赤ちゃんのへその緒を入れるような桐の箱、それをもう少し大きくしたサイズのものがテーブルに置かれました。開けてみると、中に入っていたのは布に覆われたパイプ(シャーロックホームズが咥えているアレ)。
「それなんですか?」
「むかーしのタバコを吸う道具。映画なんかで見たことない?」
「あぁー、なんかあるかもしれないです」
そのパイプはご主人のひいおじいさんが使っていたものでした。
「じいさんが大事に大事に使ってたから、このパイプには九十九(つくも)さまが宿ってるんだよ」
九十九さまっていうのは九十九神(付喪神とも)のことで、よくある話ですが、大事に使っている道具なんかに宿る神様らしいです。神棚に上げて保管しているくらいなんで、九十九さまはこの家の守り神的な存在なのかな?と思ったのですが、少し様子が違ってました。
「この家はなぁ、九十九さまに振り回されとるんだ」
ご主人の話では、九十九神は家を守護する高い位の神様というよりは、天邪鬼な子供みたいなもので人をたぶらかす存在だそうです。
「この家の一盛一衰は良くも悪くも九十九さまの気分次第」
「九十九さまが何かしてくるんですか?」
「何かしてくるってか運を操る感じ」
ご主人の家庭ではひいおじいさんの代からそのパイプを大事にしろと言われているのだそうですが、ご主人のお父さんの代の時、誤ってパイプを落として吸い口?(口を付ける部分)が欠けてしまったそうです。
その直後から家では良くないことが連発したらしく(経済的に厳しくなったり、家に泥棒が入ったり、家族が交通事故に遭ったり)、ご主人のお父さんはそれを九十九さまが機嫌を損ねたと考えたみたいです。
「そんで欠けた部分をボンド(接着剤)なんかで直して、父親は必死で九十九さまの機嫌を戻そうとしたわけよ」
「戻ったんですか?」
「戻ったのよそれが、だめんなった部分直して神棚に上げたら途端に運が回ってきたって」
経済的にゆっくりと好調し始めたり、家に入った泥棒が捕まって盗まれた品の一部が返ってきたり、交通事故で怪我したところが診断より早く治ったり、とにかく運が回ってきたとご主人のお父さんは喜んでたそうです。
まぁどれも直接的な因果関係はないんですが、九十九さまは気分によって運的なものを操作して、家に不幸をもたらしたり、幸運をもたらしたりすると考えたようですね。
「それからはパイプを神棚に上げて大事にするようになって、俺も言われた通りに大事にしてたわけよ。そしたらある日、俺の夢の中に九十九さまが現れたんだよ」
ご主人がある日いつものように眠っていると、枕元に誰かが立っている夢を見たそうです。「誰?」と思って夢の中で目を開けると、ご主人のお父さんがパイプを咥えて枕元に立っていて、眠っているご主人に言いました。
「道具は供えるもんじゃねぇ、使わにゃいけん」
ご主人はよくわからないまま、「うん、わかった……」と言って目を閉じたそうです。
「朝んなって夢のことを思い出して、最初は夢が現実かわからなかったんだわ。でもよく考えてみるとおかしいのよ」
その当時、ご主人のお父さんはご存命で結構な高齢だったのですが、夢に現れたお父さんは当時よりもうんと若かったそうです。それに何年も前にタバコをやめているし、パイプを吸ってるところなんて見たことがないと。
「だから夢だなってわかったんだけど、それにしたってようわからん夢だったなぁって思ってたの」
ご主人的には不思議な夢を見たなぁくらいの感覚だったらしく、所詮は夢の中の話で、お父さんが言ってたことなんかは全然気にしてなかったみたいです。
だけど、その辺りから家族の運が徐々に悪くなってきたような気がしたらしいです。一年のうちに家が水難被害にあったり、詐欺的なものに引っかかって多額のお金を支払うことになったり、特に経済的な痛手が多かったとご主人は言っていました。
余りに続くのでお祓いに行ったりしたそうですが、効果があったかはよくわからなかったと。
そんな時にふとご主人は夢のことを思い出し、何気なく夢の中の出来事をご存命のお父さんに話したそうです。そしたらお父さんが言いました。
「そりゃ九十九さまじゃねぇか?」
お父さんに言われるまま、ご主人は神棚にあるパイプを取り出してみました。すると、以前にボンドで直していたパイプの吸い口部分がまた欠けていたそうです。それを見た時にご主人は夢の意味がわかったと言っていました。
「もしかしたらあれは九十九さまが拗ねて現れたんじゃねぇかなぁって思ってるの。何年も神棚に上げて大事にしてきたけど、道具ってのは使われてナンボやから」
夢に現れた九十九さまの言葉を思い出して、ご主人はお父さんと一緒にパイプの吸い口をもっと強力な接着剤で直し、全体を綺麗に磨き、神棚に戻す前に使ってあげたそうです。ちなみにパイプで吸うタバコはまずいと言ってました。
「今も時々取り出して使ってやるんよ。そしたら九十九さまも機嫌を損ねんから」
「使うようになってから運は回ってきたんですか?」
「それはわからん。でも前みたいに運が悪いのが重なったりはしてないなぁ」
ご主人の夢に現れたのが本当に九十九さまなのかはわかりませんが、もしそうだとしたら少し可愛いなと思いました。使ってもらえなくて拗ねて出てくるなんて本当に子供みたいですね。それまで抱いていた神様像みたいなのが覆された気はしますが、そういう神様がいても面白いんじゃないかと思いました。