優秀賞 1話目『ナイトツーリング』
ペンネーム:裸の狼
毎年この時期になると思い出す不思議な体験です。
今から28年前の話になります。
当時、私は飲食店の店長をしていました。
お店は大通りに面したビルの地下一階。アルバイトは学生を中心に所属が8人位。
仕事柄、入れ替わりが激しい業界でしたが何故か私を慕ってくれる子が多く、バイトを辞めてもつながりが切れる事の無い関係が多い職場でした。
そしてなぜか、バイトの友達も店に顔を出し、またその子にも好かれ手伝ってくれるという感じで、人手不足には悩んだことが無い位ありがたい状況が続きました。
まさにお店を中心に人間関係の輪が広がっていきました。
当時の私の趣味はバイク。若い男の子のバイトが多かったのもあり、毎日バイクの話題と恋の話が尽きなかった毎日を過ごしていました。
そんな日常の中の不思議な体験をお話したいと思います。
ある日、バイトのタケシ(仮称)が同級生の友達を紹介したいと、ある男の子を紹介してくれました。
彼の名前は高校3年生のユウジ(仮称)。ユウジもタケシと私と同じくバイクが趣味という事で話が盛り上がりました。
後日タケシが私にいうには、ユウジが店長と楽しそうに話をしてしるのを見て、あんな笑顔のユウジを見たのは初めてだという事でした。
ユウジは普段大人しい性格で、バイクだけが趣味という感じで、あまり人とは関わらない性格だったそう。
タケシとは唯一小学校からの付き合いという事と、バイクに乗っていた事も手伝って友人関係が継続していたようだ。
そんなユウジを私に会わせたかったのは、ユウジに対して人の輪を広げてほしいというタケシなりの切っ掛けづくりの為だと話をされた。
当時の職場はバイク通勤が禁止されていたため、お互いのバイクを見せ合う機会も少なかった。
数日後、ユウジの事もずっと気になっていたので、今度みんなで俺の仕事終わりの時間になるがナイトツーリングでもしようか?という話になった。
ユウジに声掛けを頼んだタケシの話では、ユウジはとても喜んで楽しみにしているという事だった。
そこで、当時ではすでに引退していたが、以前所属していた走り屋のチームの頭に連絡を取り、ツーリング当日久々に合流させてもらう約束をした。
当時の走り屋は、13号地といって、現在の東京お台場が聖地となっていた。私の仕事が終わるのが早くても午前0時。職場から往復するには丁度よい距離だった。
当日、店の規則を破りバイクを職場近くに停めて、午前0時に店舗前の公園に集合とした。当時はまだ携帯電話を所持しているのは少数だった。
ポケットベルなんて洒落たものも持っていなかった為、何か急用が出来たりしたら店の電話に連絡するという話を回してもらった。
最終的には全部で16台もの仲間が集まる予定だった。
時間になり、特に電話も鳴らなかった為に店の玄関のシャッターを閉めようとしたと同時に店の電話が鳴る。
急いで階段を駆け下りて電話に出るとタケシだった。ギリギリまで様子を見ていたのだが体調が悪く欠席するという。
ユウジをよろしく頼むのという事だったので、任せろと電話を切った。
階段を上がり向かいの公園に目を向けると集まっている仲間達がこちらを見て元気に手を振っている。
シャッターを閉めてヘルメットを片手に公園へ向かおうとすると、またシャッター越しに電話のベルが鳴ったような気がした。
シャッターに耳を近づけたが鳴っていないようなので気のせいかと仲間の待つ公園に向かおうと横断歩道を渡っていると、独特の乾いたエンジン音が近づいてきた。ユウジのバイクだった。
ユウジはヘルメット越しに私にペコっと頭を下げて挨拶してきた。
「たけしは具合悪いらしい。他メンバーは初対面の奴ばかりだろうけど、みんな気が良い奴らばかりだから楽しんでいってくれ」
と話かけたら、またペコっと頭を下げた。かわいい奴だ。
店長早く!!と急かされて、予定時間も過ぎていた事もあり皆と挨拶もままならぬまま私を先頭にしてツーリングが始まった。
皇居を流しながら湾岸に出て、一路13号地を目指した。タンデムシートから当時ではまだ高価な8mmビデオで撮影している奴もいて、会話はなくともみんな楽しそうに風を切っていた。
ユウジも中々のライディングスタイルで、その乗り姿から、走りも上手なんじゃないかと想像させた。
13号地では、あちらこちらからバイクのエグゾーストノイズが響いていた。
私自身も久々の聖地という事もありワクワクした。
現場についてまずバイクチームの頭トモヒロ(仮称)に挨拶。
こちらの仲間はギャラリーしていたり、撮影会したり、ツナギ(ライダースーツ)着てきた奴は走りに混ぜてもらった。
俺は俺で懐かしい走り屋仲間と再会し、昔話に夢中になっていた。
しばらく経ってからトモヒロから
「あのNSRの子上手だねぇ。スカウトしたいなぁ」※NSR=バイクの車種
なんてタバコ吹かしながら言う。
それはユウジの事だった。
話に夢中で気が付かなかったが、ガンガンハングオンで走りまくっている。
※ハングオン=コーナーを曲がる時に車体を極限まで傾けて膝を擦りながら最小半径でコーナーを駆け抜ける事。
これもユウジにとって何かの良い切っ掛けになるかもと思い、
「今のスカウトの話マジなら後日彼に話してみるけど良い?」と聞くと喜んで歓迎するとの事。
楽しい時間が流れるのは早く、空もぼんやり明るくなってきた。
帰路は皇居まではツーリング、その後は流れでそれぞれ散会という事に。
気を付けて帰れよとメンバーに声を掛けて、楽しいツーリングは終わった。
その日の午後出勤するとオーナーが珍しく来店しており、さっきタケシから電話が入ったから掛けなおしてくれとの事。
具合が良くならず今日も休みたいという事かな?と思い掛けなおすと慌てた様子で話しはじめる。
「店長! ユウジが・・・ユウジが事故で・・」と声を詰まらせる。
私も頭が真っ白になり思考が停止する。
今タケシはユウジの自宅にいるという。
私はオーナーに許しを得て、タクシーで15分ほどのユウジの自宅へと向かった。
俺がツーリングなんかに誘わなければ・・・
もう何が何だか訳が分からなくなり、気持ちの整理もつかないままユウジの自宅へ。
家の前ではタケシが待っていてくれた。私の顔を見るやいなや店長!!と泣きながら駆け寄ってくる。
聞けばユウジは中央分離帯からはみ出してきた乗用車に正面衝突されたとの事。
どうして良いか分からないまま、ユウジの親御さんに一言でも声を掛けなければとユウジの自宅に向かう。
お父さんはまだ病院で対処に追われているという。
家に入るとそこには、留守を守るユウジのお母さんが小さく座っていた。
「この度は・・・・」
「すみません、私の責任です!」
「すみません・・すみません・・」
と私は何回も頭を下げた。
しばしの沈黙の中頭を上げると、お母さんが困った感じで私の顔をみている。私の隣に座っているタケシも少し戸惑った様子だ。
私も状況が良く掴めず、詳しい話を聞くことに。
ユウジは昨日、学校は休みで、バイク便のバイト中に事故に合ったとの事。
ツーリングに行く事を親御さんにも話しており、とても楽しみにしていてあんなにはしゃいだ姿を見たのは小学校以来だったとの事・・・。
いやちょっと待ってくれ。
じゃあ、昨晩一緒にツーリングしたNSRの子は誰なんだ?
私はパニックになった。
見せてもらったユウジのお気に入りの写真には、昨晩見たユウジのツナギ、ヘルメット、特殊カラーのNSR、なに一つとってもユウジに間違いない外見。
初めは戸惑っていたお母さんとタケシだったが、あまりにも真剣に話す私に
「あれだけ楽しみにしていたツーリング。想いだけでも行ったのかも知れませんねぇ」と弱々しくお母さんが呟いた。
しかし納得がいかない。
昨晩の仲間を出来る限り集結させて話を聞いた。しかし結果は私が驚く内容だった。
当日タケシが来れないという連絡を受けた後、待ち合わせの向かいの公園に向かう途中ユウジのバイクと遭遇。一方的だが私から話かけている。
その姿を他のメンバーが見ているはずなので確認した結果・・。
公園で待っている仲間の目には、横断歩道の信号が赤になっているのにも関わらず、店長は横断歩道の途中で立ち止まって道路側を向いていた。
そして誰もいないのに誰かと話をしているようにも見えた。しかし、夜中で交通量は少ないとは言え危ないので店長早く!!と声を掛けたとの事。
その後早々にツーリングに出発している。当然NSR乗りは他に居ない。
次に、ビデオカメラ。当然の如くユウジの姿は無い。そして、何故か終始音声が上手く録音されていないという状態だった。
最後は走り屋チームの頭、トモヒロに連絡をとる。返答は以下だった。
もともとトモヒロは霊感が強く、ユウジを見たのもそのせいかもとの事。しかし霊だとすればあれだけはっきりと見るのは初めてだと言っていた。
ただ興味深かったのは、トモヒロにとって、バイクに乗った霊を見かけるのは決して少なくないとの事だった。
その時になって思ったことは、あれだけ気にしていたユウジの姿を、ツーリングの帰りには見かけなかった気がした。なんだか自分が薄情にも思えて自責した。
その週末、トモヒロはチームを挙げてユウジの追悼走行をしてくれた。
夜空にバイクのマフラーから出る薄紫色の排気ガスが高く高く昇っていくのをぼんやり眺めていました。
事故後ユウジは、懸命な医者の救助の中、幾度も容態が変化し、その度に何回も何回も息を吹き返して必死で生きようとしたそうです。
命を落としたのは明け方だったとの事でした。
追悼走行からしばらくして、私もバイクを降りました。
長文ご無礼。