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天皇家の権威の源流はどこに遡れる??

2019年02月15日:18:01

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コメント( 50 )

800px-皇居・正門石橋


1: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)15:55:39 ID:bIO
日本の史書からの観点だと
アマテラス?地上に降臨したニニギ?初代天皇の神武?
或いは国譲りの神話を事実上の「禅譲」と見なすなら、権威の源流はオオクニヌシ(ひいてはスサノオ)?
場所としては日向or出雲?
何にせよ史実ではあり得ない神話の話なので、ここから現実的なことは分からない
ただ、国譲りや神武東征が何らかの史実を「元にしている」可能性までは否定できないという他ない
古事記って調べてみると奥が深くて面白いよな(動画あり)
http://world-fusigi.net/archives/8816110.html

引用元: 天皇家の権威の源流はどこに遡れる??



2: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:01:57 ID:bIO
中国の史書からの観点だと
宋書の「倭の五王」が安康天皇や雄略天皇を指している蓋然性は極めて高い
では魏志の女王「卑弥呼」や「台与」は権威の連続性について大王家から遡れるものと見なせるか?
邪馬台国がヤマト国(ヤマト王権)を指す蓋然性は高そうではある
また中国の史書に邪馬台国が登場するのと同時期に纒向遺跡が栄えることも根拠たりうる
ただ、伊都国や奴国の南に位置するという記述をそのまま信じれば、記紀との照合性も相まって日向という可能性も出てくる
しかし日向にそれらしい遺跡は無いので蓋然性は低いか?

5: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:06:50 ID:bIO
仮に卑弥呼や台与の権威が後の倭の五王に繋がるものだったとし、両者の拠点は畿内で一致したとする
その場合、後漢書の倭国王帥升と卑弥呼の権威は連続したものか?
どちらも倭国の王(女王)と記されてはいる
ただし帥升の時代(2世紀前半)には畿内が栄えていた跡は無い
では帥升の拠点は筑紫なのか?その可能性は高そうではある
その場合、神武東征が史実を踏まえたものだとすると、帥升の時代は筑紫拠点の倭国が東征により卑弥呼の時代には畿内に拠点を移していた、という仮説は一応は成り立ちそうではある
しかしいくつか問題がある

7: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:13:43 ID:bIO
まず、後漢書には「倭国大乱」なる戦乱が2世紀後半の倭で起きたことが記されている
つまり「倭国王帥升」の時代(2世紀前半)と「女王卑弥呼」の時代(3世紀前半)の間にあたる
これはそれまでの筑紫の権威体系を滅ぼした上で畿内に新たな権威体系が出来上がったことだ、という可能性を読み取ることも可能ではある
これがまず問題点ではある
では倭国大乱は筑紫VS畿内(大和)の乱なのか?
纒向遺跡の成立期は2世紀末頃からであり、倭国大乱以前に畿内に一大勢力があったとは考えにくい

30: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:37:37 ID:bIO
>>7の続き
では倭国大乱の主体は専ら九州の諸勢力に限られるのか?中国への情報の伝わりやすさ、当時の九州の先進性を考えるとその可能性もあり得る
しかしだとすると、倭国大乱というイベントが終結した時期と一致して、纒向遺跡という大規模遺跡が建設されるのを全く別の事柄と見なすことになる
纒向遺跡の設立には吉備や出雲の勢力が関わっているが、九州での大乱と山陽山陰までが関わる纒向遺跡の設立という二つの大イベントを個別の出来事と断じるのも難しい

32: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:40:30 ID:pCM
>>30
そこまで詳しくないからあんまりでかいこと言えんけど
九州を平定できた→山陰、山陽に領土を拡大して文化圏を押し広げたって考えはどうや

35: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:42:16 ID:PJI
>>32
徐々に文化圏を形成したとするなら、かなり地理的に飛び飛びにならへん?
出雲、三次、高井田くらいやないかな
史跡が残っとるの

37: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:48:15 ID:pCM
>>35
飛び飛びにはなるけども、でかい街が連続して存在しないようにでかい拠点やら古墳群やらも連続して存在しないんじゃね?

38: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:49:36 ID:bIO
>>32
九州→山陽・山陰→畿内という風に勢力が拡大していったとすると、九州に楯築墳丘墓や纒向型前方後円墳の前身のようなものがあっても良い気がするんやけどなあ

40: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:53:28 ID:PJI
>>38
まだ解明された訳ちゃうけど、広島県と島根県の県境の三次という地域に、ホタテ貝型の古墳がたくさんあるで
前身かどうかは分からへんけど、何らかの形で影響は受けてそうな形やったで

42: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:00:17 ID:bIO
>>40
浅学にして三次の遺跡については知らんかったが
それは興味深い案件や
それが纒向型前方後円墳成立よりも古いのであれば尚更

8: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:14:51 ID:KiS
普通に日向やないんか?

10: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:16:16 ID:bIO
>>8
文献のみから判断するならそうなりそうではある
しかしそうだとすると、考古学的根拠がほぼ皆無という大問題に直面するんや

9: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:15:08 ID:ncI
よく勉強してるんやな~
確か10代目位までは天皇家の威厳を示すための創作なんやっけか

12: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:18:55 ID:bIO
>>9
9代目までは実在性に否定的な説が多い
でも彼らは本当に非実在なのか、纒向型前方後円墳や吉備の楯築墳丘墓の被葬者は誰かという考古学的な問題も踏まえて考えてみたい

11: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:17:32 ID:pCM
邪馬台国はどこかとかそういう話も関連しそうやね

14: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:20:37 ID:bIO
>>11
最重要な問題やね
九州だとしても畿内だとしても辻褄が合わない点はある
ワイは中国の使者は実は九州までしか行っていなくて、それでもって畿内にある邪馬台国(ヤマト国)について伝聞のみの知識を得たのかなあなどと思っているけど

21: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:24:31 ID:pCM
>>14
色々辻褄が合わんのよな、九州説も機内説も
金印さえ見つかりゃあなぁ…

16: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:21:43 ID:vGf
卑弥呼って神武天皇より前の人なん?

18: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:22:20 ID:SLm
>>16
断然あとじゃないんか

20: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:23:52 ID:bIO
>>16
崇神=行燈山古墳という比定が正しいとすると、神武が仮に実在なら卑弥呼より数世代前の人物と思われる

28: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:34:51 ID:eNq
良スレ

29: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:34:58 ID:4iV
継体天皇が始祖なんちゃうか実際は

34: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:41:56 ID:bIO
>>29
男系相続かは疑わしいが
権威の継承としては連続したものだったと考えているんやけど
実際には継体が大反乱を引き起こして全王朝の権威を否定して即位するような事態だった可能性も棄却はできんが

31: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:37:55 ID:PJI
まぁ、ワイの専攻は全く日本古代史と関係ないんやけども

神話学の観点からいえば、天皇家の始祖にあたるアマテラスは生まれながらにして周囲に認められてる訳やから、争いもなく自然と神々が認めたということになる
戦闘の勝敗を鑑みて権力の源泉を辿ろうとするのは無理があるやろ
アマテラスほど殺人(殺神)を嫌う神さまは、諸外国の神話を見てもおらへんし

33: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:40:39 ID:PJI
せやけど、史学の観点からいえば話が変わってくる
主な登場地域は、九州、出雲、大和(畿内)

出雲は大国主の神話をみれば何となく分からと思うけど、大規模な戦闘はなかったんとちゃうか
出雲自治を認めつつも、傘下に入るって感じやと思うで
駆けっことか力比べしとるだけで、大人数の死者がで訳ちゃうし

36: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:46:53 ID:bIO
>>31
>>33
日本の史書の観点からすると、タケミナカタの抵抗などを鑑みても、アマテラスの権威の絶対性に天皇の権威を根拠づけるのがやはり妥当なんかな?

だとしても、実際の歴史的に天皇家(大王家)の権威がどのように成立したものかはまた別件だとは思われるけど

39: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:51:54 ID:PJI
>>36
もともと蘇我氏の台頭以前は合議制で、天皇家と他の氏族の権力ってほぼ同じくらいだったわけで、まとめ役を担っていたのが天皇家なんやから、アマテラスの権威に絶対性はもともとなかったとは思う
権威の直接的な形成は間違いなく乙巳の変やろね

41: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)16:59:00 ID:bIO
>>39
大王家と他の家の権力関係ってそこまで相対的なものだったのかな?
確かに、倭の五王時代の吉備の勢力は古墳の大きさからして相当なものやと思うけど
それを除いては最大規模の古墳は概ね大王墓で記紀の天皇とも比定できるやろ

行燈山から見瀬丸山古墳まで、同時代の最大規模の前方後円墳はだいたい大王墓に比定できる

43: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:01:09 ID:PJI
>>41
ワイがこの前読んだ本にはそう書いてあったんや…
すまへん、専攻全く関係ないやつやから断言できへん
せやけど、NHKの英雄たちの選択でも、合議制で天皇に権力はあんまなかったって言うてたで

47: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:05:00 ID:bIO
>>43
そうなんか
とは言え、日本史で天皇にちゃんと権力があった時代の方が珍しいくらいやからなあ
むしろ当時から権力を自ら握ることは少ない権威だけの存在だったという可能性も否定できなくないか?
今までの古墳時代の天皇(大王)像って豪族連合のリーダーって感じやけど、寧ろ当時から権力よりは宗教的権威としての意義が重視される立場だったのでは、と最近思ってたりもするんや

48: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:06:50 ID:PJI
>>47
なるほどなぁ
当時から権威付けのための存在として利用されてたというのは、中臣(藤原)の権力拡大を鑑みたら、そう言えるかも知れへん

53: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:12:05 ID:bIO
>>48
継体天皇の継承経緯が怪しいことから逆説的にそう考えてもいる
もしも当時の大王家というのが男系相続というものを重視しておらず、単に有力豪族から政治的リーダーを選ぶだけだったなら、それまでの大王家に代わって大伴氏や物部氏が新たな大王になれば良かったはずや
ところがそうはせずに、越前の地から応神天皇の遠い子孫だなどと名乗る人物を担ぎ出して来たわけや
これは寧ろ男系相続を遅くとも当時には重視してないと起きないことやん

55: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:15:29 ID:PJI
>>53
せやね
間違いなく血統重視の傾向は大和朝廷成立前後の時期から見られるわね
大阪の高井田横穴式古墳群にはたくさん船の壁画があるんやが、大陸や遠方から人を大量に連れてきとるみたいなんや
そうした動きの中に紛れて天皇家に血統的に近しい人間を呼んだ可能性もあるかもしれへんね

57: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:17:56 ID:a7V
というか天皇家って渡来人ちゃうんか。
先進技術持ってた渡来人が出雲王朝とか邪馬台(ヤマト)王朝滅ぼして、
自分らの正当性を主張するために、その王朝以前の系統を創作したんやない?

61: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:21:49 ID:9k0
>>57
正直これはあると思う

62: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:22:06 ID:bIO
>>57
かなり根拠に乏しいと思うんやけど
大王家が九州から移ったと考えても考古学的根拠に欠けるのが問題になるのに

63: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:22:53 ID:lvf
>>57
渡来人説は完全に否定されてたやろ

64: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:23:12 ID:oWN
飛鳥時代以前の大王は武家政権下の天皇と同じように、
実権を分掌する地方豪族のいわば傀儡だったという考えはどうや
豪族間の軋轢を生まないために取り敢えず神聖性を付与して担ぎ上げ、神話は後付け

69: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:28:31 ID:bIO
>>64
ワイも概ねそれで良いと思う
本当に肝心な大王の権威の誕生の経緯までは分からないが、

大王の権威が「何かの理由」で一応確立

有力豪族の上に立つ権威的な存在だが、その権威の正統性を強めるために事後的に神話が確立

の流れであって、最初から神話を根拠に大王の権威が確立したとは考えにくい

68: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:27:02 ID:lvf
中国の皇帝システム輸入するンゴ・・・
→あかんよくわからンゴ・・・、皇帝=神ってことなんか?
→それを説明するために神話作るンゴ

こうやぞ

70: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:32:27 ID:bIO
>>68
まあ中華王朝の影響は多かれ少なかれあるやろけど
当初は天命思想による大王の血統の入れ替わりを認めていたがそれじゃ国が治まらないから「アマテラスから続く男系相続」という神話をつくったのかねえ
そうだとしてそれはいつ頃なのかということも問題になるな

71: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:33:33 ID:lvf
>>70
文字がない=抽象的・理論的な考えが出来ない
つまり天命思想が理解できなかったらしいで
それを説明するために神話ができたということよ

72: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:36:30 ID:bIO
>>71
確かに日本(倭)は文字を使い始めるのは遅いな
倭が本拠を河内・和泉に移してからか

51: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:10:18 ID:PJI
うーん権威は天照に求めるのが素直そうで何にも疑問に思わへんかったなぁ
徐々に権威の象徴的存在になったんやとばかり

56: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:17:16 ID:bIO
>>51
平安時代にもなればそれで間違いないと思うんや
例えば「桓武天皇の権威の根拠は?」って当時の朝廷の官人に尋ねたら「君は天照大神のご子孫でいらっしゃるから」という旨を答えるはずや
でも、じゃあ最初期の大王の権威がどのように形成されたのかと考えると、本当にアマテラスが実在したなどと非現実的な想定をする訳にはいかんし、大王が「当初から」「自らがアマテラスの子孫だと自称したこと」を理由に権威を得たのだと言えるかと言うと、それは違うはずや
アマテラスは後世の人間が天皇の権威の根拠として造り上げた神であって、最初からアマテラスが根拠であったと混同はできないはずや

59: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:19:38 ID:PJI
>>56
いや、乙巳の変の前後でもや
蘇我氏と対立関係にあった中臣もわざわざ王子担いだんやから、やっぱり正当性が欲しかったんやなかろうかと
権威による後ろ盾が平安時代以前より重視されていた裏付けにならへんかなぁと思ったんや

66: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:24:40 ID:bIO
>>59
確かにその時代まで「アマテラス」の正統性は遡れるかもしれんが
結局最初期に「ではその権威はどのように誕生したのか」という問題に突き当たるわけや

67: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:25:33 ID:PJI
>>66
そらもうアマテラスの実在性にまで話を進めなあかんくなるから、キッチリとした解明は無理そうやなぁ

73: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:37:27 ID:s8M
>>66
誕生した「瞬間」はないと思うで
長い歴史の中で徐々に降り積もっていった堆積物が天皇の権威や

75: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:41:05 ID:bIO
>>73
とは言え、纒向遺跡の成立はかなり「突然」に思われるけどな

74: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:37:48 ID:s8M
あと、「天皇家」じゃなくて「皇族」な
日本語は正しく使おう

75: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:41:05 ID:bIO
>>74
え?天皇家って間違いなんか?

76: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:41:47 ID:s8M
>>75
正確には天皇家ではない
血はつながってるけど天皇は一個の家ではないねん
宮家の誰が天皇になってもいいから、血はつながってるが家は繋がってない

77: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:44:14 ID:bIO
>>76
なるほど
日本語の用法には気を付けないかんな

78: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:44:30 ID:s8M
つまり、天皇になるのは先代天皇の息子でない場合も多いんや
天皇の弟の息子とかも十分ありうる
天皇家、って言ってしまうと遡れるのは江戸時代くらいになってまうやろなあ

79: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:46:52 ID:bIO
>>78
それを養子のように見なすのは不適切なんかな?
江戸幕府の将軍もそういう継承だけど正確には「徳川家」とは言えない?

81: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:48:15 ID:s8M
>>79
徳川の場合は徳川御三家やからな
新に宮家が生まれたり消えたりしてるわけじゃなく
三つの家が常に続いてるからまた違うかもしれない
くわしくはわからんが

83: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:52:46 ID:bIO
>>81
日本の相続って天皇や徳川本家の当主を除けば、意外と「男系、それも実の親子関係での」相続って重視されずに
寧ろ養子をとってでも家を存続させるって意識が強いと思ってたのでそこんところ疑問点やな
「親子間の相続でないと一つの家と言えない」というよりむしろ「『家』の方が前提で、実子がなければ親族、それも無理なら養子」くらいの価値観で営まれてるから
徳川本家や御三家に関しては養子のやり取りは普通にあるけどそれを「家」の断絶や変化とは見なさず、寧ろ「個人」の所属する「家」が変わったと見なす

84: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:56:41 ID:bIO
>>83
「皇族」の場合は当然男系相続のみ許されるが
天皇に実子が無くて甥ややや血縁の遠い宮家から新たな天皇を即位させた場合、
それは「家」が断絶したが「皇族」は続いている、というよりは、「天皇」を天職とする「天皇家」に個人の所属する「家」が変わったと見なしても良いのでは?とも思った
ただ>>82で指摘されているように現状「天皇家」にある種の侮辱的意味合いが含まれるのなら、それは慎むべきかもしれんが(そういう事例は知らなかった)

52: 名無しさん@おーぷん 2019/02/14(木)17:11:37 ID:CYf
難しいことはわからないけど不思議と皇室には敬愛の念が湧いてくる
なんなんやろなぁこれ

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天皇家の権威の源流はどこに遡れる??

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コメント

1  不思議な名無しさん :2019年02月15日 18:25 ID:X03Kq5zh0*
初期からお飾りだったってのもあり得るわな
ジャンヌダルクみたいに神懸かってそうな人を象徴にして有能な側近が勢力を強めていった
そのうち皇族も自ら力を持ってきて発言権を得たとかね
まあ全く根拠は無いんだけど
2  不思議な名無しさん :2019年02月15日 18:26 ID:hZ5GFMUu0*
素人考えでしかないけど
一番最初は権威なんてないでしょう
あるのは権力(武力財力リーダーシップ等々)だけでは?
3  不思議な名無しさん :2019年02月15日 18:27 ID:IwaImqd70*
知的な話題で盛り上がる5chが一番すこ
韓国とか中国をただひたすら貶めて互いに泥沼にハマるような人が多い中、いい記事を読めた
4  不思議な名無しさん :2019年02月15日 18:37 ID:cXA7pHUA0*
武士共が天皇家潰さなかったの何となく分かるのよな
あった方がいい
5  不思議な名無しさん :2019年02月15日 19:14 ID:DSQkfU8Y0*
卑弥呼の補佐は弟がしていたらしいから、その弟の子孫とかが天皇系かも
6  不思議な名無しさん :2019年02月15日 19:19 ID:yX5m.MqO0*
大海王子やろなぁ
7  不思議な名無しさん :2019年02月15日 19:22 ID:lgBP2L2d0*
古代日本最大の水運だった瀬戸内海の流通を握ってたんじゃないかな?ゆえに瀬戸内海水運の終点であり淀川水運や大和川水運の起点だった難波に代々都を築いていた
瀬戸内海水運のもう一方の終点であり、大陸との水運の起点でもある北九州に時に応じて都を置くこともあったのではないかと推察されるね
8  不思議な名無しさん :2019年02月15日 19:25 ID:gsmQ0QR.0*
台与(とよ)の文字を見て初めて邪馬台国は"ヤマトのくに"とも読めることに気づいて、ちょっと愕然とした

古代史は日本のみならず、世界的範囲で考えたほうがいいのかもしれない

あとオカルト的な視点に立つと、絶対人間だけでは発展しえない部分があると思う
9  不思議な名無しさん :2019年02月15日 19:30 ID:Ze7LSHH70*
キリストやムハンマドですら伝聞などであれだけの一大勢力になったんだから権威づけなんて簡単だぞ
逆らう奴は武力で制圧できるし当時の日蝕とか地震などを利用して民を手懐けるのも容易にできたと想像できる
10  不思議な名無しさん :2019年02月15日 19:46 ID:CqpUC.xc0*
倭国大乱前には九州から近畿まですでに緩く統一してた。
けど近畿勢力が強くなり、九州と近畿の二大勢力が覇権争いで倭国大乱。
九州側勢力が近畿へ遠征して、近畿勢力を制圧。
近畿が外敵や気候、地形などから九州より便利なので、近畿勢力を奴隷にして
最新の遺跡を近畿で建築させて、要人も移住して近畿へ遷都した。
素人だけど、これはおかしい???
11  不思議な名無しさん :2019年02月15日 19:51 ID:aDxByad90*
高天原(宇宙)からやってきた宇宙人説
12  不思議な名無しさん :2019年02月15日 19:56 ID:B4yEAcRw0*
卑弥呼説
徐福説
ユダヤ12氏族説
色々あるなw
13  不思議な名無しさん :2019年02月15日 20:01 ID:RAjFNRrH0*
>>8
臺と台は同じ字じゃないで
14  不思議な名無しさん :2019年02月15日 20:18 ID:k4dIiVZ00*
※2
だからスレでじゃあどこからいつからって話をしてるんだろ
15  不思議な名無しさん :2019年02月15日 20:20 ID:3S0S8voC0*
皇族は現在生存しているものに限られる。昭和天皇は天皇家の人間だが皇族ではない。

皇室典範に「皇后・太皇太后・皇太后・親王・親王妃・内親王・王・王妃及び女王」を皇族とするという規定があるので、諡号を持つ昭和天皇を皇族と呼ぶのは相当失礼なことになる。

この皇族に上皇と天皇を含めたものを皇室と呼び習わしている。
大正天皇や明治天皇などは天皇家の人間だが皇室にも皇族にも含まれない。

そして明治天皇に権威があったことは確かなので、この場合は皇族ではなく天皇家という名称を使うほうが正しい。
16  不思議な名無しさん :2019年02月15日 20:39 ID:MhJDruZ60*
仮にアマテラスが権威の源流なのであれば、
女帝でもなんも問題ないよな
こういう伝統に対して、xy染色体とか言い出すと
逆に胡散臭くてわいは嫌いやわ
17  不思議な名無しさん :2019年02月15日 21:08 ID:nZS9YkdP0*
>>8
中国語読みで魏志倭人伝書かれた当時に近い(と言われている)方言で読むと"ヤマトゥ"って読めるんだっけ?
18  不思議な名無しさん :2019年02月15日 21:20 ID:V5z5DLK.0*
農業を日本全国に教えて回った一族のトップが天皇だよ
その後製鉄技術、塩田方法等生活の知識全てと言葉と文字も全国に伝えた
これが天皇の権威の源

天皇家はゆるーい連合国家を作っていたけど、強力な中央集権国家に征服された
その中央集権国家を倒したのが神功皇后(卑弥呼)
その後は復活した天皇家と卑弥呼家で政権を取り合う中で、政略結婚で混血し片方が勝ったから相手側を皆殺しにするなんてできなくなっていて
どっちがどっちの派閥か見極めるのがとても難しくなっている
わかりやすい所で天智天皇と天武天皇
八幡神押しの聖武天皇と孝謙天皇は卑弥呼家だよ、そこから遡ると天武天皇は卑弥呼家の人間となる
古事記、日本書記を編纂させた天武天皇は天皇家の人間では無いという事
19  不思議な名無しさん :2019年02月15日 21:25 ID:V5z5DLK.0*
混血ってのは、血筋だけじゃなくて家臣達もごちゃまぜで召し抱えてるって事ね
相手の一族を皆殺しにしろって言うと、私の親戚が向こうにいますって人が大半だからそんな命令はできないって事ね
20  不思議な名無しさん :2019年02月15日 21:33 ID:V5z5DLK.0*
イメージとしては天皇家が一本しかない正道で
卑弥呼家が状況に合わせて活躍する事でブレイクスルーが起きて、他国から滅ぼされずに今の今まで天皇家を主軸とする国体を守ってこれた
日本ではずっと内部争いの自浄作用が働いて腐らないで発展していったって事

平家の氏神は宗像三女神でメソポタミアの神様ニンフルサグ(エンキの妻)
源氏の氏神は八幡神でメソポタミアの神様マルドゥク(エンキの息子、地球の支配者)
エンキ(ニンフルサグと共同で地球の類人猿の遺伝子操作して我々人類を作った人類の創造主、つまり科学者、下半身は蛇)
21  不思議な名無しさん :2019年02月15日 21:53 ID:sJCGBRAK0*
今上陛下と皇太子様には畏敬の念を抱けるんだがなぁ。秋篠宮にはどうもそういう感情が生まれない気がする
あの人に天皇になってほしくないなぁ。悠仁様もこのまま秋篠宮夫妻の下で育つならあまり敬えない。早く両親の下から引き離して皇太子様から帝王学を学んで頂かないと
22  不思議な名無しさん :2019年02月15日 22:14 ID:7oQ.SZsB0*
合議は合議でも派閥間の合議で
さらに他部族を吸収統合すると新たな派閥として組み込まれることになって
派閥の優位性が上下しとったから
当時の優位派閥が常に自分らの派閥が優位になるように
不動の象徴として天皇をすえたんやろ
23  不思議な名無しさん :2019年02月15日 22:39 ID:Aqi94oPX0*
<<キリストやムハンマドですら伝聞などであれだけの一大勢力になったんだから権威づけなんて簡単だぞ
逆らう奴は武力で制圧できるし当時の日蝕とか地震などを利用して民を手懐けるのも容易にできたと想像できる


無理やぞw
24  不思議な名無しさん :2019年02月15日 22:57 ID:4UcHiVCp0*
※3
いやいやバカか?天皇家の正当性を貶めようとするチョ、ンどもの方が悪いんだろ?事実を言って何が悪いんだよパヨ、ク風情が
25  不思議な名無しさん :2019年02月15日 23:13 ID:s6pX.MWy0*
関係ない感想で申し訳ないが、せっかくいい考察や話題なのに気持ちの悪いエセ関西弁のせいで読む気が起きん
26  不思議な名無しさん :2019年02月15日 23:39 ID:7Nq8Y1rd0*
今上帝が朝鮮半島にルーツがあると告白したのを考えるに、百済王室の傍系とかかもな
倭&百済連合が成立してたが、白村江戦争に敗れて百済人の一部も日本に引き揚げて藤原氏など天皇を囲う一族になった

百済王室は朝鮮半島の権益を全て放棄して唐の権威を受け入れる代わりに、日本列島の統治を認められた
一応福岡の筑紫都護府がなおも唐の監視所として機能していた
27  不思議な名無しさん :2019年02月16日 00:41 ID:LhkXCEDu0*
早速トンデモカルトが湧いてて笑える
28  不思議な名無しさん :2019年02月16日 01:16 ID:Xo1EfAMA0*
>>3
なぜ余計なことを言うのか…そうやってわざわざ触れるから変なのが湧くっていつになったら学習すんの?
29  不思議な名無しさん :2019年02月16日 04:30 ID:TSHFSdmq0*
>>26
皇室のルーツが半島に云々って話が
01年に今上陛下の仰られた「桓武帝の生母が百済の武寧王の子孫で~」
との言を指しているものなら、百済王室の姫が倭の大王家に嫁いで来てた
という史実以上の意味はないでしょう
30  不思議な名無しさん :2019年02月16日 08:55 ID:qgp2rbsU0*
邪馬台国って当時漢字とか無かったときの当て字って説があるな。
中国語読みで「ヤマト」国って読むとかの説。
あと卑弥呼は国家元首じゃなく巫女で敵国に対するフェイク元首だって節。
31  不思議な名無しさん :2019年02月16日 08:57 ID:POQjvXkB0*
>>21
かの宮さまは、時として欧米的な価値観の物言いをされるから、伝統的な日本人の感性として違和感を覚えるのかも

とは言え、男系存続の道筋を作られた功績は素晴らしいと思う
32  不思議な名無しさん :2019年02月16日 09:08 ID:I2O1fMwJ0*
邪馬台国は宇佐や
33  不思議な名無しさん :2019年02月16日 09:45 ID:6KSOlKm30*
>>29
たしかに
醤油ラーメンにコショウをかけても醤油ラーメンに違いはなくてコショウをかけた程度でコショウラーメンとはならないよね

まあ僕は塩ラーメン派ですけど
34  不思議な名無しさん :2019年02月16日 10:13 ID:wVPX2OoT0*
①アマテラス天の岩屋に隠れる=アマテラス崩御=卑弥呼の死去
②天の岩屋の前でのどんちゃん騒ぎ=後継決定会議
③アマテラスが天の岩屋を開ける=アマテラスの二代目が決定=台与が卑弥呼の後を継ぐ
よって、アマテラスは卑弥呼と台与を神格化したものと考えられる。
35  不思議な名無しさん :2019年02月16日 10:45 ID:1JeGnTJV0*
卑弥呼の時代より500年以上前からアマテラス神話はあるのでそれはおかしい
36  不思議な名無しさん :2019年02月16日 11:15 ID:U9OLSpZq0*
超初歩的なことなんだけど男系じゃないといけない理由ってなんなの?
あと女系天皇と女性天皇とか何が違うの?
37  不思議な名無しさん :2019年02月16日 12:06 ID:4Se3jyCm0*
そもそも権威というのは実績や事実に後からついてくるものなのだからいつからって言い方自体がおかしい
少なくとも現代の皇室皇族の権威の根源は
一血統が千年以上の単位で一国家の元首として存在してきたことが100%立証されている=その間その国家が存在し続けて現存しているということそれのみだよ
ただ、その時点で地球上に他に存在してない
だから色つきを征服し続けてナチュラルに今でも見下してる白人様やローマ法皇すら
その一点だけで一定の価値がある=権威があるとみなしてるわけ
38  不思議な名無しさん :2019年02月16日 12:15 ID:6Uh1dZK.0*
>>1
天皇はバリバリの武闘派からの派生だぞ
それこそ初期は身内同士で殺し殺されだし
39  不思議な名無しさん :2019年02月16日 14:54 ID:Rl3fbCkj0*
信長があと20年存命していたらと思うと残念でならない
合理主義に基づく祭政分離、市民が主役の近代国家が
現実よりも200年早く地球上に出現していたはず。
黄金の国ジパングは世界史の主役を張り続けていた。
菊の御紋を守るとかいう理不尽な大義で駆り出され
300万人が撃ち殺され焼き殺されるなどという先の戦争の悲劇なんていうのもなかった


40  不思議な名無しさん :2019年02月16日 16:48 ID:DYm1JobC0*
>>36
女性天皇:天皇の性別が女性
女系天皇:父親の系図を辿っていくと神武天皇に辿り着かない

簡単に言うと、男系である必要があるかは疑問符がつくが、逆に女系である必要はあるのか?ということ
基本的には王室や皇族はどの国でも血筋が重要、天皇家に関しては他の国より基準が厳しいというだけの話
41  不思議な名無しさん :2019年02月16日 19:08 ID:U9OLSpZq0*
>>40
すんごい分かりやすいわ、ありがとう。
つまり女系だと辿って行った先に神武天皇がいないので天皇としての正統性が無いって事なのね。
42  不思議な名無しさん :2019年02月17日 07:20 ID:EHnK41Dc0*
天皇家や徳川家など権力者は派閥での世継ぎ争いが激しかったんじゃないか?
それで直系の息子がどこかで途絶える事態が起こり、親子関係以外の親戚筋から仕方なく天皇に据える制度が自然と出来てきたんじゃないかと思う。
事実徳川家はそんな感じだし
血筋に拘る中での苦肉の策でしょ?
43  不思議な名無しさん :2019年02月17日 10:32 ID:hZg6xewL0*
天皇?いらんわ
大昔から外国勢力の代理者として列島の委任統治を任されてる収奪装置でしょ
44  不思議な名無しさん :2019年02月17日 18:13 ID:246z6han0*
ドラコニアンとの混血やろな
45  不思議な名無しさん :2019年02月18日 02:01 ID:ADQXsuT40*
>>8
これ見て思い出したけど、邪馬台国=ヤマト国、卑弥呼=ひむかっていう説を何かで見て感心したことある
どっちも中国からの当て字、しかも邪とか卑とか蔑称だし、いつか新たな資料が出てきたらいいなあ

でももし「ひむか」なら、邪馬台国論争は九州説有力ってことなんかなあ
46  不思議な名無しさん :2019年02月22日 17:55 ID:Idh6L0B20*
邪馬台国をやまたいこくと読み始めたのは本居宣長から。
それまではやまとこくと読むのが一般的だったが、熱烈天皇信者である本居宣長はそれでは邪馬台国が中国王朝に朝貢していたと=皇室は中国に臣従していたことになるというのが認められずやまたいこくと読み始めた。
漢字は中国では一字一音であり、台与をとよと読む一方でやまたいこくというのはあり得ない。
元表記は邪馬壹國と壹与なのでやまいこくといよ説があるが、いずれにせよやまたいこくではない、というのは間違いない。
47  不思議な名無しさん :2019年03月02日 21:50 ID:EL7Y1.gr0*
前に天岩戸神社行ったとき神主の人が
「天皇は日本に稲作を伝えた人の子孫で、今も田植えをして刈り入れする事で日本の繁栄を祈っているので尊敬されている」
てな事を言ってた
48  不思議な名無しさん :2019年03月06日 17:14 ID:92Iz98Ie0*
ヒント
古事記編纂を命じた帝とそれに関わった人物。
権威の源流もこれに近い。
と、言えど飛鳥時代には大王という呼称は存在していて、もう少し遡ると大和健尊の史跡の数々が関東にあるのを考慮すると4世紀には権威として存在していたと考える事に矛盾はないと思う。
しかし絶大且つ絶対的な権威が成立したのは8世紀でほぼ間違いないと思うの。
但し天照のモデル?が卑弥呼か日向かは意見が別れるし、王朝豪族が割拠していても何ら不思議はない。
2世紀の行にある大和大乱は国譲りを意味しているかまでは難しい。
要するに宮内庁古墳調査の許可出せや( ゚Д゚)ゴルァ!!な訳でw
権威の源流としてもだが、古事記自体の正当化や信憑性を考えると月読の存在が( ゚д゚ )ポカーンだし、素戔嗚と天照が姉弟とするにもやや疑問がある。
序列で行けば月読は重要な役割を果たさなければならずそれが蔑ろにされて天照と素戔嗚だけが大きく扱われているところに対して極めて人為的な作為を感じる。
当時遺されていた史書を元に古事記が編纂されたとするならそれ以前にあった政変や戦がモデルになり、それを都合よく改竄したとするのは考えすぎでしょうか?
古事記で上がってくる人物から読み解くと天智帝と天武帝は山幸海幸にあたり、
海幸の孫が神武帝とするなら天武の孫、或いは三代隔てて即位した聖武帝が神武帝のモデルとするにはある程度の説得力があり、そこに至る婚姻と祭に深く干渉した人物が権威を決定づけたとするのは乱暴かな?
持統帝をもって天照と位置付けても矛盾は少ない。
49  不思議な名無しさん :2019年03月06日 17:51 ID:92Iz98Ie0*
※45
それを言うなら倭とか倭人も蔑称でございますよ。
50  いち歴史家 :2019年06月21日 21:41 ID:bhbttumJ0*
「八紘一宇」ってどんな意味なんだろうなぁ?って思って古事記や日本書紀を読み直してみたんだが、
読んでビックリしたのは「天下統一」とか「天下布武」とは全く違う代物なんだよな。
そもそもが『戦争終結宣言』の一節だったりするわけで。

要するに神武天皇は、自分達が侵略してきた外様の外来政権だって自覚があるんだ。
民衆からすれば「またどこからか暴力団が来たな」って思ってるわけだし、「とうせまた力尽くで俺達を支配するつもりだ」としか考えていないわけだ。

それに対して神武天皇は「まだまだ逆らう敵は多いが、まずここに平和な国を作ろう。民衆を幸せにしよう。そうしてこそ周りも我々に従うのだぞ。」と宣言してる。

「俺達は神の子孫だから従え」と言い出したわけじゃ無く、
「我々は良い国を作るから協力してくれ」と言いだしたわけだ。

実際にあった事なのかどうかはともかく、
天皇家に伝わるこの考え方は非常に面白いと思う。

つまり天皇家は、自分達が神の子孫だという伝承をあまり重視していない。
民衆を支配する理由として、神話の伝承より現実の善政をこそ権威の源としているようだ。

 
 
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