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    イギリスの暗い歴史…19世紀ロンドンのスラムに関する20の真実

    イギリスの闇

    大英帝国で知られたイギリスは、かつてインドやカリブ海の諸国に植民地を持ち、昔からモノと人が集まっていた繁栄国家です。しかし、そんなイギリスにも知られざる暗い影がありました。

    1700年代半ばから、多くの人がより良い生活を求めて集まった結果、貧困で溢れたスラム街ができたのです。今回は19世紀ロンドンのスラムの真実を紹介します。 


    1. 低コストで建築し、長く住めない住居

    Slum-pic-1-Wikipedia
    ほとんどのスラム街には、個々の部屋がある大きな家や住居がたくさんありました。しかし、意地の悪いビジネスマンは、湿地帯の牧草地に建物を建設します。また、家主は21年以上家を借りられないように規制されました。





    2. 冬は家で凍死するほど過酷な環境

    Slum-pic-2
    多くの家庭は、通りよりも下に位置する地下に部屋があったため、雨が降ると水が部屋に入り込み、洪水に見舞われました。また、気温が下がると水を供給するパイプが凍るなど、住居の環境は非常に悪く、冬のロンドンのスラムでは自宅で凍死する人も多くいたようです。



    3. 寝る場所がない

    3
    スラムに住む人々が、個人の部屋をみんな持っていたわけではありません。ロンドンのスラムには、一晩から宿泊できるドスハウスというロッジがありました。写真はドスハウスにあったロープベッドという安い宿泊方法です。

    ドスハウスの宿泊はとても安かったものの、客が変わってもベッド清掃はなく、不衛生な環境でした。切り裂きジャックの被害者になった娼婦、メアリー・アン・ニコルズはより良い寝所を確保するために体を売って働いていたそうです。



    4. 棺でもベッドとして利用

    Slum-pic-4
    当時のスラムで、ホームレスは寝る場所に困っていました。それを象徴するのが、4ペニー・コフィンと呼ばれる棺のベッドです。4ペニーを支払えば、木製の箱の中で横になって寝ることができました。

    悲しい現実ですが、4ペニー・コフィンはまだ良い方です。1ペニーを払い、椅子に座って眠るホームレスもいました。



    5. 生活水はスラムを流れる下水

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    ロンドンのスラム街のメインストリートには、1本の下水道がありました。この下水は、スラムに住む人々にとって貴重な生活水となっており、子どもたちはこの下水をお風呂がわりにしていたそうです。

    スラム街の住民はバケツいっぱいに下水道から水を汲んでは、しばらく放置し、その後上に浮いたゴミをすくってキレイな水として使っていました。



    6. 貧困の理由は怠惰ではない

    6
    イギリスの中流階級以上の人々は、当時、ロンドンのスラムに住んでいる人たちを解雇しました。スラムに住む人たちは、自分たちの環境を恥ずかしいと思いながらも、一生懸命に働いて生きていたそうです。

    19世紀、スラムでは7歳から働いている子どももいました。女の子は13歳になると、イーストエンド地区にある最大のマッチ工場、ブライアント・アンド・メイ社で仕事を探したそうです。何千人という女性たちが、毎日14時間勤務で働いていました。



    7. 男の子たちの仕事

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    スラムに住む10代前半の若い男の子は、年齢や体力が十分ではないため、仕事はかなり限定されていました。低賃金でしたが、道端の馬糞の片付けは少年たちには良い仕事だったそうです。
    他にも、裕福なロンドン市民の家にある煙突の掃除などもありましたが、煙突に閉じ込められて窒息死する男の子たちもいました。



    8. 12歳から娼婦に

    Slum-pic-8
    スラムに住む女性にとって、体を売ることは生き抜く唯一の方法で、多くの女性は12歳から始めたそうです。働いていた娼婦の正確な人数は明らかになっていませんが、歴史家によると8万人だったといわれています。

    イーストロンドンのスラム街では、12歳よりもっと若い女の子たちが働いていました。家族を養うため、昼間は工場で、夜は街に立って娼婦として働く女性もいたそうです。多くの娼婦は、暴力を受け、強姦され、さらには殺害されています。



    9. 子どもたちの犯罪集団

    Slum-pic-9
    たくさんの子どもたちが、生きるために犯罪を犯し、スリと泥棒を繰り返します。1830年から1860年までの間、ロンドンの市裁判所であるオールドベイリーの被告人の半数が、20歳未満のスラム出身の男の子たちでした。

    当時は窃盗で死刑になる可能性もありましたが、多くの子どもは植民地だったオーストラリアの刑務所に送られています。



    10. 女性の自殺者が多かった

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    スラムの人々の中では、悲惨な毎日に直面するよりも、自殺を選んだ人も多かったそうです。自殺者の中でも若い女性の割合はとても大きく、多くの女性が流れの早い川に身投げしました。

    自殺スポットとしては、テムズ川に架かる橋や、ハイドパークの人口湖・サーペンタイン・レイクに飛び込む人が多かったそうです。



    11. 高すぎる子どもの死亡率

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    19世紀、スラムの子どもの死亡率は高く、1歳の誕生日を迎える前に亡くなるのは、平均で5人に1人、特にオールド・ニコル・ストリートで言えば4人に1人だったそうです。

    たとえ1歳の誕生日を迎えられたとしても、生き延びるのは困難でした。男性の仕事は大変危険だったため、男性の平均寿命は19歳だったそうです。



    12. 子どもが死亡する原因

    Slum-pic-12
    幼児が死亡する1番の原因は窒息で、寝ている間に両親や家族に潰されることが多かったようです。当時、多くの家は小さく窮屈だったため、働きすぎて疲れきった両親と同じベッドに一緒に寝て、睡眠中に両親や兄弟が幼児を押し潰してしまったようです。
    しかし、中には幼児を養う余裕がないため、故意に殺害したと捉える見方もあったようです。



    13. 性的虐待が蔓延

    Slum-pic-13
    スラムの子どもたちに直面した問題には、病気や衛生面だけでなく性的虐待もありました。性的虐待は、貧しい地域で流行っていましたが、ほとんどのケースは報告されていないため、正確な件数は把握できていません。

    しかし、間違いなく若い男の子や女の子が性的虐待のターゲットとなっていました。窮屈な生活環境の中で、スラム街の子どもは若い頃から性の問題にさらされていたのです。



    14. 切り裂きジャックだけではなかった

    Slum-pic-14
    切り裂きジャックの犠牲者は、ロンドンで最も貧しく弱い女性たちです。しかし、殺人鬼は切り裂きジャックだけではありませんでした。
    実際に多くの殺人鬼がスラム街をうろつき、娼婦を安く買って殺害しています。切り裂きジャックだけが大きな注目を集めてしまったようです。



    15. 一般市民にスラムネタが大人気

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    スラムで生活する人々は大変な思いをして生きていたものの、19世紀の前半、貧困とは無関係のロンドン市民は、スラムの実情を知らずに幸せに暮らしていました。しかし、1840年代前半から、歴史家のアラン・メイベがスラムの生活実態について語り、これが大きなビジネスとなります。

    野蛮な子ども、堕落した女性、暴力的な酔っ払いを描いた本は大ヒットしました。その後、ロンドン最貧層の悲惨な生活やスラム街で実際に起きた犯罪、特に若い女性が被害者になる内容が流行ったそうです。



    16. 2つのロンドン

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    当時、スラム街のイーストエンドは「最も暗いロンドン」と呼ばれ、裕福なロンドン市民は、日常生活の中でスラム街に足を踏み入れることはありませんでした。その後、富裕層の市民はスラム住人を非難するようになります。

    人気の雑誌や新聞は、スラムに住む人の貧困は自らが選んだ道で、怠惰のため仕事を解雇されたと報じたようです。1850年以降になって初めて、原因は社会的背景だったと認識されるようになりました。



    17. 道路を建設した結果

    Slum-pic-17
    1850年代から1860年代にかけて鉄道の時代が到来し、都市を結ぶ路線が建設されロンドンは変革を迎えました。

    この建設によって、10年間で5万6000人の人が住居を奪われ、特に貧しいロンドン市民は大打撃を受けています。一部のスラムは完全に失われ、数千人もの貧困層の人達が住む場所を追われてしまいました。



    18. 生活は変わらず

    Slum-pic-18
    1870年代までに、イギリス政府はスラム街に関する対策をとることを決めました。スラム住人の生活の質を心配したわけではなく、スラム街が中流以上の裕福なロンドン市民に与える悪影響を考慮したからです。

    警察署長はスラム街が犯罪の温床になっていると警告します。1875年、職人および労働者の住居改善法によりスラム街を壊す許可は出ましたが、強制でなかったため最貧困層の生活は変わりませんでした。



    19. スラム街が観光ブーム

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    1875年の住宅改良は失敗に終わりましたが、1880年代になるとロンドンでスラム観光が流行ります。参加者は、だらしない服装をして、顔に汚れをつけ、スラム街を探索しました。そして、自分たちが普段目にすることはない貧困を直接目の当たりにしたのです。

    この現象は、貧困の見学を楽しむという悪趣味なものでしたが、悪いことだけではありませんでした。これによりロンドン市民に真の貧困が認識され始め、貧困に対する意識に少しずつ変化が出てきたのです。



    20. 貧困救済が始まった

    Slum-pic-20
    スラム観光はよくないブームでしたが、ロンドンだけでなくイギリス全土から人が集まり、スラム街の現状が広く知れ渡るようになりました。 これによって、救済に向けたキャンペーン活動が強化され始めます。

    救済活動に乗り出した人たちは、信仰によって動かされたクリスチャンから、社会正義感によって行動したグループまで様々です。学校や図書館が設立され、衛生面を改善し、犯罪抑圧を強化する圧力が政府にかけられました。



    壮絶なスラムの生活を物語る写真や内容でした。貧困救済がもう少し早く行われていれば、もっと多くの子どもや若者の運命が変わっていたかもしれません。 

    via:HISTORY COLLECTION

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    コメント一覧

    1  不思議な名無しさん :2019年04月15日 21:22 ID:7Ras33JX0*
    ロープベッドって初めてみた。脇いたそうやな…。
    2  不思議な名無しさん :2019年04月15日 21:52 ID:RyGJt97t0*
    いつも博識な話題や記事を発掘してくれてとても勉強になります。

    ロープベッド下手すりゃ首を圧迫して死ぬよこれ。
    3  不思議な名無しさん :2019年04月15日 21:59 ID:.8QRo6SR0*
    イギリスの古い貨物船が退役したんで解体してたら外板と内壁の間から
    白骨化した子供の遺体が出てきたって話があったな。
    迷い込んだとかではなく、建造の最終段階で閉じ込められたっぽい。
    4  不思議な名無しさん :2019年04月15日 22:01 ID:PpLUYvCu0*
    これは社会主義勃興しますわ
    5  不思議な名無しさん :2019年04月15日 22:14 ID:b5ULU9WO0*
    ミステリ読みならなじみのある描写
    6  不思議な名無しさん :2019年04月15日 22:15 ID:l10Xh6UC0*
    こういった記事はありがたい
    7  不思議な名無しさん :2019年04月15日 22:21 ID:IFrvTBiM0*
    歴史の授業が嫌いだったけどこういうのは好き(笑)
    8  不思議な名無しさん :2019年04月15日 22:44 ID:At6ky5un0*
    スピードワゴンがいる
    9  不思議な名無しさん :2019年04月15日 22:47 ID:TEkd.xuh0*
    やっぱイギリスってクソだわ‼︎まあ、この手の話は世界中あちこちに転がっているんだろうが…。日本にもね
    10  不思議な名無しさん :2019年04月15日 22:49 ID:jdWxH3e00*
    こういう記事好き
    11  不思議な名無しさん :2019年04月15日 23:19 ID:.O7S.EN20*
    パッと見拷問でもしてんのかと思った>ロープベッド
    まあでもあんなベッドじゃ拷問と変わらんわな
    12  不思議な名無しさん :2019年04月15日 23:24 ID:5iK6fmw.0*
    日本かな
    13  不思議な名無しさん :2019年04月15日 23:24 ID:B73NiRgG0*
    出たよぶら下がり宿…
    1ペニーで泊まれる所はここしか知らなかったけど、椅子に座れる所もあったのか…
    こういうスラム街の実態について初めて知ったのは、やる夫スレの「ヴィクトリア朝イギリスの生活」の人のシリーズだったなぁ…また読もうかな
    14  不思議な名無しさん :2019年04月15日 23:26 ID:APSmMiOR0*
    ロープベッド、朝起きたらものすごく足むくんでそうな…
    座らない&横にならないって修行をしてるインドの行者思い出した
    15  不思議な名無しさん :2019年04月15日 23:44 ID:6SapWtkZ0*
    やっぱDIOって人間やめて正しかったんだな
    16  不思議な名無しさん :2019年04月16日 00:08 ID:5U0i9CoS0*
    これなら海山で自給自足してるほうがマシだろ
    17  不思議な名無しさん :2019年04月16日 00:34 ID:w5HpqOzF0*
    ロープベッドは最初死体を吊ってるのかと思った
    18  不思議な名無しさん :2019年04月16日 00:50 ID:UTmDsL2t0*
    小公女セーラを思い出したが、あれでも下の上レベルで恵まれてるんだな…
    ミンチン院長が恩着せがましく鼻高々になるのも、分からなくもないわ
    19  不思議な名無しさん :2019年04月16日 00:52 ID:aGfKM6Tg0*
    好奇心や娯楽で行くスラム観光が、巡り巡って貧困救済につながったってのも面白いよね

    20  不思議な名無しさん :2019年04月16日 01:01 ID:PmKh6zdH0*
    オレンジと太陽は衝撃的だったわ
    21  不思議な名無しさん :2019年04月16日 01:45 ID:bbhrFkWh0*
    そうそう、小公女セーラで寒い冬にドブさらいしてる少年たちが描かれてた
    22  不思議な名無しさん :2019年04月16日 02:34 ID:3bNhgVv50*
    実に興味深く読ませてもらいました。
    いつの時代も、国を変えるのは政府ではなく、民衆かな。
    良い事も悪い事も民衆の圧力によって、政府、国が動く。
    23  不思議な名無しさん :2019年04月16日 03:40 ID:T.PkrKQV0*
    人口爆発はこんな環境で起こったんだから人類ってスゴイネ
    24  不思議な名無しさん :2019年04月16日 04:36 ID:EP.k.ANQ0*
    この時代のイギリス人が「世界で最も不衛生な国」と呼んだのが当時の朝鮮
    日本が止めさせなければ21世紀になっても日常的にウンコ食ってたんだろうな
    25  不思議な名無しさん :2019年04月16日 05:02 ID:PksWFryO0*
    1つ言えることは貧困は当事者の努力だけで任せていては永遠に解決しないという事。

    民間団体か国かは別として「大きな力で改革せねば」永遠に変わらないということ。
    26  不思議な名無しさん :2019年04月16日 06:32 ID:HL0xGcAq0*
    >>1
    気になってググったらベッドに両手足を拘束するあれしか出てこんかった…
    27  不思議な名無しさん :2019年04月16日 08:26 ID:HUVYReMa0*
    >>13
    あれは知識として興味深いのは勿論だが、読み物としても割と面白いし好き。あの頃のやる夫スレは専門家が書いてるのも結構あったしな
    28  不思議な名無しさん :2019年04月16日 08:41 ID:yo6SEJyE0*
    ロープベッドに衝撃を受けたわ
    29  不思議な名無しさん :2019年04月16日 09:26 ID:eA2ehTuG0*
    ロープベッド寝れんのかこれ
    30  不思議な名無しさん :2019年04月16日 09:51 ID:Y1ZxGYWk0*
    実際に幕末に来日したイギリス人が江戸を見て街並みが綺麗で衛生的な事(し尿は下肥にするので全て汲み取、ゴミは蝋燭クズから竃の灰までリサイクル)、河の水が綺麗な事、丁稚の子供たちが楽しそうに働いている事に驚いている。
    近代化には苦痛が伴ったのだな、明治に入ると日本でも同じような問題が発生してくる。
    31  不思議な名無しさん :2019年04月16日 13:28 ID:I1UHDtuC0*
    暗黒すぎるな
    32  不思議な名無しさん :2019年04月16日 13:34 ID:.ZQsXajb0*
    グリーンマイルの人々の苦痛が強制的に流れ込んでしまう人じゃないけど、
    こういう人々の話を聞き続けてたら鬱になってきそう
    33  不思議な名無しさん :2019年04月16日 14:24 ID:xuZeDccK0*
    勉強になる
    冒頭でさらっと流されてるけどスラム街の成り立ちと
    中流・富裕層に与える影響についてもっと知りたい
    34  不思議な名無しさん :2019年04月16日 15:08 ID:dXSao2vO0*
    ※30
    江戸時代の日本も美化しすぎないほうがいいよ
    その来日したイギリス人表層しか見てないから
    35  不思議な名無しさん :2019年04月16日 15:47 ID:yv3TwsyU0*
    >>1
    こんな紐でも爆睡できるくらい疲れ切っていたってことなのかな
    36  不思議な名無しさん :2019年04月16日 18:09 ID:h6Cy3AHL0*
    プリンセス・プリンシパルの世界
    37  不思議な名無しさん :2019年04月16日 20:24 ID:WnMnhWCq0*
    シャーロックホームズの世界
    38  不思議な名無しさん :2019年04月17日 10:08 ID:KAx6R9l.0*
    ロープベッドは手すりに寄りかかって寝てる酔っぱらいと変わらんだろ
    39  不思議な名無しさん :2019年04月17日 13:45 ID:Lh.TRMVs0*
    >>34
    よく読みなよ。

    >>近代化には苦痛が伴ったのだな、明治に入ると日本でも同じような問題が発生してくる

    って書いてあるよ。
    40  不思議な名無しさん :2019年04月17日 15:17 ID:qCN.FTjU0*
    最後いい感じに結んでるけど、現在のイーストエンドはもはや
    白人さえ住んでいないイスラムと黒人しかいないヤバイ場所
    41  不思議な名無しさん :2019年04月17日 17:25 ID:UXDLkczn0*
    >>40
    更に近年はロンドン中心部の賃貸料が爆上げしてて
    中華や中東の金持ちが一等地に住み、白人は家賃の安いブロックや市外に追い出される逆転現象が発生中
    イーストエンドが再び白人(しかも普通の収入がある)の町になる日も近い
    42  不思議な名無しさん :2019年04月17日 18:58 ID:mAwB06o10*
    >>34
    当然日本でも問題ある所はあったけどね
    日本が評価されたのはパッと見の綺麗さもそうだけど
    何より浄化システムの仕組みや出来がズバ抜けて良かった所なんだよね

    現代でも浄化や乳酸菌等の研究は日本がトップレベルを維持してる
    43  不思議な名無しさん :2019年04月19日 19:11 ID:w3ok2RTZ0*
    この時代をゲームにしたアサシンクリードシンジケートがあるけどさすがにここまで酷いことは書いてなかったな
    気になったら動画見てください
    44  不思議な名無しさん :2019年04月22日 00:38 ID:SxBaKpWV0*
    >>9
    江戸時代の飢饉の話だって地獄だぞ
    45  不思議な名無しさん :2019年05月29日 17:37 ID:sGZZK2QO0*
    ちなみに、このころのロンドンは「夜に野外で寝ることは違法」で警察にしょっ引かれて監獄に入れられてしまうのだ。なので貧民の中でも金のない人は安宿でロープに引っかかって寝たり、一晩中歩いて過ごして昼間に公園のベンチで寝たりしたのだ。
    書籍ではルポルタージュの始まりと呼ばれている ジャック・ロンドンの「どん底の人々」に詳しい。

     
     
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