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    【長編部門】厳選6話



    鬼人力

    ペンネーム:子子八(ねこや)

    *注意:この作品は概ね事実に基づいて構成されております。実際に多くの人が亡くなっており、決して遊び半分や軽い気持ちで揶揄したり吹聴するような行為は控えて下さい。

    ----人が亡くなる事を、「鬼籍に入る」と言う言葉で表すこともある----

    初めて見たのは、まだ幼稚園に入る前の夜のこと。

    玄関に通じる夜の廊下の先は真っ暗で、居間からトイレに行くのには必ず通らなきゃいけない場所ですが、まだ幼い私は怖くて怖くて、いつも電気を付けていてもらえないと一人でトイレに行くことは出来ませんでした。

    その日も勿論怖かったのですが、「もうすぐ幼稚園に行くんだから、一人でおトイレぐらい行けるようにならないと」と促され、渋々と居間のドアを開けて一人で廊下に出ました。

    廊下の電気のスイッチは玄関近くにあるので、一番近い電気のスイッチがある場所はトイレとお風呂と洗面所のある所です。
    なので、どうしても暗いけれど先に進まなければ明かりを得る事は出来ません。

    背後の居間のドアから漏れる僅かな明かりを頼りにそろそろと洗面所のスイッチに近づこうとしますが、その時不意に顔を上げて玄関の方を見上げてしまいました。

    そして見てしまったのです。

    廊下の端っこの、玄関に通じる天井付近の大きな闇の塊のような暗がりから、のそりと四本の巨大な蜘蛛の足のような影が出てくるのを。
    その大きさとフォルムは、まるで大人の人間の物のようでした。

    「ぎゃーーーーーー!!!」

    私は大声を上げて泣き叫びました。
    泣き声を聞いて背後の居間のドアが開き、両親とそして同居していた祖母の三人と小学生の兄が廊下に出て来ました。

    私は涙でぐしゃぐしゃの顔で泣きじゃくりながら廊下の先の天井を指さし、「クモ、クモ、クモ、おっきなクモが~~~~~!!!!」と訴えました。しかし、大人たちと兄には伝わらず、

    「蜘蛛だって?田舎なんだから、蜘蛛ぐらいどこにだっているよ」と祖母は微笑んで私の頭を撫で、小学生の兄は、 「クモ?うおおお~~~!どこだ~~~~!!」と廊下をバタバタと走って行きます。

    どうやら私が指し示す方向に見ているモノは私にしか見えていないようで、家族にはやや大きめの普通の蜘蛛に私が驚いて泣いている、としか思ってもらえなかったのです。

    そうこうしている内にあの恐ろしい物体は消え去り、普通の暗がりだけが残されました。

    その後も、ドアとドアの間に出来る暗い空間や机と椅子の間、夜の寝室の隅っこなどに大きな人影のようなモノは現れ続けます。

    しかし、私は生まれつき重い病気があり、比較的健康に過ごせた幼稚園時代を過ぎてからは常に病院に入退院を繰り返し、自身の身の苦しさの方が辛すぎて、ただ見えるだけの影に脅えることもそうは無くなって行きました。

    そして、私が成長するにつれ、その影はやや違った形での登場をするように変化して行くのです。

    小学校に上がってから暫くのこと、それは夜が明けきらない内に始まりました。

    いつも深夜~明け方近くに具合が悪くなるのですが、その日もそんな感じで苦しみ始めると、耳の中がボアーーーと変な音で感覚が遮断され、意識がぐんにゃりとして夢と現実の狭間のような状態になり、身体はいわゆる金縛り状態で身動きが取れなくなります。

    すると、そんな事あり得ないのに、寝ている私の頭の近くにある部屋の窓がガラッと開いて、そこは二階であるにも関わらず、工事現場のような服を着てヘルメットを被る男たちが何人も入り込み、私の身体を持ち上げてぐるぐると浮かび回し始めます。

    男たちの顔はやがて猿のようなドクロのような不気味な風体に変化し、そのまま私の身体を弄び始めます。
    まだ子供だったにも関わらず、私の身体は快感を禁じ得ませんでしたが、同時に病の苦しさも増して行きます。
    やがて苦しさの方が強くなり、”助けて…!”と心の中で悲鳴を上げると、どこからか

    「ドーーーーンンンンーーーー」

    と、ドラム缶のような古い銅鑼のような大きな音が響き渡り、不気味なモノたちの姿は一瞬で消え失せ、私の身体も同時に解放されて目が覚めます。
    いつも汗びっしょりになっていますが、病の苦しさも目が覚めた時は半減しています。

    その後の私の成長と共にやがて不気味な影はどんどんと姿を変えて行きます。

    子供の頃は父親だったり、病院の先生だったりしましたが、成人した後病状が軽くなった今度は、その時に勤めている場所で一番信頼を置ける会社の上司だったり、当時交際している相手だったりと、「その時の私が最も抗えない存在」に姿を変えてやってくるのです。

    そして、状況は悪化して行きました。

    私の幸せと引き換えにして

    ある日、中学の頃の同級生が亡くなった、と連絡を受けました。

    彼は当時何故かいつも私の席の近くに席があり、くじ引きなどの完全ランダムで席順を決めても前後だったり隣同士だったりと不思議に縁がありました。
    賑やかな性格で背も高く頭も良く、クラスのムードメーカー的な存在の彼に私は淡い恋心を抱いていましたが、

    「こういうの"腐れ縁”って言うんだよなー、またよろしくな!」

    などと言われしまい、挙句同じクラスにいる女の子と付き合いたいんだけど、なんて相談を受けたりして私には全くの脈ナシでしたのでまあそれもそうか、と普通に仲の良い同級生の一人として中学生活を終えました。

    そんな彼が突然亡くなったというのが信じられませんでした。が、事実です。事故でした。

    そしてその連絡を受ける直前、私には大きな仕事が一つ決まったばかりでした。

    とある仕事に従事するようになってから暫くは伸び悩み、どうすれば良いか色々考え相談した所、思い切って方向転換を進められ、その方針での大きな仕事が舞い込んだ矢先の出来事だったのです。

    その時も決まったばかりの仕事にやや浮かれ気味だった私には、次にとった電話がそんな訃報だなんて上手く理解、処理が出来ず、一瞬頭の中がパニックになりそうになりました。

    しかし、恐ろしいのは、これはまだ序章に過ぎなかったという事です。

    その後も、私にとって有利な条件で仕事が決まる度に、周囲から訃報が入る。

    それも、親戚や学生時代の同級生といった関係のそんなに深くない人たちから、やがて普通に仲良くなり今まで全く予兆の無かった人が突然自殺をしたり、つい先ほどまで一緒だったチームの人が私直属の上司になった直後に事故で亡くなったりと、だんだんと命を落としていく人の関係性が近くなり、その頻度は早く、目まぐるしくなって行きました。

    そんな事が続いていく中で私も多忙を極める仕事に疲れてしまい、一旦仕事を辞めて実家に帰ることにしました。
    もう大きな仕事や報酬は無くとも、堅実で小さくとも幸せな生活を手に入れよう、そう考えて。

    ところが、「何か」がそうはさせてはくれません。

    折角見つけた職場で勤め始めた矢先で、どうした訳か私は気が付いたら仕事を辞めて再び実家を飛び出してしまったのです。
    今思い返しても、当時の自分の行動が全く信じられません。
    そのぐらいに急で、愚かで、思いもよらない行動だったのです。

    それでも今置かれた最悪な現状を何とかすべく、あらゆるツテを頼りにどうにかまた働き口を得てごく狭い格安アパートでもとりあえずの寝床を確保することが出来ました。

    ところが住み始めて一週間も経たない内にアパートの給湯設備が壊れてしまいました。
    当時は都心でも積雪の多い真冬の時期で、銭湯は遠く、仕事前にコインシャワーを浴びに行くしか手段はありませんでした。
    しかしそれでは身体は温まりませんし、色々困ります。

    管理会社に連絡して調べてもらうと、

    「経年劣化ですね。設置から大分年数経ってますし、入居されたばかりですから請求もありませんよ。大家さんに連絡しておきますね」

    と快い回答を得られ、それなら直るまでの一時の辛抱か、と安心しました。

    ところが。
    修理も終わり無事自宅で温かいシャワーも浴びられてホッとした翌日のこと。

    仕事を終えて自宅アパートに帰ると私の部屋のドアに張り紙が貼ってあります。
    そこには修理の明細と請求書のコピーと一緒に、

    「あなたのせいで故障した。全額支払え」

    と言った内容の文章が書いてありました。大家さんからでした。

    管理会社からはきちんと連絡済みの筈なのに、何故こんな貼り紙をされるのか、全く理解出来ません。
    部屋に帰ってから気づきましたが、仕事中にも同様の文句をヒステリックに繰り返す大家さんからの電話が何件も留守電に残されていました。

    当然、すぐに管理会社に連絡をしました。
    担当の方は話を聞き、「それ、本当ですか?」と訝しがります。

    「いやぁ、だってあの大家さん、ずっと借り手がつかないでいたあの部屋にやっと入居してくれる人が来たって、すごく喜んでたんですよ……経年劣化だって事も伝えてるし、分かったって言ってたんですけどねぇ……?」

    とにかく大家さんにはもう一度連絡をして、事実関係を調べておきます、と言って担当の方は電話を切りました。

    翌日、担当の方から連絡が。

    「連絡しましたよ。確かに大家さんがやったそうですね。ちょっと、そういうことを勝手にやられると、こちらとしても法的に手段を取らざるを得ない場合もありますよ、と伝えたら渋々了承してもらえた感じなんですが……。でも、なんかおかしいですよね。」

    「それで、もしかしたら大家さんの周辺で何か金銭的なトラブルでも発生したんじゃないかと、色々調べましたが、特にそういう問題も無いみたいで……」

    「とにかく、もう勝手な行動は控えて頂くようにお願いしたんで、もう大丈夫だと思いますよ。もし、また何か言ってきたり、貼り紙とかしてきたら、証拠として保存しておいて下さい。出るところ出ますんで。どうも、この度はご迷惑かけて申し訳ありませんでした」

    管理会社からの強めのクレームが効いたようで、その後は大家さんから文句も貼り紙もされる事は無くなりました。
    しかし、何故急に大家さんが豹変してしまったのか……?その理由は今も分かりません。

    そしてその部屋に住んで半年程が過ぎた頃、出張で暫く家を空けるという知り合いの部屋を間借りしてはどうかと言う話があり、狭すぎる部屋に辟易していた私は一も二もなくその話に乗ることにしました。

    そして極狭アパートを引き払い、知り合いの部屋での間借り生活がスタートしました。

    それから間もなくのこと。季節外れの大型台風がやってきました。
    洪水や家屋浸水のニュースが飛び交う中に、あのアパートの建つ地域も含まれていました。

    私が借りていたのは一階。川のすぐ近くにあるその地域は二階部分まで浸水する大変な災害となっていました。

    もし、あのまま住み続けていたら……

    偶然の幸運に胸を撫で下ろしていましたが、それは運命のほんの気まぐれに過ぎなかったようです。

    その知り合いの部屋は二間続きで、今まで両手も伸ばせないくらい狭い場所に住んでいた私には久々に身体を伸ばせる、人間らしい生活が送れそうな快適な場所でした。

    きちんと掃除や管理をするのが住み込む条件でしたが、それぐらい何でもありません。
    折角貸して頂いたお部屋、あまり色々いじらないように、最低限のものしか荷物も置かずにつましく生活しておりました。

    そしてある夜。
    その日は疲れていたので早めに寝ようと、入浴した後布団を敷いて、さっさと寝ることにしました。
    眠りに就いてから暫く経った頃。ふいに、物音で目が覚めました。

    ガタガタガタガタ……バタバタバタバタ……

    何人かの子供の足音のような感じです。
    ここは一階の部屋で、二階部分は大家さんの住居。確か大家さんは旦那さんと二人暮らしだったはず……それなら、隣の部屋に子供でもいるんだろうか。
    それぐらいしか考えず、再び寝直すことにしました。

    しかし、今度は明らかに枕元、自分の頭のすぐ上を走り回る音と気配がします。

    ”えっ……いくら何でも、近過ぎる……?”

    そう思ったその時。

    「バサッ」

    顔の上に布が落ちてきた感触がしました。

    「!?」

    手で顔の上の布を払いのけようとしましたが、実際には何もかかっていないようです。

    起き上がってみると、枕のある位置から知り合いの洋服の下がっているハンガーラックまではかなりの距離があり、寝ている私の顔の上にいきなり落ちてくること自体があり得ないと分かりました。

    何だか得体の知れない恐怖を感じて、その晩は眠いのにぐっすり眠る事も出来ず、まんじりともしない一夜を明かしました。

    その後、その部屋に住み続ける間に怪異は毎日のように起こります。
    さすがに睡眠不足で疲労困憊気味の私は自転車で転倒して大怪我をしてしまいました。

    当時付き合っていた彼氏が心配してお見舞いに来てくれましたが、玄関に立った瞬間に、

    「お前、この部屋ヤバイぞ。絶対なんかいるわ」

    と言い出しました。

    いわゆる「みえる」タチの彼はこの部屋の異変を聞く前から何かに気づいたようです。

    怪我が少し治ってきた何日か後、あの部屋で眠るのは怖いので彼の部屋に泊めてもらう事にしました。
    しかしその晩、そこでも怪異はついてきます。
    眠ろうと電気を消して間もなく、部屋の四隅を順番にピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッと乾いた音が鳴り響きます。

    ……何だろう、今まで泊まった事はあったけどこんな音した事なかった……

    ふと、隣で横向きの体勢で眠る彼の事が気になり、顔を覗き込んだ時に思わずギョッとしました。
    暗がりの中でも彼が目を開けたまま瞬きもせずにその体勢で固まっていたのが分かったからです。
    すぐに電気を付けて、彼を揺り起こしました。

    この短時間で汗だくになり、真っ赤に血走った目で起き上がった彼は私を見るなり、

    「お前、大丈夫か?生きてるよな??」

    と逆に私に掴みかかりました。何の事か分からない私が戸惑っていると、彼は青ざめた表情でこう言いました。

    「ちょっとウトウトしたら急に金縛りにあって、その間に何かが俺を操るみたいに、お前の事ボコボコにした気がしたんだ。止めてやめて、って言うお前の事を俺がどんどん殴って、お前が血まみれになっていくのも構わず……」

    もう、さすがにこの話を聞いてゾッとした私は、信頼の置ける霊能相談の出来る場所を探して手紙を書いて送りました。
    今、ここに書いたような事をざっくりまとめてです。

    すると翌々日にはメールですぐに連絡が来ました。

    「貴女からのお手紙拝見させて頂きました。私の師からも、事は急がないと危険な状況にあると判断を下して頂きましたので、ご都合のよろしい時に至急面談させて頂ければ、と存じます。一刻も早いご連絡をお待ちしてます」

    そして後日。
    その面談に行くと開口一番にこう言われました。

    「あなたの後ろには大きな、非常に大きな人影が視える。……一人ではありません。複数の人間の暗い意志が集まって出来た、大変強力な負の意志の集合体、とでも言うのでしょうか……」

    そして、おもむろにペンを取り、白い紙にこう書き出しました。

    <鬼人力>

    「これは……?」

    「きじんりき、と読みます。」

    「きじんりき?」

    「あまり馴染みが無いとは思いますが……かなり昔に鬼人、つまり亡くなった人の霊の力を利用して、自分の思うように事を運んだり、あるいは憎い相手の命を奪うような、いわゆる黒魔術のような法術が存在した、と聞いた事があります」

    「はあ……」

    「おそらくですが、貴女のご先祖、と言ってもはるか昔だとは思いますが、そのような術を生業にしていた方がいらっしゃったかのように感じます」

    「うちは……農家だったと思いますが……?」

    「いえいえ、そういった家系でいう先祖ではなく……言ってしまえば貴女の前世に繋がるような関係でのご先祖、と言う意味です」

    「前世……?」

    「貴女はおそらくそれらの負の意志の影響を受けながら、助けられてもいたのでしょう。彼らが存在する為にも、貴女が生きている事は重要な事ですから。しかし、その負の意志が大きく育ち過ぎているようです。私の目からも、はっきりと人影とは分かりにくくなっています。知恵がついて存在を隠すようになっている……正直、厄介ですよ」

    「……」

    「このままでは、彼らは際限なく育ってしまう。やがて力が付き過ぎると、貴女の魂すら食らおうとするでしょう。そして、その時期はもう間もないかも知れません」

    「……それは……では、私はどうしたら……?」

    「ここまで強力な集合体では、もうお祓いと言う手段は使えません。自分から出て行ってもらうのが一番でしょう」

    「出ていってもらう。。。そんな事が可能なんでしょうか?」

    「人間もそうですが、霊や妖怪と言った存在は特に約束事に弱いのですよ。きちんと約束を果たした者には礼儀を尽くす。それは悪霊でも同じです。元は人間ですから」

    「約束事、つまりそれは?」

    「例えばですが、何でもよいので白い紙に自分の名前と日付を書いて、何日間の間毎日必ず同じ事をする、それが果たせた暁には影は消えてしまう、みたいな文言を書いてみるとか、でしょうか」

    「ただし、その内容はなるべく簡単に済ませる事にはしないで下さい。ある意味、精神修行と思って、なるべくきつい事をした方が約束事としての効果は大きいでしょう」

    「それは例えばどんな事でしょうか?」

    「例えば百日間、毎朝起きたら写経をする、や、毎朝起きたら滝に打たれる…まあ、都心ではさすがに難しいでしょうから、冷水を頭から30杯以上浴びる、などでしょうか。つまり水行ですね。この辺なら出来そうですか?」

    「……分かりました。その、水行を行ってみようと思います」

    「お待ち下さい」

    霊能相談者はそこで初めて席を立ち、奥から一枚の白い長い紙とペンと、他に何か包みを持ってやって来ました。

    「こちらの紙に、まずは名前と、住所と、生年月日とを記入して下さい。どこの誰が約束事をするのかを、霊たちにも明確に示す必要がありますから」

    「次にでは、水行は……明日から行えますか?…それは結構。では明日の日付を書き、そこから四十日間の間、毎日朝起きたら何をするよりも先に冷水を頭から四十杯かぶる水行を必ず行う、それが果たせた暁には影は消えていなくなる、と、そう書きましょう」

    私は緊張でやや震えながら一文字一文字、丁寧にそれらを書いて行きました。
    霊能相談者はその書き上がった紙を一読して、満足そうに頷き、白い封書に入れて私に渡しました。

    「ではこれをあなた自身の手で封をして下さい。出来れば糊の部分は直接舐めて、自分の唾液を付けた方が良いです」

    言われるがまま、私は少し身体を傾けてから舌で舐めて封筒の糊付けをし、しっかりと封をしました。それを見て霊能相談者は再び大きく首を縦に振ります。

    「はい、これで悪霊との約束事が完了しました。気を付けて欲しいのは、何があっても必ず実行すること、です。万一体調や何か事情により水行を行えない時は、すぐに私に連絡を下さい。代替案と対策を施さないといけませんから」

    「分かりました……頑張ります」

    「あと、これはお清めの塩です。帰ったらお部屋の四隅に撒いて下さい。他にも何か気になる事があったら、撒いてお使い下さい。浄化の為の役割を果たします。撒いた後はただの塩ですので、そのまま掃除してしまって構いません」

    そう言って、先程白い紙と一緒に持ってきた包みを渡してくれました。

    「どうも、ありがとうございました。水行、頑張ってみます……あの、それでお代の方は……」

    実はここが一番心配な所でした。
    あちこち調べた中では一番良心的な値段設定ではありましたが、何しろ色々あって余り手持ちもなかったので、とりあえずかき集めてはみたものの、さあ今後どうしようかと不安でいっぱいでした。

    しかしその後霊能相談者の口から出た言葉は私の予想に反した意外なものでした。

    「お代は……そうですね。お祓いもしておりませんし、とりあえず30分程お話させて頂きましたから、相談料三千円位は頂いておきましょうか」

    にこにこと笑顔でそう告げたのです。

    「えっ?いや、でもこの、お清めの塩も頂いてますし、そんなんで……いいんですか?」

    意外すぎた額に驚いて、逆に申し訳ない気持ちになって聞き返してしまいました。

    「お清めの塩はどなたにも相談に来られた方には必要であれば無料でお渡ししております。貴女がここに来て、私がした事と言えば、お話を聞いて、紙と封筒をお出しして、アドバイスを差し上げただけです。十分過ぎる報酬だとは思いませんか?」

    あまりの言葉に思わず涙がにじみました。

    ---ここに相談に来れて良かった---

    心からそう思い、私は深くお辞儀をしてお礼を言い、三千円をお渡ししてから、しっかりと封をした約束事の紙を鞄にしまってその場を後にしました。

    そして翌日から約束事の水行の日々が始まりました。

    朝起きたらまず風呂場に行き、洗面器にたっぷりと水を張って頭から勢いよく被ります。
    それを40杯、しっかりと口に出してカウントし、カレンダーに印を付けて間違えないように気を付けながら、この怪異から離れられる事を強く望みながら四十日が過ぎました。

    <------水行を終えた四十日より一週間以内に、またお越し下さい------>

    帰り際に霊能相談者の方はそう言っていました。
    電話で無事に水行を終えた事を報告した後、再び面談に訪れました。

    「どうやら無事に終えられたようですね。影が消えています」

    面談室の椅子に腰をかけるや否や、彼の目は私の背後の虚空を何か探すように見ていましたが、すぐに私の正面に向き直りそう言いました。

    「本当ですか?良かった……でも、こんな簡単というか、あっけなく消えてしまうもの…なんでしょうか?」

    「最初に言いました通り、霊は約束事に弱いのです。きちんと約束を守る人間に対して、それ以上の事は出来ないものなんですよ。本来、お祓いといった物でも、無理やり引き剥がすのでは余計に上手く行きません。貴女も、例えば好きな人から無理やり別れさせられたら、腹が立つでしょう。そんな事をする相手を強く憎んだりもするでしょう。それと一緒です。きちんと相手と対話して、お互いの約束を守ることが出来たならば、相手も納得して離れていく事が出来るものなんですよ」

    「はあ…なるほど」

    「ただし、心構えが重要になってきます。適当な気持ちで約束したり、ほんの形だけの行でお茶を濁すようなやり方でしたら、やはり相手も納得はしないでしょう。今回、あの強力な悪霊がすんなりと離れてくれたのは、何より貴女が真摯な気持ちで真面目に行を終えられたという事に尽きるでしょう。よく頑張りましたね。この度は、お疲れ様でした」

    そう言って頭を下げられ、私こそお世話になりましたと頭を下げ返し、今回は報告だけなので相談料も要らないと言われ、恐縮しっぱなしでしたが有り難く受け止めて帰る事にしました。

    帰る前にあの約束事を書いた封筒の事を尋ねると、自宅で焼却するのが難しければ後ほどこちらでお焚き上げをしておきます、と言われ、あの封筒をそのまま渡しました。

    「また、何かあればいつでもご相談に乗らせて頂きます」

    爽やかな笑顔で霊能相談者はそう言ってから頭を下げ、戸口まで見送って頂きました。

    あれから数十年が経ちますが、水行を終えてからは本当に以前のような怪異はピタリと収まり、訃報の電話を聞くことも無くなりました。

    しかし、当時まだ二十歳そこそこだった私の周りで亡くなったその人数は既に年齢に近い数になっており、本当に沢山の人がこの世から消えてしまったのだと思うと、もっと早く何とか出来なかったのかと未だに悔やむ事があります。

    <鬼人力> そんな恐ろしい法術が存在したことも、その名称も今回初めて知りましたが、調べてもよく分かりません。
    ただ残ったのは、沢山の亡くなった人がいたという事実と、私の記憶の中にいるあの影の姿だけです。
    もう二度と誰かを犠牲にしないように、多くを望みすぎないように生きて行きたいと思っています。

    あなたも、なにかを望みすぎてはいませんか?

    あなたの幸せの影には必ず誰かの支えが存在するという事を、どうかお忘れなく……



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    黒い影の子どもたち

    ペンネーム:小鼓

    「K市K区I町のマンションで鎖で繋がれた中国籍の男女三名の死傷者が発見され……」
     車内のラジオから流れる不穏なニュース。
     中国人同士の抗争がーとか全員損傷が激しくーとか、馳星周の小説を彷彿とさせるエグい事件内容が聞こえてくるが、俺の一番気になる部分はそこじゃない。
    「あの、ここってもしかして……」
     助手席に座っていた俺は、カーステを指差しながら恐る恐る運転席に向かって声をかける。
    「あー、すっごい近くですねー」
     車を運転する髪の長い兄ちゃんが事件の内容とは裏腹な妙に明るい声を出す。
    「はは……やっぱそうっすよね」
     俺も乾いた作り笑いで返すしかない。

     二十世紀も終わりに近づき、アンゴルモアの大王もアップを始めた頃であろう一九九八年の確か六月頃だったか。
     俺は当時付き合っていた彼女のプレッシャーに負け、夢半ばで就職活動をする事になったのだが、始めてニ週間かからず条件面だけで適当に受けた販売業にあっさりと採用。
     しかし勤務地が当時住んでいた場所から二時間ほどかかるので、会社側から働きながらすぐに引越し先を探すよう条件出されてしまった。
     そこで勤務開始後初の休日である今日、情報誌を頼りに駆け込んだY市の不動産屋から、こうして営業さんが運転する車で物件を見にK市へと向かっていたのだ。
     それにしても物件へ向かう車内のわずかニ~三十分ほどの間に、こんなピンポイントなニュースがたまたま付けていたラジオから聞こえてくる可能性はどのくらいだろう。
     K市自体、元々治安がすごく悪い場所というイメージはあったが。
    「どうしますー? 一応部屋見ときますー?」
     営業さんが軽い口調で聞いてくるが、俺には拷問処刑が行われたらしい場所の近くに住む勇気はない。
    「いえ、やめときます」
     とはいえもうニ時過ぎ。
     せっかくの休みが無駄に潰れてしまったか。
    「じゃーもう一件、駅の反対側ですけど近くにいい所があるんで、そこ行ってみましょー」
     また来週探しにくるのは面倒だと考えていたら、営業さんがそんな事を言いつつ、俺の返事も待たずにそのままK市へと入っていく。
    「え、あぁ、はい」
     ほとんど事後承諾のようなものだったが、このまま帰るのももったいない。
     もう近くまで来ているのだろうし、一応見るだけでも見てみよう。

    「意外と綺麗ですね」
     到着した物件はマンションというよりアパートといった雰囲気だが、ちょっと小洒落た感じもして悪くはない。
     しかし隣のボロアパートとはニメートルくらいしか隙間がないのは気になる。
    「でしょー。ここ基本的に女性しか紹介してないんですけどねー、お兄さんは大丈夫そうなんでー」
     大丈夫そうって何基準なんだ。
     それに二階の階段からスーツの男性が降りて来てるんだが。
     営業さんは適当な事を話しつつ部屋の鍵を開ける。
     横一列に並んだ部屋の一0八号室。
     更に奥まで部屋が続いている事を考えると、結構大きなアパートのようだ。
     部屋に一歩足を踏み入れた第一印象は「薄暗い」だった。
    「どうですー、結構明るくていいでしょー」
     しかし営業さんは俺の印象とは真逆な事を言う。
     確かに日の当たるおそらく南側は一面窓ガラスで、午後三時という時間もあってか日光はよく射し込んで来ているのだが。
     目の前ニメートルくらいの所にさっきのボロアパートがあるせいなのか。
     それとも外観に反して中は六畳一間で古風なアパート感があるからなのか。
    「バストイレが別で、駅まではさっきの物件よりも近いのに、家賃は◯万円ですよー」
     さっき行こうとしていた物件は、間取りは似たようなものでも一応マンションだし、そっちがある駅の反対側がデパートや大型家電店なんかが立ち並ぶ繁華街だから、向こうと比べて安いのは当然だとしても、それにしても立地を考えるとここは相当安い。
    「目の前に商店街があるしー、スーパーもコンビニも近くだしー」
     適当な態度の割に結構この部屋をアピールしてくる営業さん。
    「いいです。ここにします」
     条件面では問題ないし、どうしても嫌な点もないし、一生住む訳でもないし。
     俺は普段なら断る口実を探すタイプだと思うのだが、この時ばかりはなぜか借りてもいい理由を見つけて、そのまま勢いで契約してしまった。

     一週間後。
     また次の休日を利用して引越し。
     彼女も多少手伝ってくれたおかげで大きな家具の配置は終わった。
     しかしその後グダグダしてるうちに夜を迎えてしまい、俺は彼女を駅まで送ってから部屋の隅っこに置いたベッドで眠りについたのだが。
    (ぅお! 何だこれ体が動かん)
     突然目が覚めたかと思ったら、体が硬直していた。
    (これ、あの金縛りってヤツか?)
     噂には聞いた事があっても自分がなるのは初めてだから、本当に金縛りかは分からない。
     とりあえず今が朝なのかまだ夜なのか時間を確認しようとしたが、まぶたが重く首もほとんど動かなかった。
     それどころか、指先や足も。
     感覚としては、字面から何となく想像していた金属のようにガッチガチに固められているというよりも、もうちょっとソフトというか頑張ればちょっと動いてる気がするくらいの、固めのスポンジとか発泡スチロールの型にはめ込まれてる感じだろうか。
     しかし金縛りなんて医学的に解明されている現象らしいし、新しい職場で働きつつも先週今週と休日を潰して引越しをしたから疲れているんだろう。
     そう思った矢先、今度は別の感覚に気付く。
    (なんかすっごい見られてる?)
     さっきアジア系雑貨屋で買ってきて、ベッドの横、部屋の中央辺りに置いた竹のちゃぶ台の向こう側から、何かが俺を見ている、ような気がする。
    (一人じゃなさそうだよな)
     何となくだが、俺を見ているのは一人、もしくは一匹ではなさそうだ。
     辛うじて動きそうなまぶたを思いっきり持ち上げてみるが、わずかに開きそうな感覚があるだけで眼球に光は届かない。
    (うーん……ま、いっか)
     気のせいだと思うし、例え何かが本当にいたとしても攻撃されている訳でもないし。
     俺はとりあえず明日も仕事だからそのまま寝る事にした。
    (あ! 今ゴキブリ出たらどうしよ)
     壁に張り付いてたら、枕元にいたら、手とか顔に登って来たら。
     急に湧き上がったリアルな恐怖。
     結局俺はあまり眠れない夜を過ごす事になった。

    「あんたせっかく作ったのに食べないのっ?」
     数日後、彼女が部屋に来て夕食を作ってくれたのだが。
     突然四人で囲むことになった食卓に、さすがの俺も驚きを隠せず箸が止まってしまう。
     決してメインディッシュらしき炒め物っぽい何かの味がアレな訳ではない。
     そう、彼女と夕食のはずが、四人いる気がする。
     二人分の食事が乗ったちゃぶ台に、まずベッドを背にした俺、その左側に彼女が座っているんだが、俺の向かい側真正面に、黒い影が二つ。
    (子供、だよなぁ)
     それも男の子と女の子。
     ボーッと立ってるように見える黒い影で、背格好も同じくらい、顔はおろか髪型さえ分からないただの丸い頭なのに、なぜかそう思う。
    「ちょっと! 聞いてんの?」
    「あーごめん、食べる食べる」
     とりあえず今の所はボーッとした連中よりも怖いヤツがいる。
     俺は前を気にしつつ飯をかき込む。
     しかしよく分からないものとはいえ他に二人いるっぽいのに、自分たちだけ食事をしているのはすごく気が引ける。
     一応俺の気休めにしかならないと思うが、さっき買ってきたカントリーマアムを開けて、二人の前にそっと一枚づつ置く。
    「あんたさっきから何やってんの?」
     彼女は見えていないようだが、俺の挙動が不審なのには気付いたようだ。
    「何って、お供え物?」
     彼女は口と態度が強気なものの、ホラー系は全くダメ。
     というか他にもヤンキーとか虫とか苦手な物が多く、人によっては可愛くもウザくも思うだろう。
     俺はもちろん後者だ。
     結局彼女は気味悪がって、早々に食事を終えてそのまま帰っていった。
    「で、どうするか」
     しかし二人は彼女を送っていってる間に消えてくれるなんて事はなく、カントリーマアムも手付かずのままだ。
     いや、さすがにカントリーマアムがなくなってたらちょっとビビるが。
    「おーい」
     俺は男の子らしき影の正面、ちゃぶ台に腰掛け手を振ってみるが反応はない。
     というか先日のように視線を感じている訳ではないし、手足も分からず頭と体がぼんやりと見える程度だから、どっちを向いているのかも分からない。
     霧とかもやのような感じではなく、影が浮いているという表現が一番的確だと思う。
     その向こう側は透けて見える。
     影越しに本棚に収まったスラムダンクの背表紙が見えるが、別に暗くなっていたりスモークガラスのように黒いフィルターを通しているように見えたりはせず、いつものオレンジ色だ。
     実際の所、これは一体何なんだろうか。
     この部屋のここでしか見えない以上、俺の目がおかしくなったという事もないと思う。
     やっぱり幽霊とか座敷わらし的なものだろうか。
     雑誌で思いっきり扇いでみても、ミスターカーメンのようにストローを刺して吸ってみても全く動きはない。
    「ちょっと失礼」
     俺は目の前の影に手を伸ばしてみるが、あっさり貫通してしまう。
     特に熱いとか冷たいとか感じる事もない。
     そのまま手はスラムダンクまで届いたので、何冊かまとめて取って手を戻す。
    「ま、いっか」
     多分やたらはっきり見える気のせいだろう。
     俺はベッドに寝転がってスラムダンクを途中から読みだした。

    (うお! またか!)
     スラムダンクを読んでて寝落ちしてしまったんだろう。
     また目が覚めたら体が固まっていた。
     前回は仰向けだったが、今回は壁側を向いて寝ているようだ。
     これだと頑張ってまぶたを開けてみても見えるのは壁だけで、二人がいた反対側で何が起きているのか分からない。
    (ま、またそのうちにおさまるっしょ)
     俺は前回の経験があるし、もし金縛りが霊的な仕業でも相手に心当たりがあるから、特に不安に思う事もなくそのまままた寝ようとしたのだが。
     ぎゅっ!
    (うわ!)
     完全に油断していたら、足首を何かに掴まれた感触がした。
     思わず足を引っ込めようとしたが、固まった足は当然のように動かない。
     特に痛くも何ともないが、さすがに段々と怖くなってくる。
    (これはアレか? ホラーでよくある足を引っ張られてどこかに連れてかれるヤツか?)
     足の向こうは押し入れだ。
     引きずり込むにはうってつけの場所だろう。
     しかし体を……というより意識を硬直させて待ってみても、一向に足を引っ張られる感じは来ない。
     むしろ掴まれてる部分に力がこもっていない気がする。
     それこそ子供が体重もかけずに握っているだけのように。
    (なんだビビって損した。何もないじゃん)
     ホッとしたのもつかの間、本当の地獄はこれからだった。
    (うひゃひゃひゃひゃっ!)
     突然襲いかかってきたこそばゆい感覚に、俺は声には出せない悲鳴をあげる。
     ふにっと上を向いている右の脇腹に何かが触れたかと思うと、そのままツンツンと突っついてきた。
    (やっ、マジやめてそれ!)
     頭の中で懇願するが、むしろ反応を面白がる子供のようにくすぐり攻撃の手は激しさを増す。
    (いや、マジほんとに……)
     話が通じる相手か、そもそも頭の中で考えた事が伝わるかというのにも気が回らない。
     どれくらい続けられているんだろう。
     動けない状態でくすぐられ続けて、俺は徐々に疲弊してくる。
    (ほんともう、いい加減に)
    「やめんかっ!」
     俺がはね退けようと思いっきり力を入れたら、ふっと体が動くようになり勢いでガバッと身を起こした。
    「あ、ごめん」
     反射的にとはいえちょっと言い方がキツかったかもしれない。
     ヤツらが本当にいるなら相手は子供っぽいんだし、もう少し気をつけないと。
     しかし起き上がってみたら、二人の影も気配も全くなかった。
    (夢だったのか?)
     俺の体は走り回る夢を見た後のように疲れている。
     二つ折りの携帯を開き冴えてしまった目で時間を確認すると五時過ぎくらいだ。
     俺はいつも起きている時間まで少しでも休もうと、またベッドに横になり目を閉じた。

     その後も月に二回くらいのペースで色々な目にあった。
     金縛りやくすぐり攻撃を受けたり、夜中に影が二人で部屋中をドタドタと走り回ったり、その最中に首を踏まれたり。
     もうなんとなく二人を「居るもの」として扱ってきたが、隣に住んでるおばちゃんに「騒がしくしてすみません」とか謝りながら色々と探りを入れてみたら、夜中に足音なんかは聞いてないそうで、じゃあやっぱり幻覚とか夢とかなのかと思い、一度くらい病院で診てもらった方がいいのかとも思い始めていた。
     そして一年ほど過ぎた頃。
    「いったあぁぁ!」
     俺は首の右側を思いっきり蹴られるような感覚で起こされた。
     今までのゆるい感じとは違う強烈な一撃だ。
     グワッと目を開けると、目の前一面に白い雲が壁のように迫っていた。
    (あれっ? 俺、死んだ?)
     視界の端には黒い闇との境い目があり、まだ白い雲の中に入っている訳ではないのが分かる。
     天に召されている真っ最中。
     そう感じるほど神秘的な光景だ。
    (もしかしてあの子たちの他に、何かヤバいモノでも来たのか?)
     今回のコレが不思議な何かが原因だったとしても、あの子たちの仕業とは思えない。
     それならもっと早くから兆候があったはずだ。
     二人は地縛霊的な感じでこの部屋に居着いていると思っていたが、実はここはヤバいモノの通り道だったのかも。
     とりあえず起き上がろうとしてみるが、いつもの金縛りのように全く動かない。
     しかしいつもと違って目は完全に開いている。
     金縛りは脳が起きているのに体が眠っている状態だと聞くから、目が見える状態で固まってるのはおかしいだろう。
    (やっぱ死んだっぽい?)
     まあ大した痛みとか感じなかったし良しとするかと諦めかけた所で、鼻先を妙な臭いがくすぐる。
    (いやこれ、火事だ!)
     木材か何かが焼けるような臭い。
     そう思ってよく見れば、雲に思えた白い壁はただの煙だ。
     視界の端に見える闇も、目が慣れてくるとここが自分の部屋だと分かる。
     その闇の中に二人の影が見えた。
     二人ともいつものボーッとした雰囲気とは違い、何か訴えかけてくるような視線を感じる。
    (もしかして、煙を吸わないように?)
     俺に危機を知らせて、尚且つビックリして煙に頭を突っ込まないように、起こして金縛りにしたという事だろうか。
    (オッケー、大丈夫)
     俺は固まっていて動けているか分からないが、あごを引いてうなづいてみせる。
     すると体がスッと軽くなった。
    「ありがと」
     俺は二人に礼を言ってから、俺は横に転がるようにベッドを降り、ほふく前身で自分の部屋の火の元を確認しに行く。
     部屋から見えたキッチンに炎の明かりがなかったから風呂場からかとも思ったが、特に異常はない。
     ウチが火元だという最悪の事態は免れたようだ。
    「と、いう事はだ」
     スリスリと部屋に戻りカーテンを開けてみると、二メートル先の真向かいの部屋の中で赤い炎が踊っていた。

     結局、夜中の火事とはいえ発見が早かったので、ボヤ程度で済み、消防が来る前に近所の人たちで消火してしまった。
     火元の住人のおっさんがめちゃめちゃ頭を下げていたが、誰も周囲のどの部屋も被害はなかったようだから問題ないだろう。
     近所の人や消防の人と軽く話しをしてから部屋に戻ると、時刻は午前三時を回っていた。
     俺はいつものボーッと立っている状態に戻った二人の頭に手を乗せる。
    「今日はほんとありがとね」
     当然何の感触もなく、撫でる両方の手の平がスカスカと空を切るが、それはそれで良いだろう。
    「明日はいいもん買って来るよ」
     今日のお礼にはどんなお供え物が良いだろう。
     日持ちしないからとかケチくさい事は言わず、昔バイトしてた所のケーキでも買ってこよう。
     そんな事を考えながら、俺はまた短い眠りについた。

    「結構綺麗に使ってましたねー」
     荷物がなくなった部屋をチェックしながら不動産屋の営業さんが言う。
     約四年ぶりに見る営業さんは、長い髪はそのままにプクプクと膨らんでいた。
    「じゃ、敷金は全部返ってきますね」
     一時しのぎのつもりで借りた部屋だったから、ネジ式や粘着式のフックなんかも全く付けていない。
     その割に一回更新するくらい長居してしまったが。
    「じゃーそろそろ行きますかー」
     営業さんが狭い玄関で靴を履く。
    「あ、ちょっと先行っててください」
     俺が営業さんにそう声をかけると、営業さんは何も言わずに部屋を出ていった。
     俺は部屋が空っぽになったにも関わらず、定位置で立っている二人に向き直る。
     結局長居してしまったのも、やっぱりこの子たちがいたからだろうか。
    「じゃ、俺ももう行くから」
     俺はスカスカと二人の頭を撫でてから玄関へ向かう。
     これが最後だと分かっているのだろうか。
     俺の後に付いて、二人は定位置から玄関に近い部屋の入り口まで来た。
    「……一緒に来る?」
     靴を履いた俺は振り返って聞いてみる。
     もちろん返事はない。
     でも何となく、来ないというのは分かった。
    「そっか。次来る住人にはあんまイタズラすんなよ」
     俺は両手を二人に振って、部屋から出た。

     それから二十年近く経った今では、本当にあった事なのかよく分からない。
     当時付き合ってた彼女の圧力で就職、あそこに引っ越しをして、四年くらい住んで、その間に火事にあった、という所までは確実にあった出来事だ。
     あの二人の事は幻覚とか妄想の類かもしれないが、俺の中では「いた」という事にしている。
     幽霊であれ宇宙人であれただの幻覚や妄想であれ、当時結構楽しく過ごした記憶があるから。
     ただ俺は四十年以上生きてきてずっと、あの部屋の中以外でおかしな影を見たり金縛りになったりした事がない。
     それは、やっぱりあの二人は俺が唯一出会った「本物」だったからじゃないかと思っている。



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    【夏休みの不思議体験】

    ペンネーム:けるしー

    今からもう20年以上前のことだ。
    当時高校3年だった俺は、高校生活最後の夏休みに何か『思いで作り』をしようと同じクラスの友人達と計画をしていた。
    お金も行動力も持ち合わせていなかった俺たちだが、全員原付きの免許を持っていたのでそれなりに遠出できる算段から、地元でも割と有名な心霊スポットへ肝試しに行くことで話しがまとまった。
    行き先は「Tダム」。※一応イニシャル表記にします。

    “ダム”とは言ってもこれは通称で、実際にダム施設へ行く訳ではなく、正確には「Tダムトンネル」のことだ。
    このトンネル、由来などは知らなくても『子供や女性の霊を見た』『首のない霊を目撃した』等のウワサは誰でも聞いた事のあるくらい有名な心霊スポットなのだ。
    決行日当日。夏らしい快晴で、皆のテンションもどこか高めだ。
    参加者は俺を含めて全員男ばかりの6人。
    お昼過ぎに学校前に集合し、そこからダラダラと現地へ向かうことになった。
    「誰かカメラ持って来たー?」
    「おれ買ってきたぞー。写るんです!」
    当時は携帯電話の普及は基本的に社会人が主体で、高校生で携帯電話を所持しているのはクラスでも1人いるか どうかの時代だ。

    尤も、この時代の携帯電話にはメール機能さえまだ実装されていないので、カメラ付き携帯は当然存在しない。
    なので、カメラといえば『使い捨て用のインスタントカメラ』が定番で、これもまた今の時代に比べてスペックも機能も非常に簡素なもので、『フラッシュ機能』が実装されている程度のものだ。

    今回そのカメラを準備しておいてくれたのは、グループ内のムードメーカーのリョウだった。
    仲の良い仲間といると当然皆おかしなテンションになるもので、道中はおバカな会話をしつつ自慢の原付で目的地を目指した。
    行き先は山の中なので、街中を抜けて景色が段々とノスタルジックになるにつれ、気分が益々高まってきた。
    目的地の少し手前の小さく開けた空き地に原付を停めて、そこからは徒歩でトンネルへ向かうことになった。
    濃いアオとミドリのコントラストの山の中、五月蝿いくらいにセミが鳴いていたのが印象的だった。

    到着したのは夕方の少し前の時間。とはいえ、まだまだ日差しがきつい。
    6人はそこからおバカな談笑をしつつ、目的のトンネルを目指した。
    暫く歩いていると、道の向こう側にトンネルの入り口が見えた。
    その瞬間、皆が少し緊張の空気に包まれた気がした。

    因みに、俺には霊感など全く無い。
    そんな俺でも少し緊張したことは、今でもよく覚えている。
    トンネルに近づくにつれ、段々と気温が下がっていく気がしたのは果たしてプラシーボだけだったのだろうか。

    そして、漸くトンネルの入り口に到着した。
    『トンネル内を徒歩で通過する』という、高校生にとって非日常すぎる出来事がそうさせているのか、訳のわからないおバカなノリで来た一行だが、ここへ来て更に緊張の空気に包まれて少し雰囲気がシリアスになっていた気がする。

    「女性の幽霊が出たら、ナンパするわw」
    それを誤魔化す様に殊更おバカな会話をしつつ、いよいよトンネル内へ進んで行く。
    この時、誰かが指示した訳でもないのに何故か自然と二列縦隊の陣系になっていた。
    俺は小心者なので、必然的に最後尾に陣取っていた。

    そもそもそういうものなのだが、トンネル内部は外に比べてぐっと気温が低い。
    至る所に“いつもの落書き”と、よくわからない染みがたくさんあり、不気味さが一層増している。
    皆のテンションが緊張も相まって更におかしなものになっており、中には奇声を発しながら歩くやつもいた。
    撮影可能枚数の半分以上を、現地到着までの道中で既に消費してしまったインスタントカメラでトンネル内をリョウが撮影しつつ、一行は進んで行く。

    俺はこの時、今この瞬間にトンネル内で直接心霊現象が起こるとは全く期待していなかったので、“もしもあるとすれば、今撮影しているこの写真だろうなぁ”と、撮影の結果に僅かに期待をしていた。

    それ程長くは無いトンネルなのだが、中盤に来た辺りで俺はふと在る物に気がついた。
    トンネルの出口から少し先のところに、白い1台のセダンが止まっているのを見つけた。
    「お?なんだあれ?」
    同じ様なタイミングで誰かがそう言った。

    すると、それまで妙なハイテンションで騒いでいた一行の声は途端になくなり、全員がそのセダンを認識した気配が伝播した。
    急に静かになったトンネル内。
    全員が立ち止まり、その白いセダンに意識を向けていた。
    トンネル内部の暗さと、外の明るさのギャップで遠目だとよく見えないのだが、誰か人がいるっぽいのはなんとなく理解できた。
    そして誰かが再び歩き出した。
    それに倣って全員がまた進み出した。が、なぜか段々と速度が上がっていき、早歩きから次第に駆け足になり、そのまま緊張の空気を纏いつつ無言のままひたすら出口に向かって全員でダッシュすることになった。

    『もしかしたら…』あの車こそが“現象”なのか?と、うっすら頭の片隅に考えが過ぎった。
    が、その考えはあっけなく霧散した。

    トンネルから出ると、その白いセダンは確かに実在することをはっきりと確認できた。
    チラリと後部座席に目をやると、どうやらそこには小学生くらいの男の子が二人座っているらしい。
    そして、車体の下から足が2本生えているのが見えた。
    こちらは察するに、どうやら父親が車体の下へ潜り込み何か作業を行っている様子だった。
    俺たちがゆっくりとその車体へ近づいていくと、ちょうど父親らしい男性が車体の下から出てきた。

    「こんちわー。どしたんスかーw?」
    仲間の誰かが唐突に声をかけた。
    男性はギョっとした表情で、かなり驚いていたようだ。
    おかしな空気を纏った男ばかりのおバカそうな6人組みが、突然こんな山道に現れたら当然そうなるだろうw。

    「そこのトンネルを出た途端、急に車が止まってしまってね。立ち往生していたんだよ。」
    そう言った男性の返事に対し、ここが地元でも有名な心霊スポットで、俺達は夏休みの時間を利用して肝試しに来た旨をざっと説明した。
    このトンネルが、そういう“曰く付きの場所”だということを男性は知らなかったみたいだし、更に急な故障と相まって目を丸くしてとても驚いていた。
    かくいう俺達も、興奮半分、驚き半分と、その状況に興味津々だった。
    車内からそんな様子を何事かと見ていた男の子二人は、やはりその男性の息子さんだった。

    そして結局、男性と少し話をした後、近くの施設に電話を借りに行き、応援を呼ぶことになった。
    俺達はこのせっかくの出会いこそが『思い出』だと、その親子と一緒に記念撮影をさせてもらった。
    つまらないものばかり撮っていたけど、最後にとても良い写真が撮れたとみんなで喜んだ。
    一瞬、連絡先を聞いて写真が現像出来たら送ったほうがいいのかと考えたけど、むしろそこまでお節介をする方が迷惑かなと、特にやりとりはなくそのまま親子と別れ、俺達の小さな冒険もここで解散となった。

    そして日は流れ、夏休みが終わり、始業式の日。
    久しぶりに登校する教室。久しぶりに顔を合わせるクラスメイトたち。
    正直この時俺は、みんなで肝試しに行ったことをすっかり忘れていたw。
    明日からはもう通常授業が始まるらしく、メンドクセェー…とテンションが下がったままホームルームが終わり、帰る準備をしているとリョウが声を掛けてきた。

    「おーい、あン時の写真できてるぞー。みんなで見ようぜー」
    言われたとき、一瞬何のことかわからなかった。
    だけど、すぐにピンと来た。

    俺「ほぉ…」
    周りにいたあの時のメンバー達も、似たような薄い反応だったw。

    「おぉ、みせてみせてw」
    机の上に数十枚の写真が無造作に置かれた。

    ぱっと見た時に『コンビニの看板』やら『無意味なドアップ顔写真』などの本筋には全く関係の無いものが目に付いたが、そういうくだらない写真のおかげで、段々とあの日の情景が再び思い浮かんで来た。
    そうだ。確かにあの日、みんなで肝試しに行ったんだったなぁ。

    「うわ、やべぇ!これ幽霊写ってるぞ!!!!!」
    「え?マジで?…って、それオレや!!w」
    「ふむ…」といいつつ写真を吟味していると、そういったやり取りが聞こえて来た。

    まぁお約束だな。と俺は軽く流しつつ、まずはトンネル内部で撮られた写真を鑑定してみることにした。
    内部はとても暗く、どれも真っ暗すぎて正直何が写っているのかさえよくわからない物ばかりだった。
    それでも念のため、“何か”が写っていないかとよく観察していると、俺の隣にいたヒラッチが『集合写真』を手に取り、品定めを始めているのが視界の隅で確認できた。

    本当は俺もその『集合写真』が“本命”だったのだが、だからこそ最後にじっくり見たいと思って敢えてスルーしたのだ。
    暗くてよくわからない写真を見るのにそろそろ飽きてきたので、ふと隣に目をやると、眉根を寄せてじっと『集合写真』に見入っているヒラッチの様子が見えた。
    様子がどうしても気になり、俺も一緒に『集合写真』を漸く鑑定し始めた。
    写真のみんなの手足の本数は正しいか。余計なパーツが増えていないか。何か他のものが写り込んではいないか…。
    凡そ、心霊写真の定番所をさっと頭に思い浮かべて、それらの確認をしてみる。
    撮影した時は夕方時分だったとはいえ、天候にも恵まれて、とても明るく良く撮れた写真だった。

    「おい、これ!マジでやべーぞ!!!!」
    「え?何?…って、だからそれオレや!!ww」
    あいつらまだやってんのか…。
    頭の隅で軽くつっこみを入れつつ、気を取り直して『集合写真』を良く眺めた。
    それでも、何度数えても手足の数は18本ずつだし、余計なパーツが増えている訳でもない。
    女性の「じの字」も微塵も影さえも写っていない。一緒に写った車の窓を凝視しても何もなし。
    「これ顔に見えない?!」と、無理やりこじつけるのも苦しすぎる程、美しい木々の背景…。
    かなり気合を入れて鑑定してみたが、どうやら『残念な結果』が結論らしい。
    やっぱりこれはダメかなぁと諦めかけた時、

    「うーん…」
    ヒラッチが唸った。

    周りのやつらは遺憾なくおバカな空気を発し、じゃれ合っている。
    『集合写真』を手に取ったヒラッチだけが、さっきからずっと妙な気配を醸し出していた。

    俺「ヒラッチどしたん?その写真どこかおかしいんか?」
    ふいに俺がそう問いかけると、写真から目を話さずに彼は低く唸り、

    「この写真………うーん…」
    やはりさっきから『集合写真』に何かが引っかかっているらしい。
    でも、どうやらその正体がわからないので、さっきから眉根を寄せ難しい顔をしている様子だった。
    写真から目を離さずに歯切れ悪くヒラッチが返事をすると、ここにいる全員がこちらに意識を向けてきた。
    俺も写真に目を戻し、注意深く、且つ慎重に鑑定を再開した。

    さっきもヒラッチから妙な空気を感じたのだが、実を言うと、最初に机の上に写真の山が置かれた時から何とも言えない“気配”を感じていた。
    冷静に考えて『只の期待感』、若しくは『思い込み』だろうと、自制を差し引いてでも残る違和感。
    やっぱりこの『集合写真』に何かあるのか?

    もう一度気を取り直して写真を隅々観察してみたが、率直に出てきた感想が
    「本当に良く撮れたいい写真だなぁ」と暢気なものだった。
    強いて言うなら、全員が眩しそうな表情をしているのが少し気にはなったが、それ以外にやはりおかしな所を見つけることが出来なかった。

    「あ!ほらここ!!これ心霊写真やんw!!」
    「ほんまや!バケモノ写ってる!いや、よく見たらそれオレーーーっ!!www」
    とうとう『集合写真』にまで漫才が飛び火してきたらしい。
    しつこいやり取りに内心少しイラっとしつつも、全員で『集合写真』を眺めていた。

    それでも、何度数えても手足の数は合っているし、別の何かが写り込んでいるということも無さそうだし見当たらない。
    感じていた気配も違和も、結局は気のせいだったのかなぁ…と考えているとき、

    「ぇ…」
    ヒラッチではなく、別のやつが突然冷たい声で呟いた。
    妙な漫才の空気を持ち込んで来た場には異質すぎる呟きだったので、全員が思わず声の主に目をやっていた。
    “気配と期待”から何度写真を鑑定しても、結局何も見つけることが出来ない苛立ちと、さっきから繰り返される空気を読まない漫才に思わず辛辣になってしまい、この呟きも悪ふざけなのだろうと、

    俺「いや、だから、今はそういうのマジでイラナイから…」
    少し冷たいトーンで、呟いた本人へ軽く怒気を込めて八つ当たりをしていた。
    「しまった…。」すぐに悔いた。
    軽く流すだけでよかったのにと反省し、頭を切り替えフォローを考えようとしたそのとき、

    「あっ!………え?……」

    今度はヒラッチだ。驚きと困惑の表情で写真を見つめていた。
    一瞬、「こいつも乗っかったのか?」と考えたが、そもそもヒラッチはそういうキャラのやつじゃない。
    何よりも、その声のトーンが違った。
    完全に『マジ』だった。
    さっきまでふざけていたやつらもさすがに空気を読んだらしく、困惑した表情になっていた。
    依然『集合写真』からは気配を感じてはいる。が、最早それも“期待感なのでは”と疑い始めていた。
    半ば意地になって、もう一度写真を観察した。
    何が“答え”なんだ?“それ”はどこにあるんだ??
    再度写真全体をさっと俯瞰した時、ふと、写っている自分の姿で目が止まった。
    『俺か…』と思った時、

    俺「………あ…」
    その瞬間、俺はやっと違和の正体に辿り着いた。確かにあったのだ。“答え”が。

    「何やねん、お前ら。その写真も何度も見たけど何も写ってなかったぞ」
    写真を現像して来てくれたリョウが、苛立ちを隠さずに叱責してきた。
    出来上がった写真は、皆に披露する前に予め吟味していたのだろう。
    俺とヒラッチともう一人、3人はこの『集合写真』の“答え”に気がついた。

    あの日、肝試しに参加したメンバーは残り3人。リョウと二人。
    「…別に何も写ってないやん!マジで何やねん…」
    リョウが写真を見ながら悪態ついてきた。
    「…いや、この写真さ…」
    「…うん、だから何?」
    ヒラッチが苛々しているリョウにゆっくり説明していく。

    「…おれたち、6人で肝試しに行ったよね?」
    「おう。せやな。途中親子と会ったよな。」
    「うん。お父さんと、息子さん2人いたよね?」
    「おう。小学生の男の子2人な。」
    「そしたらあの日、あの場にいたのは全部で9人だよね?」
    「おう、せやな。あと白い車も一緒やったな」

    「じゃあこの写真、何で9人全員写っているんだ……」

    この時、本当に全員肝を試された気がした。
    そう。何度写真を確認しても、あの日参加したクラスメイト6人と、途中で出会った親子3人の『全員』が白いセダンの前で、眩しそうな表情で収まっているのだ。
    当然、トンネル内を進んでいる時から、集合写真を撮って解散するまでの間は誰も通りかからなかった。
    俺達6人は、あの親子3人以外と誰とも会っていないのだ。

    『誰がシャッターを押したのか』

    当然、議論に『答え』は出なかった。
    使用したインスタントカメラは、辛うじてフラッシュ機能は実装されていたものの、タイマー機能なんてものはまだ物理的に実装されていない。
    一緒に出かけたのは『6人』。途中で出会った親子は『3人』。

    ここが一番の問題部分ではあるが、ここはどうやっても動かせない“全員一致の見解”で、どう考えても記憶違いとか、勘違いの類ではなかった。
    むしろ、記憶違いや勘違いで結論付けるのは、そちらの方こそ無理がありすぎた。
    そして話し合いは次第に一つの話題へ収束していくことになる。

    考えても埒が明くことのないそんな状況の中、ヒラッチが不安気に呟いた。
    「これって、オレ達に何か不幸な出来事とか起こったりしないよね…?」
    露骨に幽霊やら不可解な現象が映し出された、所謂『心霊写真』とは違うものだが、懸念されることは至極尤もなものだと思った。

    確かに『普通』ではないことは確かなので、寧ろこの写真が何モノなのかよりも、そこから派生するネガティブな事象こそが、最も警戒しないといけないことなのかもしれないと考えをシフトさせていった。
    これは本当に偶然なのだが、俺の親が地元の神社の神主さんと知人同士だったので、相談できるかも知れない旨を提案してみた。

    俺「そういえば、俺の親が神社の人と知り合いなんだけど、相談してみようか」
    すると、別のやつがハッとした顔をして提言してきた。
    「神社といえばさ、隣県に『呪われたアイテム』を専門に扱う有名な神社があるんだけどさ」
    この提言は即時採用され、直近の土曜日に早速伺うことになった。

    余りにも有名なので知っている人はすぐに特定が可能でしょうが、一応の補足です。
    この神社は『呪われたアイテム』ではなく、正確には『人形』を供養してくれる神社で、行き場の無くなった雛人形などが驚く程たくさん納められている場所です。
    中には『髪の伸びる人形』や『涙を流す人形』もこの神社に納められているそうです。

    直ぐにでも相談したいと皆で考えたので、直近の土曜日、バイトやら用事やらで都合が合わない人もいたので、私とリョウとヒラッチの3人で伺うことになりました。
    当時の私達は本当に無知な高校生だったので、当然アポイント無しで向かうことになります。
    神社側の方は突然の訪問に当然最初は少し困惑されていましたが、きちんと話を聞いて貰えることになり、わざわざ建物の中の和室に招き入れて下さり、丁寧な対応をして頂きました。

    因みに恐らくですが、この時対応して頂いたのはA神社の宮司さんだったと思います。
    拙いながらも事情を説明し、あの日に撮影した全ての写真を見て頂きました。
    結論を言えば『特に何も嫌な感じはしないので、安心して下さい』と本職の方のお墨付きを頂きました。

    この時、宮司さんから色々なお話をして貰ったのですが、要約すると以下の様になります。
    「とても不思議な体験をされましたね。ですが、この世の中、確かに“目に見えない世界”は存在するのです。
    どれだけ物質が発展しても、人の心がそこに付いていけなければ人類は豊かになれないのです。
    良い行いをすれば良い結果が。悪い行いをすれば悪い結果が、必ず自分へと返ってきます。
    あなた達学生の本分は勉強をすることですが、勉強は頭だけでなく、心の修練でもあるのです。
    『誰かが見ているから』ではなく、自身に嘘偽り無く励んで行かれることが大切です。
    若いうちからどうぞ、身体と頭と心を鍛錬して、今後の人生に活かしてください。」

    詳細まではもう覚えていないですが、この様な内容のお話をして貰えました。
    素性も知れない不躾な高校生相手に、本当に有り難かったです。
    更に、件の写真はネガも含めて全て供養して頂けることになったので、神社側へ引き取って頂きました。
    大変長文となり、大したオチもありませんが、20年以上も前の夏休みに経験した不思議な体験談は以上となります。読んで頂き、有難う御座いました。



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    呪いの刀

    ペンネーム:真夏のおでん

    これは私の母が小学生の時に体験したお話です。
    (※特定を避けるため、家名には伏せ字、人名には仮名を使わせて頂きます、あらかじめご了承下さい。)

    私の母のご先祖さまは、父方、母方ともに長州藩で家老をしていた家の生まれの人で、その母方のご先祖さまというのが一番家老の「◯田家」。
    あの大河ドラマ「西郷どん」にも出てきた家老の◯田親施の縁者に当たる人でした。

    対して、父方のご先祖さまは同じ長州藩の家老の中でもあまり位が高くない三番家老の「◯藤家」の出身で、自分達より位が高い◯田家の人をお嫁にもらったのも、後継に恵まれず、◯藤家が傾いてしまい「このままではお家断絶、だからどうか同じ藩のよしみで……」というような、お情けの部分があったらしいです。

    そして、この◯藤家の当主という人がまた大層な放蕩者だったらしく(まぁ、有り体に言ってしまえばかなりのおバカさんだった)藩内での評判もあまり芳しくなく、お家が傾くのも仕方ないかな?というようなポジションの人だったそうです。

    結婚からほどなくして家老の二人の間にはめでたく男の子が生まれ、無事に◯藤家はお家断絶という危機を脱し、晴れて貴族の仲間入りを果たしました。
    (二人の結婚当時はすでに幕末で、大政奉還後の明治初期は、家老や武家の出身者は貴族として扱われ、爵位を与えられていたらしいです)

    ちなみに、二人の間に生まれた子供は「◯藤薔薇鷹」さんと名付けられました。この人が私の母親の祖父にあたる人になります。
    母が生まれて物心つく前には亡くなってしまったそうですが、名前にかなりインパクトがあったので印象に残っていたそうです。
    (※人間関係がややこしくてすみません……薔薇鷹さんというのはもちろん仮名ですが、本名も花+動物の名前というかなり印象的な名前だったらしいです。貴族の間の流行りだったのかも知れません)

    そこから何年も経って、一度は潰れかけた◯藤の家も薔薇鷹さんが頑張って立て直し、結婚して子宝にも恵まれ、薔薇鷹さんの家は男の子4人、女の子1人という結構な大家族になりました。その頃になると、もうあまり貴族がどうとかいうのは関係がなかったそうです。

    ↑前置きが長くなってしまい申し訳ございません……前提が無いと少し分かりづらい話なので、何卒ご了承ください。

    また、母からの伝聞という事もあり登場人物の呼び名も本当にややこしくなってしまうので、以下の文での登場人物の呼び名、及び母との関係の早見表はこちらになります↓

    ◯私……        投稿者
    ◯私の母、母……    投稿者の母
    ◯弟、弟さん……    母の弟
    ◯武夫さん、父……   母の父、◯藤家四男
    ◯茂雄さん……     武夫さんの兄、◯藤家三男
    ◯剛志さん……     武夫さんの兄、◯藤家次男
    ◯長女さん……     武夫さんの姉、◯藤家長女
    ◯薔薇鷹さん……    母の祖父

    ↑ざっくりとで申し訳ありませんが、こちらを参考にして下さい。
    また、投稿者の母の母親は今回の話には絡んでこないので混乱を避けるためあえて省かせていただきました。
    居ないわけでは無いです。それでは、ここからが本題です↓

    それから時は経ち、薔薇鷹さんの娘や息子達は特に問題もなくすくすくと育って成人し、それぞれが結婚して家庭を持つようになった頃、四男である武夫さんの元に私の母が生まれました。

    のちの話に関係があるので少し説明しますと、薔薇鷹さんの子供たちは、男の子の方は住まいこそ別ですが全員が◯藤家を継いで嫁を貰い、長女さんだけが他所の家に嫁いで行ってしまっている状態です。ただ、長男の方のみ、第二次大戦で若くして戦死してしまったそうです。

    母の家庭は先祖が元家老という歴史の割にはそこまで裕福ではありませんでしたが、それでもそれなりに安定した暮らしが出来、父と母が居て、自分より2つ下の生意気だけど可愛い弟も居て、決して悪くはない毎日だったそうです。

    そんなある日、母が小学四年生になった頃、◯藤家三男の茂雄さんが急に身体を壊してしまいました。肝臓癌だったそうです。
    それを受け、病気をした実家暮らしの兄の元へすぐ駆けつける事が出来るからか、単なる仕事の都合か、はたまた母や弟の進学の都合だったのか……
    母達一家は思い切って新築の家を買い、父の実家のある埼玉の所沢へ引っ越す事になりました。

    詳しい事情については子供だったので当時はよく分からなかったらしいですが、まぁ、今考えたらそんな感じだったのかな?と母は言っていました。
    (また、何故長州藩の人が所沢に? と聞いてみたら、武家や貴族制が時代の流れでだんだんと形骸化していき、そういった生まれの人たちが東京やその周辺に移り住んで来たかららしいです。薔薇鷹さんもその1人というわけです)

    それから、新築の家に引っ越して、荷物の整理も終わり、母や弟や両親の部屋割りも済んで落ち着いた頃、肝臓癌を患っている兄茂雄さんの様子を見がてら実家に寄って来た父が、「実家で懐かしい物を見つけたから、新築祝いに貰って来た」と言ってある物を持って帰って来ました。

    父が持って来たのは、薔薇鷹さんが生前とても大事にしていた、先祖から受け継いだという一振りの刀でした。
    脇差、又は道中差し?などと呼ばれる小振りの刀で、時代劇なんかで侍が振り回しているような大きくて立派なものではありませんでしたが、それでも実際に本物の刀を見るのは生まれて初めてだったので、母も弟もかなり興奮したそうです。

    そして、父も子供の頃はその刀に興味津々で、兄の茂雄さんや剛志さん達と一緒になって、父親である薔薇鷹さんの目を盗んでは刀を持ち出し、庭の植え込みを切りつけたり、チャンバラよろしく振り回したりして、その度に酷く怒られていたらしいです。

    父はそんな昔の思い出に浸りながら、そのうち
    「でも、この刀は偽物じゃなくれっきとした真剣ですごく危ないから、お前たちは絶対に触るなよ?」
    というような内容の事を母達に言い、更に危険だから絶対に自分に近づかないようにと念押しして、試しに、と久しぶりに刀を抜いてみました。

    その時、父が抜かれた刀身を見て「あれ?」と声をあげました。

    母と弟が何事があったのか聞いてみると、父によれば、この刀は自分が子供の頃。兄達と一緒になって散々振り回したりしてイタズラしていたので、刀身が刃こぼれしてボロボロだったはずだ、と言うのです。

    しかし、実際に父が鞘から抜いた刀は、持ち手や鞘こそくすんで年代相応にボロだったそうですが、刀身は刃こぼれどころか錆すら浮いていない綺麗な状態で、室内灯の光を反射して鈍く光っていたそうです。

    父は自分の記憶と違う刀の状態に、はて? と首を傾げていましたが、そのうち
    「子供の時分の事だし、単なる記憶違いだろう」と結論づけて、結局父が持ち帰って来たその刀は、弟が非常に羨ましがったので、絶対に勝手に触らない事を条件に、新居の弟の部屋の押入れの中に仕舞われました。
    (一応姉弟でも男女という事で、今後の事も考えて新しい家では部屋が分けられていたらしいです)

    それから何日か経ち、転校先の小学校にも慣れ始め、母がそんな古ぼけた刀の事などすっかり忘れていた頃、母の家で不可解な現象が起き始めました。

    まず異変に気付いたのは弟で、ある朝、弟が起きて早々姉である母に「お姉ちゃん、昨日の夜中に僕の部屋に入って来た?」と聞いてきました。

    もちろん母にはそんな覚えはありません。だから「自分は知らないから、お父さんやお母さんじゃないのか?」とだけ答え、そのあと弟はすぐに両親にも同じ質問をしましたが、やはり二人とも「何にもないのに夜中に部屋には入らない」と答えたそうです。

    でもでもとぐずる弟に、そのうち父が「おおかた寝ぼけていたか、それか怖い夢でも見たんじゃないか?」と言うと、弟はその場では納得したそうですが、その日から毎朝、弟が起きてくるたびに「夜中に誰かが部屋の中に入って来る、僕の部屋に誰かが居る」と言うようになったそうです。

    弟の話では、その夜中の謎の訪問者は直接何かをしてくるわけでは無かったらしいのですが、影が部屋中をゆっくりと歩き回ったり、寝ている弟の顔をジーっと覗き込んで来たり、部屋の前の廊下を誰かが歩き回る足音が夜通し聞こえたり……
    毎晩のようにそんなことが続き、当時小学二年生だった弟にはそれが余程怖かったらしく(大人でもそんな不気味な体験を毎晩したら物凄く怖いと思いますが)弟はだんだん暗くなり、「こわいこわい」と常に何かに怯え、酷い時は夜中にも関わらず泣き叫びながら母や両親の部屋に駆け込んできたりと、まるでノイローゼのようになってしまいました。

    また、母や両親も何度か家の廊下で人影を見たり、物音や足音など自分達以外の気配を感じていたらしく、しかもその異様な気配を感じる場所というのが決まって弟の部屋の前、つまり件の刀が仕舞ってある押入れの近くだったそうです。

    始めの頃は、それらの怪現象が刀を貰って来てから起き始めたのもあって、母も両親や弟と「もしかしてあの刀の祟りかもねぇ」などと冗談混じりに話していたそうですが、弟が連日の怪現象のせいですっかり塞ぎ込んで元気を無くしてしまい、また自らも何度か家の中で不可解な現象に遭遇し、終いには父が職場(武夫さんは学校の教師をしていた)で謎の高熱を出して倒れてしまってから、母と弟はいよいよ本格的に刀の呪いや祟りを疑い始め、部屋で氷枕をしながら布団で寝ていた父に、刀について改めて聞いてみることにしました。

    すると、父が昔薔薇鷹さんから聞いたという、刀にまつわる衝撃の事実が明らかになりました。

    父によると、あの刀は元家老であり子爵の位についていた薔薇鷹さんの父親(冒頭で話した放蕩者だった当主)が遺した物らしく、なんでも本人が若い頃、切り捨て御免の時代に道端で三人ほど民間人を無礼討ちにしていた……
    という、単なる家宝ではなくれっきとした曰く付きの刀である事が分かったのです。
    (当時母は無礼討ちと言われてもよく分からなかったらしいですが、なんとなくニュアンスで人を殺した刀、という事は分かったそうです)

    そして、ここ数ヶ月の度重なる怪現象や弟のノイローゼ、果てには自らも謎の高熱で倒れてしまうという異常事態を受け、現実主義者でオカルトや怪談話を絶対に信じなかった父もついには折れ、実家から持って来たあの刀を手放す事に決めたそうです。

    でも、手放すといっても、曰く付きとはいえ一応先祖から受け継がれて来た刀ですし、いくら気味が悪いからといってまさか刀を粗大ゴミや不燃ゴミに出すわけにも行きません。
    そこで、父は迷った末、実家暮らしで肝臓癌を患っている茂雄さんの兄であり、今は東京に住んでいる次男の剛志さんに連絡を取り、その刀を引き取って貰う事にしました。剛志さんは快諾してくれたそうです。

    その後、連絡を受けた剛志さんが母の家に来て刀を受け取り、刀が母の家から無くなると、あの頻発していた怪現象がまるで嘘のようにピタリと止み、程なくして弟や父の体調も元に戻りました。

    しかし、騒動はこれだけでは終わりませんでした。母の家で起きていたあの現象は、やはりあの刀が原因だったのです。

    刀を剛志さんが引き取ってから一年もしないうちに、今度は剛志さんが病に倒れました。医者の診断は肺癌と大腸癌……
    それも、今まで見つからなかったのが不思議なくらい、既にかなり進行していたそうです。また、剛志さん一家も刀を受け取ってから、家の中を何者かが徘徊するという全く同じ怪現象に悩まされていた事も分かりました。
    更にその数週間後、今度は父である武夫さんにも健康診断で茂雄さんと同じ肝臓癌が見つかりました。

    それを受け、親族一同はいくらなんでもおかしい、偶然にしてはあまりにもタイミングが……という話になり、後日、父を含めた◯藤家の兄弟達の間であの刀についての対策会議が開かれる事になりました。

    茂雄さんや剛志さんも、父と同じで最初は刀の呪いなどというオカルトにはかなり懐疑的でしたが、実際に自宅で怪現象を体験し、しかも自分を含む兄弟が刀を手にした順に癌や病気を患ったという事実に流石に気味の悪いものを感じて、話し合いの末、遂にあの刀は剛志さんの手で都内にある某お寺へ供養に出されたそうです。

    特に明確なオチがあるわけでは無いのですが、この刀にまつわるお話はひとまずこれで終わりになります。
    これは私が直接体験した訳ではなく母からのまた聞きなので、分かりづらい&読みづらかった部分があったならすみません……

    ただ、私がこの話を投稿するに当たって改めて母から詳しくこの話を聞いた時、母が言っていた言葉に、私は背筋が寒くなる思いがしました。

    「でもまぁ、今考えるとやっぱりあの刀の呪いは間違いなく本物だったんだよね。だってほら、現にあの刀のせいで、◯藤の家は今もう誰も居なくなっちゃったでしょ? 大黒柱がみんな癌で死んじゃったんだもの……」と、当時を思い出しながらしみじみと話してくれた母。

    ◯藤家の長女さんは薔薇鷹さんが亡くなる前に早くにお嫁に行ってしまったし、息子達、武夫さんや茂雄さん、剛志さんの子供達は母を含めてほとんどがお婿やお嫁に行ってしまったので、現在◯藤の名前を継いでいる人は、母の弟さんを残すのみで、薔薇鷹さんがやっとの思いで立て直した◯藤家の本家は誰も住んでおらず、今は空き家になってしまいました。

    これは、藩内でも有名な放蕩者で、跡目に恵まれず◯藤の家を潰しかけた当主が無礼討ちによって罪もない市民を切り捨て、無念のうちに命を絶たれたその三人の怨念が呪いとなって、放蕩者だった当主の血を引く薔薇鷹さんの子供達から、切り捨てられた人数と同じ数だけ命を奪っていったのか……

    「時代劇とか古いホラー映画なんかで、殺される人なんかがよく死に際にさ、末代まで~とか、何代先まで祟ってやる~!
     なんて、本人じゃなくて子孫に対しての恨みごとを言うけど……あれ、案外完全に創作って訳でも無いんだろうね」と、母はなんとも言えない顔で、最後にそう付け加えました。

    (結局、茂雄さんも剛志さんも癌が原因で数年後に亡くなり、武夫さんも私が生まれた頃はまだご存命でしたが、私が物心つく頃には既に肝臓癌がかなり悪化していて入退院を繰り返している状態で、最期は私が小学校へ行っている間に大層苦しんで亡くなった、と母から聞きました……)

    とにかく、剛志さんが癌になった時点ですぐに刀を手放したのが良かったのか、あれ以来、母や◯藤の名を継いだ弟さん一家の周りで刀に関する(と思われる)怪奇現象は一度も起きていないそうです。

    それに今はもうその刀の行方は分かりませんし、お寺に供養に出した物がその後どう扱われるのかは私も母も知りません。
    (ちなみに、母は刀を供養に出したお寺の名前は失念してしまったそうですが、都内にあるそういった物を供養してくれるお寺を当たればもしかしたらあの刀が見つかるかも、とは言っていました。わざわざ探したくはないそうですが(笑))

    でも、実際に数々の怪現象を起こした曰く付きの刀が母の実家にあり、単なる偶然だったのかも知れませんが、刀を手にした兄弟達、つまり◯藤の名字を継いだ家の大黒柱達が次々と癌で亡くなっていったのは紛れも無い真実なのです。

    もしかしたら、あの刀は武夫さんが偶然実家から見つけたのではなく、なんらかの意思をもって半ば必然的に実家の茂雄さんの手から武夫さんの手に渡り、最終的には剛志さんにも病魔という祟りを起こす事で、斬り殺された人数と同じだけの命を吸い、その役目を終えて都内の寺で供養されたのでは無いか……

    偶然か必然か、真偽は分かりませんが、少なくともあの刀は◯藤家にとってまさに「呪いの刀」と呼ぶに相応しい代物だったというわけです。

    これで私の話は終わります。慣れない投稿による長文、乱文失礼致しました。

    母の弟さん一家は今もご健在ですし、例の刀も既に手元に無いので、刀の祟りはもう終わったものと私は思っていますが、願わくば、もう二度とあの呪いの刀がなんらかの形で世に出て来たりしないよう……
    また、◯藤の名を継いだ母の弟さん一家、そして私達「元◯藤家」の人間に再び災いや悲劇が起きぬよう、母共々、関東地方の片隅から切に祈っております……



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    呪術

    ペンネーム:みこと

    まあたいして怖い話ではないんだが、せっかくなので投稿してみる。
    突然だが、俺はオカルトを信じていない。占いもお化けもUFOも嘘だと思っている。だが娯楽として楽しむのは好きだ。だから不思議.netもよく覗くし、こうしてamazonギフト券目当てに投稿もしている。

     ところで、俺には変わった友人がいる。そいつはオカルトを信じている。的中率100%の占いは存在するし、人の少ない所には必ずお化けがおり、エイリアンはUFOに乗って既に地球に来ているとそいつは言う。断っておくがこの友人 は所謂「バカ」ではない。むしろ成績は優秀だ。この友人をAとしておこう。
    オカルトを楽しむだけの俺と信じているA。この微妙なスタンスの違いが妙に刺激的で、俺はAとよくつるんでオカルト話に花を咲かせる。

    この話を投稿することにAの許可は得ている。中にはAの家族に対する印象なども書いているので少し気まずい面はある。けれども書くなら思ったことをありのままに書いてくれと言われたので遠慮せずに投稿することにした。Aには何 度も確認しながら書き上げたので、記憶違いなどは無いと思う。

    Aとは高校1年の時に同じクラスということで仲良くなった。つるみ初めて一年もすると、俺はAの家にお邪魔することが何回もあった。その時、妙に歓迎されるのだ。もちろんそれは有難い。けれどもその歓迎の仕方が尋常ではない のだ。初めて家にお邪魔した時、Aが○○を連れてきたよーと家の奥へ声を掛けたると、Aのお母さんが走ってこっちに向かってきて、キャーと歓声を上げるのだ。そして会いたかった会いたかったと何度も言い、俺の手を強く握りし める。

    正直、Aのお母さんは綺麗なので悪い気はしなかった。けれども、まるで憧れの芸能人に会ったような反応をするので、妙な違和感を感じていた。Aの部屋で頂いたおやつも食べきれないほど大きなケーキだった。そのまま夕食に誘われたので親に連絡して確認を取り、共に夕食を食べることになった。

    その日は男の子が好きなご飯ということで焼肉を家でご馳走になった。その肉は明らかに高そうだった。見事な霜降り肉であり、どう見ても焼肉用ではなく高級ステーキや高級鉄板焼きで使われるような肉のように思えた。噛まずに吞み込める肉を初めて食べた日だった。また、別の日に家を訪れた時にはめちゃくちゃ高いレストランで食事をさせて貰った。メニュー表を見ても値段の桁が違ったし、味の桁も違った。だ

    だ、俺は制服だったので恥ずかしかったが。さすがにお世話になりっぱなしだったので、俺の親はAのお母さんにお金を払うと連絡したこともある。だが、Aのお母さんは○○くんには本当にうちの子がお世話になっているし、これからもお世話になるだろうから構わないと言い決して何も受け取ろうとはしなかった。

     そうは言っても、何か申し訳ない気持ちがある。俺はAとは変わらずつるんでも、Aの家に行くことは無くなっていった。

     違和感はもう一つあった。Aの家族についてだ。俺はAの家に最初は何度もお邪魔していたし、夕食も何回かご馳走になった。休日に遊びに行ったこともある。しかし、俺はAのお父さんに一度もあったことがない。けれどもAの家は立派な一軒家だし、何より俺にあのようなご馳走をしてくれた。特に、あのレストランでは店員さんと親しげに話しており常連の様だった。にも関わらず、いつ行ってもAのお母さんは出迎えてくれる。失礼ながら、働いているようには 見えなかった。

    お父さんは多分単身赴任なんだろうと勝手に思っていた。けれども、ある日俺が自分の親父のバカ話をAに話していると、○○には父親がいていいなあ、とAが言ったことがある。あ、お父さんいないんだ、と言うと一言「いない」とだけ。立ち入った話なのでそれ以上は聞けなかった。

     その代わり(?)、Aの家には夕方以降いつも一人のお婆さんがいた。初めはAの祖母かと思った。しかしAのお母さんもAも、その人の事を△△さんと苗字で呼んでいた。その人とは寝食を共にしているらしく、俺がご馳走になった時は必ず同席していたし、俺が夜遅くに帰る時もAの家で寛いでいた。その人はあまり喋る人ではなく、俺のことを微笑みを浮かべながらずっと見つめていた。

    だから俺はこの人が苦手だった。Aの家のトイレから出るとそのお婆さんが待ち構えていた時もあった。お婆さんは「幸せになりますように」と言って石をくれた。気味が悪くてAにも言えないままだったが、帰宅途中でポケットから出して川に投げ捨てた。すまんA。毎回ご馳走になる申し訳なさだけでなく、このこともあって俺はAの家には行かなくなっていった。何か込み入った事情がありそうだ。俺はA家について質問するのは控えていた。

     だが前述の通り、それからも俺はAとつるみ続けた。理由はシンプル。気が合うからだ。Aは興味深い話を沢山してくれるが、一方であまり冗談を言わない。だから奴から突拍子もないことを言われると、冗談として笑い飛ばせず困ることが度々ある。

    例えば、前述の通り俺は占いを信じていない。以前俺はAに向かって、占い師とは詐欺師同然だと言い放ったことがある。だが、Aは中には本物がいると言ったのだ。Aは続けてその理由を話した。曰く、小学生の頃下校中に寄り道をしていたら、占いをやっているお婆さんに呼び止められた。突然の事だったので、Aは怖くて逃げようかと思ったらしい。

    しかしあまりに急に呼び止められたので混乱し、そのまま立ち尽くしてしまった。お婆さんは「あなたのお母さんにこれを見せなさい」と言って何かを書き始め、紙を強引に渡してきたと。Aは走って家に帰り、怖かったとお母さんに泣きついたらしい。お母さんは警察に相談しようとしていたそうだ。しかし、Aがその紙をお母さんに渡すと、お母さんは場所を聞いて一人で出て行ってしまった。そして、Aのお母さんはその占い師を連れてきて一緒に住むと言い出した。その占い師がAのあの家にいるあのお婆さんだとAは言う。

    俺は完全に呆気に取られていた。だが、Aは続けて更に驚くべきことを話した。Aは中学二年生の頃、進路に悩んでいたようだ。するとお婆さんはまたもや紙に何かを書き、それをテープで留めてAに渡したらしい。そして、「あなたがどの高校に入学するかはお母さんと良く相談しなさい。たとえどの高校に入学してもあなたは楽しい学園生活を送ることが出来る。けれどそのためには良き友人が必要ね。あなたは高校で一生の共に出会う。その人はあなたとお母さんに永きに渡って幸福をもたらすでしょう。高校に入学したらこの紙を開けなさい。それまでは絶対に中身を見ず、筆箱や財布の中に入れてなるべき持ち歩きなさい」と言われたそうだ。

    Aは言いつけを守って過ごし、無事に志望校にも合格した。そして入学式の日に、Aはその紙を開けたらしい。そこには、漢字で俺の名前が一言一句違わず書いてあったと。クラスに入り自己紹介タイムの時、俺の名前を聞いたとき は心臓が飛び上がるほど興奮したとAは話す。こんな話を、俺の目を真っ直ぐに見詰めながら真剣に話してくる。正直、困る。Aはそのまま筆箱から紙を取り出す。明らかにAのとは異なる筆跡で俺の名前が書いてあった。俺も興奮した。面白過ぎるだろ。占い云々は信じちゃいない。けれど、こんな面白い話を聞かせてくれるのはAだけだ。Aとはこういう奴だ。

     Aとは大学に入ってからも付き合いが続いている。Aと一緒にいると不思議な体験をすることが多々あるし、A自身から怖い話や不思議な話を聞くこともある。ありすぎて一度にはとても書けないし、非常に際どいものもある。だから話せるうちの一つとしてこの話を紹介したい。

     オカルトを信じるAが極端に嫌っているものがある。それは、「宗教」だ。俺ももちろん宗教を信じてはいない。だが、宗教の有用性は認めている。俺には医者の叔父さんがいた。叔父さんは敬虔なキリスト教徒だった。俺は医者である叔父さんに勉強のモチベーション維持の秘訣について聞いたことがある。

    叔父さんはこう言った。「常に神様が自分を見ているんだ。サボるわけにはいかない」と。なるほど確かに、怠惰な感情に身を任せて生きるよりは、神を信じて己を律した方が有意義な人生を歩める確率は高くなるはずだ。残念ながら、叔父さんは俺が中学二年生の頃に事故で亡くなってしまった。だが、この話を聞いてから、信心は別として俺は宗教の有用性を認める様になった。

     しかし、Aは違う。全く宗教の存在を認めようとしないのだ。Aは言う。宗教とは「呪術」の隠れ蓑なのだと。俺には両者の違いが分からなかった。A曰く、宗教とは「意志ある存在としての神または自然」を信奉するものである。一方で呪術とは「意志を除外した自然の法則」を「利用」するものだと。だから呪術師は、重力のことを「重力様」と言わないように「神様」という言葉を使わないらしい。ならば科学も呪術に含まれるのだろうか。Aは違うという。科学と呪術との最大の違いは「普遍化」できるかできないかだと。

    科学は「理論」を使うことで法則に再現性を付与する。理論とは筋道であり手順でもある。
    つまり、理論を理解し知識を習得すれば「誰でも」行うことができる。極端に言えば、小学生でも手順通りに行えば大学教授と同じことが出来るのだと。

     一方で、呪術は限られた人間にしか使えないので普遍性が無い。同じ手順でやっても、出来る人と出来ない人が出てくる。普遍性がないものを人は心から信じることができない。一方で、神という概念は極めて普遍的である。だからこそ、宗教界でも上の方にいる人間は神という普遍的な概念を利用し、呪術を使って信者を食い物にしているのだとAは断言した。様々な艱難辛苦に遭って心が弱くなった人は神に頼らざるを得ない。宗教家の皮を被った呪術師は、そこにつけこんで利益を貪るのだと。ただの詐欺なら吸われるのは金銭のみ。だが、呪術師は金銭を吸うだけでは決して満足しない。そして、呪術師はまず教祖の座にはつかない。教祖の背後で呪術師は立ち回り、決して矢面に立たず利益だけを享受するらしい。呪術の中には占いも含まれるとAは言う。

     Aは真剣な顔でそう話した。オカルトはとことん楽しむのが俺のスタンスだ。俺は呪術についてより詳しく聞いてみることにした。

    呪術には生物を対象とするものと無生物を対象とするものがあるらしい。この二つの違いは「かけた呪い(まじない)が自分にも影響を及ぼすかどうか」だとAは言った。例えば、誰かに危害を加える呪いを直接その人に行えば、その呪術師自体にも何らかの危害が加えられる。それどころか、他人を幸せにするための呪術であっても直接行えば呪術師本人に危害が加えられるらしい。その理由は「運の法則」に由来しているとAは言う。

    呪術というと何やらゴチャゴチャしたものを思い浮かべる人もいると思う。また、目的も「自然災害から村を守る」とか「憎い人への恨みをぶつける」とか多岐に渡っているイメージがある。だが、俺がAから聞いた呪術の目的はとても単純だった。「運を吸い取る」ことと「運を与えること」これだけだと。これ以外の目的はまやかしに過ぎないとAは言った。ここで使っている「運」という言葉はあくまで便宜上の言葉らしい。当然、英語の「luck」でもないと。幸福、不幸というのは人間の主観的な事情に過ぎない。そして運も極めて主観的な言葉として扱われているが、実際はそうではないとAは言う。

    運とは客観的な存在であり、あらかじめ数が決まっているらしい。運が「多い」状態がたまたま人間が考える「幸福」と合致していることが多いだけの話なのだと。だから、一見すると不幸に見えても後から考えると幸福だったことがあるはずだとAは言う。その逆もまた然り。主観的には幸福と不幸が変化している様に見えるが、その人の運は何も変わっていないのだと。

    そして、運とは一般の人々が言う様な「消費物」ではなく「状態」なのだと。だから、運が「多い」人が思わぬ幸運に直面しても、運の量は減らない。その人はまた新たな幸運に遭い続ける。一方で少ない人は少ないまま生涯を過ごすのだと。運には消費や温存といった言葉は当てはまらないのだとAは話す。

    そして、生物というものは全て運から何らかの影響を受けているのだと。さらに、生物には最大の特徴がある。それは、「運の量を変えることができる」こと。運の量を変えるにはある方法が必要らしい。それが呪術だが、具体的な方法は秘密だとAは言う。この方法を知っている人間は少ない。だが無意識に実行している人間はいる。そういう人に素質があれば、運は多くなっていくんだとAは話す。通常、呪術の素質は遺伝しないが運の量は親の影響によって決まる。

    だからほんどの人は「蛙の子は蛙」なのだと。しかし、その方法を実行することで「トンビが鷹を産む」現象が起こるらしい。逆に、悲惨な親の元に生まれたからと言って、この世の法則は決して「同情」などしない。この世はとことんまで無情なのだと。法則はただそこに在るだけのものだから。その子供は残念ながら運が少ないまま生涯を過ごし続けるだろうと。そして運の総量が決まっているということは、誰かの運が多くなれば他の誰かの運は少なくなるということだとAは言う。そういう意味でも無情なのだと。

    特に、無意識に実行している人間はすなわち、無意識に他者の運を吸い取っているという点で非常にタチが悪いらしい。もちろん、生物という言葉を使っている以上、それは人間だけに当てはまるものでは無い。ある人がその方法を実行し運が多くなった結果、どこかの犬の運が少なくなることもあるらしい。そのうえ、人間が自己以外の生物の運に直接かつ「意識的に」干渉しようとすると、その干渉者は何らかの害を被るらしい。

    だから、現在では直接呪いをかける呪術師はいない。いたとしたらそれはインチキだとAは言った。本物の呪術師は決して「パワーを送る」などと言って直接呪いを行なったりしない。必ず無生物、すなわち「物」を介在させて行うと。

    ここが命の分かれ目だとAは言う。例えば、木は命を持った生物であるらしい。なぜなら木に直接呪術を施せば、害を被るからだと。だからどこかの家から運を吸い取りたいと思っても、その家に生えてる木や生きた植物には呪術を施すことはできないらしい。けれども、木から作ったコップなどは呪具として使えるらしい。

    同じ様に、人間には直接呪術を施すわけにはいかないが、死体や遺灰などは可能らしい。そして、ただの物では駄目だ。必ずその人にとって特別な意味のある物でなければ駄目だとAは言う。例としては、まず「お金で買う」や、「大切な人から貰った」という特別な意味づけがされたもの。次に、自宅に常置してあるもの。よく呪いと関連づけられる絵画や壺よりかは、食器やコップなど毎日使うものの方が効果的らしい。そして極め付けは、「肌身離さず身につけるもの」。これが最も有効な呪いの媒体となるとAは話す。

    悪質な宗教は必ず自宅に呪術師がやってくる。そして家具や食器、家によっては仏壇に呪いを施す。そして呪具を金で買わせ、肌身離さず身につけるように指示するらしい。呪術の内容は主に「運を吸い取ること」。呪術を施すのに宗教は最適な隠れ蓑だとAは言う。幸せになるために、救いを求めて宗教に入った人は無意識のうちに金より大事なものを吸われ続ける。そしてそれは当然子供にも影響し、終わらない螺旋の様に続いていくとAは言った。

     呪術というとマニアックなカルト宗教を思い浮かべる人が多いと思う。けれども、誰もが知っている宗教団体にこそ呪術師は紛れ込んでいるのだとAは語る。そして今も誰かがその餌になっているはずだと。更にこうも言った。餌になるのは入信者だけではない、と。

     それを聞いて俺は一つ気付いた。俺たちは普段何気なく「物を買い」、物によっては「毎日使い」、更には「常に傍に置いて」いる。時にはただの道具として。だが時にはより良い自分になることを期待して。特に、俺たちに馴染み のあるアレなんかは条件を満たしている。金で買い、家に常置、または常に身に着けているではないか。〇〇りのことだ。

    もちろん、たとえAの話が正しくても本物の呪術師は非常に数が少ないはず。ならば生産できる呪具にも限りがあるはずだ。そういうものを買ってしまう可能性は低いだろう。だが、気になる。俺はAに聞いてみた。そういうものは大丈夫なのかと。Aは言った。「他人の幸せを心から願える人間が果たして何人いるのか」と。

    俺はオカルトを信じない。だが、俺はこの話を聞いて以来アレを一度も買っていない。



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    幽霊島

    ペンネーム:タカパオ

    これは7年前、僕と僕の彼女の身に(正確には彼女の子どもたちの身にも)起きた、本当に本当の出来事の話だ。最近ようやく冷静に当時の出来事を振り返ることができるようになったので、ここに記したいと思う。

     当時、僕はまだ22歳の学生で、29歳のフィリピン人と付き合っていた。
     7年前、夏、セブ島。といってもセブは年中夏である。僕はいつものように彼女へ会いに来ていた。まだ大学生だった僕は、アルバイトで金を貯めては半年に一度の頻度で彼女に会いに来ることができた。大学で友達はほとんどいなかったが、僕なりに幸せな毎日だったと思う。

     彼女には子どもが2人いた。7歳のクルーイと6歳のケントイ。クルーイはおしゃべりでしっかりした女の子で、ケントイは泣き虫で甘えん坊の男の子。僕は彼女に子どもがいることを知っていたが、猛烈にアプローチしてなんとか付き合ってもらうことになった。それほど彼女は美人で性格もよかった。彼女を捨てた前夫の気持ちが理解できなかった……まだ、この時は。

     それから僕らは会うたびに子どもを引き連れ4人で小さな島に出かけた。昼はビーチで泳ぎ、夜はバロットとフライドポテトをつまみながらビールを飲んだ。誰にも邪魔されない、自由の理想形だった。しかしそんな幸せな毎日は、酔った彼女の一言により崩壊の兆しを見せる。

    「ハニー(僕らはお互いをハニーと呼び合っている)、幽霊島の噂を知ってる?」
     なんだそれは? 聞いたこともない。僕は素直に首を横に振った。
    「なにそれ?」
    「地元の人間だけが知っている、都市伝説みたいなものね。観光客とか、あなたみたいな外国人は絶対に知らないと思う。この近辺に住んでいるフィリピン人じゃないと、そんな話聞いたこともないはずよ」
    「ふーん」

     素っ気ない返事をしておいてアレだけど、僕は大の怖がりのくせにその手の話を聞くのは大好きだった。僕は彼女のグラスにビールを注ぎ、話の続きを催促した。彼女は酔って何度も話の本筋から脱線したため、箇条書きでまとめることにする。以下、幽霊島についての概要だ。

    ①幽霊島はセブ島からほど近い場所に位置している、とても小さな島である。
    ②そこは昔から、地元の人たちに幽霊の住む島と恐れられてきた。
    ③言い伝えによると、その島の半分は人間界だがもう半分は幽霊界で、人間が立ち入ることを禁じられている(事実、セブから見たその島の左半分には住居が一切建てられていない)。

     大体このような内容だ。「まるでB級ホラー映画だ」と言うと、彼女は少しムキになった。
    「本当よ。あなたは信じないでしょうけど」
    「ああ、信じないね。オカルトの話を聞くのは好きだけど、幽霊の存在自体僕は信じていない」
     信じがたい話だが、彼女には幽霊が見えるらしい。町を歩いていると「あそこにいるわ」と教えてくれるし、病院や教会などに行くと必ず遭遇するという。

     しかし当時、僕はまるで幽霊を信じていなかった。幽霊は統合失調症患者が見る幻覚のようなものだとばかり考えていた。
     僕がその存在を認めるようになったのは、幽霊島での体験がきっかけだ。なぜなら幽霊島に行って以来、僕にも幽霊が見えるようになってしまったのだから。

     一番怖かった幽霊島の話をする前に、二番目に怖かった体験について先に話しておきたい。時系列的には幽霊島の後、つまり僕が幽霊を見ることができるようになってからの話だ。先を急ぎたい気持ちもわかるが、ここはメインディッシュを最後にとっておきたい僕の気持ちを汲んでほしい。

     その日、僕と彼女は車で観光名所として有名なカワサン滝へ向かっていたのだが、ナビの調子が悪かったおかげで、道中の山奥へ迷い込んでしまった。そのとき時刻はすでに18時を回っていて、近くには古びた民家が数件あるのみ。仕方ないからその日は車中泊をして翌朝再び滝を目指すことにした。

     0時過ぎ、暑さで目を覚ました。エアコンがオフになっていたのだ。ふと左を見ると、助手席に座っていたはずの彼女の姿がない。僕は尿意を催していたため、小便がてら彼女を捜索することにした。茂みで用を足していると、森の奥から彼女の声が聞こえた。

    「ハニー・・・」間違いなく彼女の声だ。ずいぶん遠くから聞こえる。声に応えつつ、僕は茂みの中を進んだ。当然周りに明かりはなく、スマホ(ずいぶん前のモデルだ)の明かりのみが頼りだった。虫の声も、鳥の鳴き声もしない。聞こえるのは僕の足が草をかき分ける音と、常に一定の間隔で呼ばれる僕の名だ。

    「どこにいるの? こっちに来なよ」
     そう言っても、返ってくるのは同じ調子で呼ばれ続ける「ハニー」という声だけ。僕はだんだん不気味になってきた。
    「ハニー・・・」
    彼女の声がだんだん近くなってきた。昼間ならお互いの姿を確認できそうなものだけど、生憎時刻は夜中の0時。1メートル先の景色を確認するのが精一杯だ。

    「そこにいるんでしょ?」返事がない。
    「何か言ってよ、頼むからさ」無音。すると。
    「ハニー?」
     さっきと声のトーンが違う。しかも声は僕の進んできた道、車のある方から聞こえた。

    「あれ? そっちだったの?」僕が後ろに向かって呼びかけると、彼女は不思議そうな声でこう言った。
    「どこいくの? 車に戻ったらいないから心配したのよ」僕は首をかしげた。
    「ねえ、さっきから僕の名前を呼んでたよね? だから僕は君を探しにここまで来たんだけど」
    「何言ってるの? 私はずっと道路の反対側にいたわ。おしっこしてたの。民家でトイレを借りようにも、今はもう遅いから。それで用を足して車に戻ったらあなたがいないんだもの、心配して探しに来たのよ」

     なるほど、そういうことか。でもさっきから僕を呼んでいたのは紛れもなく彼女の声だったはずだ。どこか平坦で、間延びしていて、感情が籠っていなかったように思えるけど、あれはどう考えても彼女の声だ。聞き間違えるはずがない。でもとにかくこうして彼女が見つかった今、それについて考えるのは車に戻ってからでも問題ないだろう。

    「ごめんごめん、今戻るよ。車に戻ってて」
     そういって彼女のほうへ歩き出したそのとき。

    「ハニー・・・」
     すぐそこで聞こえた。ほんのすぐ後ろから、車の近くにいるはずの彼女の声が。
     しばらく動けなかった。逃げたかったけど足が鉛みたいに思い。まるで金縛りにあったみたいだ。かろうじて手だけは動いたため、僕はスマホの明かりを声のする方へ向けた。するとそこには、 彼女とそっくりの姿をした女が、四つん這いの格好で僕を見ていた。

    「ハニー・・・」

     僕はほとんどパニックになり車のほうへ駈け出した。幸い金縛りは解け、僕は風のように走ることができた。振り返っていないからわからないが、僕のすぐ後ろを彼女の姿をした「何か」が追いかけてくるのがわかった。何度も転びそうになり、足を擦りむき、ただひたすらに走った。行きをゆっくり歩いたぶん、思ったよりも早く車にたどり着くことができた。僕は気がふれたように車に乗り込み、車を出した。バックミラーもサイドミラーも見なかった、見ることができなかった。

     彼女も、僕の後をつける「何か」を見たらしい。
    「あと少しで追いつかれるところだったわよ。手を地面につけて、4足歩行であなたを追いかけてたわ」
     それを想像して僕はゾッとした。
    「奴も幽霊? その、町で見る幽霊とは違う感じがしたから」
    「あれも幽霊よ。でも深い森とか廃墟とか、人気のない場所に住んでる奴らは人を恐れているから、こちらに危害を加えてくることもあるの。だから私たちは森に入るときに『タビ』とか『タビタビポ』って唱えるの。そうすると森の霊は私たちを受け入れてくれるのよ」
    「へー」
     もっと早くに教えてほしかった。でもそんな言葉ひとつで奴らが大人しくなるとは思えないけれど。

    「それと、彼らは人の声や姿をコピーすることができるの。ちょうど森であなたを追いかけたやつみたいにね」
    「何のために?」
    「さあ。私も別に奴らが見えるだけで友達じゃないからそこまでは知らないわ」

     あの日の翌日、僕らはカワサン滝でバンザイした写真を撮ったが、なぜか彼女の右腕は黒く染まり長く伸びて写っていた。僕が謎の存在に追われたことと関係しているかも分からない。しかしそれを発見しても、僕らはあまり驚かなかった。当時はもう、その手の出来事に慣れっこになってしまっていたのだ。それでもあの幽霊島での体験だけは、7年たった今でもこうして書くことが恐ろしいほどである。それは僕の人生に黒いしみとしてずっと残り続けている。きっと死ぬまで消えないことだろう。

     さて、これでようやく幽霊島の話ができる。彼女から幽霊島の話を聞いた僕だが、まるでその話を信じようとしない僕に彼女は腹を立ててしまった。そこで僕は「そんなに言うなら証明してみな」か「実際に行ってみなくちゃわからないよ」だか忘れたが、そんな煽り文句を口にしたのだ。そこで負けず嫌いな彼女は挑発に乗って言った。

    「わかったわ、行きましょうよ。ただし、宿は島の右側よ。どうしても左側へ行きたいのなら、子どもが寝静まってから二人で行くのよ。いいわね?」
    「承知しました」口ではそう言っておきながら、僕は限りなく島の左側に近い民宿を予約した。正確には島の中心、つまり人間界と霊界の境界に位置する場所だ。それ以外、どんなに探しても左側に宿泊施設は見つけられなかった。

     島へはフェリーとは名ばかりの、現地人が手作りした木造のボードで移動することとなった。出発が予定よりも遅れたおかげで、島へ到着したころには既に17時を回っていた。本当は昼過ぎに到着する予定だったが、そこは時間にルーズなフィリピン人。いい加減な時間感覚にはもうこちらが慣れるしかない。

     とりあえず宿へ向かうことになり、トライシクルを捕まえて4人で何もない一本道を突き進んだ。セブのごちゃごちゃした街中と違い、島はヤシの木や南国の果実で溢れており、早くも僕は心を躍らせていた。彼女たちは何も知らずに楽しそうに笑っていた。そして僕も、ある意味何も知らないドアホだった。その時の僕からすれば、そもそも幽霊などこの世に存在しなかったのだから当然といえば当然である。

     宿に到着したとき、僕らは予想通り(僕の予定通りでもある)揉めた。「右側の宿を予約してって言ったじゃないの」「だから予約したさ。よく見てみなよ、この民宿は左側じゃなくて真ん中に建てられてる」「なんでもっと右側にある宿を予約しなかったの? しかも民宿ってあなた、私はてっきりもっとちゃんとしたホテルだと思ったのに」

    「僕も右側でホテルを探したよ。でもホテルは驚くほど高かったし、そもそもどこも埋まってたんだ。だからここしか空いてなかったんだよ(大嘘)。大丈夫だよ、きっと何も起こりゃしないよ。もし何かあればすぐにここを出ればいい」「出ればいいってあなた、このあたり何もないじゃない。ほとんど森よ森」「大丈夫。トライシクルで10分も走れば車のある大通りに出るから。それとこの辺りは観光地化されてないおかげで綺麗なビーチがたくさんあるんだ。泳ぐには最高のビーチだよ。大丈夫、問題ないって」

     そんなこんなで無理矢理彼女を丸め込んで僕らはその宿へ一泊することにした。僕はとにかく幽霊の不在を確信したかったし、もし幽霊がこの世にいるなら、死ぬまでに一度ぐらいは遭遇してみたかった。ここなら、町でふらふらしてるもやしみたいな奴らと違って強力なのに出会えそうな気がしたのだ。

     宿は一軒の古民家だった。ネットに上がっていた写真とずいぶん違い、思っていたよりも年季が入っているようだ。中から出てきた主人は60歳前後、痩せていて肌のまっ黒いスキンヘッドの男だった。「主人のバンバンです、よろしく」彼はそう言って握手を求めてきた。
    彼の手は触るだけでカサカサと音がしそうなほど乾燥していた。

     僕らはまず部屋に案内してもらった。といっても、貸切のため基本的には主人のいる部屋以外はどこでも使っていいとのことだった。
    「キッチンもリビングも好きに使ってください、トイレはそこで、シャワーはあっちね」「ありがとう」こんな感じの、気兼ねしない宿だった。

     僕らは大通りでビールや食材を買い込んでキッチンで料理を作った。彼女は僕の好物であるシシグとホンバを作ってくれた。僕は、から揚げと焼き魚を作り、主人を誘い5人で食べた。長女のクルーイはお腹がすいていたようで夢中に夕食を食べ、弟のケントイは眠そうにしていた。大人3人はビールを飲んで、それぞれの身の上話をした。

    「見てください、この写真」そう言って主人は一枚枚の写真を見せてきた。まだ髪の毛がフサフサだったころの主人と、彼と同い年ぐらいの女性、それと小さい女の子が写っていた。主人以外の2人はインクの乗りが悪かったのか、不自然なほど色が薄かった。

    「遠い昔の写真です。夢のように過ぎ去ってしまいましたが」聞けば、娘さんは8歳のときに病気で亡くなってしまったらしい。その後、奥さんも家を出てしまい、残された主人は寂しさを紛らわすために民宿を始めたのだという。それを聞いて僕は何を話していいのかわからなくなってしまった。

    「ごめんなさい、暗い話をしてしまって。そうそう、楽しい話をしましょう、楽しい話」
     僕は主人に幽霊の言い伝えについて聞こうとしたが、それを察知した彼女が僕を止めた。結局、僕らはデザートのバナナ・キューを食べながら、おしゃべりなクルーイの話に耳を傾けることとなった。学校での勉強の話、テレビアニメの話、好きな男の子の話……。クルーイはいつものように、眠くなるまでしゃべり続けた。

    「奥さんももう亡くなってるわね」
     22時ごろ。子どもたちを寝室で寝かしつけた後、ぽつりと彼女は言った。
    「どうしてそう思うの?」
    「写真よ。死者の写真は色が薄いの。その人が死んだとき、その人が写っているすべての写真から色が抜け落ちるのよ。これはこの国では有名な話だから、本当はご主人も気づいているんじゃないかしら」
     初耳だ。日本ではそんなこと聞いたこともない。
    「あと、これはあまり言いたくないんだけど」
    「うん」
    「いるわよ、ここ。何か感じるもの」
    「うわ、出た出た」
    「本当よ、嘘じゃない」
    「はいはい」

     僕はそれにとりあわずに部屋を出てトイレに向かった。ビールを少し飲みすぎたみたいだ。
     用を足していると、誰かにドアをノックされた。

     コンコン
     きっと彼女だろうと思い、「入ってまーす」と冗談めかして答えた。しかしトイレから出ても誰もいない。おかしいと思い周りを見回すと、廊下の向こうに赤い服を着た女の子が走っていくのが見えた。女の子は角を曲がり階段を下りていった。

    「クルーイ?」まだ寝ていなかったのか、トイレに起きたのかわからないがとにかく連れ戻さないと。「クルーイ」僕は階段を下りて行った。女の子は一階のリビングの手前を左に曲がった。僕も彼女について曲がろうとして、はっとした。そこには何もなかったのだ。ただ壁があるだけ。ドアや窓も見当たらない。僕はゾッとして、急いで部屋へ戻った。そういえばクルーイは赤い服など持っていない。年格好だけで無意識にクルーイだと判断してしまったのだ。そういえば、後ろ姿だけだったが彼女は写真で見た主人の娘さんにそっくりだった。

    「何があったの?」
     息を切らして部屋へ駆け込んだ僕を見て彼女が心配そうに言った。

    「なんでもない、ただ」
    「ただ?」

    「おしっこが便器からはみ出ちゃって」
    「バカ」

     女の子のことは彼女に伝えなかった。言葉にすれば何やら恐ろしいことが起こりそうだったからだ(しなくても結局起こることになるのだが)。ともあれその女の子が、事実上僕が人生で生まれて初めて見た幽霊であった。

     僕と彼女は、いつも彼女の実家でそうするように、子どもと部屋を別にして寝た。別に「アレ」をするわけじゃないから一緒に寝ても良かったのだが、それは習慣で我々の肌に染みついているものだ。子どもたちと一緒の部屋で寝るという選択肢は、そのときの僕らの頭にはなかった。

    「明日はビーチで泳ごう」「そうね」「朝ごはん何食べようか?」「フライドチキンと唐揚げの残りとレチョン・マノック」「いいね」「冗談よ」「分かってるよ。TKGでいいか」「タマゴ・カケ・ゴハンね。私あれ大好き」そんな話をしている間に僕らはぐっすり寝込んでしまった。このときの僕らは、まさかTKGを食べることすら叶わないなんて思ってもみなかった。

     夜中の2時ごろ。僕は自分の上に「何か」が乗っていることに気づき目を覚ました。かなり重い。そして動いている。その体格から彼女だろうと僕は思った。
    「おいおい寝ぼけてんのか?」そう聞いても彼女は「ウウウン」と低くかすれた声で呻くだけだ。「どいてよ重いから」そう言って体をねじって彼女を落とそうとしたがうまくいかない。彼女が強い力で僕の体を押さえつけているのだ。やがて彼女の手は僕のシャツの中に入ってきた。

    「ごめん、悪いけど今日はゆっくり寝たい。明日帰ったらしよう、な? 今日はお互い……」「ウウウウウン」さっきより大きな声で彼女は言った。暗闇に目が慣れてきてわかったが、彼女は大きく頭を前後に揺すっているようだ。長い髪が時折僕の鼻に当たる。

    「ビール飲みすぎた? 寝ぼけてるのか」
     明かりをつけて確認したかったが、スイッチまで遠い。僕は彼女の頬を軽く叩こうとして手を伸ばした。異変に気付いたのはそのときだ。彼女の顔に触れてハッとした。顔の輪郭が歪んでいる。でこぼこと、まるで無造作に固めた粘土のようだ。そして次に「それ」の頭が近づいてきたとき僕は確信した。これは彼女ではない。口元が不自然に歪んでいるのだ。

     僕は急いで枕元のスマホを手探りで手に取りライトを点け、彼女のほうを照らした。彼女はたしかに彼女だったが、彼女ではなかった。

    髪形や体格、着ている服まで彼女なのだが、その顔はジャガイモのようにでこぼこで目が真っ赤に腫れ上がり、口元が妙に歪んでいた。そして頭が欠けているのだ。といってもゾンビみたいなグロテスクな感じではなく、半分透明に透けている感じだ。

     叫ぼうにも声が出なかった。一心不乱に「それ」を突き飛ばし、電気のスイッチを入れた。そして気づいた。彼女がいない。ということは、今僕の目の前にいるコイツが彼女なのか? いやまさか。とにかく子どもを連れて逃げよう。

     しかし子ども部屋に2人の姿はなかった。わけがわからず部屋を出ると、クルーイとケントイが立っていた。僕が出てくるのを待っていたみたいだ。2人とも何故か笑っているように見えた。何も言わず、ただ僕の方を見ている。
    「……いくぞ!」僕は二人の手を取り玄関へ向かった。後ろを振り返ると、僕の上に乗っていた奴が頭を揺さぶりながら追いかけてきていた。速度は遅いから逃げ切れそうだ。

     玄関を出て、僕は驚いた。民宿の外に人がたくさんいたのだ。昼は人影などまったく見当たらなかったのに。
     ひとまず助かったと思い、子どもたちの手を引いて近くにいた男に声をかけた。「助けてください!」しかし、声をかけても反応がない。「助けて!」その人の肩を掴んでゾッとした。そいつは小刻みに顔を震わせながら、僕を見て「ヴヴヴ」とあり得ない声で笑った。その仕草は、どう見ても人の反応ではなかった。そしてよく見ると、その人だけではない。周りにいる人の形をしたものすべてが、人間ではない「何か」であった。

     彼らはみな各々、じっと僕らのことを見つめたり、ぐるぐると同じ場所を回ったり、地面に手をついて歩き回ったりしていた。僕はとにかく人のいる大通りに出ようと、ケントイを抱っこしてクルーイの手を引いて走った。あたりは幽霊だらけだった。途中で後ろを振り返ったが、誰も追いかけてくる気配はなかったのでとりあえず安心し、クルーイの手を離し彼女に電話をかけることにした。電話は2コール目ですぐにつながった。

    「もしもし、今どこにいる!?」
    「? ハニー、何言ってるの、今逃げてるところでしょう」
    「? どこにいるんだ?」
    「トライシクルを探してるんじゃない。わざわざ電話しないで直接話してよ、そこからなら声届くでしょう?」
     僕は彼女の言っていることが理解できなかった。

    「ごめん、よくわからないんだけど、今君はどこにいて、誰と何をしているの?」
    「あなた大丈夫?」
    「いいから答えて!」
    「……。私はいま、あなたと、子どもたちと一緒に逃げてるわ。私もうこんなのはごめんよ。幽霊がこんなにたくさん。しかも」

    「ちょっと待て」僕は叫んだ。ちょっと待て。彼女は今、僕と、子どもたちと一緒にいる? どういうことだ?
     僕はとっさに抱き上げているケントイの顔を見て、思わず声を上げた。彼は僕が部屋の外で出会ってからずっと、表情を変えていない。

    不気味に笑って僕を見ている。後ろを走るクルーイを見たが、彼女も同じようにニヤニヤ笑っていた。僕から目をそらさず、顔の筋肉ひとつ変えずに。この子達は彼女の子どもではない。人の子といえど、僕は子どもたちについてそのぐらいのことは知っている。そして決定的なのが、クルーイの頭。左上のあたりが透けていた。僕はもう気絶してしまいそうだった。僕はケントイを引きはがし、道端に放り投げ、2人から逃げた。2人は表情を一切変えずに追いかけてきた。

    「ハニー!!」僕は電話口に向かって叫んだ。「俺は今どこにいる!?」
    「どういうこと? あなたさっきからずいぶん後ろをついてきてるけど、子どもを負ぶうぐらいしてくれてもいいんじゃないの? あれ?」しばらく沈黙が続いた。「あなた今私と電話しているのよね?」また沈黙。ようやく気付いてくれたらしい。「そういうことだ。今すぐ逃げてくれ。夕食を買ったスーパーの通りで落ち合おう」

     僕は電話を切って大通りへ向かって駆けた。トライシクルは捕まりそうにない、このまま走り続けるしかない。

     僕が速度を上げると子どもたちも速度を上げて僕の横にならんだ。僕が疲れてペースを落とすと彼らもペースを下げた。相変わらず同じ表情で僕のことを見ている。走り疲れて立ち止まると、彼らは下から顔を覗き込んできた。発狂しそうだった。その、笑って凍りついたままの彼らの表情が目を瞑っても迫ってきた。

     僕は再び息が切れるまで走った。息が切れても走って、意識が途切れそうになっても走り続けた。その間彼らはずっと僕の傍にいて、不気味に笑っていた。

     その後は特に語るべきことはない。僕は大通りに出て彼女たちと落ち合った。大通りに出たころには偽物の子供たちは姿をくらましていた。彼女を追いかけていた偽物の僕も同様に追いかけてくることはなかったようだ。僕らはその夜、街のホテルに泊まり朝早くに島を出た。僕はその出来事以来、幽霊が見えるようになってしまった。暗い路地裏、夜の踏切、それと病院に教会。あちこちで見かけるようになった。

    最初のうちは幽霊島の幽霊と違ってはっきりと見えず、うっすらと霧のような塊が見える、という程度だったが、次第に色や輪郭も見えるようになり、いつの日か普通の人間と見分けがつかないほどちゃんと見えるようになった。

    どうやって見分けるのかというと、ちょっと説明が難しい。たまに幽霊島で出くわしたような、顔や足が透けている奴がいて、そういう奴等は分かりやすいんだけど、大多数の幽霊は足は生えてるし顔もしっかりついている。ただどこか虚ろというか、目的がないというか。ボーっと一点だけ見つめていたり、ふらふら歩いてたり、同じ動作をずっと繰り返していたりする。それとこれはあくまで感覚の問題になるけど、彼らは存在が「薄い」。しっかり存在しているのに、今にも消えてしまいそうな感じ。限りなく薄めたカルピスみたいな。これは見える人じゃないとわかってもらえないと思う。クラスに一人は必ずいる、影が薄いやつ、あれが一番幽霊を例えるのに適切かと思われる。

    僕は大学を卒業し、就職してからも彼女に会いに行っていたが、4年前、つまり僕が26歳のときに別れてしまった。
    お互いもっと一緒にいたかったけれど、ある晩を境に我慢の限界が来てしまったのだ。それは2人でセブのホテル(安宿じゃない、わりと高級なホテルだ)で寝ているときだった。男の子の幽霊が見えると言って起きだした彼女が、セブアノ語(ビサヤ語ともいう)で何か唱えるだした。実際は男の子に語りかけてるだけなのだけれど、僕らは普段英語でやりとりをしているため彼女の話す言葉が分からず、そのときは彼女が恐ろしい悪霊か何かに取りつかれてしまったのだと本気で思った。

     男の子の霊は虚ろな目をしてそこに立っていた。しばらくするとバスルームの蛇口から勝手に水が溢れだしたり、テレビが点灯したり、キャビネットに置いてある花瓶が落ちたりした。たまりかねた彼女が何か怒鳴ると、男の子はすっと消えていった。

     別れを切り出したのはその翌朝のこと。それまでも、彼女といると幽霊沙汰に巻き込まれることが多かったし(最初に書いた森の中での出来事もそのうちの一つだ)、僕はそのせいで不眠症になりかけていたのだ。

      彼女と別れてから、僕は次第に幽霊を見ることができなくなった。今、僕は日本で、彼女はセブ島で別々の人生を送っている。たまに連絡を取り合う程度だが、彼女は子どもたちと元気に暮らしているそうだ。
     僕は今でも、夏に組まれる心霊特番などを見ると、幽霊島や彼女と過ごしたあり得ない日々を懐かしく思う。戻りたいとは決して思わないけれど、今となっては、全てが愛しい思い出である。



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    コメント一覧

    1  不思議な名無しさん :2018年09月07日 23:11 ID:t9uBnxm10*
    〇〇りってのは何だろう
    2  不思議な名無しさん :2018年09月07日 23:44 ID:Jz0N4CWe0*
    ※1
    御守りでしょ。
    3  不思議な名無しさん :2018年09月08日 09:50 ID:AEZOZo7L0*
    某宗教の本尊がそれだとも一部の人達から言われてるよね。実際手を加えたコピー品だし。
    4  不思議な名無しさん :2018年09月09日 02:34 ID:R5TCE.Mn0*
    創作っぽい書き方されると読む気失せる
    5  不思議な名無しさん :2018年09月16日 08:54 ID:4hK.eRCG0*
    どれも面白かった!
    色々ご意見はあるようだが、またお願いします
    6  不思議な名無しさん :2018年09月18日 22:32 ID:cEnWOFYS0*
    小説っぽいのが所々混じってて読みにくい
    7  不思議な名無しさん :2019年02月27日 20:47 ID:jfmr9gSj0*
    どうでもいいことや見え見えの結末をただダラダラ書いてるだけの真ん中2編は頂けない。
    特に刀の話は書き方がおかしい。
    祖父とか叔父とか書けばいいのに、わざわざ名前を使ってわかりにくくしている上に身内に敬語を使ってて不快。

    最初の鬼人力はけっこう良かったが最後の一行が余計。
    後はまぁまぁ面白かった。

     
     
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