まとめサイト速報+ 2chまとめのまとめ ワロタあんてな news人 カオスちゃんねる

募集終

怖い話!

第一回 怖い話グランプリ  結果発表!!

締め切り:2018年8月12日(受付終了しました)

彡(゚)(゚)と学ぶ将棋の名人の歴史

2018年04月27日:22:00

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント( 15 )

shutterstock_501693484


1: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:13:01 ID:lRG
(´・ω・`)「お兄ちゃん、パソコン2台も並べて何見てるの?」

彡(゚)(゚)#「今ええとこなんや話しかけんなや!」

(´・ω・`)「えぇ…教えてよ」

彡(゚)(゚)「ちっ、ニコ生とAbemaTVや」

(´・ω・`)「媒体じゃ無くて内容を答えろよ馬鹿か?」

彡(゚)(゚)「…」

(´^ω^`)「…」


彡(゚)(゚)と学ぶ名人の歴史
将棋の反則負けで打線組んだwwwww
http://world-fusigi.net/archives/9084062.html

引用元: 彡(゚)(゚)と学ぶ名人の歴史







2: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:13:47 ID:lzj
将棋か?

3: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:14:01 ID:lRG
>>2
せやで

6: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:14:13 ID:lRG
(´ ; ω (# )「将棋…将棋を見てるんだね…」

彡(゚)(゚)「せやで」

(´・ω・`)「あ~羽生さんだ~。これなんの棋戦なの?」

彡(゚)(゚)「名人戦やで」

(´・ω・`)「あっ…(察し)」

(´・ω・`)「やっぱり名人ってすごいの?」

彡(゚)(゚)「当たり前やカス」

彡(゚)(゚)「いままで名人になったのは26人しかおらんからな」

(´・ω・`)「はえ~少ない…の?…そもそも名人っていつからいるの?」

彡(゚)(゚)「いつからやと思う?」

(´・ω・`)「質問に質問で返すなよ馬鹿か?(分かんない、教えてお兄ちゃん)」

彡(゚)(゚)「…」

8: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:15:13 ID:lRG
彡(゚)(゚)「なんと約400年前からや!」

(´ ; ω (# )「長ァイ!」

(´ ・ω (# )「400年前って言ったら江戸時代?」

彡(゚)(゚)「せや、j民の元祖と言われる脱糞公徳川家康が1612年に本因坊算砂に碁将棋所の連絡係として俸禄を与えたのがその起源やで」

(´・ω・`)「俸禄は給料みたいなもんだよね。でも連絡係って?小学生かなにか?」

彡(゚)(゚)「囲碁打ちと将棋指しの最高位の呼称や」

(´・ω・`)「ほーん」

7: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:14:41 ID:GwL
期待あげ

11: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:16:10 ID:lRG
(´・ω・`)「そもそも本因坊っていったら囲碁の人なんじゃない?」

彡(゚)(゚)「同じ年に本因坊算砂が初代大橋宗桂に将棋所を譲ってからがほんとの将棋の名人の始まりやな」

(´・ω・`)「最初は囲碁と将棋が一緒だったんだね」

彡(゚)(゚)「そこから約320年間、世襲制での名人制度が続くんや」

(´・ω・`)「へー」

13: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:17:46 ID:lRG
彡(゚)(゚)「ちな世襲制の名人の一覧や」

一世名人 初代 大橋宗桂
二世名人 二代目 大橋宗古
三世名人 初代 伊藤宗看
四世名人 五代目 大橋宗桂
五世名人 二代目 伊藤宗印
六世名人 三代目 大橋宗与
七世名人 三代目 伊藤宗看
八世名人 九代目 大橋宗桂
九世名人 六代目 大橋宗英
十世名人 六代目 伊藤宗看
十一世名人 八代目 伊藤宗印
十二世名人 小野五平
十三世名人 関根金次郎

(´・ω・`)「ヒエ~なっが…」

彡(゚)(゚)「かいつまんで説明するから神妙に聞くんやで」

(´・ω・`)「はいはい」

14: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:17:52 ID:lzj
世襲制て華道みたいやな

16: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:19:58 ID:lRG
>>14
封建制の時代は大体世襲制のイメージやね
華道は池坊専慶しか知らんけど

19: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:21:23 ID:lRG
彡(゚)(゚)「まず一世名人、大橋宗桂や」

彡(゚)(゚)「一説には桂馬の使い方が巧いってことでノッブから宗桂を名乗ったらどうや?と言われてこの名前にしたと言われてるんや」

(´・ω・`)「へー織田信長とも盤を挟んだんだ」

彡(゚)(゚)「ヒッデとも指してるし、碁も打ってるみたいやで」

(´・ω・`)「はえ~すっごいビッグネーム」

20: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:22:01 ID:lRG
彡(゚)(゚)「次は二世名人大橋宗古や。この人の時に家元制の名人制度が確立、それに伴い大橋分家と伊藤家が派生して将棋所と呼ばれる御三家が確立、以下この御三家の中から名人が選ばれるようになるんや」

(´・ω・`)「うんうん、それで家元制と」

21: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:22:30 ID:lRG
彡(゚)(゚)「そして三世名人伊藤宗看、在野の名手檜垣是安との対局で初めて振り駒が行われたんや」

(´・ω・`)「振り駒?」

彡(゚)(゚)「歩を5枚シャカシャカ振って先手後手を決めるんや」

彡(゚)(゚)「昔は強い奴が駒を落とすか後手になるかって感じやったんや」

(´・ω・`)「ふーん」

23: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:23:50 ID:lRG
彡(゚)(゚)「四世名人五代目大橋宗桂、五世名人伊藤宗印、六世名人大橋宗与は特にエピソードないで」

(´・ω・`)「ま、多少はね?」

彡(゚)(゚)「次の七世名人三代目伊藤宗看は本人よりも弟が有名っちゃ有名やな」

(´・ω・`)「誰だよ」

彡(゚)(゚)「詰将棋の大家、伊藤看寿や」

(´・ω・`)「?」

彡(゚)(゚)「まあ知らんか、この時代の名人は詰将棋を100個ほど集めた詰将棋集を作って将軍に献上するっていう慣習があるんや」

(´・ω・`)「なんかめんどくさそうな慣習だね」

24: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:24:36 ID:lRG
彡(゚)(゚)「伊藤看寿は『将棋図巧』ってのを献上したんや。現代においてもこの詰将棋集の完成度の高さは目を見張るものがあるんや」

(´・ω・`)「え?弟は名人じゃないよね?」

彡(゚)(゚)「せや、でも詰将棋集つくったんやから仕方ないやろ」

(´・ω・`)「うーんこの」

25: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:25:22 ID:lRG
彡(゚)(゚)「『将棋図巧』に納められた作品はそれはもう凄いんや。裸玉に煙詰、その他多くの趣向を凝らした詰将棋の数々、中でも第百番の『寿』は611手の超長手数の詰将棋で200年もの間最長手数を誇ったんや」

彡(゚)(゚)「看寿の作品に比肩しうる技術、手数の詰将棋は19世紀半ばまで存在しなかったんやで。現在ではその偉大さを讃えてその名を冠した看寿賞なるものが優れた詰将棋に対して贈られるんや」

(´・ω・`)「めっちゃ早口で言ってそう」

彡(-)(-)「…我ながら熱くなり過ぎたわ」

彡(゚)(゚)「とにかく、指し将棋とはまた違った魅力を持つ詰将棋の原点にして頂点とも言っていい人物が伊藤看寿なんや」

(´・ω・`)「そんな凄い人でも名人にはなれなかったんだね」

彡(゚)(゚)「死後に贈名人が与えられたけどな。現役時代の指し将棋の評価はあまり高くなかったみたいや」

26: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:26:22 ID:lRG
彡(゚)(゚)「七世名人の話はこんくらいにして次いくで」

(´・ω・`)「いや弟の方しか話してないやん!」

彡(゚)(゚)「八世名人は九代目大橋宗桂や。時の将軍徳川家治が将棋好きなこともあって御城将棋だけじゃなく『御好』と呼ばれる対局も増えていくんや」

(´・ω・`)「まず御城将棋ってなに?」

彡(゚)(゚)「おっとワイとしたことが大事なことを説明し忘れてたわ」

(´・ω・`)「説明して、どうぞ」

28: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:27:08 ID:lRG
彡(゚)(゚)「御城将棋ってのは簡単にいえばやな、大橋本家、大橋分家、伊藤家の三家、これら将棋の家元が江戸城まで赴いて将軍様の御前で対局する儀式みたいなもんや」

(´・ω・`)「当時の公式戦ってわけだね?」

彡(゚)(゚)「そんなとこや」

彡(゚)(゚)「ちなみに11月17日に行われてたからその日は現在では『将棋の日』になってるで」

(´・ω・`)「8月1日とか安易な日付じゃないんだね」

29: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:27:30 ID:JWn
ほーん

30: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:27:40 ID:ehv
家対抗とか盛り上がりそうやな

31: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:28:38 ID:lRG
彡(゚)(゚)「ほんで「御好」っちゅうのは将棋所じゃない近習衆による対局のことや」

(´・ω・`)「将軍様は相当将棋に飢えてたんだね…」

彡(゚)(゚)「そうなんやろな…」

彡(゚)(゚)「話を戻すで」

彡(゚)(゚)「九代宗桂の残した棋譜には横歩取り△4五角戦法や美濃囲い、ひねり飛車といった現代将棋でもまま見られる戦型が採用されてるんや」

(´・ω・`)「はえ~時代が進んでるね」

彡(゚)(゚)「この人はその次に名人を名乗った九世名人六代目大橋宗英に次ぐ実力者として名高いんや」

(´・ω・`)「その九世名人様はどのくらい強いの?」

彡(゚)(゚)「11人おる家元制の名人の中では最強、といわれるくらいや」

(´・ω・`)「ふーん」

32: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:29:47 ID:lRG
彡(゚)(゚)「九世名人の六代宗英は将棋で読みと同じくらい大切だとされる大局観をぐっと近代的なものにしたんや。そこから『近代将棋の祖』と称されてるんやで」

彡(゚)(゚)「この六代宗英と九代宗桂が寛政2年に指した御城将棋は『稀世の名局』として語り継がれてるんや」

(´・ω・`)「へえーその時代の棋譜が残ってるんだね」

彡(゚)(゚)「ちなみに六代宗英は将軍に上梓する詰将棋の作品集である献上図式を廃止したんや」

(´・ω・`)「ふーん…詰将棋、意味ないです」

彡(゚)(゚)「あっ…」

33: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:30:40 ID:lRG
彡(゚)(゚)「さて、お次は十世名人、六代目伊藤宗看や」

彡(゚)(゚)「この六代宗看も家元制の名人の中では五指に入るほどの実力者でな、荒指しと呼ばれるほど豪快な攻めの棋風やったみたいやで」

(´・ω・`)「この時代になってくるとみんな強いんだね」

彡(゚)(゚)「せやな。余談やがこの時代には御三家じゃなかったばっかりに名人就位を許されなかったが、後世に語り継がれるほどの名棋士が2人ほどおるんや」

(´・ω・`)「お、誰?」

彡(゚)(゚)「大橋柳雪、そして天野宗歩や」

(´・ω・`)「天野宗歩?聞いたことあるような」

34: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:31:28 ID:lRG
彡(゚)(゚)「あの羽生さんが史上最強の棋士の1人に挙げた人と言ったら大体の強さは伝わるやろか。『棋聖』『実力十三段』といった冠詞や『遠見の角』の一手で知られる棋士や」

(´・ω・`)「はえ~。棋聖ってタイトルの棋聖?」

彡(゚)(゚)「元々は天野宗歩に与えられた称号や。そこからとってタイトルにしたんや」

(´・ω・`)「ふーん」

彡(゚)(゚)「そして大橋柳雪は天野宗歩の師にあたる人や。一度大橋分家の養子になるも耳を患い離縁され、名人に伍する力を持ちながらも名人になれなかったんや」

(´・ω・`)「かわいそう(小並感)」

彡(゚)(゚)「家元制名人最強と名高い六代宗英に続いて大橋柳雪、天野宗歩も現代将棋に通ずる定跡や将棋観の礎を築いた2人なんや」

(´・ω・`)「まさに卓犖不羈の天才ってわけだね」

35: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:31:37 ID:teY
原住民矢倉は終わった発言した後に矢倉に負けてそう

37: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:34:12 ID:5yi
>>35
(´・ω・`)「やぐら(笑)なにが強いの?時代は雁木だよ」

48: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:45:14 ID:teY
>>37
雁木使って矢倉に負けてましたね

51: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:47:11 ID:lRG
>>48
前田五段のことはあんまりいじらないであげて

36: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:33:17 ID:lRG
彡(゚)(゚)「次は家元制最後の名人、十一世名人八代目伊藤宗印や」

(´・ω・`)「最後の家元制名人、ってことはこの辺りで江戸幕府が衰退したんだね」

彡(゚)(゚)「せや。幕府の衰退に伴って俸禄も無くなり御前将棋も無くなってしまったんや。そんな暗黒期にある将棋界を盛り上げるために尽力したのがこの人や」

(´・ω・`)「世襲制の最後の方の人なんてポンコツばっかりなイメージだけどこの人はちゃんとしてそうだね」

彡(゚)(゚)「小野五平や大矢東吉といった他の強豪棋士らに協力を呼びかけて『百番出版校合会』を組織し将棋界の再興を図ったんや」

彡(゚)(゚)「この頃の将棋界は名人位や段位を巡るいざこざが多くてとても組織として纏まってる状態とは言い難かったようや」

(´・ω・`)「へー…」

彡(゚)(゚)「そして1893年に八代宗印が死去。家元制の名人はこれまでってわけやな」

(´・ω・`)「でも世襲制?の名人制度はまだ続くんでしょ?」

彡(゚)(゚)「あと少しだけな」

38: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:35:35 ID:lRG
彡(゚)(゚)「家元制の名人の系譜をまとめたのがこちらっ!」
no title

(´・ω・`)「準備いいねお兄ちゃん…」

39: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:37:58 ID:lRG
彡(゚)(゚)「家元制の名人制度から推挙制の名人制度へと変わり、十二世名人に就いたのは八代宗印と盤を挟み、見事その実力を認められた小野五平や」

彡(゚)(゚)「将棋の実力もさることながら政治力も中々のものやったんやろな、福沢諭吉や森有礼といった後援者を取り込み『小野五平会』なるものを組織したそうや」

(´・ω・`)「諭吉って万札の人じゃん」

彡(゚)(゚)「そういった後ろ盾もあって小野五平は名人位に就いたってわけやな」

41: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:38:52 ID:lRG
彡(゚)(゚)「さてここで小野五平の名人就位に異を唱えたのが八代宗印の弟子で後の十三世名人、関根金次郎や」

(´・ω・`)「ほう」

彡(゚)(゚)「名人襲名の披露宴にも招待されずに納得いかん、自分と将棋を指せと突っかかっていったんやがこれに対して小野は私が死んだ後に貴方が名人になればいいと諭した。そこで和解はしたんやけど…」

(´・ω・`)「けど?」

彡(゚)(゚)「名人就位の時に齢67だった小野はなんと91歳まで生きるんや」

(´・ω・`)「すっごい長生きしたんだね」

彡(゚)(゚)「関根はあと数年我慢すれば名人になれると思ったろうにこんなに長生きされたらたまったもんやないやろな。まあこの出来事がきっかけで後の将棋界に大きな変革をもたらすんやけどな…」

(´・ω・`)「おいおいもったいぶるねぇ」

44: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:40:32 ID:lRG
彡(゚)(゚)「そして小野五平の死後、53歳で十三世名人として名人位に就いたのが関根金次郎や。この人は『近代将棋の父』と称されるほど数々の功績を残した凄い人なんや」

(´・ω・`)「ほうほう!早く教えてよ!」

彡(゚)(゚)「まあまず順にその生涯を追っていこうや」

45: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:42:17 ID:lRG
彡(゚)(゚)「小さい頃から将棋に熱中した関根少年は11歳の時に将棋指しになるべく上京、時の名人八代伊藤宗印に4枚落ちで指導対局を受けるんや」

(´・ω・`)「さっき説明したお師匠さんだね」

彡(゚)(゚)「そして四段のときに天野宗歩の弟子の1人、関西で無類の強さを誇った小林東伯斎との角落ち対局で破れたことをきっかけに、将棋の研鑽を積むために全国を遊歴するんや」

(´・ω・`)「…なんかもう漫画じゃん」

彡(゚)(゚)「何度も死の淵に立たされながらも将棋遊歴を終え再び小林と対局、そして今度は見事勝利を収めるんや」

(´・ω・`)「漫画じゃん」

彡(゚)(゚)「そして小野五平が名人に就位した後、関根は『将棋同盟社』を設立し多くの後進の育成に励んだんや」

46: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:42:54 ID:lRG
彡(゚)(゚)「同じ時期には関根の終生のライバルである阪田三吉も『関西将棋研究会』を立ち上げ七段を名乗るようになるんや」

(´・ω・`)「阪田三吉…聞いたことある!」

彡(゚)(゚)「関西名人と呼ばれた小林東伯斎の弟子の1人で当時の関西では最強の棋士と言っても過言ではないやろな」

(´・ω・`)「へー」

彡(゚)(゚)「そしてその後も関根に倣い井上義雄、土居市太郎、大崎熊雄といったトップ棋士が将棋棋士を擁する団体を立ち上げていくんや」

(´・ω・`)「将棋界も賑やかになってきたね」

彡(゚)(゚)「この頃は新聞社や政財界に多くの後援者がいたみたいやからな」

47: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:43:33 ID:lRG
彡(゚)(゚)「そして小野五平十二世名人が死去した年に関根金次郎十三世名人が誕生したんや」

(´・ω・`)「ついに!」

彡(゚)(゚)「関根が名人位に就いた3年後にはプロ棋士を擁する三つの団体を統一し、現在の日本将棋連盟の前身となる『東京将棋連盟』を結成したんや」

(´・ω・`)「それで『近代将棋の父』ってわけだね」

彡(゚)(゚)「それだけやないで」

49: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:45:22 ID:lRG
彡(゚)(゚)「将棋連盟設立から11年後の1935年、関根はこれまで続いていた世襲制の名人制度を廃止することを決断したんや。関根が名人になったのは指し盛りを過ぎてからやったからな、その時代の最強の棋士こそ名人になるべきやと思ったのがきっかけやろか」

彡(゚)(゚)「同年3月26日に当時の将棋連盟会長、今易二郎が「三百年伝統の一世名人の制を廃す」と宣して実力制の第1期名人戦が始まるわけや」

(´・ω・`)「じゃあこの時から今の形のタイトル戦形式の名人戦になったってわけだ!」

彡(゚)(゚)「その通りや。将棋連盟、そして名人戦の生みの親がこの関根金次郎十三世名人ってわけや」

(´・ω・`)「そいつぁすげえや」

50: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:46:58 ID:JWn
自ら地位捨てたんはすごいな

52: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:48:06 ID:lRG
>>50
将棋界の何十手先を見据えんとできん英断やでほんま

53: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:50:12 ID:lRG
彡(゚)(゚)「そして1935年に第1期名人戦が始まったわけなんやけど、大きな事件が起きてしまうんや」

(´・ω・`)「いきなり?」

彡(゚)(゚)「関根十三世名人が東京の棋士をまとめ上げ東京将棋連盟を結成したものの、阪田三吉をはじめとする関西の棋士とはまだ溝があったんや」

彡(゚)(゚)「第1期名人戦は八段の棋士によるリーグ戦の形式をとってたんや。そこに参加できるように大阪朝日新聞が支援していた関西のプロ棋士団体『十一日会』の中心である神田辰之助七段を八段に昇段させようしたのがことの始まりやな」

彡(゚)(゚)「それに反発した東京の七段の棋士7人全員と対局が組まれたんや」

(´・ω・`)「文句があるならかかってこいと」

55: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:51:20 ID:lRG
彡(゚)(゚)「まあ結果は神田が3勝4敗と負け越すんやけどな」

(´・ω・`)「ありゃ、負けちゃったのか」

彡(゚)(゚)「そこでは八段昇段は見送られるんやけど、なんと翌年には神田が東京の八段勢相手に8戦全勝するわけや」

(´・ω・`)「ファッ!?」

彡(゚)(゚)「七段戦と合わせても11勝4敗の成績や。大阪朝日はこれなら八段昇段を許してくれるやろと思ったが連盟側はそんな約束をした覚えはないとはねのけるんや」

(´・ω・`)「えぇ…」

56: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:51:44 ID:JWn
かすやんけ

57: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:53:17 ID:lRG
彡(゚)(゚)「これには連盟側の棋士からもさすがにおかしいやろと異を唱える者も出てきてしまってな、その人らは将棋連盟を脱退して神田を擁する『十一日会』と合流し『革新協会』を立ち上げるんや」

(´・ω・`)「内部崩壊しちゃってるじゃん」

彡(゚)(゚)「連盟は脱退した棋士を除名処分にして名人戦のリーグを続けようとしたものの、八段の有力棋士がいなくなった名人戦に意味があるのかといった声も当然挙がったわけやな」

彡(゚)(゚)「関根はこの一件に頭を悩ませ、すでに棋界を退いていた、かつて次期名人に推挙されたこともある兄弟子の小菅剣之助に仲裁を頼むんや」

58: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:54:27 ID:lRG
彡(゚)(゚)「なんやかんやあって関根、小菅両名の尽力によって東西の棋士が統一され、一元化された将棋棋士の組織である『将棋大成会』が1936年に設立されたんや。また連盟は協力者である小菅に名誉名人の称号を与えたんや」

(´・ω・`)「紆余曲折あったけどやっと将棋界がまとまったんだね」

彡(゚)(゚)「…ただな、まだ1人だけ『将棋大成会』に戻らんかった人がおるんや」

(´・ω・`)「誰?」

彡(゚)(゚)「阪田三吉や」

(´・ω・`)「そうなの?」

彡(-)(-)「そもそも連盟を追放された原因から話そか」

59: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:56:59 ID:lRG
彡(゚)(゚)「『東京将棋連盟』設立時にその結成に貢献した数名の棋士が八段を許されたんや。以前から八段であり、八段の棋士が増えたことが気に入らなかった阪田は東京への対抗意識を持った京阪神の財界有力者に推されて名人を名乗ったんや」

彡(゚)(゚)「阪田の師匠である小林東伯斎は関西名人を名乗ってたんやけど、当時の連盟は阪田のそれを名人僭称として連盟を追放したんや」

(´・ω・`)「まあ名人がいっぱいいたら連盟も困るもんね」

彡(゚)(゚)「そしてそのうち阪田の後援者の多くも神田八段に鞍替えし出すんや」

(´・ω・`)「乗り換え的な?」

彡(゚)(゚)「まあ、乗り換えやな。結局阪田が自分から話をつけて将棋大成会に戻るのは1937年、神田事件が解決し将棋大成会が設立された翌年や」

(´・ω・`)「関西では最強の棋士の1人だったんだよね?もっとスターとして扱われてもおかしくないよね?」

彡(-)(-)「せやな…」

60: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:57:45 ID:lRG
彡(゚)(゚)「…この頃の将棋界は柳沢保恵伯爵をはじめとした多くの有力者や新聞社に支えられ、棋士達も自ら組織を作り、さらにはそれが統一されるといった政治的な面では大きな進歩を遂げた時代といってもええやろ」

彡(゚)(゚)「もちろん今でもスポンサーのほとんどは新聞社やし、現在の日本将棋連盟も公益社団法人として日本の文化に貢献しとる」

彡(゚)(゚)「この時代の棋士達の尽力無くして今の将棋界は無かったも同然なんや」

彡(゚)(゚)「ただな、生い立ちが貧しく、「三」「吉」「馬」の三字しか書けんかったような不器用な阪田からしてみれば、政治的なものはただの不純物でしかなかったんやろなぁ」

(´・ω・`)「…」

61: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:58:31 ID:lRG
彡(゚)(゚)「もちろん阪田を応援してくれる人がおったのは阪田にとって有難いことやったんやろけど、無自覚のうちにそれを利用しようとした人らに翻弄された部分もあるんやないかな…」

彡(゚)(゚)「勿論本人がどう思ってたのかは分からんし、勝手な想像にすぎんけどな」

(´・ω・`)「まあ僕はよく分かんないけど、時代が違ったらもっと対局に集中して栄光を成し遂げられたのかもね」

62: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)22:59:44 ID:lRG
彡(゚)(゚)「そして阪田は連盟へ復帰した後に木村義雄八段と南禅寺で、花田長太郎八段と天龍寺でそれぞれ対局するんや」

彡(゚)(゚)「この対局は将棋ファンにはよく知られていて、どちらの対局も阪田は後手を持って94歩と突くんや」

彡(゚)(゚)「後手番でさらに手損をするこの手は東京の棋士に対する阪田の反骨精神ともとれるし、当時の将棋界に対する暗黙の抗言とも考えられないやろか」

(´・ω・`)「いやそれは考えすぎじゃない?」

彡(゚)(゚)「そうか?」

63: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:00:20 ID:lRG
(´・ω・`)「それはそうとしてなんでこんなにその人のことを語ってるの?ファンなの?」

彡(゚)(゚)「将棋に集中できる環境があることの有難さを伝えたかったんや。それに阪田は没後に連盟から贈名人の称号が与えられてるんやで」

(´・ω・`)「なるほどね」

64: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:01:01 ID:lRG
彡(゚)(゚)「だいぶ話が逸れてしまったけど第1期名人戦に話を戻すで」

彡(゚)(゚)「今は順位戦A級リーグの優勝者が名人に挑戦する形やけどは最初は順位戦なんてもんはなかったんや」

(´・ω・`)「あ、そうなの?」

彡(゚)(゚)「順位戦ができるまでは2年かけて名人挑戦者を決めてたんや」

(´・ω・`)「それは長いね」

65: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:04:14 ID:lRG
彡(゚)(゚)「最初の実力制名人を決める戦いは八段の棋士9人が参加する特別リーグと呼ばれる総当たり戦とその他の棋戦とでの勝敗によるポイント制やったんや」

(´・ω・`)「八段って9人しかいなかったんだね」

彡(゚)(゚)「昔は名人を九段として八段で準名人と呼ばれてたからな」

彡(゚)(゚)「ちなみその9人は関根名人が誕生した時代に最強を誇った土居市太郎、『将棋研究会』を設立した大崎熊雄、『将棋大成会』の初代会長のとなった金易二郎、『将棋連盟』大阪市部長の木見金次郎」

彡(゚)(゚)「そして『将棋革新協会』の会長であった花田長太郎、弱冠22歳にして実力で八段まで上り詰めた木村義雄、土居門下の金子金五郎に神田事件以後に八段を認められた神田辰之助と萩原淳や」

彡(゚)(゚)「そして特別リーグで1位になった木村は2位の花田に8.1ポイント差をつけ、本来行うはずの六番勝負を行うことなく初代実力制名人の座に就いたんや」

(´・ω・`)「なんかあっさりだね」

彡(゚)(゚)「ほとんどの八段が指し盛りを過ぎてたからやろなぁ」

(´・ω・`)「どんな棋士も衰えには勝てないんだね…」

no title

66: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:05:12 ID:lRG
彡(゚)(゚)「第2期名人戦も1937年から1939年の2年をかけて名人挑戦者を決めたんや」

彡(゚)(゚)「今度はより若手である七段からも、リーグの優勝者である1人が名人挑戦権争いに参加できるようになったんや」

(´・ω・`)「やっぱり若い人も参加させなきゃね」

彡(゚)(゚)「さらにこの期だけ阪田が八段格としてリーグに参加したんや」

(´・ω・`)「そういえばこの頃に仲直りしてたね」

67: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:07:43 ID:lRG
彡(゚)(゚)「この時は七段リーグ優勝者を加えて1次リーグを行い、そこで2勝以上挙げた人らで2次リーグを行ったんやが、土居八段が両リーグで全勝して名人に挑戦したんや」

(´・ω・`)「衰えてないやん!」

彡(゚)(゚)「まあ4勝1敗で木村名人が防衛するんやけどな」

(´・ω・`)「強い(確信)」

彡(゚)(゚)「ちなみにこの時の番勝負の持ち時間はなんと1人15時間の3日制だったんや」

(´・ω・`)「ファッ!?たしか今は長くても2日だよね。それと比べたら随分長いね」

彡(゚)(゚)「定跡が今ほど整備されてない時代やからちゃうか?知らんけど」
no title

68: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:08:12 ID:JWn
体力の消耗やばそう

70: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:11:25 ID:lRG
>>68
木村阪田の南禅寺の決戦は持ち時間30時間で7日間らしいで

69: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:08:46 ID:lRG
彡(゚)(゚)「そして第3期は1940年から1942年にかけてや」

彡(゚)(゚)「今度は八段の棋士10名に五段から七段の棋士による予選の通過者2名を加えて計12名での挑戦権争奪戦や」

(´・ω・`)「五段の人にもチャンスあったんだね」

彡(゚)(゚)「今はA級になったら自動的に八段やからな。七段以下が挑戦者争いに加われるのは制度的に不可能やな」

72: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:14:06 ID:lRG
彡(゚)(゚)「12人を3つのリーグに分けてそれぞれで1位の3人に2位同士の敗者復活リーグを勝ち抜いた1人を加えた計4人で挑戦者決定リーグを行ったんや」

(´・ω・`)「なんかこの頃は毎期ごとに決め方が違うんだね」

彡(゚)(゚)「試行錯誤してたんかなぁ」

彡(゚)(゚)「最終的には神田八段が名人に挑戦、しかし木村名人の4連勝で防衛や」

(´・ω・`)「名人は向かう所敵なしって感じだね」

no title

74: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:16:42 ID:lRG
彡(゚)(゚)「お次は第4期や。今度もいっそう複雑な挑戦者決定戦やで」

彡(゚)(゚)「まずは八段12名に七段以下の予選通過者4名を加えた16名でトーナメントを実施、優勝者がそのまま名人挑戦権を得るわけじゃなく名人挑戦に相応しいかどうか名人と半香落ちの手合いで三番勝負を行うんや。それを4回繰り返して名人挑戦者が複数出た場合はプレーオフ、って形や」

(´・ω・`;)「複雑だね…ていうか名人戦やるまえに名人と戦っちゃうんだ」

(´・ω・`)「それに半香落ちってなに?」

彡(゚)(゚)「強い人と対局するときは駒を落としたりするやろ?半香落ちは平手と香落ちを1セットと考えるんや。今はプロ同士の公式戦は全部平手戦やからけっこう珍しいで」

(´・ω・`)「これもうわかんねぇな…で、結局挑戦者は誰になったの?」

彡(゚)(゚)「萩原淳、大野源一、花田長太郎、坂口允彦の4人が予備資格者として三番勝負を行ったけど全員負けや」

(´・ω・`)「こマ?強すぎる」

彡(゚)(゚)「この頃の木村は『常勝将軍』なんて呼ばれるくらい強かったみたいや。結局名人戦を行うことなく木村名人防衛や」
https://i.imgur.com/HpmTpVh.png

75: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:17:36 ID:lRG
彡(゚)(゚)「1944年からの第5期名人戦は予選を廃止して行われたんやけど、戦争の激化に伴って対局が中止され木村の名人防衛が決定されるんや」

(´・ω・`)「あぁ戦争かぁ…」

76: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:19:12 ID:lRG
彡(゚)(゚)「そして戦後の1947年、前年から開始された順位戦と連動してA級の優勝者が名人挑戦権を得るようになったんや」

(´・ω・`)「順位戦って戦後からできたんだ」

彡(゚)(゚)「そしてA級順位戦で塚田正夫、大野、萩原の3人が同率首位になりプレーオフが行われたんや。最終的には塚田が名人に挑戦、4勝2敗2千日手1持将棋の熱戦を制した塚田が木村名人から名人位を奪取したんや」

(´・ω・`)「やっと2人目の実力制名人誕生だね」

彡(゚)(゚)「塚田八段は詰将棋の大家でもあり、唯一『名誉十段』の称号を持っとる棋士や」

(´・ω・`)「名誉十段って字面がかっこいいね」
no title

78: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:19:53 ID:lRG
彡(゚)(゚)「ちなみにこの時の番勝負の持ち時間は8時間の1日制や」

(´・ω・`)「ん?今はどうなんだっけ?」

彡(゚)(゚)「今は9時間の2日制やな。竜王戦と王将戦、王位戦が8時間の2日制やで」

80: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:22:47 ID:lRG
彡(゚)(゚)「翌年の塚田新名人への挑戦権争いはA級上位3人とB級優勝者の4人でのパラマス式トーナメントで決定したんや」

(´・ω・`)「パラマス式トーナメントって階段みたいになってるやつだよね」

彡(゚)(゚)「せや。今でもA級で同率首位の人がいた場合はこのパラマス式トーナメントで挑戦者を決めてるで」

彡(゚)(゚)「この時は大山康晴が七段でB級優勝、そこからのA級上位3人を破って挑戦してるんや。そのうちの最後の相手は大山の終生のライバルである升田幸三や」

(´・ω・`)「新手一生の人だっけ」

彡(゚)(゚)「独創的な序盤戦術を次々に産み出し将棋の寿命を300年縮めたと言われる棋士やな」

81: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:24:19 ID:lRG
彡(゚)(゚)「この挑戦者決定戦三番勝負の第3局は『高野山の決戦』と名がつく名局なんやが、勝勢の升田が悪手を指して頓死、「錯覚いけない、よく見るよろし」と有名な言葉を残したとの逸話が残っとるで」

(´・ω・`)「どんなに強い棋士でも錯覚はあるからね、衰えたとか言ってはいけない(戒め)」

彡(゚)(゚)「ほんこれ。そして升田との三番勝負を制した大山がB級七段で名人に挑戦、七段での名人挑戦はこれが唯一の記録や」

(´・ω・`)「今はA級になると自動で八段だったよね」

彡(゚)(゚)「せや。そして番勝負は塚田名人が4勝2敗で防衛や」

(´・ω・`)「大名人大山でも最初っから名人は取れなかったんだね」

no title

82: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:25:37 ID:lRG
彡(゚)(゚)「翌8期は名人戦から遠ざかっていた木村が再び名人位をかけて番勝負を戦うことになったんや。多くの著名な後援者の期待を背負った木村が塚田名人を3勝2敗で破り名人に復位したんや」

(´・ω・`)「あれ、3勝で奪取って五番勝負じゃん!」

彡(゚)(゚)「まだ戦後やしなんか事情があったんやろ」

彡(゚)(゚)「この番勝負の第5局は皇居内にあった剣道場、済寧館で執り行われたんや。この対局も『済寧館の決戦』と名のつく名局で坂口安吾の小説『勝負師』ではこの対局について描写されているんや」

(´・ω・`)「へー」

no title

84: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:27:14 ID:lRG
彡(゚)(゚)「再び名人位に返り咲いた木村は第9期、第10期にそれぞれ挑戦者となった大山、升田を4勝2敗で跳ね返し名人獲得を8期に伸ばしたんや」

(´・ω・`)「完全復活だね」

彡(゚)(゚)「ちなみに第9期には持ち時間が10時間の2日制に、第10期には挑戦者はA級順位戦の優勝者が、という風なルールの改訂がなされたんや」

(´・ω・`)「だんだん今の形に近づいてきてるね」

彡(゚)(゚)「最終的に今の持ち時間である8時間の2日制になるのは第27期からなんや」

(´・ω・`)「ふーん」
no title

85: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:28:22 ID:lRG
彡(゚)(゚)「そして第11期は大山が升田とのプレーオフを制し三たび挑戦者に、ここでは4勝1敗で木村名人を破り初の名人獲得となるんや」

(´・ω・`)「おお!ついに大山名人が誕生したんだ」

彡(゚)(゚)「この番勝負で名人位を失冠した木村は「良き後継者を得た」との言葉を残し棋界を退くんや」

(´・ω・`)「美しい退き際だね」

彡(゚)(゚)「そして大山はこの後も名人戦で無類の強さを誇り、通算で18期に渡って名人位に君臨するんや」

(´・ω・`)「や大N1」
no title

86: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:31:11 ID:lRG
彡(゚)(゚)「名人位に就いた大山は1953年の第12期名人戦から1956年の第15期名人戦にかけて2度の挑戦を決めた升田、日本一の攻めと謳われた高島一岐代、元真剣師で木村門下の花村元司の3人を合わせて16勝3敗の戦績で退け、5期連続で名人位に在位、同時に十五世名人の資格を獲得するんや」

no title


(´・ω・`)「やっぱ強いねこの人は」

彡(゚)(゚)「せやろ、5期の名人獲得に誰もが当時最強の棋士は大山で異論はないと認めたであろう1957年、これをひっくり返す棋士が現れるんや」

(´・ω・`)「お!誰!?」

彡(゚)(゚)「升田幸三や」

(´・ω・`)「おお!やっぱライバルは立ちはだかってこそだよね」

87: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:33:41 ID:lRG
彡(゚)(゚)「当時のタイトル戦は名人戦、九段戦、王将戦の3つやったんや。そのうちの1つである九段戦を升田は塚田を相手に奪取。そして王将戦では大山名人を相手になんと香落ちでの勝利を挙げているんや」

(´・ω・`)「ちょっと待って!タイトル戦なのに香落ち?」

彡(゚)(゚)「詳しい話は割愛するが当時の王将戦は少し特殊でタイトルを奪取してから香落ちで指すこともあったんや」

彡(゚)(゚)「升田の幼少の頃からの悲願であった"名人を相手に香を落として勝つ"が達成されたのがこの年やな」

(´・ω・`)「名人相手に香車落として勝つってかなり強くない?」

彡(゚)(゚)「平手で勝てれば名人と互角、それを凌ぐ強さを升田は見せつけたわけやな」

彡(゚)(゚)「そしてこの年の名人戦では升田が名人挑戦権を獲得し見事大山から名人位を奪取するんや」

no title


彡(゚)(゚)「当時のタイトルは3つやったから升田はその全てを手中に収める全冠制覇を史上初めて成し遂げたわけや」

(´・ω・`)「はえ~強っよ」

彡(゚)(゚)「ちな三冠王になって棋士の頂点に立った升田は「辿り来て未だ山麓」という名言を残してるで」

(´・ω・`)「かっこ良スギィ!」

89: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:36:55 ID:lRG
彡(゚)(゚)「翌年の第17期名人戦では升田は挑戦者となった大山を4勝2敗1持将棋の戦績で退け名人位獲得を2期に伸ばすものの、大山が升田から九段、王将を取り返しさらに翌期、名人位をも取り返し三冠独占を果たすんや」

no title


(´・ω・`)「復活してきたわね」

彡(゚)(゚)「そこからの大山はまさに無敵と言ってもええやろ。1960年に新設された王位戦で王位を獲得し四冠独占、1962年にはこれまた新設の棋聖戦で棋聖位を獲得し五冠独占を達成するんや」

(´・ω・`)「もう(手がつけられ)ないじゃん…」

92: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:41:49 ID:lRG
彡(゚)(゚)「名人位に限っては升田から取り返した1959年から1971年まで独占状態や」

(´・ω・`)「10年以上連続で名人で居続けるなんてやっぱこの人凄E」

彡(゚)(゚)「この間、なにも挑戦者が弱かったというわけではないんや。『神武以来の天才』と呼ばれ史上最年少で名人挑戦者になった加藤一二三、巧みな歩の使い方から『小太刀の名手』と呼ばれた丸田祐三、羽生さんの師匠で『北海の美剣士』と呼ばれた二上達也」

彡(゚)(゚)「そして当時は珍しい研究家で戦術家であった山田道美、『火の玉流』と称される攻めの達人有吉道夫、駒落ちの達人で『荒法師』と呼ばれる灘蓮照、いずれもタイトル挑戦や棋戦優勝複数回を数える一流棋士ばかりや」

no title


(´・ω・`)「異名的なの好きだねお兄ちゃん」

彡(゚)(゚)「…強い棋士は大体異名付いとるからな。分かりやすいしええやろが」

彡(゚)(゚)「この頃は名人戦に限らず他のタイトル戦でも大山対その他という構図が出来上がっててなかなかその牙城を崩すのは容易やなかったんや」

94: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:44:50 ID:lRG
彡(゚)(゚)「そんな中、名人戦で大山から名人を奪取する人物が現れるんや」

(´・ω・`)「お、もしや…」

彡(゚)(゚)「1968年度に山田道美棋聖を破り史上最年少で棋聖位を獲得した中原誠や」

(´・ω・`)「やっぱりな」

彡(゚)(゚)「1970年度には十段位を大山から奪取、翌年度には棋聖を通算5期獲得し、20代でありながら永世棋聖の資格を得た少壮気鋭の中原誠が1972年、A級2年目にして大山名人との番勝負に名乗り出たわけや」

(´・ω・`)「…いや待てよ、あの大山名人でも1回目で名人奪取とはいかなかったわけだし今回も

彡(゚)(゚)「そしてフルセットの末に中原が大山を下し自身の三冠目となる名人位を戴冠したんや」

(´・ω・`)「そう」

彡(゚)(゚)「この後大山は2度名人挑戦者になるんやが捲土重来とはいかず、名人位に返り咲く事は無かったんや…」

(´・ω・`)「大山一強時代を終わらせたんだね」

彡(゚)(゚)「中原は『棋界の太陽』とまで呼ばれたからな。それまで大山がどれだけ他の棋士達を負かしてきたのか想像に難くないわな」

(´・ω・`)「まさにヒーロー的な扱いだね」
no title

95: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:47:31 ID:lRG
彡(゚)(゚)「それから中原は再び名人初戴冠をかけて挑戦者となった加藤、三たびの名人復位を狙う大山、当時では珍しい穴熊を得意戦法とした『穴熊党総裁』の大内延介」

彡(゚)(゚)「剃髪の挑戦者として話題になった『終盤の魔術師』森?二、『いぶし銀』と称される巧みな銀の使い方で生涯タイトル4期を獲得した桐山清澄、この人らもまたタイトル挑戦、棋戦優勝複数回を数える名棋士なんやが、中原はこれらを相手取って8期連続で名人を防衛するんや」

(´・ω・`)「かつて大山名人が戴いた玉座に今度は中原名人が君臨したわけだね」

彡(゚)(゚)「せや。中でも中原を相手に苦汁を飲まされ続けたのは米長邦雄永世棋聖や」

彡(゚)(゚)「中原を相手に三度の名人挑戦権を獲得するも、三度とも敗北を喫し名人にはなれなかったんや」
no title

96: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:50:24 ID:lRG
彡(-)(-)「中原と米長のタイトル戦の中でも歴史に残っとるのが米長が2度目の挑戦者となった第37期名人戦やろな」

彡(゚)(゚)「中原は人生初の公式戦4連敗を経験、対する米長は最優秀棋士賞を受賞、名人戦でも米長が開幕2連勝でスタートをきり、その勢いには確実に差があったんや」

彡(゚)(゚)「だが米長の2勝1敗で迎えた第4局に中原の妙手、かの『5七銀』が飛び出すんや。米長はそこから3連敗して名人には届かなかったんや」

(´・ω・`)「相性が悪かったのかな…」

彡(゚)(゚)「そんな米長が中原を相手に初めてタイトルを奪うのはなんと8度目の挑戦でなんや」

(´・ω・`)「すごい量の苦汁を飲まされ続けたんだね…」

97: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:51:40 ID:lRG
彡(゚)(゚)「十六世名人として一時代を築いた中原から名人を奪ったのは…」

(´・ω・`)「この流れで行くと谷川九段かな?」

彡(゚)(゚)「はずれ!加藤一二三九段や」

(´・ω・`)「あのひふみんが!?」

彡(゚)(゚)「史上最年少で名人挑戦を決めた年から22年後、大山から中原へと受け継がれた大名人の座を崩しに加藤が名人へと挑むんや」

(´・ω・`)「熱いね…!」

彡(゚)(゚)「この名人戦は4勝3敗1持将棋2千日手という実質十番勝負の末、加藤が中原を破り初めて名人位を戴冠、実力制第六代名人が誕生するんや」

(´・ω・`)「内容もアツゥイ!」
no title

98: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:52:46 ID:lRG
彡(゚)(゚)「さてこの加藤の名人位戴冠が腑に落ちなかったのは、当時新進気鋭の若手であった谷川浩司や」

(´・ω・`)「なして?」

彡(゚)(゚)「谷川は中原を倒して名人になりたかったのに加藤が名人になってしまったからや」

(´・ω・`;)「えぇ…そこいうほど重要か?」

彡(゚)(゚)「谷川は名人というものになにか特別な思いを持ってたんやろな…」

99: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:55:12 ID:lRG
彡(゚)(゚)「その翌年、谷川は名人挑戦権を獲得し加藤名人を相手に4勝2敗で名人位を奪取、実力制名人制度になって7人目の、かつ史上最年少の名人が誕生するんや」

(´・ω・`)「中原が相手ならあるいは…」

彡(゚)(゚)「谷川は最年少名人というだけでも凄いのにその人格でも周囲を驚かせるんや。名人を奪取した谷川は「1年間、名人位を預からせていただきます」と発言」

彡(゚)(゚)「翌年は『だるま流』と称される森安秀光を相手に名人位を防衛、「これで弱い名人から、並みの名人になれたと思います」との言葉を残してるんや」

(´・ω・`)「謙虚が過ぎる」

no title

100: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:56:34 ID:lRG
彡(゚)(゚)「ここから谷川の時代かと思われたが翌年の1985年、名人復位を目指し中原が挑戦、4勝2敗で見事名人位に返り咲いたんや」

(´・ω・`)「やっぱり超一流の棋士は復活力がハンパじゃないんだね」

彡(゚)(゚)「大山にしろ中原にしろ一時代を築くような棋士は年老いても一線で活躍しとるからな」
no title

101: 名無しさん@おーぷん 2018/04/21(土)23:57:57 ID:lRG
彡(゚)(゚)「再び名人位を手にした中原は44期、45期にそれぞれ捲土重来の元名人大山、そして3年前に史上3人目の四冠王を獲得したライバル米長を退け、立て続けに名人位を防衛するんや」

(´・ω・`)「また米長さんは勝てなかったのか…」

no title

102: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:00:05 ID:DSr
彡(゚)(゚)「しかし翌年、はやくも名人位を取り戻しに来た谷川が4勝2敗で名人を取り返すんや」

(´・ω・`)「ひえ~バチバチだね」

no title


彡(゚)(゚)「その翌年に谷川は米長を相手に名人を防衛するも、さらに翌年には三たび名人挑戦者となった中原が名人位を奪取、これで中原は2度目の名人位復位を果たすんや」

(´・ω・`)「さり気なく名人位を取らせて貰えない米長さんほんと気の毒…」

no title

104: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:01:49 ID:DSr
彡(゚)(゚)「そんな米長が中原名人を相手に6度目の名人挑戦を決めたのが1991年、しかしこれもまた4勝1敗という戦績で中原が勝利し名人防衛や」

no title


(´・ω・`)「米長さんは中原名人と谷川名人に挑戦してるってことは順位戦ではそのどっちかに勝ってるってことだよね?なんで名人戦では勝てなかったの?」

彡(゚)(゚)「知らん」

(´・ω・`)「急に冷たい!…2日制9時間という長い持ち時間が苦手なのかあるいは七番勝負という長い戦いでの作戦の立て方が苦手なのか…」

彡(゚)(゚)「それは違うやろ。名人以外のタイトルは18期も獲得する棋士やで」

(´・ω・`)「んん…そっか」

彡(゚)(゚)「名人位は強いだけじゃ取れない何かがあるのかもしれんな…」

(´・ω・`)「あっ、普段の行いか」

彡(゚)(゚)「…」

105: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:04:29 ID:DSr
彡(゚)(゚)「さて、1992年には五段での王位を獲得、二冠達成と最優秀棋士賞受賞を成し遂げた本格派居飛車党、高橋道雄が中原名人への挑戦者になったんや」

(´・ω・`)「アニオタの人!」

彡(゚)(゚)「タイトル獲得数5期の一流棋士やぞ敬えや」

彡(゚)(゚)「高橋は中原名人を相手に矢倉で3勝をあげるもフルセットの末敗退、中原が名人獲得数を15期まで伸ばすんや」

(´・ω・`)「衰えないねぇ」

no title

106: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:06:01 ID:DSr
彡(゚)(゚)「そして翌年、49歳にして7度目の名人挑戦者となったのが米長や」

(´・ω・`)「その年になっても名人戦に出れるってすごい」

彡(゚)(゚)「そして米長は中原名人を相手に4連勝し悲願の名人を獲得するんや!」

(´・ω・`)「おおっ!遂に名人になれたんだね!」

彡(゚)(゚)「史上最年長となる49歳と11ヶ月での名人獲得や」

no title

107: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:07:11 ID:DSr
(´・ω・`)「でもそれまで名人になれなかったのになんで逆に年取ってから名人になれたんだろうね」

彡(゚)(゚)「この頃米長は当時力を伸ばしてきていた若手棋士に教えを請う形で自身の序盤を見直し、中原対策を立ててたんや」

彡(゚)(゚)「自分よりふた回りも年の離れた若手棋士を先生と呼び、頭を下げることもいとわない。名人獲得への執念が感じられるな」

(´・ω・`)「中々出来ることじゃないよね…」

108: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:08:37 ID:DSr
彡(゚)(゚)「そして50歳での名人就位式ではなんと2000人を超える参加者が集まったんや」

(´・ω・`)「すげー顔広いんだね」

彡(゚)(゚)「その就位式で米長は「あの子が来年、私のクビを取りにやってくる」と、当時既に四冠を達成しその頭角を現していた羽生善治の名人挑戦を予言し、実際にその翌年にはA級順位戦で谷川とのプレーオフを制し羽生が名人挑戦、4勝2敗で名人位を獲得してるんや」

(´・ω・`)「はえ~まるでドラマみたいだぁ」

no title

109: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:09:52 ID:DSr
彡(゚)(゚)「そしてこの後に羽生は七冠を達成し一躍時代の寵児に、名人戦は谷川と羽生世代がめくるめく入れ替わる戦国時代の様相を呈していくんや」

(´・ω・`)「谷川九段も大山中原と続いて来た頂点を継げると思ったら羽生さん他が出て来ちゃったんだね」

彡(゚)(゚)「タイミングが悪かったんやな…」

110: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:11:45 ID:DSr
彡(゚)(゚)「翌1996年度には中原をプレーオフで破った森下卓が羽生名人への挑戦者となったんや」

彡(゚)(゚)「自身の名を冠する『森下システム』を考案した研究家肌の矢倉の大家であり、タイトル挑戦6回を数えるほどの名棋士や」

(´・ω・`)「でもたしか無冠なんでしょ?」

彡(゚)(゚)「…大体羽生のせいやなそれは」

彡(゚)(゚)「森下は棋界随一の律儀さを誇る人格者として有名やが、羽生の七冠達成を棋士全員の屈辱であると発言するほど、勝負に対して熱い面もあったんや」

彡(゚)(゚)「そんな森下でも羽生の牙城を崩せず、翌年度は羽生と同級生でこれまた若手強豪として台頭していた森内俊之が挑戦者となるんや」

(´・ω・`)「あっ、カレーの人だ!」

彡(゚)(゚)「さっきからどうにかならんかそのイメージは」

(´・ω・`)「じゃあバックギャモンのつえー人」

彡(゚)(゚)「…まあええわ」

112: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:12:31 ID:DSr
彡(゚)(゚)「木村と塚田、大山と升田、中原と米長、時代を築いた名棋士には因縁浅からぬライバルがいたように、羽生にとっての名人戦でのライバルはこの森内や」

(´・ω・`)「小学生の頃からのライバルだよね」

彡(゚)(゚)「昔からの戦友ちゅうやつやな」

彡(゚)(゚)「森内にとっての初タイトル戦となったこの名人戦、途中封じ手を巡る珍事もあったものの羽生が4勝1敗で名人位を防衛し名人獲得を2期に伸ばすんや」
no title

114: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:13:55 ID:6F3
名人戦だけなら羽生と互角以上にやれてた森内先生

116: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:16:47 ID:aGz
>>114
やっぱり研究をそこに持ってくるって大事なんやなって思う
天彦もそんな感じするわ

115: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:15:12 ID:DSr
彡(゚)(゚)「翌年には竜王位を獲得していた谷川が2度目の名人復位をかけ羽生名人に挑戦、結果4勝2敗の戦績で名人位を奪取し2大タイトルの竜王、名人を独占するんや」

(´・ω・`)「名人より竜王のほうが上なんだっけ?」

彡(゚)(゚)「名人位は伝統があるけど竜王位のほうが賞金が高いからな」

(´・ω・`)「お金か…」

彡(゚)(゚)「スポンサーあっての将棋やししゃーない」
no title

117: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:17:37 ID:DSr
彡(゚)(゚)「さて、名人位奪取によって名人獲得数通算5期となった谷川は紆余曲折はあったものの、十七世名人の資格を得たんや」

(´・ω・`)「途中にだいぶ邪魔が入ったね」

彡(゚)(゚)「翌年、そんな谷川名人への挑戦者として名乗りを上げたのはA級順位戦で羽生とのプレーオフを制した羽生世代筆頭、佐藤康光や」

(´・ω・`)「お、変態流ゥー!」

彡(゚)(゚)「いや、まだこの頃は『緻密流』と称される正統派だったんやで」

彡(゚)(゚)「この年の名人戦はフルセットの末佐藤が名人を奪取、さらに翌年は名人位奪還を狙い七番勝負の舞台に上がってきた谷川をこれまたフルセットで退け名人位を防衛するんや」

(´・ω・`)「羽生さんばっかり取り上げられるけどやっぱこの人も強いんだよね」

彡(゚)(゚)「名人2期に加え永世棋聖の資格も持っとるし超一流やぞ」

no title

119: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:19:26 ID:6F3
羽生世代は役者が揃いまくっとるのが凄い
将棋史に名を遺すクラスの名棋士が7,8人同い年って

120: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:20:17 ID:aGz
>>119
切磋琢磨ってあるんやろうな
孤高じゃなかなか難しいと思う その点ナベは頑張ってる方やな

122: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:21:09 ID:6F3
>>120
谷川さんもね…
藤井君はそこがどうなるかやな

125: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:22:39 ID:DSr
>>120
仲のいい天彦広瀬がタイトル取ってるけど羽生世代みたいな切磋琢磨感はないよな

121: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:20:32 ID:DSr
彡(゚)(゚)「そして時代は世紀末、2000年の名人戦や」

彡(゚)(゚)「名人挑戦権を得たのはこれまた羽生世代で居飛車党の研究家、丸山忠久や」

(´・ω・`)「あっ、
https://youtu.be/Q_C7IUDhpZE


の人だ!」

彡(゚)(゚)「お、どうした急にアルファベット唱え出して」

彡(゚)(゚)「将棋界では有名な健啖家で気風は『激辛流』普段は『ニコニコ流』駒を扱う手付きは『音無し流』、更には中国製のデカ扇子を持っていたりと、あまり人前には出んが話題に事欠かん人やな」

127: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:26:43 ID:DSr
彡(゚)(゚)「当時の丸山は先手番なら角換わり、後手番なら横歩取り△8五飛戦法と、得意戦法を持ってて向かう所敵なしの強さを誇ってたんや。名人戦では佐藤名人がその得意戦法を避けずに真っ向から受けて立ったんや」

(´・ω・`)「漢だね!」

彡(゚)(゚)「結果は4勝3敗で負けてしまったけどな」
no title

129: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:29:01 ID:DSr
彡(゚)(゚)「翌年、名人位獲得で初タイトルを飾った丸山に挑戦した谷川だったが4勝3敗1千日手で及ばず、羽生世代相手に苦戦を強いられるんや」

彡(゚)(゚)「さらに翌年には再び名人挑戦者となった森内が4連勝で名人位を奪取し31歳にして初の名人位を戴冠、しかしその翌年、佐藤と藤井猛の2人をプレーオフで破った羽生挑戦者が森内名人を4連勝で退け再び名人位は羽生の手に渡ることになるんや」

彡(゚)(゚)「先にネタバレしておくとこの時から10年以上、名人位は羽生か森内のどちらかが着くことになるんやで」

(´・ω・`)「ファッ!?」
no title

134: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:30:56 ID:DSr
彡(゚)(゚)「2004年の名人戦は森内がA級順位戦を全勝して挑戦者となりこれを制し、さらに翌年は羽生が挑戦者となり三たび羽生森内の顔合わせでの名人戦に、ここでは森内が名人位を防衛、森内名人は勢いそのままに翌年挑戦者となった谷川をも退け永世称号獲得まであと1期と迫るんや」

(´・ω・`)「名人戦の森内は羽生谷川をもってしても破れないのか…」

no title

135: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:31:47 ID:adw
そう考えるとワイらは今時代が移り変わる瞬間を見てるんやなぁ
最近羽生元気だけど

140: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:34:08 ID:DSr
>>135
ひふみん引退
藤井くんデビュー
これだけでもう大きく時代が変わってる感あるやろ

羽生さんはええんや

141: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:34:49 ID:adw
>>140
1人だけ超然としてて草生えますよ

136: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:32:38 ID:aGz
まあ羽生世代の衰えはもう隠せない時期に差し掛かってるからな
なお、胴元のはb(ry

137: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:32:39 ID:DSr
彡(゚)(゚)「森内の永世名人獲得をかけた2007年度の名人戦は羽生世代の一人で正統派居飛車党の郷田真隆が挑戦者になったんや」

(´・ω・`)「これは格調高い挑戦者」

彡(゚)(゚)「ここで一つええ話でもしとこか。郷田が名人挑戦を決めたA級順位戦の対局があった日の朝、郷田の父が亡くなったんや。しかし家族は余計な気を遣わせてはいけないと対局が終わるまで連絡をしなかったんや」

(´・ω・`)「…」

彡(゚)(゚)「ただまあ、結果は4勝3敗で森内が名人位を防衛するんやけどな」

(´・ω・`)「神はいねえのかよ…」

no title

143: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:36:21 ID:DSr
彡(゚)(゚)「これで羽生に先んじて十八世名人の資格を得た森内名人。そこへ挑戦を決めたのは名人獲得通算4期となっていた羽生。4勝2敗で森内名人を下し、羽生も十九世名人の資格を得て、なんと2年連続での永世名人の誕生となったんや」

(´・ω・`)「羽生さんより先に森内さんが永世名人になったってのも面白い話だよね」

彡(゚)(゚)「それだけ森内は名人戦、順位戦を得意にしていたってことなんやろな
no title

144: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:38:09 ID:DSr
彡(゚)(゚)「そして羽生名人は2009年には再び名人挑戦者となった郷田を、続く2010年には羽生七冠の一角を崩した孤高の研究家三浦弘行の挑戦を退け、名人獲得数を7期まで伸ばすんや」

彡(゚)(゚)「しかし2011年に名人挑戦者となった森内が羽生を下し再び名人位に、翌2012年、この年は大橋宗桂が名人になったとされる年からちょうど400年目の節目の年、羽生が森内に続いてA級順位戦を全勝し名人挑戦者になり、都合7度目の羽生森内の名人戦となるんや」

(´・ω・`)「大橋宗桂…ちょっと忘れてたよ」

(´・ω・`)「にしても小学生の頃からライバルだった十八世名人と十九世名人が将棋の名人の節目となる年に名人位を争うってちょっと出来過ぎじゃない?」

彡(゚)(゚)「こんな脚本書いたらボツになるやろなぁ」
no title

146: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:40:23 ID:DSr
彡(゚)(゚)「そして2012年の名人戦は4勝2敗で森内に軍配が上がるんや」

彡(゚)(゚)「ここからの森内名人は確変タイムや」

彡(゚)(゚)「2013年には再び挑戦者となった羽生を4勝1敗と圧倒的な内容で下し名人位を防衛、一方の竜王戦では羽生との永世竜王対決を制し既に9連覇を果たしていた渡辺明を下し竜王位を奪取、2大タイトルである竜王、名人をその手中に収めたんや」

(´・ω・`)「最強じゃん」

彡(゚)(゚)「まあそれも長くは続かなかったんやな、翌2014年には3年連続で挑戦者となった羽生にストレートで名人位を奪われ、竜王位も糸谷哲郎に奪われてしまうんや」

彡(゚)(゚)「その後の順位戦でも奮わず、再び名人戦の舞台に立つことなく、2016年度の順位戦でB級1組への降格が決まりフリークラス入りを宣言するんや」

(´・ω・`)「フリークラスってなあに?」

彡(゚)(゚)「まあ事実上の順位戦の引退みたいなもんやな」
no title

148: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:41:47 ID:DSr
彡(゚)(゚)「一方の羽生も2015年の名人戦では挑戦者となった行方尚史を退けるものの、翌年の名人戦では横歩取りを得意とし『貴族』の愛称で親しまれる新進気鋭の若手佐藤天彦に名人位を奪われるんや」

(´・ω・`)「…あ、羽生世代以外の名人誕生って久しぶりじゃない?」

彡(゚)(゚)「羽生世代以外の名人誕生はおよそ20年振りやな」

(´・ω・`)「羽生世代は20年もトップに君臨してたのか…」

彡(゚)(゚)「だがその時代も終わりを迎えたと言ってもええやろ。昨年2017年の名人戦はA級1年目の稲葉陽が名人挑戦権を得て、21年ぶりとなる、羽生世代のいない20代同士の名人戦となったんや」

(´・ω・`)「世代交代の波が押し寄せてきてるね」

彡(゚)(゚)「ほんまにな(棒読み)」
no title

149: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:42:47 ID:DSr
彡(゚)(゚)「そして今年、20代同士の名人戦を4勝2敗で制した佐藤名人に挑むのは、史上初の6人同時プレーオフを制して挑戦権を得た羽生さんや。タイトル100期獲得を目指して名人戦に挑むんや」

(´・ω・`)「結局世代交代してないやん!」

彡(゚)(゚)「まあ昨年度にC級2組の順位戦を9戦全勝で昇級を決めたあの藤井聡太が来るまでは当分お預けちゃうかな…」

(´・ω・`;)「えぇ…」

155: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:45:31 ID:dyB
ワイ無知
なんで四年かかるのかわからない
そもそも段もわからないんごねぇ

158: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:47:13 ID:aGz
>>155
名人戦の予選が順位戦ってやつやねん
順位戦は5つのクラスに分かれててどう頑張っても1年に1ランクしかあがれへん
藤井聡太は一番下から去年1個上がったんや だからあと4年

163: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:48:21 ID:dyB
>>158
ほーんなんか年中やっとる気がするけど長丁場なんやなぁ

165: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:49:15 ID:DSr
>>163
1年かけてその組の中の昇級降級を決めてるんや
1人あたり大体10局前後やね

156: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:46:39 ID:DSr
彡(゚)(゚)「さて、以上が将棋の名人の歴史や」

(´・ω・`)「終盤の駆け足感は否めないけど、やっぱり名人って伝統のあるタイトルなんだね」

彡(゚)(゚)「家元制から推挙制、そして実力制と名人の決め方は移り変わったものの、将棋指しとしての棋士の本懐は名人位に着くことと言っても過言ではないやろ」

彡(-)(-)「棋士としての頂点を目指し、様々なドラマが繰り広げられてきた名人戦、これから先はどんなドラマが待ち受けてるんやろなぁ」

(´・ω・`)「ちょっといい感じに締めようとしてる…」

彡(゚)(゚)「さて!今年の名人戦はすでに2局を終え1勝1敗のタイや。5月8日9日に行われる第3局の行方を見守ろうや」

(´^ω^`)「うん!」

157: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:47:12 ID:DSr
no title

159: 名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日)00:47:20 ID:adw
おつやで

不思議ネタ募集中
不思議.netで扱ってほしいネタ、まとめてほしいスレなどがあれば、こちらからご連絡ください。心霊写真の投稿も大歓迎です!
面白いネタやスレは不思議.netで紹介させていただきます!

■ネタ投稿フォームはこちら
https://ws.formzu.net/fgen/S13082310/








  • このエントリーをはてなブックマークに追加
彡(゚)(゚)と学ぶ将棋の名人の歴史

この記事が気に入ったら
イイね!しよう

不思議.netの最新記事をお届けします

おススメ記事ピックアップ(外部)

おススメサイトの最新記事

コメント

1  不思議な名無しさん :2018年04月27日 22:30 ID:Uas1IogT0*
羽生森内時代の終焉でいよいよ世代交代かと思ったらちゃっかり羽生がまた名人戦に出てて困惑...
世代後退...
2  不思議な名無しさん :2018年04月27日 22:48 ID:keQHZ.Dy0*
大山→中原→羽生→藤井
でも、天彦も永世名人になると思うよ。谷川の系譜だから、弱い名人の系譜だけど。
防衛だけ見れば稲葉、豊島、糸谷より明らかに強いし。
3  不思議な名無しさん :2018年04月27日 22:58 ID:VCI6AbM60*
本因坊に名人を名乗らせたのは織田信長
これ豆な
4  不思議な名無しさん :2018年04月27日 23:13 ID:UWO2dT0J0*
長すぎるわw
5  不思議な名無しさん :2018年04月27日 23:28 ID:CUFljkFe0*
坂田三吉はやっぱカウントしてもらえんのやな( ´・_・`)
6  不思議な名無しさん :2018年04月27日 23:39 ID:ttu8c.d20*
ここまで長々と書いてきたのに、やはり目につくのは惑星・羽生出身者の善治神なのです…_(:3 」∠)_
7  不思議な名無しさん :2018年04月28日 02:50 ID:sbp8st760*
っていっても羽生は大山中原と違って現役永世名人は無理やからなぁ。まあ世代が化け物で他のタイトルもずっと出てるからしゃーないけど名人というタイトルに絞ればこの2人の後塵を拝すかな
8  不思議な名無しさん :2018年04月28日 05:24 ID:Im7WvY3V0*
豊島がタイトル取れるのはいつになりますかね…
9  不思議な名無しさん :2018年04月28日 06:25 ID:c6w2ooMh0*
長いけど全部読んじまったわ
10  不思議な名無しさん :2018年04月28日 07:29 ID:qRaFeFuC0*
図巧紹介するなら無双もセットだろが
11  不思議な名無しさん :2018年04月28日 10:49 ID:z0ld.joG0*
将棋を超えるゲームを創って後世に名を記す
12  不思議な名無しさん :2018年04月28日 11:23 ID:YOMusKZ.0*
94歩と14歩を両方94歩と紹介するわ、三吉の俗説をそのまま信じるわでろくな知識がないな
ニワカが書いたのか
13  不思議な名無しさん :2018年04月28日 21:32 ID:d.tOpd1.0*
※2
天彦は今回の名人戦負けたら丸山コースになる可能性あるでしょ
4年後に藤井が来るんだし
※8
何とか藤井が初タイトル取る前にタイトル取ってほしいのだがね…
14  不思議な名無しさん :2018年04月29日 00:47 ID:kHbczMnf0*
結局今の若手は羽生世代に勝てないんやなって
15  不思議な名無しさん :2018年04月29日 12:41 ID:50MrX.h60*
羽生さんのタイトル保持・挑戦の表がスキ

 
 
上部に戻る

トップページに戻る