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    狂気の研究者たち…医療の発展のため自分を実験台にした20人のエピソード

    医学の進歩の裏に

    医療技術の進歩には目覚ましいものがありますが、それは様々な犠牲があったからこそなのかもしれません。
    中には研究のために自分自身を実験台として、死と隣り合わせの実験をしてきた研究者もいたようです。今回はそんな狂気に満ちた20人の研究者を紹介します。



    1. 腕にラジウムを10時間注入

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    フランスの物理学者ピエール・キュリーはがんの治療法を見つけるために、腕にラジウムを10時間注入しました。ラジウムは暗闇で青いライトを放ち、暗闇で読める時計や航空機のメーターに使われています。妻のマリーはラジウムの研究者で、ピエールも興味を示すようになり実験を行いました。

    医者と協力して、ラジウムの光線が活動している細胞とがんの形成を破壊することを発見しました。1901年に、ラジウムを使った最初の治療が行われて成功したことが、パリのセントルイス病院の皮膚科によって報告されています。





    2. 研究室のみんなで血液型を発見

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    1900年、オーストリア・ハンガリーの病理学者カール・ラントシュタイナーは血液型のグループを発見しました。Rh因子の発見により1907年には初めて輸血を成功に導き、1930年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

    ラントシュタイナー博士は、自分だけでなく研究室のメンバーからも血清と赤血球のサンプルをとりました。研究の結果、現在のA、B、O、ABの血液型を明確にしたのです。



    3. 父親譲りの度胸

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    イギリスの生物学者J・B・S・ホールデンは、生物統計学の分野で功績を成し遂げた人物です。J・B・S・ホールデンの父親も生理学者では、恐れ知らずの自分を実験台に研究で、人体とガスの性質に関する発見を導きました。

    父親の影響からか、ダイバーへの影響を調べるために、苦しみながら減圧室に身を置いて研究していたそうです。他にも、筋肉の動きを調べるために大量の塩酸を飲んだり、肺の二酸化炭素の値を調べながらトレーニングをしたりして、自分を検体にした実験を記録しました。



    4. 患者のために、生肉を食べる

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    アメリカのウィリアム・ボスワース・キャッスルは血液学において大変な功績を収めた生理学者です。初期の実験で悪性貧血について明らかにし、のちにヘモグロビン生理学や溶血のメカニズム、脾臓の機能や鎌形赤血球の貧血における先駆者となりました。

    しかし、博士自身が身代わりとなった実験には当時議論を巻き起こしたものもあったようです。1926年、ミンチにした生の牛肉を食べて1時間後に吐き、悪性貧血に苦しむ患者に食べさせました

    これは、通常の人が生成できるビタミンB12を、悪性貧血の人は生成できないという自分の説をビタミンB12を多く含む牛肉を使って確かめるためでした。賛否はあれど、自分の胃を使って患者を助けようとしたのですね。



    5. 自身のアルコール依存症を治療するため

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    心臓専門医のオリビア・アムセンはアメリカのトップクラスの病院で働いていた時、重度のアルコール依存症になっていました。自身のアルコール依存症を治療するため、動物実験で効果を確認できたバクロフェンを自分自身にも処方します。

    最終的には、アルコール依存症を克服するまで実験を続けました。その後、アルコール依存症をバクロフェンで治療した自身の経験について書いた本がベストセラーになっています。



    6. 同僚の勇気

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    1940年代、スウェーデンでは手術に独自の麻酔薬を使用し、患者の心身的負担は軽減していましたが、とても強い薬だったため、心停止になる危険性を含んでいました。当時の外科医は、効能があり毒性の弱い麻酔薬の登場を待ち望んでいたようです。

    そんな中、1943年にスウェーデンの化学者ニルス・ロフグレンによって、リドカインの原型になる麻酔薬が作られました。数ヶ月後、スウェーデンで使用を認められ、アメリカでも承認されるようになります。ロフグレンの同僚が一番最初の実験台になったそうです。



    7. 喘息治療のために喘息になっちゃった

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    1949年に発見されたコルチゾンは、喘息の炎症の治療として一番最初に効果が認められた薬です。しかし、医者はリスクがあるためこの薬の使用をためらっていました。

    その後、治療薬が開発されましたが、動物実験では検証できない特色があったため、実際に人間で試さなければいけない状況に陥ります。そこでロジャー・アルトーニアン氏は、自分自身が喘息になるような状況を作り出すように、他の研究者たちに命じたそうです



    8. 勇気でノーベル賞を受賞

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    オーストラリアの微生物学者、バリー・マーシャルはピロリ菌が消化性潰瘍を引き起こすと証明しました。この研究には時間がかかるだけでなく、大変なリスクもついて回ります。

    1984年、マーシャル医師は10億のピロリ菌を含んだ飲み物を作り、がぶ飲みしたのです。21年後、ピロリ菌の研究でマーシャル博士はノーベル生理学・医学賞を受賞しました。



    9. 血管にモルヒネを

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    モルヒネは
    ドイツの薬剤師であるフリードリヒ・ゼルチュルナーによって発見され、ステージの進んだ病気の耐え難い痛みを取り除くのに使用されています。

    しかし、発見当初、彼の研究は多くの科学者に懐疑的に見られてしまいます。自分の説を証明するために、公開実験で自分が被験者となり、公の場で最初のモルヒネ使用者となったのです。



    10. 価値のあるがん研究

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    26歳まで医学を学んでこなかったジャン・ルイズ・マルク・アリバートは、現在のがん治療に大変貢献した人物です。1801年、セントルイス病院の総合診療医になった後、著名人の主治医として活躍します。華々しい功績にも関わらず、アリバートは自分が検体になることを恐れない勇敢な医師でした。

    1808年、ガンは感染するかを調べるため、乳がんから採取された一部を自分自身に取り込みます。取り込んだ部分は腫れましたが、結局ガンは発症せず、身をもってガンは人から人へ感染しないことを示したのです。



    11. 同僚の説に異を唱える為に

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    ドイツ人化学者マックス・フォン・ペッテンコーファーは、コレラの研究と実験に尽力を注ぎました。彼は病気はバクテリア菌によって引き起こされると主張したものの、同僚は胃酸でバクテリアは死ぬと主張します。

    同僚の意見に異を唱える為、マックス博士は自分自身でコレラを取り込んだそうです。彼の主張は正しく、コレラは発症しましたが、幸いにも症状は軽かったため一命は取りとめました。



    12. 12回の首吊り

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    ニコラス・ミノビッチはルーマニアの法医学者で犯罪学者でした。研究のため彼は自分自身で首吊りを体験しましたが、1回や2回ではなく12回もしたそうです。


    声帯の病気で1941年に亡くなりましたが、多くの人はこの実験が原因で、声帯を痛めたと考えているようです。彼の自宅は現在では民俗学の博物館になっています。



    13. 感染しないと思っていたのに

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    フィラデルフィアの研修医だったスタッビング・ファースは、黄熱病は感染しないと考えていました。これを証明する為に、腕に小さな傷を作り、黄熱病患者に自分に掛かるように吐かせます。患者の嘔吐したものは彼の目の中にも入りました。


    その後も、吐瀉物を含んだ錠剤を摂取したりしましたが、黄熱病にかかりませんでした。その為、自分の説は正しいと証明します。しかし実際、黄熱病は蚊などを媒体とする感染する病気です。これだけやっても黄熱病にかからなかった彼は、奇跡の人と言えるかもしれません。



    14. 輸血で実験

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    突発性血小板減少性紫斑病の免疫について研究する為に、患者と医者で輸血をした実験を行なったのは、医師のウィリアム・J・ハリントンと患者のジェームス・W・ホリングワースです。ハリントン医師はこの実験により、患者から500mlの輸血をしてもらいます。

    3時間後、ハリントン医師の結晶板は危険なレベルまで下り発作が起こります。4日間苦しみましたが、5日目に正常な数値まで回復したそうです。



    15. ガン患者からのリンパ液を注入したら

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    アメリカ軍医の父として有名なニコラス・センはスイスからアメリカに渡った移民です。彼は膵臓と腸に関する論文で先駆者となり、
    白血病の治療にX線を使用しました。

    1901年、ガンは感染するのかという実験に取り掛かります。そして、口唇ガンを患った患者のリンパ液を自分の皮膚へ取り込んだのです。2週間後、取り込んだものは消え去り、ガンは感染しないと結論づけました。



    16. 自分の名前が病名に

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    ダニエル・アルシーデス・カリオンはペルーの医学生でした。学生時代、皮膚に大きなイボがある人たちに出会い、のちに自分の名前が付くカリオン病に興味を示しました。カリオンは病気は風土病で感染しないことを確認しました。そして、予防接種が効くかを試すため実験台になることを決心したのです。

    1885年8月27日、カリオンは14歳の患者から輸血をしてもらいました。すると、9月17日に感染の症状が出始め、26日にはメモを取れないくらいひどくなっていました。その後、症状が悪化し10月5日に亡くなってしまいます。実験を手助けした仲間は殺人で逮捕されましたが、のちに釈放されています。



    17. 梅毒を自分に注射

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    コンスタンティン・レヴァディティは梅毒の研究に没頭し、血清に関する新しい技術を導入しました。正常な肝臓が治療に使えると考え、抗原研究の先駆者となったのです。


    研究のために、梅毒に苦しむウサギから取ったバクテリアを自分に注射しました。自分が唱えた説は正しくなかったようですが、幸いにも病魔に侵されることはなかったそうです。



    18.  自分自身で、虫垂を摘出

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    アメリカ人外科医エバン・オニール・カネは、1921年に局所麻酔下で虫垂切除の手術を自分で執刀しました。彼の37年の経歴の中で、4000人の虫垂切除の手術を行っています。

    この手術は当時の全身麻酔薬の過剰使用に対する反対運動の一環で、必要がなかったにも関わらず、局所麻酔で手術を行いました。手術が始まると、最初は不快感を示していたものの、手術は順調に行われ、2日間で回復したそうです。70歳の時にもヘルニアの手術を自分で執刀しています。



    19. ヒューマンロケット

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    ジョン・スタップは、アメリカ空軍の飛行外科医であり、生物物理学者で、加速と減速における人体の影響を研究していました。1947年から1955年までの間に28回の実験を行い、加速と減速のほか、重力加速度、爆風が人体に与える影響を調査したそうです。


    自らの体を張って実験を繰り返したジョン・スタップは、幾度となく骨折をしたり、網膜の大量出血に苦しみましたが、幸いにも後遺症は残りませんでした。とても危険な実験を繰り返したジョンですが、89歳で平穏に自宅で亡くなったそうです。



    20. コカイン

    1

    エドウィン・キャッツキーはコカインの影響を調べるために、人生を捧げています。実験で致死量に近いコカインを静脈に注射したのです。誰にも助けを求めず、体内で起こっている影響をひたすら記録に残していきました。


    彼は中毒患者の経験を知るために、自分を犠牲にして研究しようと考えたそうです。しかし、残念ながら記録は使えず、同僚の研究に役立たせることはできませんでした。



    批判が付き纏う人体実験だが・・・

    人体実験は、世界中で大変な論争を巻き起こしてきましたが、医療研究者が自らを検体にした場合は、批判が少なかったようです。こうして医学が進歩してきたと思うと考えさせられるものがありますね。




    via: HISTORY COLLECTION


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    コメント一覧

    1  不思議な名無しさん :2019年04月02日 21:16 ID:r.4tz47R0*
    首を切断した後も意識があるかどうかを自分自身で実験した博士が無いぞ
    2  不思議な名無しさん :2019年04月02日 21:20 ID:mZjPO3Vo0*
    自分を使って人体実験て、どういう病気になるか知ってるだけより怖いんじゃなかろか
    3  不思議な名無しさん :2019年04月02日 21:40 ID:6Kcg2eSb0*
    2. 研究室のみんなで血液型を発見

    これも狂気に入るの?
    4  不思議な名無しさん :2019年04月02日 21:46 ID:AIb5K4160*
    死刑囚でやればいいのに
    もし死ななかったら釈放を条件に
    5  不思議な名無しさん :2019年04月02日 21:51 ID:K67lueCO0*
    コレラを飲んだペッテンコーファーの話はトリビアの泉で紹介されてたな
    なお付き合わされた弟子がいた模様
    6  不思議な名無しさん :2019年04月02日 21:56 ID:..hsOEtn0*
    健康な子供を実験台にしたジェンナーは見習え
    7  不思議な名無しさん :2019年04月02日 21:57 ID:lVPXW.fK0*
    自分の心臓にカテーテル通したヴェルナー。
    8  不思議な名無しさん :2019年04月02日 22:04 ID:fusqU18N0*
    心臓カテーテルの実証実験も発案者が自分の腕を使ってやったと聞いた
    9  不思議な名無しさん :2019年04月02日 22:13 ID:7MB.PK4Y0*
    ※6
    氏ね
    10  不思議な名無しさん :2019年04月02日 22:33 ID:8MwnD7LA0*
    ブラックジャックが自分の手術した話があったが、まさか本当にやってのけた人が実在したとは驚き
    11  不思議な名無しさん :2019年04月02日 22:57 ID:GfIwoz2I0*
    医者じゃないけど笹川良一もハンセン病のワクチン第一号の実験体に名乗り上げて摂取してたな
    12  不思議な名無しさん :2019年04月02日 23:27 ID:1Wy5afU30*
    ※4
    それなんて財団
    13  不思議な名無しさん :2019年04月02日 23:41 ID:Xq.UPmvY0*
    医学系が何故ドイツ語だと思う?w
    14  不思議な名無しさん :2019年04月02日 23:44 ID:.Ks2YqS.0*
    >>8
    ヴェルナーフォルスマン
    15  不思議な名無しさん :2019年04月03日 01:59 ID:JV3VZtFc0*
    ※12
    結局終了させられるけどな
    16  不思議な名無しさん :2019年04月03日 04:27 ID:WU9qotgD0*
    狂気じゃなくて勇気だろ
    いや、確かに半ば狂気みたいなエピソードも僅かにはある物の
    大半は理性と覚悟の賜物だよ。失礼な言葉を宛がうべきではない
    そもそも医学は命を扱う分野なのだから、研究課程においても、それと直面することがあるのは必然だ。薬学もしかり

    日本住血吸虫症の解明過程でも、水を飲むことに依る経口感染か、水に接触するだけで危険な経皮感染かという議論で
    経口感染派の医師が、皮膚からは感染しないことを自ら証明するために、寄生虫のいる河川にその身を晒す実験を何度もした
    なお、しっかり感染して、経皮感染の正しさを証明することになった模様
    幸い自ら経過を詳細に観察していたので、早期発見により事なきを得た。これもまた、自らを実験台にした恩恵と言えなくもない

    ちな京大の高名な名物医学者だった
    これだって、結果は真逆だったものの、自らの学説を信じて、敢えて命がけで実証しようとしたわけで、狂気ではなく理性を伴う行動だ
    17  不思議な名無しさん :2019年04月03日 10:40 ID:EO5f7SyM0*
    マーシャル博士の白衣のワンポイントが可愛い
    18  不思議な名無しさん :2019年04月03日 12:26 ID:GAUe2KKH0*
    俺も自分の体を犠牲にしてコカインの実験したい
    19  不思議な名無しさん :2019年04月03日 14:53 ID:xsCNSih90*
    >>4
    ???「よっしゃ泥棒も死刑にして科学加速したろ!」

    いかんでしょ
    20  不思議な名無しさん :2019年04月04日 00:22 ID:BzTx0NMP0*
    華岡青洲さんも麻酔薬作ったものの、人間で実験できなかったところ
    母親と奥さんが被験者として申し出て麻酔薬完成させたな。
    母親は死亡、奥さんは失明したけど世界初の全身麻酔薬ができた。
    乳がんの摘出手術を成功させたが、4ヶ月のちに患者は死亡した。
    21  不思議な名無しさん :2019年04月04日 01:00 ID:MyRLoBDA0*
    結局は誰かが、何かが犠牲にならないとこういう医学ってのは進化していかないんだなと思うわ
    ありがたいね
    俺は実験台にはなりたくないが…

     
     
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