2. チェコスロバキア
1526年、オーストリア大公がボヘミア王位を継承し、チェコがオーストリアの一部となります。一方、スロバキアはハンガリー人に征服され、ハンガリー王国の一部でした。
オーストリア=ハンガリー帝国の影響で、1918年チェコとスロバキアは一つの国に統合されます。しかし、両国の緊張が高まり、1992年、両国の首脳は平和的分割に合意しました。
3. 教皇領
西暦700年から、1,000年以上に渡り、ヨーロッパ、特にイタリアの人々に対し、法王は宗教的な影響を及ぼしてきました。教皇領の住人にとって、宗教が何であれ教皇は世俗的な支配者です。しかし、実際のところ教皇の影響力は小さく、独立した君主が国家の大部分を支配していました。
その後、教皇領はバチカン内で孤立していきます。1870年、国家は正式に廃止され、イタリアはバチカン市国を自国の領土にしました。
4. 旧東ドイツ
第二次世界大戦後、英国、米国、ソ連はドイツとベルリンを分割します。東ドイツの社会はしっかり統制されており、学校でマルクス・レーニン主義を叩き込みました。失業率は低く、手当は整っていたそうです。
しかし、窮屈な生活だったため、賢い人たちはみんな西側に逃げていきました。その後、ドイツは正式に連邦共和国となり、東ドイツは終焉を迎えました。
5. ユーゴスラビア
1918年にスロベニア人・クロアチア人・セルビア人王国が誕生し、1929年ユーゴスラビア王国に改名されました。1945年からは社会主義体勢が確立され、ユーゴスラビア連邦人民共和国になります。しかし、1980年代後半の不況で、自治・独立要求が高まりました。
その後、1991年に始まったユーゴスラビア紛争で、国家は解体されます。2003年には、セルビア・モンテネグロとなったものの、2006年には両国が独立を宣言して、この国家も完全消滅しました。
6. オスマン帝国
オスマン帝国は人類史上最も長生きした帝国の一つです。1300年代に半遊牧民のトルコ人によって形成され、1600年から1700年にかけて中東、北アフリカ、南東ヨーロッパを支配しました。
しかし、1900年には外交的に孤立し脆弱になります。第一次世界大戦後、連合国はオスマン帝国を公式的に分割しました。現在、分割された領土は、トルコを中心としていて、大幅に縮小されています。
7. ソビエト連邦
1917年の十月革命でロシア帝国が崩壊します。
ボリシェヴィキは、ロシア社会民主労働党の多数派で、臨時政府を転覆させました。そして、1922年、ロシア社会主義連邦ソビエト共和国を設立します。
新政府の目標は、出生に関係なくすべての男女に真の平等を実現することでした。スターリンの時代まで政権は成功していましたが、のちに停滞期に入り、政治や経済で危機に陥ります。状況は好転せず、1991年にソビエト連邦は解体しました。
8. プロイセン
プロイセンは、現在のポーランド北部からリトアニアにかけて広がる地域で、プロイセン公国とブランデンブルク辺境伯が起源です。1657年、プロイセンとブランデンブルクは独立国となりました。その後、戦争に勝利しプロイセンは強国となります。
19世紀後半にはさらに勢力を増し、1867年北ドイツ連邦の盟主となりました。そして、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの支配下になります。終戦後の1947年2月25日、プロイセンは解体しました。
9. 両シチリア王国
両シチリア王国は、19世紀の南イタリアに存在しました。ナポレオン戦争後、1816年にシチリア王国とナポリ王国が統合されて成立しています。その後、両シチリア王国は約45年続きました。
しかし、独立運動や民族運動、革命運動が起こります。1861年、イタリア統一運動の中で、両シチリア王国は征服されて消滅しました。
10. イオニア諸島合衆国
フランス革命戦争前、イオニア諸島はヴェネツィア共和国の一部でした。1797年の政体の崩壊によってフランスに併合され、その後、オスマン帝国とロシア帝国によって占拠されます。再びフランスに占拠された後、イギリスの保護下に置かれました。
イギリス軍の管理下であったものの、オーストリア帝国からも商業的な保障を得ます。1817年8月26日に、イオニア諸島合衆国が建国されましたが、1864年5月28日にギリシャ王国に併合されました。
どんなに強国であっても、いったん歯車が狂えば消えてしまうようです。将来、思わぬ国が地図から消えるかもしれませんね。
via: LISTVERSE