達徳学校へ
達徳学校は香港中心地から離れた天水園という地区にあるのだが、付近でホテルを選ぶとなると選択肢は比較的高級なホテル二つしかなく、泣く泣くいつも宿泊するホテルよりも高い金額を払ってチェックインした。
このホテルからだと達徳学校は歩きでも行ける距離にあるので、部屋に荷物を置くと早速下見に向かう事にする。5月の香港は蒸し暑く、ジワジワとシャツが湿り気を帯びていく中、距離にして2kmほど、グーグルマップを頼りに20分ほど歩くと念願の建物が見えてきた。
そこから写真を撮りながら歩いて行くと校門が見えてくる。
校舎は外からパッと見ただけで分かるほど変色しており、
いかにもお化け屋敷といった風貌だったのだが、こちらの門だけは塗り直しているのか、それほど年月を感じさせないものだった。
しかし、学校周辺は住宅地で、人の往来も多いため明るい時間帯に中に入ることは断念し、一度ホテルに戻り夜を待った。
時刻は22時、まだホテルの外では野外コンサートの音楽が流れているが、さすがに少し離れた達徳学校周辺は寝静まっているだろうと考え、カメラバッグを持って2度目の探索へと向かう。
ホテルから離れるにつれて街灯の数は減っていき、10分ほど歩くと道はほぼ真っ暗になる。
昼間は何とも思わなかったが、夜になってみると途中にある墓やトンネルが不気味に思えてくる。
それらを通り過ぎて歩き続けると学校のフェンスが見えてきた。
昼間の長閑な雰囲気とは打って変わって、今目の前にある建物からは
明らかに入ってはいけないオーラが漂っている。若干怯みながらも校門まで歩き、中に入る。
校門から少し進むと校舎入口があるのだが、時折誰かが使用することがあるのか、比較的新しい家具や飲み物が置いてある。この時点で時刻は22時半をまわっているのだが、まだ外の道は人や車が通るので、なるべくフラッシュの光を外の通行人に見られないよう気を付けながら撮影を進めていく。
そして、最初の扉を抜けるとすぐ右手には
大量の線香がお供えしてある。やはりまだこの建物は誰かが使用することがあるらしく、これは霊を鎮めるための物なのだろうか・・・
さらに進んで行くと教室が見えてくるのだが、さすがに開校から40年以上、廃校になってから20年以上経っているだけあって、建物はかなり老朽化している。ガラスはほぼすべて割れており、コンクリートも所々剥がれ落ちてしまっている。
足元に注意しつつも先へと進み、一つ目の部屋に入るとその中に鎮座するものを見て背筋が寒くなった。そこにあったのは
いくつものロザリオを首からぶら下げたマリア像だった。そしてその足元には、明らかに供え物らしき水の入ったペットボトルが置いてある。
香港で信仰されている宗教は主に、仏教、道教、キリスト教なので、線香とマリア像自体はこの国では不思議なモノではないのだが、一つの施設内に線香とマリア像が置いてあるというのは気味が悪い。この施設を今現在も使用している人々は一体何を恐れてこれらを置いているのだろうか。
マリア像の部屋を出ると、一度そこから校庭に出て校舎をライトで照らしながら全体を見渡してみる。校舎は2階建ての細長いコの字になっており、ガラスの無い窓から誰かが顔を覗かせてきそうな雰囲気だ。壁の一部には黒く焦げたような部分があるので、もしかしたら日本の廃墟のようにヤンチャ者が過去に放火したことがあるのかもしれない。
校舎内に戻って教室をまわっていると、かつては黒板があったであろう場所に落書きがあった。日本の廃墟に比べて圧倒的に量は少ないのだが、何カ所かこのように日本と同じ類いの落書きを目にした。
トイレは見ての通り日本と同じような造り。ここには一切落書きはない。多分、肝試しに来る人が日本に比べて圧倒的に少ないのだろう。
続いて2階へと上がり教室を一つ一つ見て回る。全体的にかなり不気味な雰囲気は漂っているのだが、ここまで特に異常なことは起こっていない。緊張感が途切れ始め、フラッシュをバシャバシャ焚きながら写真を撮っていた時に事件は起こった。
手すりから身を乗り出して反対側にある校舎の写真を撮っていると、
「ガチャガチャガチャ、ギィーーーーーー!」
なんと、
校門の錠を外して門を開ける音が聞こえてきた。時刻はすでに23時近い。下の写真に写っている校舎の向こう側には道路があるのだが、私がそちらに向けてフラッシュを焚いていたために、通り掛けにフラッシュを見た建物の管理関係の人間か警察が入ってきた。状況的にそうとしか考えられず、すぐにライトを消して教室の中に入り、息を殺して相手の動きを伺っていた。
話し声と足音の正体は
校門の方からは微かに足音や話し声が聞こえており、
明らかに向こうもこちらの動向を伺っている、そんな雰囲気だった。それから10分ほど教室内で様子を伺っていたのだが、門が閉まった音はしていないものの校門周辺の気配はなくなったので、恐る恐る校門まで忍び足で近づき、今どういう状況なのか確かめることにした。
校舎入口の壁にくっついて耳を澄ませてみるが、全く足音や話し声は聞こえてこない。もう大丈夫だろうとゆっくりと顔を覗かせてみると、門は閉まったままでそこには人っ子一人いない。先ほどは明らかに門の開く音と人の話し声や足音が聞こえてきており、
”門がしまる音”は聞いていないのにこの状況は明らかにおかしい。
「ドクンドクン」と心臓の鼓動が早まるのを感じながらも、まだ校舎内の撮影が半分しか終わっていなかったため、早足で校舎内に戻って残り半分の撮影を始めた。
原因は不明だったのだが、一応先ほどのことがあったためにフラッシュが必要なカメラでの撮影はせずに、ハンディライトでスポット照射しながらビデオカメラでのみ撮影し、撮影終了後は急いで門をよじ登って達徳学校の探索を終了した。
ホテルへの帰り道はタクシーを拾い、涼しい車内でグッタリとしてホテルに到着するのを待った。
先ほどの出来事は何だったのだろうか。汗ばんだシャツが一気に冷えていく心地良さでウツラウツしながら考えてみるものの、答えは出なかった。
文:濱幸成