642: 本当にあった怖い名無し 2006/02/16(木) 16:04:17 ID:4cm+DV2P0
しかしその夜は一時間、二時間と瞼を閉じてもまどろみが訪れてきませんでした。僕はずっと窓を見やっていました。
そこには真っ黒な木の枝や葉と、その間に見える青白い夜空がまだら模様に僕の目に写りました。
しかし何やら気味が悪い感じがして再びMに「ここ、何かいるのかな?気持ちわりい」と尋ねました。
お互い窓の外を見ている状況でした。Mは「ああ、いるぞ。今そこに来ている。いる」と言葉を返してきました。
さすがに僕もビビり「どこらへんだ?」と聞きました。Mは「木の上」と言いました。
僕は先程から木々の上を見ていましたが特にそれらしき影は見当たりません。
見えるのは「黒」い木々とその間に見える「青」い夜空だけです。
「どこだよ?」「分からないか?今お前をにらんでいるぞ」
どこだ? どこだ?
僕はそれでも分からないので視界の中をまんべん無く凝視していました。
でもやっぱり見えるのは黒と青の二色の世界…女の顔なんて…
そして僕は、だんだん分かって来ました。理解してしまったのです。
その時ははっきり言って全身が凍りました。
黒と青の世界の中に、真っ黒い髪の毛を中分けにした真っ青な肌を持つ女が無表情に僕を見ていました。
「うわああああ!!!」僕は絶叫しました。何て事だろう。
おそらく僕は、気付かなかっただけでずっとこの女と見つめあっていたんです。
無表情で、黒目がほとんどしめる細い眼、真一文字に閉まった大きな口。
その顔と何回もおそらく目があったのだろう。今まで見ていた
「黒」い木々とその間に見える「青」い夜空がすべて女の顔に見えてくるような気がしました。
「真っ青な顔した女が見えただろう?」とMは聞いてきました。もう僕はすぐにカーテンを閉めて布団にくるまりました。
「つ…憑いたりしねえよな?」と僕はもうすっかりMにすがっていました。
「わからねえ。だが、今絶対にお前は外に出るな」と念を押してきました。もちろんそんな気は起きませんでした。
643: 641-642 2006/02/16(木) 16:05:28 ID:4cm+DV2P0
話は以上ですが、僕の人生の中では一番洒落にならん話でした。何せ忘れたくても忘れられないあの顔。
とくに上手くオチはつきませんが、こんな所です。
余談ですがその夜は僕が悲鳴を上げても誰も起きたりしてこなかったのでそのまま怖いけど寝ました。
ただ、自分以外確実に寝ているなぁと布団の中で考えていると、外から「ドサッッ」と何か
重い物が降って来る音が聞こえました。もう僕はマジ泣きでMの布団に入りました。
708: 本当にあった怖い名無し 2006/02/18(土) 02:26:16 ID:q/0t1Rza0
K
これは漏れが大学一年の五月の話。
親しいヤツにしか話した事がないんだが・・・
地方から出てきて、大学に入り一ヶ月くらい。
まだ殆ど友達もおらず、授業が終わると即効でアパートに帰ってた。
とまぁ、ここまではよくある話。
ある日の夕方、チャイムも鳴らさず漏れの部屋に入ろうとするヤツがいる。
慌ててキーチェーンをして、直ぐに布団に潜って息を潜めてた。
のぞき窓から確認すれば良かったんだが、何故かイヤな予感がして
それはやらなかった。
翌日も同じような時間に入ろうとするヤツが来た。勿論、同じように
キーチェーンをして、布団に潜り込んだ。同じくイヤな予感がしたから。
またその翌日も、その次の日も、同じようにやってくる。
さすがに気味が悪くなってきたころ、持ち電話がなった。
===つづく===
709: 708 2006/02/18(土) 02:27:11 ID:q/0t1Rza0
===つづき===
「おい、K!Kだろ??あれ?」
Kとは漏れの名字と似ているが違う名字。
相手「お前何他人のそぶりしてんだよ」
漏れ「いや、あの、●●といいますが・・」
相手「なんだ、まぁいいや」ガチャ
その少し後、またドアがガチャガチャ。そのときは、更にイヤな予感がした。
漏れの部屋は一階の道路側で、いつもカーテンを閉めてたんだが、その
カーテンのすき間から誰かがみてる。「マズイ」と思った瞬間、そいつと目が
あった。誰かに似てる?
それから数日、ドアは開けられそうな事はなかった。
忘れかけそうになってたある日、キーチェーンをせずに、鍵だけかけて
部屋にいた。突然、鍵を開ける音が聞こえ、ドアが開いた。
うわ、入って来やがったと思って、武器になりそうなものを手に取り玄関へ。
漏れは凍りついた。
そいつはまぎれもなく、漏れだった。
暫く会話したのだが、内容は良く覚えていない。ただ、その後、あいつは
来なくなった。一体、なんだったんだろう。未だによく解らない。
854: 1/3 2006/02/21(火) 21:20:49 ID:xy3fdEzO0
救急車の音
このスレ向けみたいな体験にあった(これからあるかも?)ので紹介する。
まあ、特に他人からすれば怖くない話だしくだらねーと思うかもしれないけど
俺にとっては洒落にならないことです。
俺の家は山が周囲に広がって人家もまばらな田舎。ほんと何もない。
子供のころから夜中にはよく起きる方だった。
その時よく耳にするのが救急車のピーポーピーポーという音。
またどこかのお年寄りでも倒れたのかーと気にしていなかった。
最近のことだけど、こんな事が起きた。
ある日また夜中に救急車の音が響いてきた。いつものことだと2度寝しはじめたけど
それから5分以上は経過したのにまだ音が鳴り止まない。
855: 2/3 2006/02/21(火) 21:22:15 ID:xy3fdEzO0
今までにもなぜか20分は軽く超えるほど長く音がなっていた夜もあった。
でも俺って鈍いのか不思議だとは何も思ったことが無かった。
眠くてそんなこと気にしてられないってのもあったけど。
その日はその音の異変に気づいてしまった。
10分、15分間すぎてもなり続けているピーポーピーポーという音。さすがに気になる。
部屋の電気をつけてカーテンを開けようとした瞬間、すぐ間近で鳴っているような大音量。
近所の家の犬が激しく吠え出した。
まさか隣の家に救急車がきたのか?とカーテンを開ける。
856: 3/3 2006/02/21(火) 21:23:59 ID:xy3fdEzO0
即座に音は消えた。隣の家は真っ暗で明かりもない。窓を開けてよく目を凝らしたが
いまだ吠え続けている犬の鳴き声の他は特に物音は無かった。
なんとなくがっかりした気持ちで布団に入ったが救急車の音は再び鳴ることはなかった。
まさかこれって音が聞こえていたのは自分だけ?幽霊の仕業?
なんて妄想して一人で勝手に怖がっていた。
次の日、家族に救急車の音の事を聞くと悪い予想が当たったようだ。
案の定そんな音は聞いてないと。近所に救急車に運ばれた人もいなかった。
幻聴だったのか?俺は仕事柄、幻覚中毒を起こす代物をそのまま扱っているがいくらなんでもね。
次また夜中に鳴り出したら臆病な俺はどうなってしまうのだろう。
859: 本当にあった怖い名無し 2006/02/21(火) 22:16:19 ID:rNsf8cA80
>>856
幻覚中毒を起こす代物を扱う仕事してるってほうが怖かった
898: 麻雀 1/4 2006/02/22(水) 19:51:17 ID:CqBHiC0Y0
麻雀
師匠は麻雀が弱い。
もちろん麻雀の師匠ではない。
霊感が異常に強い大学の先輩で、オカルト好きの俺は
彼と、傍から見ると気色悪いであろう師弟関係を結ん
でいた。
その師匠であるが、2、3回手合わせしただけでもそ
の実力の程は知れた。
俺は高校時代から友人連中とバカみたいに打ってたの
で、大学デビュー組とは一味違う新入生としてサーク
ルの先輩たちからウザがられていた。
師匠に勝てる部分があったことが嬉しくて、よく麻雀
に誘ったが、あまり乗ってきてくれなかった。
弱味を見せたくないらしい。
1回生の夏ごろ、サークルBOXで師匠と同じ院生の
先輩とふたりになった。
なんとなく師匠の話しになって、俺が師匠の麻雀の弱さ
の話をすると、先輩は「麻雀は詳しくないんだけど」
と前置きして、意外なことを話し始めた。
899: 麻雀 2/4 2006/02/22(水) 19:52:01 ID:CqBHiC0Y0
なんでも、その昔師匠が大学に入ったばかりのころ、
健康的な男子学生のご多聞に漏れず麻雀に手を出した
のであるが、サークル麻雀のデビュー戦で役満(麻雀で
最高得点の役)をあがってしまったのだそうだ。
それからもたびたび師匠は役満をあがり、麻雀仲間を
ビビらせたという。
「ぼくはそういう話を聞くだけだったから、へーと思っ
てたけど、そうか。弱かったのかアイツは」
いますよ、役満ばかり狙ってる人。
役満をあがることは人より多くても、たいてい弱いんで
すよ。
俺がそんなことを言うと、
「なんでも、出したら死ぬ役満を出しまくってたらしいよ」
と先輩は言った。
「え?」
頭に九連宝燈という役が浮かぶ。
一つの色で1112345678999みたいな形を
作ってあがる、麻雀で最高に美しいと言われる役だ。
それは作る難しさもさることながら、「出したら死ぬ」
という麻雀打ちに伝わる伝説がある、曰く付きの役満だ。
900: 麻雀 3/4 2006/02/22(水) 19:53:12 ID:CqBHiC0Y0
もちろん僕も出したことはおろか、拝んだこともない。
ちょっと、ゾクッとした。
「麻雀牌をなんどか燃やしたりもしたらしい」
確かに九連宝燈を出した牌は燃やして、もう使ってはい
けないとも言われる。
俺は得体の知れない師匠の側面を覗いた気がして、怯ん
だが、同時にピーンと来るものもあった。
役満をあがることは人より多くても、たいてい弱い・・・
さっきの自分のセリフだ。
つまり、師匠はデビュー戦でたまたまあがってしまった
九連宝燈に味をしめて、それからもひたすら九連宝燈を
狙い続けたのだ。
めったにあがれる役ではないから、普段は負け続け。
しかし極々まれに成功してしまい、そのたび牌が燃やされ
る羽目になるわけだ。
俺はその推理を先輩に話した。
「出したら死ぬなんて、あの人の好きそうな話でしょ」
901: 麻雀 4/4 2006/02/22(水) 19:54:07 ID:CqBHiC0Y0
しかし、俺の話を聞いていた先輩は首をかしげた。
「でもなあ・・・チューレンポウトウなんていう名前だ
ったかなあ、その役満」
そして、うーんと唸る。
「なんかこう、一撃必殺みたいなノリの、天誅みたいな」
そこまで言って、先輩は手の平を打った。
「思い出した。テンホーだ」
天和。
俺は固まった。
言われてみればたしかに天和にも、出せば死ぬという言い
伝えがある。
しかし、狙えば近づくことが出来る九連宝燈とは違い、
天和は最初の牌が配られた時点であがっている、という
完璧に偶然に支配される役満だ。
狙わなくても毎回等しくチャンスがあるにも関わらず、
出せば死ぬと言われるほどの役だ。その困難さは九連宝燈
にも勝る。
その天和を出しまくっていた・・・
俺は師匠の底知れなさを垣間見た気がして、背筋が震えた。
「出したら死ぬなんて、あいつが好きそうな話だな」
先輩は無邪気に笑うが、俺は笑えなかった。
それから一度も師匠とは麻雀を打たなかった。
902: 魚 1/7 2006/02/22(水) 19:55:14 ID:CqBHiC0Y0
魚
別の世界へのドアを持っている人は、確かにいると思う。
日常の隣で、そういう人が息づいているのを僕らは大抵
知らずに生きているし、生きていける。
しかしふとしたことで、そんな人に触れたときに、いつ
もの日常はあっけなく変容していく。
僕にとって、その日常の隣のドアを開けてくれる人は二人
いた。それだけのことだったのだろう。
大学1回生ころ、地元系のネット掲示板のオカルトフォー
ラムに出入りしていた。
そこで知り合った人々は、いわば、なんちゃってオカルト
マニアであり、高校までの僕ならば素直に関心していただ
ろうけれど、大学に入って早々に、師匠と仰ぐべき強烈な
人物に会ってしまっていたので、物足りない部分があった。
しかし、降霊実験などを好んでやっている黒魔術系のフリ
ークたちに混じって遊んでいると、1人興味深い人物に出
会った。
「京介」というハンドルネームの女性で、年歳は僕より
2,3歳上だったと思う。
903: 魚 2/7 2006/02/22(水) 19:56:03 ID:CqBHiC0Y0
じめじめした印象のある黒魔術系のグループにいるわりに
はカラっとした人で、背が高くやたら男前だった。そのせ
いかオフで会ってもキョースケ、キョースケと呼ばれてい
て、本人もそれが気にいっているようだった。
あるオフの席で「夢」の話になった。予知夢だとか、そう
いう話がみんな好きなので、盛り上がっていたが京介さん
だけ黙ってビールを飲んでいる。
僕が、どうしたんですか、と聞くと一言
「私は夢をみない」
機嫌を損ねそうな気がしてそれ以上突っ込まなかったが、
その一言がずっと気になっていた。
大学生になってはじめての夏休みに入り、僕は水を得た魚
のように心霊スポットめぐりなど、オカルト三昧の生活を
送っていた。
そんなある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいたのだった。
904: 魚 3/7 2006/02/22(水) 19:56:42 ID:CqBHiC0Y0
暗闇の中で、寝ていたソファーから身体を起こす。
服がアルコール臭い。酔いつぶれて寝てしまったらしい。
回転の遅い頭で昨日のことを思い出そうと、あたりを見回す。
厚手のカーテンから幽かな月の光が射し、その中で一瞬、
闇に煌くものがあった。
水槽と思しき輪郭のなかに、にび色の鱗が閃いて、そして
闇の奥へと消えていった。
なんだかエロティックに感じて妙な興奮を覚えたが、すぐ
に睡魔が襲ってきてそのまま倒れて寝てしまった。
次に目を覚ましたときは、カーテンから朝の光が射しこん
でいた。
「起きろ」
目の前に京介さんの顔があって、思わず「ええ!?」
と間抜けな声をあげてしまった。
「そんなに不満か」
京介さんは状況を把握しているようで、教えてくれた。
どうやら、昨夜のオフでの宴会のあと、完全に酔いつぶ
れた俺をどうするか、残された女性陣たちで協議した結果、
近くに住んでいた京介さんが自分のマンションまで引きず
って来たらしい。
905: 魚 4/7 2006/02/22(水) 19:57:59 ID:CqBHiC0Y0
申し訳なくて、途中から正座をして聞いた。
まあ気にするなと言って、京介さんはコーヒーを淹れてく
れた。
その時、部屋の隅に昨日の夜に見た水槽があるのに気がつ
いたが、不思議なことに中は水しか入っていない。
「夜は魚がいたように思ったんですが」
それを聞いたとき、京介さんは目を見開いた。
「見えたのか」
と、身を乗り出す。
頷くと、「そうか」と言って京介さんは奇妙な話を始め
たのだった。
京介さんが女子高に通っていたころ、学校で黒魔術まが
いのゲームが流行ったという。占いが主だったが、一部
のグループがそれをエスカレートさせ、怪我人が出るよ
うなことまでしていたらしい。京介さんはそのグループ
のリーダーと親しく、何度か秘密の会合に参加していた。
ある時、そのリーダーが真顔で「悪魔を呼ぼうと思うのよ」
と言ったという。
906: 魚 5/7 2006/02/22(水) 19:59:19 ID:CqBHiC0Y0
その名前のない悪魔は、呼び出した人間の「あるもの」
を食べるかわりに、災厄を招くのだという。
「願いを叶えてくれるんじゃないんですか?」
思わず口をはさんだ。普通はそうだろう。しかし、
「だからこそやってみたかった」と京介さんは言う。
京介さんを召喚者として、その儀式が行われた。
その最中に京介さんとリーダーを除いて、全員が癲癇症状
を起こし、その黒魔術サークルは以後活動しなくなったそ
うだ。
「出たんですか。悪魔は」
京介さんは一瞬目を彷徨わせて、
「あれは、なんなんだろうな」と言って、それきり黙った。
オカルト好きの僕でも、悪魔なんて持ち出されるとちょっ
と引く部分もあったが、ようは「それをなんと呼ぶか」
なのだということをオカルト三昧の生活の中に学んでいた
ので、笑い飛ばすことはなかった。
「夢を食べるんですね、そいつは」
あの気になっていた一言の、意味とつながった。
しかし京介さんは首を振った。
907: 魚 6/7 2006/02/22(水) 20:00:30 ID:CqBHiC0Y0
「悪夢を食べるんだ」
その言葉を聞いて、背筋に虫が這うような気持ち悪さに襲
われる。
京介さんはたしかに「私は夢をみない」と言った。
なのにその悪魔は、悪夢しか食べない・・・
その意味を考えて、ぞっとする。
京介さんは、眠ると完全に意識が断絶したまま次の朝を迎
えるのだという。
いつも目が覚めると、どこか身体の一部が失われたような
気分になる・・・
「その水槽にいた魚はなんですか」
「わからない。私は見たことはないから。たぶん、私の
悪夢を食べているモノか、それとも・・・」
私の悪夢そのものなのだろう。
そう言って笑うのだった。
京介さんが眠っている間にしか現れず、しかもそれが
見えた人間は今まで二人しかいなかったそうだ。
909: 魚 7/7 2006/02/22(水) 20:02:01 ID:CqBHiC0Y0
「その水槽のあるこの部屋でしか、私は眠れない」
どんな時でも部屋に帰って寝るという。
旅行とか、どうしても泊まらないといけない時もあるでしょ
う? と問うと
「そんな時は寝ない」
とあっさり答えた。
たしかに、飲み会の席でもつぶれたところをみたことがない。
そんなに悪夢をみるのが怖いんですか、と聞こうとしたが、
止めた。
たぶん、悪夢を食べるという悪魔が招いた災厄こそ、その悪
夢なのだろうから。
僕はこの話を丸々信じたわけではない。京介さんのただの思
い込みだと笑う自分もいる。
ただ昨日の夜の、暗闇の中で閃いた鱗と、何事もないように
僕の目の前でコーヒーを飲む人の、強い目の光が、僕の日常の
その隣へと通じるドアを、開けてしまう気がするのだった。
「魚も夢をみるだろうか」
ふいに京介さんはつぶやいたけれど、僕はなにも言わなかった。
910: 将棋 1/8 2006/02/22(水) 20:03:27 ID:CqBHiC0Y0
将棋
師匠は将棋が得意だ。
もちろん将棋の師匠ではない。大学の先輩で、オカルト
マニアの変人である。俺もまた、オカルトが好きだった
ので、師匠師匠と呼んでつきまとっていた。
大学1回生の秋に、師匠が将棋を指せるのを知って勝負
を挑んだ。俺も多少心得があったから。しかし結果は
惨敗。角落ち(ハンデの一種)でも相手にならなかった。
1週間後、パソコンの将棋ソフトをやり込んでカンを取
り戻した俺は、再挑戦のために師匠の下宿へ乗り込んだ。
結果、多少善戦した感はあるが、やはり角落ちで蹴散ら
されてしまった。
感想戦の最中に、師匠がぽつりと言った。
「僕は亡霊と指したことがある」
いつもの怪談よりなんだか楽しそうな気がして、身を乗
り出した。
911: 将棋 2/8 2006/02/22(水) 20:04:45 ID:CqBHiC0Y0
「手紙将棋を知ってるか」
と問われて頷く。
将棋は普通長くても数時間で決着がつく。1手30秒
とかの早指しなら数十分で終わる。ところが手紙将棋
というのは、盤の前で向かい合わずに、お互い次の手
を手紙で書いてやり取りするという、なんとも気の長
い将棋だ。
風流すぎて若者には理解出来ない世界である。
ところが師匠の祖父はその手紙将棋を、夏至と冬至だ
けというサイクルでしていたそうだ。
夏至に次の手が届き、冬至に返し手を送る。
年に2手しか進まない。将棋は1勝負に100手程度
かかるので、終わるまでに50年はかかる計算になる。
「死んじゃいますよ」
師匠は頷いて、祖父は5年前に死んだと言った。
戦時中のことだ。
前線に出た祖父は娯楽のない生活のなかで、小隊で将棋
を指せるただひとりの戦友と、紙で作ったささやかな将
棋盤と駒で、あきることなく将棋をしていたという。
912: 将棋 3/8 2006/02/22(水) 20:05:30 ID:CqBHiC0Y0
その戦友が負傷をして、本土に帰されることになった
とき、二人は住所を教えあい、ひと時の友情の証しに
戦争が終われば手紙で将棋をしようと誓い合ったそうだ。
戦友は北海道出身で、住むところは大きく隔たってい
た。
戦争が終わり、復員した祖父は約束どおり冬至に手紙
を出した。『2六歩』とだけ書いて。
夏至に『3四歩』とだけ書いた無骨な手紙が届いたと
き、祖父は泣いたという。
それ以来、年に2手だけという将棋は続き、祖父は夏
至に届いた手への返し手を半年かけて考え、冬至に出
した手にどんな手を返してくるか、半年かけて予想す
るということを、それは楽しそうにしていたそうだ。
5年前にその祖父が死んだとき、将棋は100手に近
づいていたが、まだ勝負はついていなかった。
師匠は、祖父から将棋を学んでいたので、ここでバカ
正直な年寄りたちの、生涯をかけた遊びが途切れるこ
とを残念に思ったという。
913: 将棋 4/8 2006/02/22(水) 20:06:42 ID:CqBHiC0Y0
手紙が届かなくなったら、どんな思いをするだろう。
祖父の戦友だったという将棋相手に連絡を取ろうかと
も考えた。それでもやはり悲しむに違いない。ならば
いっそ自分が祖父のふりをして次の手を指そうと、考
えたのだそうだ。
宛名は少し前から家の者に書かせるようになっていた
ので、師匠は祖父の筆跡を真似て『2四銀』と書くだ
けでよかった。
応酬はついに100手を超え、勝負が見えてきた。
「どちらが優勢ですか」
俺が問うと師匠は、複雑な表情でぽつりと言った。
「あと17手で詰む」
こちらの勝ちなのだそうだ。
2年半前から詰みが見えたのだが、それでも相手は
最善手を指してくる。
華を持たせてやろうかとも考えたが、向こうが詰みに
気づいてないはずはない。
それでも投了せずに続けているのは、この遊びが途中
で投げ出していいような遊びではない、という証しの
ような気がして、胸がつまる思いがしたという。
914: 将棋 5/8 2006/02/22(水) 20:07:31 ID:CqBHiC0Y0
「これがその棋譜」
と、師匠が将棋盤に初手から示してくれた。
2六歩、3四歩、7六歩・・・
矢倉に棒銀という古くさい戦法で始まった将棋は、
1手1手のあいだに長い時の流れを確かに感じさせた。
俺も将棋指しの端くれだ。
今でははっきり悪いとされ、指されなくなった手が
迷いなく指され、十数手後にそれをカバーするような
新しい手が指される。戦後、進歩を遂げた将棋の歴史
を見ているような気がした。
7四歩突き、同銀、6七馬・・・
局面は終盤へと移り、勝負は白熱して行った。
「ここで僕に代わり、2四銀とする」
師匠はそこで一瞬手を止め、また同馬とした。
次の桂跳ねで、細く長い詰みへの道が見えたという。
難しい局面で俺にはさっぱりわからない。
「次の相手の1手が投了ではなく、これ以上無いほど
最善で、そして助からない1手だったとき、僕は相手
のことを知りたいと思った」
祖父と半世紀にわたって、たった1局の将棋を指して
きた友だちとは、どんな人だろう。
915: 将棋 6/8 2006/02/22(水) 20:08:19 ID:CqBHiC0Y0
思いもかけない師匠の話に俺は引き込まれていた。
不謹慎な怪談と、傍若無人な行動こそ師匠の人となり
だったからだ。
経験上、その話にはたいてい嫌なオチが待っているこ
とも忘れて・・・
「住所も名前も分かっているし、調べるのは簡単だった」
俺が想像していたのは、80歳を過ぎた老人が古い家
で旧友からの手紙を心待ちにしている図だった。
ところが、師匠は言うのである。
「もう死んでいた」
ちょっと衝撃を受けて、そしてすぐに胸に来るものが
あった。
師匠が、相手のことを思って祖父の死を隠したように、
相手側もまた師匠の祖父のことを思って死を隠したのだ。
いわば優しい亡霊同士が将棋を続けていたのだった。
しかし師匠は首を振るのである。
「ちょっと違う」
少し、ドキドキした。
916: 将棋 7/8 2006/02/22(水) 20:09:16 ID:CqBHiC0Y0
「死んだのは1945年2月。戦場で負った傷が悪化し、
日本に帰る船上で亡くなったそうだ」
びくっとする。
俄然グロテスクな話になって行きそうで。
では、師匠の祖父と手紙将棋をしていたのは一体何だ?
『僕は亡霊と指したことがある』という師匠の一言が頭
を回る。
師匠は青くなった俺を見て笑い、心配するなと言った。
「その後、向こうの家と連絡をとった」
こちらのすべてを明らかにしたそうだ。すると向こうの
家族から長い書簡がとどいたという。
その内容は以下のようなものだった。
祖父の戦友は、船上で死ぬ間際に家族に宛てた手紙を残
した。その中にこんな下りがあった。
『私はもう死ぬが、それと知らずに私へ手紙を書いてく
る人間がいるだろう。その中に将棋の手が書かれた間抜
けな手紙があったなら、どうか私の死を知らせないでや
ってほしい。そして出来得れば、私の名前で応答をして
ほしい。私と将棋をするのをなにより楽しみにしている、
大バカで気持ちのいいやつなのだ』
917: 将棋 8/8 2006/02/22(水) 20:10:07 ID:CqBHiC0Y0
師匠は語りながら、盤面をすすめた。
4一角
3二香
同銀成らず
同金
その同金を角が取って成ったとき、涙が出た。
師匠に泣かされたことは何度もあるが、こういうのは初
めてだった。
「あと17手、年寄りどもの供養のつもりで指すことに
してる」
師匠は指を駒から離して、ここまで、と言った。
921: 本当にあった怖い名無し 2006/02/22(水) 20:43:30 ID:Ah2wg7oe0
師匠シリーズを読むと岡本綺堂の半七捕物帳を思い出す。
923: もこ 2006/02/22(水) 21:11:38 ID:Gc9hpWjx0
将棋の話よかったよ
934: 雨 1/7 2006/02/22(水) 23:37:54 ID:CqBHiC0Y0
雨
大学1回生の夏ごろ。
京介さんというオカルト系のネット仲間の先輩に不思
議な話を聞いた。
市内のある女子高の敷地に夜中、一箇所だけ狭い範囲
に雨が降ることがあるという。
京介さんは地元民で、その女子高の卒業生だった。
「京介」はハンドルネームで、俺よりも背が高いが、
れっきとした女性だ。
「うそだー」
と言う俺を睨んで、じゃあ来いよ、と連れて行かれた。
真夜中に女子高に潜入するとは、さすがに覚悟がいった
が、建物の中に入るわけじゃなかったことと、セキュリ
ティーが甘いという京介さんの言い分を信じてついてい
った。
935: 雨 2/7 2006/02/22(水) 23:38:37 ID:CqBHiC0Y0
場所は校舎の影になっているところで、もとは焼却炉が
あったらしいが、今は近寄る人もあまりいないという。
「どうして雨が降るんですか」
と声をひそめて聞くと、
「むかし校舎の屋上から、ここへ飛び降りた生徒がいた
んだと。その時飛び散って地面に浸み込んだ血を洗う
ために雨が降るんだとか]
「いわゆる七不思議ですよね。ウソくせー」
京介さんはムッとして、足を止めた。
「ついたぞ。そこだ」
校舎の壁と、敷地を囲むブロック塀のあいだの寂しげな
一角だった。
暗くてよく見えない。
近づいていった京介さんが「おっ」と声をあげた。
「見ろ。地面が濡れてる」
936: 雨 3/7 2006/02/22(水) 23:39:10 ID:CqBHiC0Y0
僕も触ってみるが、たしかに1メートル四方くらいの範囲
で湿っている。
空を見上げたが、月が中天に登り、雲は出ていない。
「雨が降った跡だ」
京介さんの言葉に、釈然としないものを感じる。
「ほんとに雨ですか? 誰かが水を撒いたんじゃないですか」
「どうしてこんなところに」
首をひねるが、思いつかない。
周りを見渡しても、なにもない。敷地の隅で、とくにここ
に用があるとは思えない。
「その噂を作るための、イタズラとか」
だいたい、そんな狭い範囲で雨が降るはずがない。
「私が1年の時、3年の先輩に聞いたんだ
『1年の時、3年の先輩に聞いた』って」
つまりずっと前からある噂だという。
937: 雨 4/7 2006/02/22(水) 23:39:42 ID:CqBHiC0Y0
目をつぶって、ここに細い細い雨が降ることを想像して
みる。
月のまひるの空から地上のただ一点を目がけて降る雨。
怖いというより、幻想的で、やはり現実感がない。
「長い期間続いているということは、つまり犯人は生徒
ではなく、教員ということじゃないですか」
「どうしても人為的にしたいらしいな」
「だって、降ってるとこを見せられるならまだしも、これ
じゃあ・・・ たとえば残業中の先生が夜食のラーメン
に使ったお湯の残りを窓からザーッと」
そう言いながら上を見上げると、黒々とした校舎の壁は
のっぺりして、窓一つないことに気づく。
校舎の中でも端っこで、窓がない区画らしい。
938: 雨 5/7 2006/02/22(水) 23:40:50 ID:CqBHiC0Y0
雨。雨。雨。
ぶつぶつとつぶやく。
どうしても謎を解きたい。
降ってくる水。降ってくる水。
その地面の濡れた部分は校舎の壁から1メートルくらい
しか離れていない。
また見上げる。
やはり校舎のどこかから落ちてくる、そんな気がする。
「あの上は屋上ですか」
「そうだけど。だからって誰が水を撒いてるってんだ」
目を凝らすと、屋上の縁は落下防止の手すりのようなもの
で囲まれている。
さらに見ると、一箇所、その手すりが切れている
部分がある。この真上だ。
「ああ、あそこだけ何でか昔から手すりがない。だからそこ
から飛び降りたってハナシ」
それを聞いて、ピーンとくるものがあった。
939: 雨 6/7 2006/02/22(水) 23:42:38 ID:CqBHiC0Y0
「屋上は掃除をしてますか?」
「掃除?いや、してたかなあ。つるつるした床でいつも結構
きれいだったイメージはあるけど」
俺は心でガッツポーズをする。
「屋上の掃除をした記憶がないのは、業者に委託していた
からじゃないですか」
何年にも渡って月に1回くらいの頻度で、放課後、生徒たち
が帰った後に派遣される掃除夫。床掃除に使った水を、不精
をして屋上から捨てようとする。自然、身を乗り出さずにす
むように、手すりがないところから・・・
「次の日濡れた地面を見て噂好きの女子高生が言うんですよ。
ここにだけ雨が降ってるって」
僕は自分の推理に自信があった。
幽霊の正体みたり枯れ尾花。
「お前、オカルト好きのくせに夢がないやつだな」
なんとでも言え。
「でも、その結論は間違ってる」
京介さんはささやくような声で言った。
940: 雨 7/7 2006/02/22(水) 23:44:48 ID:CqBHiC0Y0
「水で濡れた地面を見て、小さな範囲に降る雨の噂が立った、
という前提がそもそも違う」
どういうことだろう。
京介さんは真顔で、
「だって、降ってるところ、見たし」
僕の脳の回転は止まった。
先に言って欲しかった。
「そんな噂があったら、行くわけよ。オカルト少女としては」
高校2年のとき、こんな風に夜中に忍び込んだそうだ。
そして目の前で滝のように降る雨を見たという。
水道水の匂いならわかるよ、と京介さんは言った。
俺は膝をガクガクいわせながら、
「血なんかもう、流れきってるでしょうに」
「じゃあ、どうして雨は降ると思う」
わからない。
京介さんは首をかしげるように笑い、
「洗っても洗っても落ちない、血の感覚って男にはわかんな
いだろうなあ」
その噂の子はレイプされたから、自分を消したかったんだよ。
僕の目を見つめて、そう言うのだった。
941: 超能力 1/9 2006/02/22(水) 23:45:38 ID:CqBHiC0Y0
超能力
大学時代、霊感の異常に強いサークルの先輩に会ってから
やたら霊体験をするようになった俺は、オカルトにどっぷ
り浸かった学生生活を送っていた。
俺は一時期、超能力に興味を持ちESPカードなどを使っ
て、半ば冗談でESP能力開発に取り組んだことがあった。
師匠と仰ぐその先輩はと言えば、畑違いのせいか、超能力
なんていうハナシは嫌いなようだった。
しかし信じてないというわけではない。
こんなエピソードがある。
テレビを見ていると、日露超能力対決!などという企画の
特番をやっていた。
その中でロシア人の少女が目隠しをしたまま、箱に密封さ
れた紙に書かれている内容を当てる、という実験があった。
ようするに透視するというのだ。
少女が目隠しをしたあとで芸能人のゲストが書いたもので、
事前に知りようがないはずなのに、少女は見事にネズミの
絵を当てたのだった。
しかしテレビを見ていた師匠が言う。
「こんなの透視じゃない」
942: 超能力 2/9 2006/02/22(水) 23:47:26 ID:CqBHiC0Y0
目隠しがいかに厳重にされたか見ていたはずなのに、そん
なことを言い出したので、「どういうことです?」と問う
と、真面目くさった顔で、
「こんなのはテレパスなら簡単だ」
意表をつかれた。
ようするに精神感応(テレパシー)能力がある人間なら、
その紙に書いたゲストの思考を読めば、こんな芸当は朝飯
前だというのである。
どんなに厳重に目隠しをしようと、箱に隠そうと、それを
用意した人間がいる限り、中身はわかる。
師匠は、テレビで出てくるような透視能力者はすべてイン
チキで、ちょっとテレパシー能力があるだけの凡人だ、と
言った。
『テレパシー能力のある凡人』という表現が面白くて笑っ
てしまった。
師匠はムッとしたが、俺が笑い続けているのは他に理由が
あった。
ロシア人の少女の傍に立つ通訳の男を、よく知っていたか
らだ。
943: 超能力 3/9 2006/02/22(水) 23:49:41 ID:CqBHiC0Y0
インチキ超能力芸でなんども業界から干された、その筋で
は有名な山師だ。俺は今回の透視実験のタネも知っている。
時々「続けて大丈夫か」というようなことを言いながら少
女の身体に触る、その触り方で絵の情報を暗号化して伝え
ているのだ。以前雑誌で読んだことのある、彼のいつもの
手口だった。
松尾何某がそこにいれば「通訳にも目隠しさせろ」などと
意地悪なことを言い出すところである。
俺はあえて、この少女をテレパスだと信じている師匠にこ
の特番の裏を教えなかった。
なんだか、かわいらしい気がしたから。
そんなことがあった数日後、師匠が俺の下宿を訪ねてきて、
「今日はやりかえしに来た」と言う。
あの番組のあと、雑誌やテレビでインチキが暴露されてちょ
っと話題になったから、師匠の耳にも入ったらしい。俺が知
っていてバカにしていたことも・・・
俺は嫌な予感がしたが、部屋に上げないわけにはいかない。
師匠はカバンから、厚紙で出来た小さな箱を二つだし、テー
ブルの上に置いた。
945: 超能力 4/9 2006/02/22(水) 23:52:56 ID:CqBHiC0Y0
「こちらを箱A、こっちを箱Bとする」
同じような箱に、マジックでそう書いてある。
なにが始まるのかドキドキした。
「Aの箱には千円、Bの箱には1万円が入っている。この箱
を君にあげよう」
ただし、と師匠は続けた。
「お金を入れたのは実は予知能力者で、君がABどちらか片
方を選ぶと予知していたら、正しく千円と1万円を入れて
いる。しかしもし、君が両方の箱を選ぶような欲張りだと
予知していたら、Bの箱の1万円は入れていない」
さあ、どう選ぶ?
そう言って、選択肢をあげた。
「①箱Aのみ
②箱Bのみ
③箱AB両方
おっとそれから、
④どちらも選ばない」
どういうゲームかよく分からないが、頭を整理する。
ようするにBだけを選んだらちゃんと1万円入ってるんだから、
②の「箱Bのみ」が一番儲かるんじゃないだろうか。
師匠は嫌らしい顔で、「ほんとにそれでいいのぉ?」
と言った。
946: 超能力 5/9 2006/02/22(水) 23:53:54 ID:CqBHiC0Y0
ちょっと待て、冷静に考えろ。
「その予知能力者は、本物という設定なんですか」
肝心なところだ。
しかし師匠は「質問は不可」というだけだった。
目の前を箱を見ていると、そこにあるんだから、いくら入って
ようが両方もらっといたらいいじゃん? と俺の中の悪魔がさ
さやく。
待って待って、予知能力が本物なら両方選べばBはカラ。Aの
千円しか手に入らないぞ?
と俺の中の天使がささやく。
予知能力が偽者ならどうよ? そう予知して、Bにお金を入れ
なかったのに、実際はBだけを選んでしまったら、もうけは0円
だぞ。
と悪魔。
そうだ。だいたい予知能力というのがあやふやだ。
目の前にあるのに、その箱の中身がまだ定まっていないという
のが、実感がわかない。
お金を入れる、という行為はすでに終わった過去なのだから、
今から俺がどうしようが箱の中身を変えることは出来ない、と
いう気もする。
じゃあ、③の箱AB両方というのが最善の選択なんだろうか。
947: 超能力 6/9 2006/02/22(水) 23:54:43 ID:CqBHiC0Y0
「さん」と言い掛けて、思いとどまった。
これはゲームなのだ。所詮、師匠が用意したものだ。
あやうく本気になるところだった。
たぶん、③を選ばせておいて箱Bは空っぽ、「ホラ、欲をかく
から千円しか手に入らないんだ」と笑う。
そういう趣向なのだろう。
なんだか腹が立ってきた。
②のBだけを選んでおいて、「片方しか選んでないのに、1万円
入ってないぞ」とゴネることも考えた。
しかし③の「両方」を選んでおけば最低でも千円は手に入るのだ
から、次の仕送りまでこれで○千円になって・・・
と、生活臭あふれる思考へと進んでいった。
すると師匠が「困ってるねえ」
と嬉しそうに口を出してきた。
「そこで、一つヒントをあげよう。君がもし、透視能力、もし
くはテレパシー能力の持ち主だったとしたら、どうする?」
きた。また変な条件が出て来た。
予知能力という仮定の上に、さらに別の仮定を重ねるのだから、
ややこしい話になりそうだった。
948: 超能力 7/9 2006/02/22(水) 23:56:51 ID:CqBHiC0Y0
そんな顔をしてると、師匠は「簡単簡単」と笑うのだった。
「透視ってのは、ようするに中身を覗くことだろう? だった
ら再現するのは簡単。箱の横っ腹に穴を開けて見れば、立派な
透視能力者だ」
ちょ、そんなズルありですか、と言ったが
「透視能力ってそういうものだから」
そっちがOKなら全然構わない。
「テレパシーの方ならもっと簡単。入れた本人に聞けばいい。
頭の中を覗かれた設定で」
なんだかゲームでもなんでもなくなってきた気がする。
「で、僕は超能力者になっていいんですか?」
「いいよぉ。ただし、透視能力か、テレパシーかの2択。
と言いたいところだけど、テレパシーの方は入れた本人が
ここにいないから、遠慮してもらおうかな」
本人がいない?
嫌な予感がした。
949: 超能力 8/9 2006/02/22(水) 23:58:08 ID:CqBHiC0Y0
もしかして、彼女が絡んでますか? と問うと頷き、「僕も中身
は知らない」と言った。
俺は青くなった。
師匠の彼女は、なんといったらいいのか、異常に勘がするどい
というのか、予知まがいのことが出来る、あまり関わりたくな
い人だった。
「本物じゃないですか!」
俺は目の前の箱から、思わず身を引いた。
ただのゲームじゃなくなってきた。
仮に、もし仮に、万が一、百万が一、師匠の彼女の力がたまた
まのレベルを超えて、ひょっとしてもしかして本物の予知能力
だった場合、これってマジ・・・?
俺は今までに、何度かその人にテストのヤマで助けてもらった
ことがある。
あまりに当たるので、気味が悪くて最近は喋ってもいない。
「さあ、透視能力を使う?」
師匠はカッターを持って、箱Bにあてがった。
「ちょっと待ってください」
話が違ってくる。というか本気度が違ってくる。
予知能力が本物だとした場合、両方の箱を選ぶという行為で、
Bの箱の中身が遡って消滅したり現れたりするのだろうか?
それとも、俺がこう考えていることもすべて込みの予知がな
されていて、俺がどう選ぶかということも完全に定まってい
るのだろうか。
950: 超能力 9/9 2006/02/22(水) 23:58:40 ID:CqBHiC0Y0
「牛がどの草を食べるかというのは完全には予測出来ない」
という、不確定性原理とかいうややこしい物理学の例題が頭
を過ぎったが、よく理解してないのが悔やまれる。
俺が苦悩しながら指差そうとしているその姿を、過去から覗
かれているのだろうか?
そして俺の意思決定と同時に、箱にお金を入れるという、不
確定な過去が定まるのだろうか?
その「同時」ってなんだ?
考えれば考えるほど、恐ろしくなってくる。
人間が触れていい領域のような気がしない。
渦中の箱Bは何事もなくそこにあるだけなのに。
そしてその箱を、選ぶ前に中を覗いてしまおうというのだから、
なんだか訳がわからなくなってくる。
俺は膝が笑いはじめ、脂汗がにじみ、捻り出すように一つの
答えを出した。
「④どちらも選ばない、でお願いします」
師匠はニヤリとして、カッターを引っ込めた。
「前提が一つ足りないことに気がついた? 片方を選ぶ場合は
それぞれにお金を入れ、両方を選ぶ場合はAにしか入れない。
じゃあ、どちらも選ばないと予知していた場合は?」
決めてなかったから、僕もこの中がどうなっているのか分から
ないんだなぁ。
師匠はそう言いながら無造作に二つの箱をカバンに戻した。
俺はこの人には勝てない、と思い知った。
960: 本当にあった怖い名無し 2006/02/23(木) 01:37:11 ID:o2vpwuL70
>>950
乙、いつも楽しませてもらってるよ。