優秀賞5話目『いなくなった友達』
ペンネーム:田中(仮)
これは僕が小学4年生の頃に起こった出来事なんですが、今まで誰にも話すことなく胸の中にしまってきました。
あまりに非現実的で、言っても信じてもらえないことが目に見えているからです。
かく言う僕自身でさえ、あれは幼い頃の夢か幻だったんじゃないかと思うことが少なくありません。
ですが、彼との思い出に自分なりのけじめをつけるためにも、あの日のことを語っていきたいと思います。
昔、僕にはタカケンという友達がいました。タカハシケンタロウを略してタカケン、という安直なあだ名です。
虫捕りが得意で、セミやらバッタやらカマキリやらを大量に捕まえてきては僕に見せびらかしてきたのよく覚えています。
同学年の男子がタカケン一人だったのもあって、僕らは放課後も休みの日も頻繁に遊びに出かけていました。
とは言っても娯楽もほとんどない田舎町ですから、主な遊びは虫捕りと鬼ごっこ、人が集まれば野球くらいのもんです。
今になって思えば、たったそれだけの遊びでよく何時間も潰せたもんだな、という感じですが、当時は飽きもせずに、タカケンと二人狭い町を駆けずり回っていました。
ある日のことです。タカケンが突然こんなことを言い出しました。
「なあ、カッパ沼見に行かね?」
カッパ沼というのは、町のはずれに位置する廃神社の敷地内にある、藪で覆われた小さな沼のことです。
正式な名前は他にあるのですが、昔カッパが出たという噂から地元の小学生はそこをカッパ沼と呼んでいました。
沼の周りには柵などもなく、町のはずれにあるため助けを呼ぶのも難しいということもあって、地元の小学校ではカッパ沼に近づくことを禁止していたのですが、僕はタカケンの提案に二つ返事で同意しました。理由はもちろん、楽しそうだからです。
その日の午後、ザリガニ釣り用のタコ糸とスルメを携えた僕らは早速カッパ沼に向かいました。
廃神社の鳥居の脇に自転車を並べて停め、カッパ沼に近づきます。
夏場ということもあって藪は鬱蒼と茂り、大量の蚊がぶんぶんと飛び回っていました。
比較的藪の少ないところに分け入って、タコ糸を垂らし、ザリガニがかかるのを待ちます。
しかし、待てど暮らせどザリガニは一匹も釣れませんでした。
僕もタカケンも早々に飽きてしまい、何ともなしに藪を千切ったり、そこらの雑草で草相撲をしたりと、しばらく手持ち無沙汰な時間を過ごしましたが、その後神社の敷地内でかくれんぼをすることになりました。
どちらが言い出したかはよく覚えていませんが、多分僕の提案だったと思います。
社殿の陰や藪の中など、隠れ場所に事欠かないフィールドだったので中々に白熱したかくれんぼになったと記憶しています。
鬼と隠れ手が数巡して、僕が鬼をやる番になったとき、隠れ場所を探していたタカケンが突然叫びました。
「おい〇〇!ここに穴あるぞ!」
藪をかき分けて声のする方に向かうと、確かにそこには大きな穴がありました。
穴、というよりも洞窟の入り口と言った方が正しいかもしれません。
生い茂った藪に隠されてかなり近づかないと分からないものの、地下に向かう大きな入り口が、地面にぽっかりと口を開けていたのです。
それを見た僕は正直かなりワクワクしていました。多分小学生男子特有の思考回路だと思うんですが、「洞穴=奥にお宝が眠っている」というのが当たり前だと思ってたんですね。
多分タカケンも似たようなことを考えていて、かくれんぼのことなど忘れて二人とも大喜びで穴に入りました。
穴の中は真っ暗でしたが、タカケンがいつも持ち歩いていたペンライト(父親からもらったとよく自慢していました)のおかげで、なんとか歩くことができました。道幅はそれほど広くありませんでしたが、かと言って窮屈なわけでもなく
先頭を歩くタカケンはずんずん進んでいきます。僕もそれを追いかけました。
しばらく歩いていく内に道の傾斜はきつくなり、空気もだんだん冷たくなっていきます。
穴が思った以上に長いこともあって、僕は少し恐怖を抱き始めました。ですが、自信たっぷりに歩みを進めるタカケンを見ると、怖がっている自分が恥ずかしくなってきて、僕は無言でタカケンについていきました。
多分、100mくらい歩いたと思います。ひらけた空間にでました。
広さも高さも大体教室ぐらいで、いくつかの分かれ道がありました。
この時点でもはや恐怖がワクワクを上回り、僕は「もう帰ろう」と何度も言ったのですが、タカケンは聞き入れてくれませんでした。
進むタカケンを置いて一人で戻ろうかとも思いましたが、明かりが無ければ戻ることもできないため、半べそをかきかながら仕方なくタカケンを追いかけました。
分かれ道を進むとすぐにまたひらけた場所にでました。先ほどの空間よりもさらに広く、分かれ道もたくさんありました。
僕の恐怖はピークに達し、今度こそタカケンを止めなければならないと思って必死に叫びました。
「もう帰ろうって!タカケン!」
僕の声が広い空間に反響して、ぐわんぐわんと響きました。
タカケンも流石に怖くなってきたのか、「戻ろう」と一言だけ言って、僕にペンライトを渡してきました。
すれ違えるだけの広さは十分あったはずなのに、なぜあの時タカケンは僕に先頭を譲ったのか、今となってはもう分かりませんが、とにかく僕らは最初の分かれ道まで戻りました。
ペンライトで辺りを照らし、元来た道を見つけた僕は早速そちらに進もうとしました。
しかし、ここでタカケンが変なことを言い出したのです。
「おい、その道じゃないって」
そんなはずはありません。元来た道はずっと下り坂で、つまりこちらから見ると上りになっているはずです。
上りになっているのは僕が進もうとした道だけだったので、正しい道はそれ以外にないはずでした。
ですが、タカケンは頑なに「その道じゃない。そっちはダメだ」と言い続けるのです。
当然大喧嘩になりました。
「こっちだって!」「そっちじゃない!」
二人の声が木霊のように響き渡って、薄気味悪かった。
この先はよく覚えていません。
確かなのは、僕がタカケンを置いて、一人地上に戻ったことです。
タカケンのペンライトを持って、タカケンを地下に残して。
外はもう夕暮れ時でした。
恐怖と安堵と、そして罪悪感を胸に抱きながら、鳥居の脇にぽつんと停められた自転車に飛び乗り家に帰りました。親には何も言いませんでした。
翌日、いつも集合場所に使っていた公園に行きました。タカケンはいつまで経っても現れませんでした。
「置いていったこと、怒ってるのかな」
そう思いました。仕方なくその日は公園に居た上級生たちと遊びました。
しかし、次の日も、その次の日も、タカケンは現れませんでした。不安になりました。
もしかしてタカケンはまだあの穴の中にいるんじゃないか?
でも、きっとそんなはずはない。単に僕と会うのを避けてるだけに違いない。
それを確かめたくて、公園にいた子供たちに尋ねました。どこかでタカケンを見なかったか?と。
しかし、誰に聞いても同じ答えしか返ってきませんでした。
「タカケンって誰?」
頭がクラクラしました。からかわれているのかと思って、喧嘩にもなりました。
ですが、いくら聞いても、誰一人としてタカケンのことを知らないのです。
新学期が始まっても、それは変わりませんでした。
タカケンが座っていたはずの机は消え、一人少なくなったはずの教室で何事もなかったかのように授業が行われるのです。
同じ教室で授業を受けていた上級生も、同学年の女子たちも、誰一人タカケンのことを覚えていませんでした。
それでも僕は何度も訴えました。
タカケンという奴がいたはずだ、どうしてみんな忘れてしまったんだ、と。
結果として、両親が学校に呼び出され、僕は隣の市にカウンセリングを受けに行くことになりました。
このカウンセリングは僕が中学校を卒業する頃まで続き、僕もタカケンについて人に喋ったりすることはなくなりました。
タカケンは僕が想像の中で作り出した架空の人間だったんじゃないか。そんなことを考えるようにもなりました。
しかしその度に、机の奥にしまってあるペンライトが、そんな考えを否定するのです。
あの日タカケンから受け取ったそれは、彼が存在したことを確かめる唯一の証拠でした。
ですがそんなペンライトも、父親の都合で県外へ引っ越した際、紛失してしまいました。
もはやタカケンが居たことを示すものは何一つとして残っていません。
何が夢で何が現実だったのか、今となってはもう分からないのです。
しかし、タカケンとの思い出は、僕の心に確かに刻み込まれています。
あの日のカッパ沼でのことも、それ以前の楽しかった記憶も、夢だったとは到底思えません。
タカケンは、確かに存在した。僕は今でもそう思っています。
最後に、一つ。
僕はあの日以来、カッパ沼にも、あの穴にも近づくことはありませんでした。
確かめてしまうのが怖かったからです。
そして、県外に引っ越した今、もうあそこに近づくこともないでしょう。
カッパ沼の正式名称は、「ニジョウ沼」と言います。秋田の県南、今は湯沢市に併合された小さな集落の片隅に、確かに存在します。
地元の方ならすぐに分かるはずです。
そこに、穴はありますか?
もしこの文章を読んだ人の中にあの町の住人がいるのなら、確かめてみてほしい。
あの穴は、そしてタカケンとの思い出は幻だったのか。
僕はそれを確かめたくもあり、同時に知るのが怖くもあります。
だから、それを運に委ねてみようと思うのです。
これを読んでいる中にニジョウ沼を知る人がもし居るのであれば、穴の存在を確かめてみてほしい。
もし居なければ、全ては謎のままです。でも、僕はそれでもいいんです。
これで、僕の話は終わりです。ここまで読んで下さりありがとうございました。