぐさま恭介に指示し、白い影が出た位置にカメラを向けたのだが、もう一度、謎の影が出てくることはなかった。また、私以外は影に気付かなかったようだ。
(後ほど撮影した動画を確認したところ、白い影は確認できなかった。)

突然の出来事に軽いパニックに陥りながらも撮影は続行し、しばらく歩いたところで警備員は足を停め、目の前にある小さな部屋を指さしてこう言った。
「ダイ ファイヤァ」
そう。
ここが死体焼却炉らしいのだ。

釜の中を覗き込んで見ると、底には大量の灰が残っており背筋が寒くなる。不謹慎ながらも、遺体を焼却した場所ならば怪奇現象は起きるだろうという安易な気持ちで、再び放射線測定と赤外線撮影を始めた。
静まり返った院内には、3人の男の押し殺したような息遣いだけが響いている。通常のライトは全て消し、赤外線撮影モードを使って、赤外線ライトの灯りのみで撮影しているので、肉眼では周りの状況はほとんど分からない。
1分、2分・・・
異常は起こらぬままに、刻々と時間だけが過ぎていく。
「よし。ライト点けよう」
10分ほど経過し、これ以上この場所にいても撮れ高はないだろうと、移動を告げる。ここまでで、はっきりとした怪奇現象をカメラに収めることは、恐らくできていない。
我々が焦り始めたのを感じたのか、警備員は建物の外を指さして不敵な笑みを浮かべている。
「デッドスペース セパレート」
日本の廃病院の場合でも、
間違いなく一番恐ろしいとされ、怪奇現象も起きやすいとされている死体安置所は、別の建物にあるというのだ。
こうして、我々は幽霊撮影の最後の望みをかけて、死体安置所や手術室のある棟に乗り込んで行くことになった。
本館を出ると、50mほど離れた場所にいくつかの建物が見える。建物に近づくにつれて、すえたような匂いが強くなっていく。まるで、遺体から染み出た臭気が建物に染みついているようで、思わず鼻を塞ぐ。

警備員に続いて中に入ると、壁には「Emergency room」と書いてある。どうやらまずは緊急室からのようだ。床にはすごい量の埃が積もっており、歩くたびに宙に舞うため、ぼんやりと部屋の中を白く染める。

怪奇現象を見逃さないよう、一歩一歩慎重に歩を進めていくと、次は「Operating room」との表示がある。この手術室も、他の部屋と同じく剥き出しのコンクリートがあるだけで、現役時代を思い起こさせるようなものは残っていない。

さらに進んで行くと、警備員が足を止め、目の前と、少し離れた向かい側の建物を指さしてボソリと呟いた。
「デッドスペース」壁には「morgue」とある。これは
死体安置所という意味だ。

この病院には
ベトナム戦争時に、大量の遺体と患者が運び込まれてきたため、死体安置所は2カ所あるという事だった。
恐る恐る足を踏み入れると、臭気はますます強くなってきており、恭介が「くせぇくせぇ」と連呼している。そして、心なしか、他の建物よりも気温が下がったような気もする。ここではさすがに何か起こるだろうと、気を引き締めてレポートを続けていると、
「ポンッ!」と、死体安置所の奥から乾いた音が聞こえてきた。
「音がした音がした!」

動物の立てる音とは考えにくく、これは怪奇現象なのではないかとの期待が高まるが、恭介に確認しても、彼は気づいていなかった。
(この「ポンッ」という音は撮影に成功している)
さらなる怪奇現象に期待が高まりながら探索を続けたのだが、残念なことに、特に異常はないままに全フロアの探索を終え、調査終了となった。
今回の調査では、はっきりとした幽霊の姿を目撃・撮影することはできなかったのだが、ところどころで謎の影や怪音に脅かされ、『何かがいる気配』というのは強く感じることができた。
警備員の証言との一致
帰国後に動画を確認したところ、私達が現場では気づいていないカ所でも、階段を下りている最中に謎の女性のような声(※音声に関しては、今後イベントなどで公開予定のため現在準備中。)が入っていたりと、霊の可能性がある現象をいくつか映像に捉えることにも成功していた。