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発明は危険と隣り合わせ…自分の発明品で死んでしまった17人の発明家たち

2019年05月17日:21:00

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コメント( 24 )

偉大な発明に危険はつきもの

偉大な発明は、犠牲の上に成り立っていることが多いのかもしれません。今回は自分の発明品が原因で死んでしまった17人の発明家を紹介します。



1. 高速列車(1917年・ロシア)

Invent-pic-1-Flickr

ヴァレリアン・アバコフスキーは、航空機エンジンと背面プロペラを装備した鉄道車両を発明しました。最高時速140Kmに達するため、ソビエト連邦のリーダーたちは、すぐにテスト走行を命じます。テストはモスクワからトゥーラ間の200Kmで行われ、往路は成功を収めました。

しかし、帰路の走行中、最高速度で脱線し事故を起こします。この事故で発明した本人が死亡しましたが、乗っていた22人のうち16人は無事でした。この発明は、M-497の開発などに影響を与えています。

M-497

M-497機関車は、アメリカ合衆国のニューヨーク・セントラル鉄道によって製作されたジェット機関車。通称Black beetle。

安価に高速鉄道を実現する手段の1つとして1両のみが試作されたが、量産されることはなかった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/M-497





2. 印刷機(1867年・アメリカ)

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19世紀、工場の労働者の仕事は危険が多く、たくさんの労働者が勤務中に事故で手足を失いました。そんな中、ウィリアム・ブロックは印刷機を発明し、作業をより速く、より効率的にします。

しかし1867年春、ブロックの発明品を購入した事務所を訪れた際、ブロックは事故に遭ってしまいます。機械を調節中、ブロックの足が運転ベルトに引っかかって足を切断し、手術中に亡くなってしまいます。54歳でした。

この印刷機は1時間で3万部を印刷することができたため、ブロックの死後もとても人気があったそうです。



3. 兄弟で発明した蒸気車(1918年・アメリカ)

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1902年、双子のフランシスとフリーランのスタンレー兄弟はスタンレー自動車会社を設立し、蒸気自動車を発明しました。1906年には、最高時速204Kmまで到達し、陸上の最速記録も叩き出しています。

しかし、1918年7月、発明した自動車を運転中、フランシスは丸太に衝突して事故死してしまいました。目撃者によると、馬車を避けようとして急に向きを変えたそうです。フランシスの死後、1920年台半ばにはフォードの車に人気が集まり、1924年に兄弟の会社は廃業しました。



4. 発明品を信じてエッフェル塔から飛び降り(1912年・フランス)

Invent-pic-4-Wikimedia

1910年、パイロット用パラシュートの発明に、フランスの大佐は高額の賞金を懸けました。この賞金に挑むため、オーストリア生まれのフランツ・ライヒェルトは軽量のフライング・スーツを発明しました。ダミー人形を用いて、5階から飛び降りた実験は成功します。

そこで、ライヒェルトは自分がフライング・スーツを使ってエッフェル塔から飛び降りると宣言しました。日曜日の朝、たくさんの群衆が見守る中、ライヒェルトは飛び降りましたが、パラシュートは半分しか開きませんでした。そのまま地面に落下し、ライヒェルトは即死しました。

警察や友人はライヒェルトがダミー人形を使うと思っていたそうです。



5. 燃料が爆発(1930年・ドイツ)

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マックス・ヴァリエは、月や火星にロケットを飛ばすことを夢見ていました。のちに、科学の不思議を世の中に伝えたいと考え、ヴァリエは科学ジャーナリズムに勤しみ、ロケットエンジンで推進する自動車の開発を進めます。

1920年台後半、自動車大手のオペルと手を組み、1930年には液体燃料ロケットエンジンの開発に成功しました。しかし同年5月、燃料が実験室で爆発する事故が起こり、ヴァリエは即死しています。



6 輸血(1928年・ロシア)

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アレクサンドル・ボグダーノフは、哲学者であり、SF作家であり、医師でもありました。ボグダーノフはもっと長生きしたいと考え、輸血の実験を始めます

自分自身が被験者となり、11人目の輸血までは順調に進みました。しかし、その後マラリアを患っていた学生から採血してしまいます。ボグダーノフもマラリアに感染し、亡くなってしまいました。



7. たくさん発明したけど…(1944年・アメリカ)

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トマス・ミジリーはとても好奇心の強いエンジニアで、100を超える特許を取得しています。1940年、ミジリーはポリオを患ってしまい、重度の身体障害になってしまいました。それでも実験を続けたいミジリーは、自分の身体を支えるために、ロープと滑車で装置を発明します。

しかし1944年の夏、この装置のロープにもつれて、ミジリーは絞扼で亡くなってしまいました。雑誌タイムが発表した「50の最悪な発明」には、ミジリーの発明が2つ入っていたそうです。



8. 飛行機(1973年・アメリカ)

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1970年代、多くの企業が自動車と飛行機を合体させたフライング・カーの開発に参入します。その中には2人のアメリカ人によって設立されたAVEという会社もありました。

1973年半ばには最初の試作品が完成し、2人の操縦士がテスト飛行を行いましたが、翼の不備で緊急着陸を余儀なくされました。

2回目のテスト飛行が行われましたが、パイロットを用意できず、発明者の1人が操縦します。しかし、空中で旋回する際、右翼が折れて機体は地面に落下し爆発しました。この事故で、発明者の1人と同乗者は即死しています。



9. 蒸気自転車(1896年・アメリカ)

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シルベスター・H・ローパーは、世界初のバイクの発明者として知られているだけでなく、勇敢なバイク王としても知られています。1968年、ボストンで働いていたローパーは、普通の自転車に蒸気エンジンを搭載した、蒸気自転車を披露しました。

1896年夏、発明品のバイクで走行中、ローパーは事故で亡くなってしまいます。目撃者によると、最高時速が40Kmに達した時、ローパーはバランスを崩して転倒し、頭部を打って即死しました。

検視によると、死因は心不全によるものでしたが、ローパーはスピード愛の犠牲者として知られています。



10. 原爆の研究(1946年・アメリカ)

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ルイス・アレクサンダー・スローティンはカナダの物理学者であり科学者です。その後、原爆の開発に取り組む極秘チームに召集され、スローティンはウランとプラトニウムの研究に勤しみました。

1946年5月、スローティンは実験中の失敗により核分裂反応を引き起こしてしまいます。この事故で、大量の放射線を浴びてしまい、2週間以内に亡くなりました。事故が起こった時、同僚を救うために自身が犠牲になって放射性物質に飛び込んだそうです。



11. 灯台の中で…(1703年・イギリス)

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イギリスのエンジニアだったヘンリー・ウィンスタンリーは、事故の多かった海域に灯台を建設することを決めました。多くの人は立地上、灯台の建設は困難だと警告しましたが、ウィンスタンリーは計画を進めて完成させました。

その後も、灯台に手直しを加えていったウィンスタンリーは、自分で作った灯台に自信を持ち始めます。そのため、史上最強の嵐がイギリスを直撃した時に灯台の中で過ごすことを決心しました。

しかし、灯台は史上最強の嵐で倒壊し、中にいたウィンスタンリーと5人の男性は海に消えてしまい、遺体は今も発見されていません。



12. 鳥に魅せられて(1008年・イラン)

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イスラーム圏の神学者であり哲学者だった、イスマーイール・ブン・ハンマード・ジャウハリーは、ある時、飛ぶことに魅了され、鳥のように自由に飛びたいと思うようになります。そして、ジャウハリーはグライダーの試作品を完成させ、飛べることを証明しようとしました。

1008年、自家製の翼を持って、ネイシャーブルのモスクのてっぺんに登りジャンプ、墜落して死亡したと記録されています。ジャウハリーは、自分が鳥だという妄想を持っていたという説もありますが、飛行に憧れた先駆者の1人だったとも言われています。



13. 一番最初の飛行事故(1785年・フランス)

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今まで多くの人が空を飛ぶことに挑戦しては事故で亡くなりました。ジャン=フランソワ・ピラートル・ド・ロジェは一番最初に飛行事故で亡くなった人物です。1785年、ド・ロジェは発明仲間とともに、熱気球でイギリス海峡を渡ろうとしました。

ド・ロジェはこの挑戦の以前に、すでに熱気球での飛行に成功していたそうです。しかし、海峡横断中に事故死してしまいます。この挑戦はフランス王の前で披露されたものでした。



14. 山を越えられると思ったら(1913年・ルーマニア)

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ルーマニア人のアウレル・ヴライクはミュンヘンで工学を学んだのち、飛行機の設計を始めます。1910年、グライダーで最初の飛行に成功しました。その後、飛行機でのテスト飛行の準備が整います。

1913年9月、カルパティア山脈を越えようとした際に墜死してしまいました。ヴライクはルーマニアの国民的英雄とされており、紙幣に肖像が使用されています。



15. 自分が導入したギロチンで処刑(1581年・イギリス)

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1564年、エジンバラ市は処刑装置のデザインを募集しました。そこで、第4代モートン伯爵ジェイムズ・ダグラスは、初期のタイプのギロチンを導入します。しかし、のちにモートンが逮捕された時、自身が導入したギロチンで処刑されました。



16. 鳥人間(1896年・ドイツ)

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オットー・リリエンタールは、ドイツの初期航空工学発展に貢献した航空パイオニアの1人として知られています。実際にハンググライダーを作り、小高い丘から飛行する無数の試験を行いました。

1896年8月、飛行中の事故により首を骨折し、直ちに病院に運ばれたものの死亡しました。



17. ノーベル賞を2回も受賞したけど

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ポーランドの物理学者であり化学者であるマリー・キュリーは、ノーベル賞を受賞した最初の女性です。キュリーの最大の貢献は、放射線の研究でした。1920年代になると、キュリーは体調不良に悩むようになりますが、そのまま研究を続けます。

キュリーは放射線物質を机に保管していただけでなく、ポケットに入れて持ち歩いていたそうです。1934年に66歳で亡くなりましたが、体調不良と研究を結びつけていませんでした



技術が進歩していない時代だったからこそ、発明は危険と隣り合わせだったのかもしれませんね。発明家の人たちの探究心には頭が下がります。


via:HISTORY COLLECION

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発明は危険と隣り合わせ…自分の発明品で死んでしまった17人の発明家たち

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コメント

1  不思議な名無しさん :2019年05月17日 21:04 ID:1FE.xFvp0*
ファラリスの雄牛がないぞ
2  不思議な名無しさん :2019年05月17日 21:13 ID:3Uw.FKUQ0*
キュリー夫人そこそこ長生きで草。
3  不思議な名無しさん :2019年05月17日 21:14 ID:JXGhKQL70*
セグウェイもな
4  不思議な名無しさん :2019年05月17日 21:22 ID:Wh.k23Cs0*
乗り物系はやっぱ死にまくりなんだな
5  不思議な名無しさん :2019年05月17日 22:40 ID:r2tLxxfB0*
この人らの犠牲があったからこそ現代の技術発展があるんやね
6  不思議な名無しさん :2019年05月17日 23:36 ID:PqQ758OV0*
>乗っていた22人のうち16人は無事でした

6人も死んどるやんけ
表現が逆や
7  不思議な名無しさん :2019年05月17日 23:48 ID:h2g8bh.40*
キュリー夫人、この時代にここまで生きてたら普通かそれ以上に生きてない?
8  不思議な名無しさん :2019年05月18日 00:18 ID:zT4GQR.J0*
::::
::::
::::
9  不思議な名無しさん :2019年05月18日 00:36 ID:HxT3cKNG0*
スローティンは発明家じゃないし
周りの警告も聞かず危険な実験を強行した愚か者だけどな
10  不思議な名無しさん :2019年05月18日 03:31 ID:zkNYHFoM0*
ファラリスの雄牛が速攻で出ていてワロタw
11  不思議な名無しさん :2019年05月18日 04:50 ID:xQX4M0gb0*
風船おじさんも入れてあげて
12  不思議な名無しさん :2019年05月18日 06:08 ID:zJ9ZNpbf0*
エッフェル塔のやつは動画あるんだよな
13  不思議な名無しさん :2019年05月18日 08:40 ID:AKUP1Fp80*
レントゲンもがんで死んでいる。
DNAの構造が解明されとき、元になったX線回折写真を撮ったフランクリンはがんで死んだが、その写真を見ただけのワトソンはまだ存命だし、クリックも今世紀まで生きた。
14  じょん・すみす :2019年05月18日 09:14 ID:B3uivOfe0*
シアン(青酸)を発見した人は、それを吸い込んで
思わず亡くなったしまった。
って話を聞いた。
15  不思議な名無しさん :2019年05月18日 09:50 ID:NhE02hkb0*
正確で詳細な記録が残っている近世以降の話だけかと思ったら
12.みたいな例も入れたらいくらでも出て来るのでは
16  不思議な名無しさん :2019年05月18日 10:27 ID:xrxtKVSa0*
キュリー夫人が歩く災厄で草
17  不思議な名無しさん :2019年05月18日 16:44 ID:jkX4C.0P0*
キュリー夫妻の研究ノートからは、今でもありえない量の放射線が出続けてるんだってさ。
18  不思議な名無しさん :2019年05月18日 20:32 ID:FfP3RDE70*
そうだ、思い出した。
13番の世界初の航空機事故の原因は、設計ミスなんだ。
水素気球と熱気球を組み合わせて、浮力と操縦性の両方を
向上させようとしたんだが、水素に火が着いて火災を起こして墜落したんだ。
ただし、アイデア自体は悪くないんだ。
浮力ガスにヘリウムを使って、下からバーナーで加熱する
”ロジェ式”って気球が、今は有るから。
19  不思議な名無しさん :2019年05月18日 21:28 ID:2DV5Evqn0*
キュリー夫人、頑丈だな
20  不思議な名無しさん :2019年05月19日 09:19 ID:pp6lZJnB0*
自転車のやつは「ヘルメットがなかったら即死だった」案件
むかしはそんな知恵ないからね…
21  不思議な名無しさん :2019年05月19日 20:51 ID:v4dm3gz90*
1800年代、華岡青洲の全身麻酔
自分の身ではないが、母親と妻が志願して実験台になった。母親は死亡、妻は失明。全身麻酔は世界初だとされている。
22  不思議な名無しさん :2019年05月19日 21:58 ID:eoil6HQ.0*
>>6
6人で済んどるやんけ
全死よりいいやろ
23  不思議な名無しさん :2019年05月20日 09:40 ID:AguCywIV0*
※21
年齢一桁台の時に見たドラマで嫁が失明して姑(青洲母)が「ワシゃピンピンしとるのにこれくらいで失明とは情けない」的なマウントかましてたら青洲「実は嫁よりお母さんのクスリは減らしてたんだよ」とネタばらしするという展開があったように記憶してるけど、結局死んだのか
何分幼少時の事なので記憶が曖昧だけど、なんでかその部分だけを覚えてた
24  不思議な名無しさん :2019年05月28日 23:31 ID:eSfxEY.D0*
黒王はキュリー夫人だった!

 
 
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