325: 本当にあった怖い名無し 2013/09/08(日) 15:27:42.43 ID:iA8fqg3r0
友人が乗った船は、青函連絡船・洞爺丸だった。
当時は気象予報も未熟で、台風の目に入って一度風が収まったのに気付かずに出航してしまい、洞爺丸を含む連絡船7隻が沈没・座礁、死者は1100人を越し、世界海難史上第三位の大事故となった。
(詳しくはwikiの「洞爺丸事故」に譲る)
で、何で先生のおばさんがパニックで電話かけてきたのかと言うと、実は友人が乗船名簿に自分の名前ではなく先生の名前を書いていたのだそうだ。
本名を書いたら、他人の学割で乗船したことがバレて怒られる、と思ったらしい。(当然だが)
それが翌朝、ニュースで乗船名簿が報道されて、友人でなく先生が乗ってたと思われたと。
ニュースは他の知人も見ていたので、他にもあちこちから電話があって大変だったらしい。
ともあれ先生は乗ってなかったからいいとして、問題は友人の方。
もちろん先生はすぐさま友人の家族に連絡を取り、友人が洞爺丸に乗っていたことを伝えた。
けれど、どうか間違いであってくれという先生と家族の祈りも空しく、その後友人は遺体で見つかった。
ちなみにあまりの死者の多さに、函館の火葬場は当時遺体の焼却が追いつかなかったとか。
函館は何故か通夜の前に火葬を行うのだが、その起源はこの事故だと今でも一部で言われてるほど。
(実際は諸説ありはっきりしないらしい)
なお先生は後日、学割を友人に譲ったことで、警察の事情聴取でたっぷりと怒られたそうだ。
326: 本当にあった怖い名無し 2013/09/08(日) 15:28:51.15 ID:iA8fqg3r0
というわけで、先生は自分の名前が犠牲者(正確には乗船者)一覧として報道され、生きてるのに大変△△が事故で死んじゃった!?と大騒ぎされたので、
「だから(事故があった)9月26日は俺の命日なんだ」と話していたのだ。
実際には乗客乗員全員が死亡したわけでなく、少数ながら助かった人もいたんだけど。
今思うとちょっと不謹慎なようでもあるが、事故から何十年も経ってなおそんな風に話すほど、先生にとっては忘れられない出来事だったのだろう。
それに先生の場合はすぐ間違いだとわかったけど、もしかすると他にもやっぱり訳ありで別人名義で乗船して、事故に巻き込まれたことすら誰にも知られないまま亡くなった人もいたかもしれない、と思うと自分にはちょっと怖い話だった。
行方不明者も随分いたらしいし、函館は昭和の大火でも大勢の人が海で亡くなってるし、おかげで「お盆に海で泳ぐと足引っ張られるぞ」という話が洒落にならなかった。
ともあれ毎年台風シーズンの9月になると、何となくこの話を思い出す。
なおこの洞爺丸台風を含む数々の事故・天災を紙一重で生き延びた西塚十勝の逸話は凄いので、知らない人はぜひwikiを読んでほしい。
これぞまさに不思議な話だと思う。
https://ja.wikipedia.org/wiki/西塚十勝
445: 本当にあった怖い名無し 2013/10/18(金) 15:31:27.56 ID:Pfp8PYsu0
足跡と友達
他のスレに投稿したのですが、海に関係する話として:
昭和47年ごろ、太平洋に面した漁村でのできごとです。夏でした。
小学生の私は、ともだち(男)と一緒に砂浜を歩いて、漂着したいろいろなものを探すのが好きでした。その日も、二人して、午後の砂浜を歩いていたのですが、二人で、遠くに変なものを見つけました。(その時はことさら変ではなかったのですが)
それは、足跡でした。砂浜を足跡がずっと続いています。ほとんどは、波や風によって消されていましたが、それは、比較的まっすぐに続いていました。徐々に海から上がってきたように思われました。
ちょっとおかしいなと思ったのは、足跡の大きさが長さが40センチ近くあったということです。自分たちのものと比べて大きいので、おどろきました。一歩の間隔も大きい。足跡の深さも私達の手が入ってしまうくらい深い。その足跡を追っていくと、また海に入って消えていました。
次の日も二人でいってみると、その足跡は、まだあります。まだ、というより、また、誰かが歩いて新しく残していった、と思われました。
その次の日も、新しい足跡がありました。
(続く)
446: 本当にあった怖い名無し 2013/10/18(金) 15:33:44.64 ID:Pfp8PYsu0
>>445
(続き)
これは、誰が歩いているのか確かめようということになり、四日目に、午前中から海岸の漁小屋に隠れて見張ってみることにしました。あいにくその日は、風が強く(雨は降りませんでしたが)、海が時化ていました。波が高いというので、朝、友達に電話して、今日はやめようと決めました。その日の夕方、友達の家から電話がかかってきて、友達がこちらに来ていないか?と尋ねられました。
友達は、朝から出かけて行って夕方になっても自宅に戻ってこないということでした。
その日の夕方から、消防団や地域の人が夜を徹してさがしましたが、彼は見つかりませんでした。私は、次の日の朝に、例の砂浜にいきましたが、足跡が残っていました。
以前と比べるとよりくっきりと。海から出てきて海にもどる。その行動がはっきりと残っている足跡でした。私は、その正体を見定めようとはしませんでしたし、ともだちは、それ以降、行方不明で現在に至ります。浜にいって大波にのまれたのではないか?ということでした。
その後、その浜に行って遊ぶのは大人からあまり良い顔をされませんでしたので、一週間おきくらいに行きましたが、足跡は付けられていました。同じ所から同じ所まで。
夏休みが終わって2週間目くらいの日曜日にいってみると、足跡はありませんでした。
その後、足跡があの浜に残されていることはありませんでした。ともだちの失踪とその足跡との関係は不明ですが、今でも記憶に残っているできごとです。
82: 本当にあった怖い名無し 2013/03/24(日) 13:04:29.94 ID:7+zjAVR+0
昔、海岸で卒塔婆を見つけた事があった。近くの海の家の人に聞いたら
海に卒塔婆を流して供養するという習慣があるそうで、海に投げ入れてくれと言われた。
理由がわかったから良かったけど、正直怖かったよ...
449: 本当にあった怖い名無し 2013/10/19(土) 12:13:32.44 ID:9aRAGGbm0
無人の帆船
海の話です。
戦中生まれの私が幼少のころ、祖父より聞いた話です。その祖父は、さらに彼の祖父が話してくれた、といっていましたから、そうとう昔の話だと思います。
ひなびた漁村では、昔から、その村行きに流れ着いた漂着物は、その村の所有物になるというのがならわしでした。
ある日、嵐もなく、凪の日にの朝に、大きな帆船が村の沖に流れ着いたそうです。帆は降ろされていて、動かないので、村の人々は、手漕ぎの小舟で船に近づいて、声をかけましたが、何の反応もない。しかし、投錨されていたそうで、船は潮に流される心配ありませんでした。
皆が乗り移ってみると、人がいません。時間的に、その日の朝より前に、その船が沖に流れ着いて錨をおろして停泊しているのですから、無人ということが不思議だったそうです。
乗員がボートで自分たちの村に上陸したのではないか?と村人は心配したのですが、ボートは、全てその船に装備されたままでした。村人たちは、深く考えずに、なにか金目の物は無いかと、船内を捜索しはじめました。
船は外装内装ともに傷んでおらず、良く手入れして使われていた痕跡があります。小麦や米、干し肉などの食料も豊富にありました。
火薬もあったそうです。しかし、大砲や銃などの武器はない。
(続く)
450: 本当にあった怖い名無し 2013/10/19(土) 12:18:27.82 ID:9aRAGGbm0
(続き)
皆は、よろこんで、物資を小舟で村に運び込んで、その日の夜はお祭り騒ぎだったそうです。
しかし、次の日の朝、船は跡形もなく消え失せていたそうです。他の港へ行って、自分たちの略奪行為がばれることを恐れたそうですが、そのようなお咎めはなかったとのこと。この日からちょうど1ヶ月後から、続けて5日間、村の子供たちが「神かくし」に会いました。
どこを探してもまったく見つからない。人さらいを疑いましたが、よそ者が村に入ってきたことも、出て行ったことも目撃されていなかったのです。結局子供たちは7人消え失せて帰ってこなかったそうです。
このような話ですが、祖父は、こう付け加えました。本当に船には乗員がいなかったのだろうか?
本当に船の失踪には、村人たちが関与していなかったのだろうか?なにか、秘密として隠された真相があったのではないか?と。
(続く)
451: 本当にあった怖い名無し 2013/10/19(土) 12:28:36.08 ID:9aRAGGbm0
(続き)
この話と関係があるのかどうかわかりませんが、この子供たちの失踪事件の少しあと、その漁村の沖合にある島の人が、農作業をしている時に、島のものではない男が島の林の中を歩いているのを、目撃したそうです。
村での子供失踪事件は、その対岸の島にも伝えられていましたから、島民たちは、よそ者に敏感になっていたようです。しかし、その時には、そのような人間を島に連れてきた船も、また島から連れ出した船もなかった。
リアス式の海岸部の島なので(場所が分かりそうですがw)、島の港以外には、船着場はなく、接岸上陸は容易ではなかったのに。
(おわり)
153: 本当にあった怖い名無し 2013/05/06(月) 21:23:34.34 ID:6pS+C/hb0
そういや従兄弟がフナムシを捕まえて「魚の餌だ~」って海にポンポン投げ込んでたな
本当に食べるんだ
155: 本当にあった怖い名無し 2013/05/06(月) 23:09:54.54 ID:hdVzRIW40
フナムシなんてよく触れるなあ
咬まれないの?
161: 本当にあった怖い名無し 2013/05/15(水) 22:32:55.37 ID:iBQnNlXN0
フナムシも釣りの餌だと割り切れば案外平気で掴めるようになるよ
あれも釣りにかける情熱が成せる業なんだろうとしみじみ・・・
指の中でわさわさ動くのだけは偶に鳥肌立つけどね
謎の3人
話は変わるが7年くらい前の出来事をひとつ
9月くらいだっただろうか、その時は友人とアオリイカ狙いで夜釣りに来ていたんだ
場所は自宅から車で2時間程の小さな田舎の漁港
釣りのポイントはその漁港の中でも一番大きな防波堤で、
陸地側から少しづつ先端近くに歩きながらという感じだった
風もまったくと言っていいほど無く、凪に近い状態で最高のコンディション
二人とも久々の釣りで新品の買ったばかりのエギ(ルアーみたいなもの)を見せ合ったり
過去に一緒に行った釣りの話で凄く盛り上がりながら釣りをしていたんだ
他に釣り人は居ないし結構騒がしい感じだったと思う
そして防波堤の中腹くらいに来た時には、お互い型は小さいけど5匹くらいをクーラーの中に入れて満足してた
そんな時に友人が
「あそこに人居るよな?何してんだろアレ??」
俺は言われてアゴでしゃくられた方向を見てみると確かに人が居た
防波堤の入り口から少し入った辺りで一人こっちを見てた
「釣りにきたんじゃね?」と俺が言ったが
「いや、30分くらい前に気付いたんだけど竿も持ってないみたいだし、ずっとあそこに突っ立ってんだよね」との事
立ち入り禁止でも、釣り禁止でもない防波堤なのでお互い自然と
「まあ、よく分からんがとりあえずほっといて釣りを続けよう」という事になった
その後も騒ぎながら数匹を追加し、潮も止まったみたいなのでその場に座り込んで雑談してたんだ
162: 本当にあった怖い名無し 2013/05/15(水) 22:33:29.64 ID:iBQnNlXN0
そしたらまた友人が「あれ?人増えてね??」
俺も当然の様に入り口の方を見てみる・・
そしたら確かに3人に増えてた、おまけにこっちに歩いて来てる
「こっちに歩いて来てるな、しかも何か持ってね?」と言われ
よくよく見てみると、どうやら台車みたいなものを押して歩いてるのが確認出来た
「何アレ?漁師さんか??」と俺が言ってみるものの、
友人は「こっちに船無いし、意味不明」と言ってゲラゲラ笑っている始末
確かに意味不明・・でもちょっとうるさいわお前、と思いながらも自然とその謎の3人を観察してみる事に
3人が近づくにつれ、風体もよく見えるようになってきた
一人は30代くらいのオッサンで、パーカーかなんかとジーンズ
残りの二人は俺らと同じくらいの20代半ば、スウェットみたいなのと黒いジャケット羽織った奴
んで台車の上には段ボールが何個かでスウェットの奴が押してる
多分最初に見てたのもこのスウェットの奴っぽかった
この頃にはこっちもお互いに、これはまともな連中じゃないってのを悟り黙ってその3人を見てた
防波堤だし、どこにも逃げ場は無いのでとにかく向こうの動向を見てるしかなかった
それで向こうとの距離が10m程になった時に気付くが向こうの若い奴二人はこっちをガン見状態、
オッサンはヘッドフォンで音楽でも聴いてる風だった
もちろん俺らも3人をガン見状態・・
んですれ違う瞬間は完全にお互い威嚇状態・・・・
その時気付いたんだが、オッサンのヘッドフォンから音が結構漏れてる・・・
70年代風の日本の歌謡曲みたいな感じだったけど、歌詞が明らかに日本語じゃない
修学旅行の時に行かされた半島の方の言葉だったと思う
163: 本当にあった怖い名無し 2013/05/15(水) 22:34:03.91 ID:iBQnNlXN0
そして運よく向こうの連中が脇を通り過ぎ(それでも若い奴二人は歩きながらもまだこっちをガン見)
何事も無く良かったと思いつつも眼を逸らせないでいると、どうやら先端にあるテトラの方に降りていく模様・・
段ボールみたいなのをテトラに上って海の方に運んでいる?
もう連中との距離も広がって緊張が解けたのか友人に「撤収!!」といきなり言われて俺もやっと我に帰る
もうさっさとこの場所から退きたいので「了解!!」と言ってさっさと車まで戻る事に・・
そして陸地側に歩き始めて直ぐに、先端の方からブオオォー!!というエンジン音
あぁ、多分あそこに船があったんだな・・と思いつつ、かなり危なかったんじゃねコレ??と実感する
友人は「工作船ぱねえ!!まじこえー!!」とか叫んでる始末
「あんまり叫ぶな、戻ってきたら洒落にならんぞ」と言ってなだめ、
さっさと車に戻って無事帰還しました
翌日、TVでは昨日行った漁港の付近で不審船が目撃されたと報道されていました
夕刊でも同様の記事が一面に・・・
今思い出してもホントにアレは洒落にならんとつくづく思う
もし釣果が悪ければ、連中が歩き出す前に先端に到達して船見つけてしまったのかな?
もし船見ちゃってたらどうなってたんだろうか?
とか色々想像してしまう
以上、長文・駄文失礼しました
218: 本当にあった怖い名無し 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:NNZAAhbcP
夜釣りでよく1人で海行くけど怪奇現象には遭遇したことないな
不審船注意の看板がたってるような地域で、幽霊よりソッチの方が怖かったりする
浜に打ち上げられてる海中スクーター?みたいなのを見た時が一番怖かったな
ちょっとした事件になったよ
183: 本当にあった怖い名無し 2013/06/04(火) 18:05:48.90 ID:mgxVGM8D0
海辺住みだけど
なんか小人が防波堤の脇を歩いてた
すごく自然に歩いてたから車の陰に消えるまでぼけっと眺めてたけど
ありゃなんだったんだろ
185: 本当にあった怖い名無し 2013/06/05(水) 01:29:40.77 ID:zyVIf00y0
>>183
そういうのって、精霊みたいなもんじゃないの?
186: 本当にあった怖い名無し 2013/06/05(水) 10:56:40.39 ID:mf7gZHeh0
>>183
これだった?
189: 本当にあった怖い名無し 2013/06/07(金) 03:43:55.56 ID:s8WFqOFd0
>>186
おっさんじゃなくって子供だったよ、タイヤの半分くらいの背丈の
格好は服が全体的にだぼっとしてる以外は普通だったよシャツ着てズボン穿いて
220: 本当にあった怖い名無し 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:2OLwZ4Xn0
橋の下に捨てられていたもの
先日友人の実家に友人と遊びに行った時に見たのですが。
友人の実家はとある海沿いの町にあるのですが、もともとは海だったところで
漁師さんがいた、いわゆる漁師町だったそうです。今は埋め立てられて近くに商業施設ができたり、マンション等もたくさん建っているような海沿いの町になっています。
近くに遊びに行った帰り、何気なく友人宅のすぐそばの橋の下を見たのですが、橋の下には
たくさんの墓石が捨てられて?いました。
どれも貝殻がついているような、最近捨てられたのではなくかなり年月が経っているようなものばかりでした。
友人に聞くとこともなげに「あ、それ近くの(病院)が立つ前にあったお墓の墓石を処分したんだってさー。今埋め立てられているあたりにあった防波堤(違っていたらすみません)にもたくさんあったよー。それ踏んで釣りとか行ったしねー」と言っていました。
お墓を処分するときってそれなりの手続きをすると思うのですが、そのまま処分したという
ことは、中にあったお骨はどうなったんでしょうね。
友人いわく、「(病院)はよく死人出るし、(商業施設)は客が入っていないからかなー、よく店が変わるんだよねー」
人が入らないのも、店がすぐ変わるのも、人どおりのせいだけではないような気がするんですけど。
235: 本当にあった怖い名無し 2013/07/17(水) NY:AN:NY.AN ID:nVCEfKyd0
>>220
基本破棄された墓石は産業廃棄物扱いで、埋め立てなどにも使われるそうだ。
221: 本当にあった怖い名無し 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:su7Koho90
遺骨もその辺に捨てたんじゃないか?
地元の人間は何してるんだ 抗議すべきだろ
222: 本当にあった怖い名無し 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:b4oiXw4e0
まったく怖くないけど最近の体験書くね
夜釣りやってて寝ちまったんだわ
んで、朝マズメも終わったような時間まで寝ちまってて
目を覚ますと割と美人な女性が俺の顔を覗き込んでる
女性「あ、寝てたんだ?」
俺「夜釣りやってて釣れねえから寝ちまったなあ」
女性「何も釣れなかったの?」
俺「いや~、ゴンズイ(毒魚)がうんざりするほど・・・」
女性「それ美味しいよ?ヒレを切れば大丈夫だよ」
詳しく話を聞こうと思って体を起こしたら誰もいなかった・・・
防波堤なんで隠れる場所もないしな、夢か現か・・・・
俺が飲み過ぎたのかも・・・
241: 本当にあった怖い名無し 2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:k2/24KgN0
マブイ
昔スピリチュアル系の先駆け的なElfinって雑誌があって
そこで「マブイ」ってのが紹介されてたものを読んだ、いわく
・誰でも全員持ってる
・魂や感情のカタマリの一部のようなもの
・特別なものでは無い
・死ぬほど驚いたりショックを受けると落っこちちゃう
・落ちたマブイは落とし主が同じ場所に訪ねてくるまで
そのままその場所で永久に留まる
・拾わなくても命に関わることは無いが
やはり魂の一部は抜け落ちた状態で生きることになる
自分がそれを読んだ時は鬱状態の酷い時期だったんだけど
鬱になるきっかけが入会してた勉強会での出来事だった
東京で行われた卒業記念イベントで尊敬していた先生と他の受講生から
突然吊るし上げられて「不出来な生徒」の烙印を押されたことだった
まだ十代でメンタル虚弱だったこともあって
その出来事直後は訳が解からないなりにまだ冷静で居たんだけど
東京から地元の中部圏に高速バスを利用して戻る帰途、ふいにものすごい圧迫感を感じた
じっと乗車してることにどうしても耐えきれず
予定には無かったけど日本平でバスから降りてしまった
予定も土地勘も無い場所だけどバス停の居心地が良い訳でも無いので
高速からは出ることに決めて階段を下りる
少し歩いた所で思いがけず動物園の看板を見つけて足を向けてみた
2月の動物園は閑散としてて動物も寒そうにしていたと思う
園内のリフトで高台に上がると展示館らしき建物と簡素な児童向け遊園
その裏手には茶畑が広がってて遠くかすかに海が見える
と、海を見た瞬間ガクっと何かが自分から抜け落ちた気がして
突然完全な放心状態になったようだった
242: 本当にあった怖い名無し 2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:k2/24KgN0
そのまま薄暗くなるまで身動きも出来ない状態でベンチに座って呆けてた
リフト運転終了時刻のお知らせか何かを聞いて
ああ、そうか、出なくちゃ・・・て感じでやっと来た道を引き返した
そこから後の記憶はブツッと途切れてて気が付いたら家に帰って来ていた感じ
そして無気力で無感動な気が付くと「もう死にたい」と考えているような毎日
そのままではダメだと思うし抜け出たいのに為す術が無い
本当に死ぬことを考えて一人で夜の海まで出向いたこともあった
暗い海を死ぬかやめるかって事だけ考えて
ゴウゴウなってる黒い海面を波打ち際に立って長い時間眺めてた
そんな時期に「マブイ」の記事に出会って何かが腑に落ちた気がした
もしかしてあの高台で落ちたものってマブイじゃ無かったのか?
そんな訳でダメモトで最後の気力を振り絞って日本平の動物園に向かう
前回と違って8月の動物園は親子連れで賑わってた
「ああそうだ、こんな所だった」とぼんやり考えながらリフトで高台に上る
若干記憶違いはあるようだけど茶畑や海の見える方向は間違っていなかった
座り込んでたベンチも記憶の通りに置かれてる
賑わってる中でも裏手のひっそりしたその場所でベンチに腰掛けてみる
特別に何もこれと言った感慨は沸いてこない
ただひたすら「ものすごく懐かしい」と思っている自分を
もう一人の自分がボケーッと眺めているような感覚
ただ「ものすごく懐かしい」その気持ちそのものがひどく懐かしい
それ以上の何事も一切起こらず、閉園を待たずに外に出た
今回は自家用車で来てたので帰りがてら海に寄って駐車場で仮眠
思いがけず結構熟睡していたようで目が覚めたら外は真っ暗になってた
実はその海こそが以前自殺を考えて訪れたのと同じ場所だ
243: 本当にあった怖い名無し 2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:k2/24KgN0
なんということもなく、それも記憶を辿るように海に出る
と一気にものすごい波の音に全身を包囲された
真っ暗な海は何も見えないのに大きくうねり動いてることを感じる
「怖い」
直観的に当たり前のようにそう感じる
その瞬間カチッとぶれてた自分が自分にはまった
理屈じゃない、ただ怖い、ひたすら怖い、めちゃくちゃ怖い
急に胸が高鳴り始めて冷や汗が吹き出す
思考と生理反応のタイムラグが一度に全部消えたような生まれて初めての感覚
「怖い」と感じてる自分は紛れも無い自分そのものだ
「ものすごく懐かしい」を感じていたのも同じ自分だ
そこからはアホのように尻尾巻いて車に逃げ帰って一目散に家に帰った
確かに前の時、夜の海に一切の恐怖を感じなかったのに何だこれは
ずっとまだドキドキして汗ばみながら
マブイを落とす、拾うというのはこういうことなのか?等と思いながら
同じ夜の海なのにこうも違う、こんなに違う
それが自分には怖いというよりも恐ろしいほどの驚きだったので書いてみた
以後、落ち込むことはよくあるけど鬱状態に陥ったことは無い
年も重ねて色々と図太くなったせいもあるだろうけど
案外鬱病はマブイとか目に見えない何かも関係してるのかも知れないと思う
おしまい
247: 本当にあった怖い名無し 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:Z1X5g5Z50
>>241も勉強会の会場に落ちてた訳じゃないから、別の場所だろうな
250: 本当にあった怖い名無し 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:roo/B5cw0
>>241
遅レスでスマン
それは沖縄の民間信仰の一形態だな。
ちなみに、正式にはマブイを落とした場所に行くだけじゃなくて、ちゃんと拾ってこなくちゃならない。
勿論マブイなんて目に見えるものではないから、そこらへんに転がってる石等を拾えばいいことになっている。
今はないけど、昔だと過保護なおばあちゃんは子供が転んだだけでも、転んだ場所の石を拾いに行ったのだとか。
落とした場所がわからないときは、ユタに聞くといいらしいよ。
マブイグミ(魂込め)というらしい。
ユタに頼むと、もっと儀式的に手順を踏んで色々やるらしい。呪文?とか。
胡散臭いけど、今でもやる人いるみたい。見たことないから噂だけど。
251: 本当にあった怖い名無し 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:Wp8jaS8n0
昨日のこと。
友人と釣り船に乗って沖で釣りしてきたんだけど
釣り中、海の中(ギリギリ見えるくらいの深さ)に奇妙なものを見かけた。
見たこともない丸い生物(直径20くらいかな)で、人面模様。
友人に話したら「フグじゃない?」と言われたけど、フグではなかったと思う・・
でも何だか分からない。同じやつがいるのか今調べてるんだけどね。
453: 本当にあった怖い名無し 2013/10/20(日) 14:06:12.90 ID:fu+k62PP0
冷たい木箱
漁村の話です。
父から聞いた話です。
戦争中、紀元二千六百年記念行事の際に、漁村の神社を新しくするという事業が行われたそうです。そのために、神社の宝物殿のものを他の場所に移す作業が必要になりました。
たくさんの人間がそれに関わるというのは、なにかと都合が悪い(盗まれたりする)というので、村の若者(当時は子沢山だった)のなかから三名の二十歳まえの男が選ばれたそうです。そのうちの、一人から、父が聞いた話なのですが。
宝物を移動させるのですが、それほど多くなく、1つ、古い木箱(船の荷造りのために作るような箱)が特に重要だと神主が考えていたそうです。その木箱は非常に重く、とても三人では持ち上げることも、移動させることもできない。それで、その宝物殿から、丸太で簡単なレールを敷設し、その上を滑らせて、移動させたそうです。三人しかいなかったので大変な作業だったと。
話をしてくれた人が言うには、その木箱は、常に「唸っていた」ということです。箱から音がでていた、ということらしいのですが。また、初夏というのに箱は非常に冷たかったそうです。
木材はふつうは温かい(断熱性があるということでしょうけど)のに、それが冷たいといのも変だったと。その三名は、作業を終えたあと、どのようなものを移動させたかを口外することを禁じられたそうです。
その後、その三名のうち、二名は出征して戦死し、遺骨は帰ってこなかったとのこと。残りの一名は病死したとのこと。身体全体に斑点が浮き出てやせ細って死んだそうです。天然痘ではないか?と最初に診察した近くの町の医者は、疑ったそうですが、その後、まったく噂にならなかったし、なんの対策もされなかったそうです。
その宝物は、今も村の神社にあるかもしれません。私も、知人も、家族の者もそのようなものを見たことはないのですが。
461: 本当にあった怖い名無し 2013/10/20(日) 19:50:48.61 ID:fu+k62PP0
不審人物
海の話です。
戦争中(太平洋戦争ねw)は、末期になると漁民も軍事物資人員の運搬や海上警戒のために徴用されました。
若い男でのみならず、初老の人間さえも村からいなくなって、漁業の継続的が困難になっていました。戦争が終わろうとしている時期、村に不審人物が侵入しているという噂が立ちました。夜間や日没時、早朝(といっても、漁村の朝は非常に早いのです)に、大柄の人間が海岸や段丘の原野を歩きまわっている:という目撃証言がでました。
すでに、村の沖合には、米軍の潜水艦が我が顔に出没していましたので、敵兵士が上陸しているのではないか?ということで、軍人に命令され、村人(ジジババ、女が主でしたが)で監視体制を敷きました。
といっても、武器は竹槍程度のものしかないので、敵兵士を見つけても無力だったのですが。毎晩の監視の結果、そのようなあやしい人間が「いる」ということが判明しました。ある日の夜明け前に、海岸段丘の上で、四名の監視隊(ジジババ)が、黒い人影が早歩きで移動しているのを発見、誰何しましたが、その人物は彼らを無視して歩き去ったと。
捕縛もできなかったし、歩くのが早くて追跡さえできなかったというのが情けなかったそうで、警察と軍人さんに、その体たらくを叱られたそうです。
さらに、数日後、別の監視隊が、同じような人影を村の共有林の近くで見つけて、度胸のある[おっかさん]が、追いすがったそうですが、彼女は、その林のなかで「たたき殺された」」」のです。
この事件に、官憲は色めき立ちました。特高と呼ばれる警官が数名も、辺鄙な漁村に調査に来ました。海岸は当時でも今でも一種の「防衛線」ですから、当然といえば当然なのですが。
当時は、このような事件は、絶対に口外できず、それがさらに村人の恐怖心を煽ったとのこと。殺人については、村人間の怨恨の線でも捜査されたそうです。結局、その怪しい人物は捕縛されることもなく、村人たちは、「特高も偉そうにしていて役に立たないな」、と噂したそうです。
灯火管制もあり、夜は暗く、そのような不審人物が徘徊している、ということで、村人たちは皆、縮み上がって毎夜を過ごしたそうです。村人が夜出歩かなくなったので、不審人物の目撃はなくなり、終戦を迎えたそうです。
(おわり)
480: 本当にあった怖い名無し 2013/10/21(月) 17:39:12.05 ID:cXYUeftP0
爆雷攻撃
海の話です。
日露戦争にも海軍兵士として従軍したという村の古老の話です。
(その老人は、バルチックじいさんと呼ばれていました)
太平洋戦争中は、徴用されて太平洋に監視船(漁船w)ででていると、たまに米軍機から爆撃を受けたそうです。それで亡くなった漁民が少なくなかったとのこと。
そのような監視をしていたある日、不思議な経験をしたそうです。波の静かな陽光が降り注ぎ戦争をしているということを忘れるくらいの日和だったとのこと。あやしい船影も認められなかったのですが、急に、船の下を大きな黒い船影が横切るのが見えたそうです。
海に太陽光が差し込んでいると浅い深度にいる潜水艦は船上の見張り台から見えることがあるので、敵の潜水艦と遭遇したと考えました。おそらく、こんな漁船には魚雷を放つまいと思いつつも緊張してその場所からできるだけ陸側に逃げようと舵を切りました。
普通は浅いところを航行する潜水艦は潜望鏡を出しているらしいのですが、それが見られない。
必死になって逃げていると、遠くから低空で航空機が迫ってきます。その時にはすでに制空権は日本にはなかったので、敵機来襲ということで戦死を覚悟したそうです。
しかし、その米軍機は(機種と塗装でそれと確認できたそうです)、老人たちがのっている漁船(監視船w)には目もくれず、おそらく、先に遭遇した船影に向けて爆雷攻撃を仕掛けたそうです。
高い水柱が何回も上がって、そのために、衝撃波を受けたそうです。これは、日本の潜水艦が攻撃されているのか?と考え、撃沈されたら乗員を救助しなければならない、ということで、その船を止めてその海域にとどまったのですが、日暮れまで待っても、なんの漂流物も見つけられず、諦めて帰港したそうです。
その米軍機による雷撃については、軍司令部に報告したそうですが、その後、日本海軍がどう対応したかは連絡はなかったとのこと(当たり前ですが)。
514: 本当にあった怖い名無し 2013/10/30(水) 17:27:32.37 ID:h8htim/O0
イカのようなもの
海の話です。
日露戦争に従軍したバルチックじいさんによる話です。
バル爺は、衛生兵として従軍したので、退役後、医師のいない漁村で、骨折や外科治療などのさい多大の貢献をしてくれました。沈着冷静な人で、また、「合理的な」人で人望もありました。
対馬沖海戦に従軍したのが彼の話の白眉ですが、怪談ではないのでここでは触れません。おなじ水兵に島根県浜田市出身のものがいて、砲兵だったそうです。その水兵が言うには、戦争が始まってすぐ、海岸に変なものが漂着したそうです。
海岸から漂ってくる異臭から鯨でも漂着したか?と海岸を探していみたら、10メートル程度の長細いものが漂着していました。それは、前半部が金属製の円錐形(正確には、砲弾のような形だったと)であり、後ろ半分が、生(動物のような有機物という意味でしょう)だったそうです。
その部分は、長い二股にわかれた触手のようなもので、青白く変色(元の色かも)していました。全体の形から「イカ」ではないかと発見した漁民は考えたようですが、前半部が金属で(叩くとキンキンと金物の音がした)イカではないだろう:という話だったそうです。
腐敗臭がしていましたが、その異臭は金属の部分からしていて、ナマの部分は無臭だったそうです。警察と軍隊が来て、東京から偉い先生(研究者でしょう)が来て検分しました。
地元民はまったく近寄れなくなって、2日ほど海岸で灯りをつけて調べて、ソレは、きれいに持ち去られたということでした。
朝鮮半島に近い海岸地域は、ロシア艦隊への警戒線であったため、厳しく緘口令がひかれて、その後の警戒も厳しくなったということです。
(おわり)
539: 本当にあった怖い名無し 2013/11/03(日) 19:03:09.19 ID:Ykl/d9lu0
軍事教練所
海の話ではありませんが。
バルチック爺さんが日露戦争中に見聞した話です。
彼は、その後、関西の都市部で、衛星看護兵の訓練に携わりました。そこで知り合った医務教官から聞いた話だということです。
その教官は、佐世保の収容所で、バルチック艦隊の生き残りの兵士の管理とケアを行っていたそうです。島根県に漂着したロシア人乗組員(捕虜)のなかで、インテリの士官がいて、そのロシア人は、フランス語をよくしゃべり、ドイツ語もしゃべることができたそうです。
その兵士は、教官に以下の話をしました。
そのロシア人士官の出身地は、ロシアのウラル地方、エカチェリンブルグでした。
その当時、近郊の村(から離れた森のなか)に、帝国による軍事教練所(と地元の人間は理解していた、と)があり、そこから、地元の人間ではない「子供たち」が多く集められていたそうです。不定期に人員は補充されてきて、その教練所の規模は、少しづつ大きくなりました。
地元の人間は教練所に近づいたり、そこの人間と接触することはかたく禁じられていました。
その訓練は厳しいらしく、たまに、そこから少年が逃げ出して近くの村に出没することがあったそうです。しかし、周辺の村では、その逃亡兵(と言うべきか?)を歓迎せず、時には、秘密裏に殺害したこともあったそうです。
なぜか?
(つづく)
540: 本当にあった怖い名無し 2013/11/03(日) 19:05:17.14 ID:Ykl/d9lu0
>>539
(つづき)
「あの教練所の連中は、人を食っている」という噂がたっていました。文字通り「人肉を喰らう:食人」という意味です。「あそこにいる連中は、子供だが、人の肉を喰らうヴィーだ。脱走した子供に、村人が殺された(喰われた)」と。
そのような噂は、表立って話すことは禁じられていて、憲兵による「流言者」の逮捕もあったそうです。これではなにかと不都合が多いので、地元の役人にどういうことかを村の有力者などが尋ねることもあったそうですが、「あそこでは、帝国兵士の育成をしていて・・」
というような曖昧な返答しかなかったとか。役人も知らなかったのでは?と。
「あそこは、帝国学士院(科学アカデミーと思われますが)も関与していて、我々にはどうにも・」というくらいが聞き出せた詳しい話でした。村人が命令されて、生きた牛や馬、羊などを食料として納める時も、ベトンで作られた高い壁に囲まれたその敷地には入れなかったそうです。
医務教官がドイツ語によって聞き取った話です。
(おわり)
541: 本当にあった怖い名無し 2013/11/03(日) 23:09:15.67 ID:mRmOeLl90
20数年前、妹の友人(男)が佐賀の松浦付近の海辺でキャンプ。
その時UFO が海から出現。UFOから宇宙人が出てきて追いかけられ必死で逃げ切った、と興奮していた。
しかし皆「夢でも見てたんだろ」と全く取り合わず誰も信用してくれなかった。
で、彼は「皆、信用しないなら考えがある。」と、矢追純一に事の次第を手紙を出した。
暫くして来た返事には、至極冷静に、
「それはUFOでも宇宙人でもなく、北朝鮮の潜水艦と工作員ですよ。拉致されないでよかったですね。」と書いてあった。
558: 本当にあった怖い名無し 2013/11/05(火) 17:16:32.27 ID:fgvGZtsN0
日本海海戦
海の話です。
バルチック爺さんの話です。
日本海海戦は、御存知の通り日本帝国連合艦隊の圧勝に終わったのですが、その人的被害は皆無ではありませんでした。砲兵としてはたらいた水兵たちは、敵弾による鉄片の飛散によって傷ついたものが多かったとか。
彼は、多くの戦傷者を看護しながら日本の港に帰る途中で、海から変な音が流れてくるのを聞いた:ということでした。それは、甲高い「ヒュィーン」という音で、それを最初に聞いた時には、「ロシア艦隊からの魚雷か?!」と緊張したようですが、そのような攻撃を加えることのできる敵水雷艇はその海域にはいない。他の兵士も聞いたそうです。
それは海に広がる暗闇から聞こえてくる。それが、すこしづつ低い音程に変わってきて「うぅおーん」となり、それがつづいて、また音程が高まる、という。低い音程の時は、まるで人の声のようにも聴こえたそうです。それが高い音程になると、悲鳴のようにも聞こえてきた。
音は近づくこともなく、また遠ざかることもなく、夜明け前には消えたそうです。
それを聞いた兵士の中には念仏を唱えるものもいたそうです。
佐世保に入港したのち負傷兵を上陸させたとき、看護していた砲兵が「帰路航海中、船室の中を白い人間が何人も歩き回っていた」と述べたそうです。重傷だったので幻影でも見たんだろうと思い、病院への引き継ぎ作業をしました。その砲兵が、爺さんに長い計算尺をくれたそうです。
おそらく弾道計算に用いるものだったのでしょう。生前見せてくれたことがあります。
その負傷兵のその後は聞いていません。ただ、その後、戦艦三笠は停泊中に火薬の爆発によって港で沈没します。司令官や爺さんたちは上陸していて何を逃れたそうですが、300名以上の殉職者をだしました。爺さんは、「何のために海戦で生きのびたのかわからない」と苦い顔をして話していました。その後、連合艦隊は解散し、爺さんは船をおります。
(おわり)
583: 本当にあった怖い名無し 2013/11/08(金) 15:00:00.27 ID:hS5qynEs0
ヒトガタの生物
海の話です。
みなさんは、「ニンゲン」という生き物を知っていますか?
南氷洋に分布するヒトガタの生物だそうです。
似たような話は、「今昔物語」にもあって、『巻第三十一 本朝 付雑事「第十七」漂着した巨人の死体について』に砂浜に女性の巨大な死体が打ち上げられた:という話が載っています。
これらの話を彷彿とさせる話です。
漁村では、地引網も行っていました。この漁村で行っていたのは、網の片方を固定して、もう一方を人力で引いていく:というものでした。網をうちおわった夜に、砂浜で焚き火をしていると、沖合から、人間の声のような「おーい、おーい」という音が聞こえてきたそうです。
海岸からは沖合はみえませんから、船がやってくるのかな?と思い、燃える薪を掲げて合図をしていたようですが、いっこうに船は来ない。沖合に灯りは見えない。
そうしているうちに、声はやみました。
次の日、村の皆で網を引いていると、とても大きな力で網が沖合にむかって引っ張られたそうです。かなり強い力で、鯨でもかかったのか?とみんな喜んだそうですが、その力は人を引きずるくらいで、網がやぶれたらどうしようか?と心配になりました。
一進一退の攻防が続いたのですが、突然、海岸近くの沖合で、ざっぱーんと、大きな人間の腕が海面から飛び出てきたそうです。
(つづく)
584: 本当にあった怖い名無し 2013/11/08(金) 15:00:19.18 ID:hS5qynEs0
>>583
(つづき)
その青白い手が陽光に輝いていたと。距離からすると、その腕は肘から先が、2丈ほどもあったように見えたと。網を引くので皆は必死でしたから、その後、すぐに、海面下に消えたその腕を目撃した人は多くはなかったのですが、老若男女の目撃者たちは、みな一様に人の腕だったと意見が一致していました。
その後、今度は、どっばーーん、と水柱が立って、網を引く力はなくなったようです。
網を引き上げてみると魚はほとんどはいっておらず、網に、くらげのようなねばねばしたものがあちこちに引っかかっていました。無臭でしたが、海に捨てたり浜に捨て置いたそうです。天日で乾燥したそれは、硬いせんべいのようになって、長く浜に残っていたそうです。
その日から、一週間ほどは、魚があまりとれなかったようです。また、いわゆる「リュウグウノツカイ」のような深海魚があがったそうです。深海魚はたまに上がることがあったそうですが、かなり大きな魚だったので珍しかったとのこと。
「どうみても、あれは人の腕じゃったがのう・・」と老人が私の祖父が子供の頃に話して
くれたそうです。
(おわり)
588: 本当にあった怖い名無し 2013/11/09(土) 17:24:02.94 ID:5KLddvFC0
白人の少女
海の話です。
昔、漁村では、漁村の出身者同士が結婚するのが一般的でした。生活習慣や価値観が山村とは異なるためです。村のAさんは、内陸の村に造船の交渉のため赴いた際、村の娘さんと良い仲になり、お嫁さんとして迎えることになりました。Aさんは男前で偉丈夫だったので、ねらっている娘たちも地元の村にも少なからずいて、残念がられました。
結婚して、こどもが生まれました。長男、長女と生まれて、次男が誕生。みな、元気に育ちました。昔は乳児死亡率が高かったので、めでたいことでした。次女が生まれたとき村に衝撃が走りました。その赤ん坊は、今までの子供たちと違って、いわゆる白子だったのです。
成長するとさらに驚くことに。その子は、両親にまったく似ていない。相貌が白人(毛唐)のそれだったのです。両親とも純日本人の顔つきであり、母親は、背も低い。
「白人と不義密通したのではないか?」という噂もたちましたが、そのようなチャンスはそんな辺鄙な漁村にはなく、また、母親も貞淑な人だったので、すぐに噂は消えました。
皆、不思議がりました。次女は、そんな皆の心配をよそに元気にそだち、6歳くらいに成長するとまったく白人の少女となりました。もちろん、日本語をしゃべるのですが、髪の毛の色は、紅葉したイチョウの葉っぱのよう、瞳の色は、サメの目のように青かったと。
肌の色は、陽光に日焼けして真っ赤でしたが、地肌は、貝殻のように白かったそうです。
「けとう、けとう」とまわりの子供たちからいじめられたそうですが、彼女は、父親に似て背が高くがっちりとした体つきで、自分をいじめる子供たち(漁村の男の子です)をぼこぼこにしていたそうです。
(つづく)
589: 本当にあった怖い名無し 2013/11/09(土) 17:26:34.14 ID:5KLddvFC0
>>588
(つづき)
尋常小学校(4年)を卒業したあと、成績が抜群によかったので、高等科に進むのが良いのではないか?と近くの村の教師に勧められました(その村には学校はありませんでした)。
女の子に教育をしても・・という考えも両親にはあったようですが、すでに、長男が働いていたので、高等科にいれることにしました。入学をひかえた春に、村を大嵐が遅いました。
陸揚げしていた漁船が流されるほど波が高かった夜が明けると、彼女は、家からいなくなっていました。村人がさがしまわりましたが、村にも山にも、近くの村にもおらず、彼女はまったくの行方不明になってしまいました。神かくし:というやつです。
彼女は、その顔貌から海の神様の子供で、神様が嵐の夜に迎えに来たのじゃろう:というまるで人魚姫のような噂(かぐや姫のようでもある)がされたそうですが、もちろん、それを信じるものはいませんでした。ただ、彼女の勉強机(座机)の引き出しには、鉛筆で書かれた外国語と思われる文章が書かれたわら半紙が入っていたそうです。
学校の教師を含めて誰にも読めず、その海岸付近に東京府から実習にきた、大学生や教員に見せても、「ドイツ語でも、英語でも、フランス語でもない」ということでわからなかったそうです。
(おわり)
592: 本当にあった怖い名無し 2013/11/10(日) 13:48:17.32 ID:zaTSEok90
歯
海の話です。
貧しい漁村では、副業で農業も行っていました。狭い裏山や段丘の上などを開墾して、すこしでも食料や換金品を得ようと努力しました。
その漁村でも、近くにあるまだ未開梱の段丘をひらいて、畑にしようという話になりました。標高の低い段丘面からは、素焼きの壺や磁器の破片がたくさん出土していたそうです。そのままでも使えるような完全な素焼きの皿などが出土して、実際、生活に使っていたようです。今考えると、おそらく歴史時代の遺跡だったのでしょう。
その時開梱したのは、より高いところにある段丘面でした。樹木を切り倒して、草木に火を放ちます。地面を掘っていくと、そこからも土器や石器がたくさん発見されました。当時は、埋蔵文化財に関する保護法もなかったので、そのまま開墾地の外にうちやられたり、家に持ち帰られたりしました。
開梱がすすでいくと、とても大きな土器の破片が密集している場所があり、その破片を片付けていると、大きな骨が出土しました。別に土器の中に入っていたわけではなく、その骨を覆うように破片が並べられているように見えたとのこと。
その骨は、歯がついた下顎の骨だったそうです。見慣れている鯨の骨とはちがうことはすぐわかったそうです。ハクジラには歯はないですし、イルカのようなハクジラの歯は、円錐形で顎の骨は長い。
(つづく)
593: 本当にあった怖い名無し 2013/11/10(日) 13:50:43.35 ID:zaTSEok90
>>592
(つづき)
発見された下顎は、前後に短く、歯は人間の歯のように、犬歯と臼歯が区別されました。犬歯と思われる歯は、非常に大きかったそうです。前の方の歯はぬけ落ちたのか欠損していました。
それでは、昔の人間のものかというと、その大きさが半端ではない。大人が両手で抱えるほどの大きさだったそうです。顎が上顎と関節する部分は、折れていて、鋭い刃物のようなもので付けられた切り傷がその部分の骨の表面に残っていました。
そこの土器片を取り除いていくと、下から丸い砂利石がたくさん出てきましたが、それ以上、骨はでてこなかったそうです。ただ、1間ほど離れたところから、平たい大きな骨が出てきて、肋骨じゃないかとおもったそうです。
砂利石のなかに、淡く青色に光る石(翡翠か?)があって、それとともに、その骨2点は、地元の神社の社務所に収められました。地元の神主が、そのような出土品に関心をもっていたからです。一度、学校の教師に見せましたが、なにやらわからず、海獣(セイウチのような)の顎の骨ではないか?という意見がでたそうです。
現在、その地域は原野に戻っていますが、端の崖などからは今でも石器や土器がたまにみつかるそうです。
(おわり)
380: 本当にあった怖い名無し 2013/09/30(月) 20:04:02.40 ID:w2HMuylg0
聞いた話
去年カナダの西海岸では海から来た化け物が出るという事で
子供たちを海に近寄らせなかったらしい
実際は日本から流れ着いた大量のAVを大人たちが拾い奪い合っていたらしい
本当かどうかは確認していない
381: 本当にあった怖い名無し 2013/09/30(月) 21:19:37.28 ID:VoIpCGdP0
>>380
怖い化物を大人の都合で子供に聞かせるのは本当なので
あながち無いとも言えない
子供を育ててみればわかるが
化物は本当に便利だ
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